まあ、よくあること①
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まあ、良くあるっことっすよ。
身内だと思っていた婆ちゃんが、実は見知らぬ婆ちゃんだったなんてのはね。
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年末年始を走馬灯のように駆け抜けて、やって来ました新学期!
いつものように慌しい朝ですよ。
ポルターガイストは、年末年始も関係ありませんでした。
新学期だからって手加減はありません。
割れる皿、飛び散るサラダに怒鳴る母、顔面蒼白の弟に微笑む外道シスターズ…いつも通りの平和な朝です。
俺は、パンに納豆を塗ったものに齧り付きながらちらりと『見知らぬ婆ちゃん』を見つめた。
あんな爆弾発言をしておきながら、年末年始を普段通りに過ごし平然としている姿を見るとあれは冗談だったんじゃないかと思えてならない。
いや! むしろ、そのほうが有り難い!
あの発言を聞いても、弟の剣は意味が分からなかった様で後で俺に説明を求めてきたが上手くはぐらかして置いた。
全く…剣が頭軽い子ちゃんで助かったよ!
もし理解してしまったなら、今こうして食卓を囲む事は出来なかっただろう。
「圭! あんた時間大丈夫!?」
母さんの激が飛ぶ。
「あ! やべ!」
俺は、慌てて席をたった。
やばい、やばい!
もう寮じゃないんだ、のんびりもしていられない!
『見知らぬ婆ちゃん』の件は後回しだ、今は急がないと!
新学期早々遅刻なんて、どっかのアニメみたくフラグ立てるのなんてありがちだしNe~ww
俺は、なれない通学路をバスを2本乗り継いでやっとのやっとの思いで学校にたどり着いた!
私立尚甲学園・高等部ここが俺の通う学校。
近代的なデザインの本校舎に加え、陸上用トラックを完備した人工芝のグラウンド体育館だけでも目的別に三棟完備し地下にはトレーニングジムまで完備されている。
俺は、お金持ち私立高校ならではの広々とした校舎を優雅に歩く生徒の波を掻き分けて教室を目指した。
生徒の波を掻き分けながら進むこと数分、俺と同じ方向に歩く生徒はいなくなった。
更に駆け足で進むと、そこには近代的な構造の本校舎からは想像も出来ないような粗末な外観のコンクリートむき出しの倉庫のような建物が見えてくる。
一見、倉庫に見える建物の入り口はアルミサッシがはめ込まれており、その周辺には大量の脱ぎ散らかされた靴が散乱し風呂場に良く使われているモザイク調のガラス越しに複数の人影が確認できた。
ガラッ!
俺は、躊躇無く散らばる靴を踏みつけながらサッシを引いて中にはいる。
中には俺と同じ制服を着た生徒が複数いて、俺を見るなりざわっとどよめき数秒間沈黙が訪れた。
ここは、荘厳華麗な建造物を誇る私立尚甲学園内にあってまるで似つかわしくない粗末な外観ではあるがれっきとした教室だ。
その名も『体育科』。
この、私立尚甲学園は県内屈指の進学校だ!
文武両道を掲げ毎年、東大・早稲田の合格者は当たり前!
近年では、ハーバード大学・マサチューセッツ工科大学など海外の有名大学に現役合格者を出すなど快進撃が続いている。
無論、『文』の快進撃が目覚しいなら『武』の方も負けてはいない。
野球部にいたっては、卒業した先輩の代にはなんと甲子園・春・夏2連覇を成し遂げプロ野球手を輩出した。
柔道部についても全国大会団体で3連覇、個人戦に置いても必ず3位以内入賞を果し10年前には現役高校生がオリンピックでゴールドメダルを取った。
その他、駅伝・ボクシング・ウエイトリフティング・等の部活があるが活躍は目覚しい。
ここで、一つ引っかかる事にお気づきだろうか?
何故こんなに、『文』も『武』も優秀な成績を治めているか?
答えは簡単だ、それは連れてくるからだ。
『特待生』
学費は、ランクによって違うが親たちには伏せられていた。
ここで、体育特待について説明しよう。
体育特待生にはランクがある。
A特待:入学試験免除・学費・寮費の全額免除。
B特待:入学試験免除・学費半額免除・寮費の免除無し。
C特待:入学試験免除ただし、学費・寮費の免除無し。
全ては大会記録及び個人の身体能力の高さで判断される。
様は強けりゃ良い、勝てれば何でも良いんだ。
二年前、俺はそんな私立尚甲学園・体育科に柔道部のB特待として入学した。
柔道を始めたのは中二の頃。
理由は、糞親父の暴力から逃れる為と近くの警察署でタダで教えてくれるっていうなんとも後ろ向きな理由。
別に…柔道が好きと言う訳では無かったが、受験をするには手遅れ過ぎる学力とあんな父親の家から早く出たいという思いから勧誘を受けて直ぐに二つ返事で入学を決めた。
まあ、入って直ぐに後悔したよ…だって地獄過ぎるから!
来る日も、来る日も、学校で寝て練習と言う名の地獄を味わい血反吐を吐く。
そんな毎日だった。
きっと、卒業までこんな感じだな…と呑気に思っていた。
が、そんな日常は突然終わりを告げた。
両親の離婚だ。
離婚に伴い、より一層金銭面で苦しくなった家計に俺の寮費を捻出するのは難しくなった。
それでも、母さんや婆ちゃんはこの二学期の最後まで何とか俺を寮に住まわせてくれた…だがもう限界だ。
『寮をでて実家から通いたいんです』
そう、柔道部顧問に申し出た。
残るは卒業までの三学期の3ヶ月ほどだと言うのに、俺はあっさりと柔道部をクビになった。
無理も無い、部員数は100を超える柔道部その中においてB特待でありながら特に実績らしいものの無かった俺。
まあ…柔道部の部則には『部員は必ず寮に入ること』と決まりがあったし申し出る前から覚悟はあったとは言え______。
「ふう…」
俺は、クラスメイトのリアクションをみて浅くため息を付くと窓側の自分の席へ座った。
ひそひそとざわめく教室。
窓の外に目をやると、コンクリの壁が見えた。
「お前、柔道部辞めたんだってな? 今日は荷物でも取りに来たのか?」
不愉快な声。
机の前に、体重100キロは余裕で超えてる巨漢が180cmを超える長身の頂きからにやつきながら俺を見下す。
『体育特待生が部活を退部した場合学校も退学する』
校則では無いが、それは『暗黙の了解』となっている。
それをコイツは言いたいのだろう。
俺は、ニヤつく巨漢坊主を上目遣いに見上げた。
「え~! アンタぶぁか? 高校生活も残すところ3ヶ月くらいしょ~そんなときに部活辞めたていどでぇ~学校まで辞めないyo!」
静まり返る教室。
俺の態度に、一分刈りの坊主頭を青筋が覆う。
「恥ずかしくねぇのか…?」
恥? 何それマジ受けるw
「今って不況よ、ふきょー? お分かり? 意地やプライドで学校辞めてニートやるほど僕ちゃん家セレブじゃないから~『高卒』くらい取っとかないとヤバイ訳よ~おk?」
たぶん、俺の言ってる事なんて理解する気のさらさら無いであろう巨漢坊主は何か言いたげに口をもごもごさせるばかりだ。
キーンコーン。
カーンコーン。
チャイムが鳴った。
教室にいた生徒たちが、始業式の為体育館へ移動する。
「ほら、俺に構って無いで早く移動したほうが良いんじゃないか?」
俺の問いかけに、巨漢坊主は渋々歩き出した。
巨漢坊主の向ったほうには、中肉中背の坊主頭が三人。
三人そろってじろりと俺を睨みつけると、巨漢坊主と四人連れ立って教室を出て行った。
モザイクガラス越しに揺れる四つの頭を見送りながら、自分の髪を触る。
二学期中旬まで、俺もあんな感じの坊主頭だったが今じゃスポーツ狩りを少し伸ばした位になっている。
「ふうん…」
月日が流れるのは早いもんだ。
俺は誰もいなくなり間の抜けた教室にしばらくいたが、サボる気にはなれず体育館へと向った。
始業式が終わり、通常どうり午前中の授業が終わって昼休みを迎えた。
体育科クラスで、完全なアウトサイダーとなった俺に居場所など無い。
重苦しい空気に耐えかねた俺は、二学期からお世話になっている”図書室”へ向うべく豪華な本館の階段を二段飛ばしで駆け上がった。
図書室は、本館の最上階13階にある。
エレベーターがあるにはあるが、基本生徒は使用を禁止されている為この糞長い階段を登るしかたどり着く術は無い。
途中に倒れる力尽きたであろう特進科の生徒を尻目に、俺は余裕で階段を登っていく。
僕ちゃん、体力だけはあるんです!
ガラッ!
俺は、図書室の扉を開けた。
誰もいない。
無理も無い…生徒の読書に対する自主性を促すには立地条件が悪すぎだ、あの糞長い階段登りきってまで訪れたいなんて思う生徒はそうそういない。
大体、書籍なんて最近はダウンロードが主だしなかなか紙で本読もう何て物好きは少ないだろうから。
お陰で、ここは僕ちゃんのブレイキングハートを癒す最後のオアシスとなっている。
俺は貴重な昼休みを、木漏れ日降り注ぐお気に入りの席で迎えようと図書室に足を踏み入れ___。
ドン!
「かはっ!?」
突然、みぞおちの辺りに衝撃を受けバトル漫画のような声を上げてしまった…自己嫌悪。
「すっ、すみません! すみません!」
可愛らしいアニメ声。
元凶と思われる女子が、90度よりもかなり角度をつけながら頭を下げている。
なにコイツどっから沸いたの?
つか、それほぼ前屈だよね? 身体測定かよwwwwww
「ダイジョブ! ダイジョブ! 兵器だじょー」
「…ホントにごめんなさいいいい!」
俺のアメリカンジョークは女子には伝わらず、更に頭を深く下げ怯えている。
ow…軽く返すつもりがどうやら恐怖を与えてしまったようだne~ww
「本当、大丈夫だから顔上げなってw」
俺は出来る限り、普通に話しかけた。
女子が恐る恐る顔を上げる。
ち…小さい!
え…何コレ小さくない? 150…145cm位…中等部か?
色白の肌に、少々癖のある栗色の髪を二つに分けて緩く三つ網にして縁無しの眼鏡のから覗く瞳が今にも泣き出しそうに俺を上目遣い見上げている。
「あ…のぅ…」
それに、美少女アニメ声…キタコレ…。
萌…萌えぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええ!!
ビクッと、女子が体を強張らせる。
おっと! いかん、イカン! オラの熱いパトスがほとば…何でもありません!
「お、俺、高等部三年の玉城圭ごめんね! 怪我とかしてない?」
怯える女子に、出来る限り興奮を抑えたつもりで自己紹介する。
「…」
あう…すっかり引かれてるぅ…。
俺、結構たっぱあるし…つい最近までバリバリ柔道だったからムキムキだしぃ…幼女には刺激が強すぎるかもぉだけどぉ…凹むわぁ…。
「…くす」
「へ?」
不意打ちエンジェルスマイル!?
「ごめんなさい…大丈夫です。 私の方こそ良く見てなくて…」
…なにコレ…惚れてまうやろ________wwwww
その日から、俺の昼休みは薔薇色に輝いた。
数日経ったある日の夕食。
「ふんふんふ~ん♪」
「なにキモイ…」
自宅にて、鼻歌を歌いながら米を食む年上の従兄に渚が眉を潜めた。
「兄ちゃん、学校で何かいいことあったんか?」
剣がコロッケをかじりながら、興味心身に聞いてくる。
今日は、『見知らぬ婆ちゃん』は寄り合いでいないし、おじさん達も母さんも残業で遅い。
なので夕食をかこんでいるのは、爺ちゃんと俺、剣、渚、風の5人だ。
「聞きたいか?」
「うん! なになに!!」
期待に瞳を輝かせる弟に、俺は満を辞して宣言する!
「俺、彼女できたんだ! キラッ★」
食卓の空気は、凍りついた。
あれ? 何故?
「ソレ、ホントに彼女?」
眉間にシワを寄せながら、外道その①が疑惑の目を向けてくる。
「……無理」
外道その②も、それに続く。
「マジで!? 彼女ってどんな感じ!??」
弟よ、お前だけだ俺の味方は!
「とくと聞いてくれ! 備瀬きみか《びせきみか》って言うんだ~メガネミニマム萌ボイス巨乳文学系年下彼女~二人の秘密の図書室~」
「なんだ…エロゲーか…」
「違げーよマジカノ!! 二次元違うから!! 現実だから!!!」
お前までそんな目で俺を見るな!! マイブラザー!!
ぐすん。
飯がしょっぱく感じるぜぇ…。
「つー訳で誰も信じてくんないの!」
陽だまりの図書室で、俺はマイスイートハニーに愚痴をこぼした。
俺の正面に座る彼女は、読んでいた本をパタンと閉じる。
「私は気にしませんよ?」
ぽちっとした桜色の唇で、にっこり微笑むマイスイート。
キタコレ!
迸るパトス!
今日こそ少年は神話に________
ガタン!
「なんだ?」
ちっ…折角いいとこだったのに…!
図書室の扉がガタンとまた揺れる。
「ナ…ナニ?」
マイスイートが、不安そうに扉を見た。
萌え。
怯える顔も頂きましたぁ!!
脳内に保存・脳内に保存・脳内に保存……。
「何だ? 見てくるよ」
キリッ★
「気お付けて…」
スイートに見送られ、俺は図書室の扉を勢い良く開けた!
ガラッ!
「あ”?」
そこには、100キロは余裕で超えてる巨漢が汗だくで立ってた。
ナニこれ…キモッ!!
「玉城…ふしゅー……お前…ふしゅー……ここで…なに…ふしゅー……している…?」
お前は、ダース●ーダーか!!
100キロ超えにあの階段はきつかったとwww
マジ受けるwww
「お前に関係ナッシング! ほっとけ!」
スイートとのハッピータイムを、進撃の巨漢に邪魔されたくねーですたい!
「…部も辞めて……こんな所で油売って…後輩に示しがつかない…!」
「あ”? それを俺に言ってどうするよ? ___柔道部主将の仲嶺一」
ビキビキと一分刈りの坊主頭に無数の血管が走る。
「つーか、一体なんの用よ?」
進撃の巨漢は、呼吸を整え俺を睨みつける。
「いっ、いい気なモンだな!」
「はぁ? ナニお前、そんな事言う為にあの階段登って此処まできたの? 暇なの?」
俺が呆れたように背を向けると、巨漢の腕が肩を掴んだ。
「待て!」
「あ”?」
振り返ると、巨漢が額から噴き出す玉の汗を拭いもせず俺を睨みつけていた。
「お前…後、3ヶ月で卒業だぞ? それを…家庭の事情だか何だか知らないが最後まで『先輩』らしく振る舞え! お前が好き勝手に行動すればそれだけ『後輩』のモチベーションに響くんだ自覚しろ!」
巨漢は『主将』として、俺を諭す。
『先輩』としての責任ってやつか…確かにコイツの言ってる事は『正論』なんだろう…だから何だってんだ?
「俺は、後輩の為に自分を犠牲にするほど人間出来ちゃいないんでね」
僕ちゃん健全な男子高校生よ?
おにゃの子と、図書館でいちゃつくくらいE~じゃん!
しかも、至って健全なお付き合いですし!
「…前々から、どうしょうも無い奴だと思っていたが…まさか此処までとは・・!情けない! だからお前の母親は旦那に捨てられるんだ!!」
は?
コイツ今、何つった!?
驚く俺の顔を見て、ニタニタと巨漢が笑う。
「正月中、お前の親父がウチの店に飲みに来てたんだよ」
そういえば、コイツの家は居酒屋を経営していたな…ここら辺じゃ評判良く知らない者はいない。
どうやらクソ親父は、自分が離婚された事を全て母さんに非があるかの如く話したのだろう。
クソ親父が!
捨てられたのはてめぇの癖に!
「ちゃらんぽらんなお前を見て、良くわかったよ。 こんな風にしか子供を育てられない女は『離婚』されて当然だ!」
頭の奥で何かが弾けた。
俺は、右肩に乗るニヤつく豚の前足を素早く左手で払い振り向きざまに左手で豚の学ランの襟を掴む!
そして、左足を豚の股に割り込ませ右手で豚の左足の膝裏を抱え一気に廊下の床にその巨体を叩き付けた!
朽木倒し変形型。
俺の得意技。
俺は、素早く起き上がり図書室に背を向けたまま扉を閉めた。
こっから先は、マイスイートには見せれない。
不意打ち+畳とは違うコンクリートの床に叩きつけられながらも、豚は後頭部を死守し完璧な『受身』をとる。
流石、男子100キロ超級全国3位の男は違うね★
「てめっ…卑怯…技をこんな事…に!」
受身を完璧に取ったとは言え、ダメージはあるようで少し呼吸しづらそうにしながら豚は起き上がった。
「お前…自分がなにやったか解ってんの?」
豚が人語を喋ってる。
ああ、お前は言っちゃいけない事言った。
仮にそうだとしても、それはお前が言うべき事じゃない。
自分より遥か格下の相手に、不意打ちを食らったのが相当我慢ならないのか豚の一分刈りにさらに血管が走り目が血走る。
「HAHAHA、ナニそれ? もしかして第二形態とかあったりする!?」
俺の実力では、この進撃の豚に勝ち目は無いだろう。
だが、これは意地だ…。
ぜってぇ…許さねぇ…!
静まり返る廊下に、豚の息づかいが響く。
63キロ級の俺と、100キロ超級の豚とでは体重・筋力差がかなりある。
奴は体を前傾姿勢に保ち、豚にしては素早いすり足でにじり寄り俺の首の後ろ『奥襟』を捕まえようと頭上から右腕を被せるように掴みにかかった!
豚の得意技は、『内股』。
このまま、奥襟を取られれば前方に体勢を崩され腰で跳ね飛ばされてジ・エンドだ!
俺は、左腕で豚の襟を掴み引き付けられまいと腕を突っ張る。
こうなると、奥襟に掛かった豚の腕は中々俺を引き寄せる事は出来ない!
「ちっ、左か…」
豚がやり難いと、舌打ちした。
右利きが大半を占めるこの国で、左利きが珍しい様に柔道でも左組は珍しい…全ての技がまるで鏡写しの様に反対になる上組み手も取り辛い。
大半の右利きの選手にとって、やり辛い相手である事に間違いないだろう。
青春の大半、衣食住を共にしたと言うのにレギュラーのコイツは俺の組み手が左組と言う事も知らない。
いや、三下の組み手なんて知る必要も無かったんだろう。
キュッ!
俺の、上履きが床を鳴らす。
豚は、その動物的感で危険を察知し襟を握る俺の腕を両手で弾いた。
ビリッと音がして、俺の掴んだ豚の学ランの上着が襟の辺りから引き千切られる。
「あーあー、やっぱ弱いな~普通の衣服ってのは…」
俺は、左手ある金色の指定ボタンの付いた布切れを床に投げた。
コツっと、ボタンが床に当る。
引き裂かれた、学ラン切れ端に目を落としながら、豚が鳴き声を発した。
「…左かと思ったら右の技かけようとしやがったな…お前、『右利の左組』か?」
ザッツライツ!!
その、とーりっス!
速攻で見抜かれたし!
つーか、ナニこの戦闘力の差…同じ高校生よね?
あーあー油断してる隙に、ヤっちまおうと思ったのに…。
所詮、アレですか?
豚は選ばれし者で、俺はそこらへんの雑魚キャラですか?
母親を蔑まれても、ろくに仕返しすら出来…あ、さっき一発決めたから満足しろって事?
足んネーyo~~~。
タネがばれれば、俺に勝ち目など…始から無かったけど。
豚が、動く!
豚の左手が俺の右手を掴んだ!
早!っと思った時には遅く、俺の体が前に崩されバランスを失う!
何とか踏みとどまったが、気が付いたら既に『奥襟』を取られていた。
奥襟・引き手を取られ更に肉迫される。
あ、駄目だこりゃ…俺、コンクリで上手く『受身』とれるかなぁ?
「何やってんのよ! アンタ達!!!!!!」
ドカッ!
予期せぬ側面からの衝撃で、俺と豚は吹っ飛び床に叩きつけられる!
「いてぇ…」
豚に抱えられた状態で倒れた俺は、その元凶を見上げた。
腰まである黒い艶のある髪をなびかせ、そいつは仁王立ちで俺と豚を見る。
「比嘉……」
豚が、くぐもった声でそいつの名前を呼んだ。
比嘉霧香。
35人いる3年体育科クラスにおいて、希少な女子5人の内の1人。
5人の内4人は柔道部で、比嘉は体育クラスの中でも唯一の空手部だ。
比嘉は、清楚・可憐を実体化したようなかなりの美人。
それこそ、体育科を毛嫌いする特進科のエリート集団達がこぞってファンクラブなんて物を作るほどに!
学校指定のセーラーに赤いスカーフ腰まである黒髪は、光を受けることで艶やかなエンジェルリングを広げ染み一つ無い白い頬は息を弾ませ興奮しているのかほんのり赤く染まる。
うん、美しい。
比嘉の実態を知らない人間が見れば、一発で心を奪われるだろう。
正直、実態を知る俺は出来る事なら関り合いになりたくないけどね。
「有段者同士が、喧嘩って…何考えてんのよ!」
比嘉の真っ黒な瞳がキッと俺達を睨む。
豚は、俺から手を離し素早く起き上がり体に付いた埃を払う。
「それは___」
「仲嶺! アンタ主将でしょ? 後輩に見られたら言い訳出来ないわよ!」
はは、怒られてやんのwww
豚は、不満そうな顔をしながらもぐっと言葉を飲み込む。
「…次の体育、男子は柔道でしょ? 先生が探してわよ…さっさと行ったら?」
比嘉の言葉に豚は、おもむろに歩き出す。
「______」
比嘉が、真横を通過する豚に聞き取れないほど小さな声で何事か喋りかけた。
程なく、豚が階段へ曲がった先から壁を殴るような音が聞こえたが今の俺はそれ処ではない。
「ちょっと、アンタも! て…どうしたの?」
比嘉が、膝を抱えしくしく泣く俺を見て怪訝な顔をする。
閉めた筈の図書室の扉が、人が通れるほどに開いている…もちろん中には誰もいない。
やっぱ、そっすよね…
幾らなんでも、マイスイートには刺激が強すぎましたよね……。
はらはら涙をこぼす俺の肩に、比嘉の手がそっと置かれた。
……………。
………………。
最低だ…。
マイスイートを怖がらせてしまうなんて…。
「ちょっと! そこ! 飛び出して…って! もはや原型がないわよ!?」
比嘉の言葉なんて耳に入らない。
俺は、持ってた筆を地面に投げ捨て大きなため息を付いた。
「も~真面目にやりなさいよね!」
やってられるか! こんな事!
心の中で悪態を付く。
本来、この時間は『体育』の授業が行なわれている。
体育科は1・2・3年の男子合同で柔道。
女子も柔道部は男子のほうに参加、他の部活の女子はバスケだ。
そんな中、俺と比嘉は学校の生徒送迎バスのはげた塗装をペンキで補修するよう先生に命じられていた。
つか! 買い換えろよ! ここ、金持ち学校じゃん!
妙な所でケチ臭いな!!
俺の塗ってた『甲』の文字は、もはや原型を留めてはいない…ああ、だりぃ~マジ帰りたい。
「手、動かしなさいよ! ったく…」
比嘉が白のペンキの入った、缶を俺に向って突き出す。
俺は、のろのろそれを受け取り黒いペンキのべたり付いた筆を突っ込んだ。
「ちょっと!!」
それを見た比嘉が、慌てて筆を引き抜く。
比嘉は、俺の監視役だ。
今だかつて、部活動を辞めた生徒がその後も在籍し続けるのは前代未聞の事らしく先生達でさえ俺の事はまるで腫れ物にでも触るような扱いをする。
その一つがこれ。
体育授業の間の奉仕活動。
体育科は各学年に1クラスづつしかない。
だから、体育などの授業はたいていまとまって受ける。
先生曰く、『家庭の事情とはいえ後輩達に顔を合わせるのはつらいだろ?』との事だったが恐らくは豚と同じで後輩達への影響を懸念したんだろう。
確かに、ここにいる連中はガチでオリンピックに出るのがの将来の夢とか素で言えるような鬼畜な練習を精神すり減らしならが耐えている…退学者の最も多い夏を乗り越えた1年生といえどまだ油断出来ない。
そんな所に、俺みたいなイレギュラーがいたんではどんな影響が出るか分からず先生達も困惑してるんだろうが…。
あんま、気にしないだろ?
とか、思ってるのは俺だけだろうか?
そんな俺が、好き勝手出来ない様にお目付け役として宛がわれているのがこの女だ。
まあ、こいつも俺とは違った意味でイレギュラーな存在だけどな。
この女…比嘉霧香は、一言で言うなら天才だ。
まあ、武芸に限られているがそれでも100年に一人の逸材に変わりはないだろう。
だが、その天才故にこの女はこの高校から50年続いた『空手部』を潰してしまった経緯がある。
無論、比嘉にそんな自覚は無い。
普通に考えたら、そんな天才がいれば部は盛り上がり更なる名声を学校としても手に入れる事が出来た筈だと歓迎しただろう___しかし。
過ぎた『才』は周りからやる気を奪う。
そんなの、負け犬の遠吠えだと言われればそうかも知れない・・。
だが、考えてもみろ?
自分が、年月をかけ手に入れるモノを息をするよりも簡単に得る者がいたとしたら?
しかも、そいつは『自分の出来る事は皆にも出来る』と思っていて自分と同じ事を他人にも強制してきたら?
別に、比嘉は悪意があってやったわけじゃない。
ヤツに言わせれば、『努力すれば必ず結果が出る…大丈夫、君は未だ本気を出していないだけ__』と言った所だろう。
だが、人にはそれぞれキャパシティってヤツがある。
比嘉にとってそれは、ラジオ体操並みの事かも知れないが他の部員にとっては正に地獄。
先輩たちは、運良く『卒業』がその地獄を終わらせてくれたが同級生並びに後輩達はそうも行かない。
オーバーワークによる怪我、精神的な負荷が重なり空手部員達は皆学校を去っていった。
比嘉は一人きりになった。
それから比嘉は、たった一人で大会という大会で破竹の勢いで勝ち続け遂に3年間無敗という前代未聞の記録を叩き上げた。
もし、オリンピックで空手が種目にあったなら確実に金を取れただろうと回りは囁いく。
だが、比嘉は空手に自分を見出せなくなっていた。
「私、人の役に立つことがしたいの!」
ある、昼下がり突然教壇に立った比嘉が言った言葉に教室が静まり返った。
教壇にコトリと置かれた『目安箱』と書かれた不恰好なダンボール箱。
ナニそれ?
テラワロスwww
と、思ったのは俺だけでないと信じたい。
事実、その場では比嘉の奇妙な行動は一笑にふされたが…そこからが凄かった。
始まりは、見向きもされなかった”目安箱”に入った一通の依頼。
それを皮切りに、比嘉の下には様々な人が集う。
元々、ファンクラブなんて地盤がありそれも手伝ったのかも知れない。
集まる様々な依頼を、仲間と力を合わせ解決して行く姿はまるでどこぞのマンガやアニメの主人公そのもので遂には学校の外の問題にも首を突っ込みそれすらも解決してまわる。
『正義の味方』
いつしか比嘉はそんな風に呼ばれた。
そんな、『正義の味方』の最新ミッションは恐らく『家庭事情で部活を退部し捻くれた哀れなクラスメイトの更正』だろう。
嗚呼、うぜぇ!!
きっと、コイツを主人公にしたストーリーじゃ俺はへそ曲げた嫌な奴できっと最後に涙を流しながら『ありがとう』とか言ってハッピーエンドだ!!
おげぇぇえぇぇ!!
「……ねぇ! ちょっと! ねぇってば!!」
しつこく呼ばれ、俺はやっと脳内シェルターから引き戻された。
「何だよ?」
比嘉は、いかにも俺の事が心配ですって顔をしている。
「仲嶺の言った事なんか気にしちゃ駄目よ…」
ドクン。
と、心臓が跳ねる。
お前も十分地雷踏んでんぞ?
「私に力になれる事があったら言って…」
比嘉の真剣な瞳が、俺の無気力な目を捉える。
そうきたか…。
確かに、お前に願えば事は上手く運ぶのかもしれない。
きっと、その方が良いに決まってる。
けどな、その言葉だけは絶対に言わない。
「お願い…私、おやま…っつ…!」
比嘉が慌てて口を押さえる。
「ごめん」
比嘉が呼ぼうとしたのは俺の『旧姓』。
ま、二学期まではその名前だったのが行き成り『玉城』に変わったんだ無理も無い。
「めんどいから下の名前で呼べ」
そう言うと、比嘉の顔に眩しい笑みがこぼれる。
まて! まさか俺が心を許したとかそんな事思ってないよな?
「圭! 私、アンタの力になりたい!」
キラキラと瞳を輝かせ比嘉が、俺の手を取る。
ゾク…。
っと背筋に悪寒が走り、体中を鳥肌が覆い軽い吐き気を感じる。
ああ…きっとこれが、『虫唾が走る』って事なんだろう。
傍目から見れば、学校一の美女に手を握られるラッキー野郎にしか見えないんだろうな…。
俺が、『願い事』をするまで手を離さないつもりなのか比嘉はより一層力強く手を握ってくる。
不快で堪らないな…。
…仕方ない。
これは自分で調べるつもりだったが、あの言葉を言うよりマシだ。
「ホントに力になるんだな?」
「もちろん!」
「じゃあさ…一つ頼むわ」
………。
…………!
比嘉が呆けたような顔をする。
っぷwwwww
テラワロスwwwwwwwww
俺は、湧き上がる笑いを必死に封じ込め真顔を保つ。
その位、比嘉にとって俺の言葉は予想外だったようだ。
「…無理か?」
俺は、ワザとがっかりしたような表情を作った。
「え? ううん! 大丈夫よ! そのくらい朝飯前なんだから!」
比嘉は、明らかに狼狽している。
ふうん…数多の依頼をこなして来た比嘉でもこの手の物は初めてなんだろうか?
「備瀬きみか…さん…ね、分かった」
比嘉は、スカートのポケットからメモ帳を取り出すとマイスイートの名前を書いた。
「一年生で間違いない?」
「ああ」
さらさらとペンが走る。
恥ずかしい話。
マイスイートと付き合って一週間になるが、俺は彼女のメアドもクラスも専攻も知らない。
今日こんな事になって、怖がらせてしまい謝罪をしようにも成す術が無かった。
特進の一年クラスをしらみつぶしに探せば良いんだろうが、つい最近まで柔道漬のごつい体育科の3年生がそんな所をうろついたんでは返って問題に成りかねないし…何よりマイスイートに迷惑がかかる。
そこで、なにやら期待していた『正義の味方』にお望み通り『依頼』をかけた訳だ。
『一年に在籍している備瀬きみかのクラスと専攻を調べて欲しい』
いやぁ、馬鹿となんとかは使いようって言うだろ?
キーンコーン
カーンコーン
カーンコーン
カーンコーン
終業のチャイムが鳴る。
「じゃ、頼むな!」
俺は、メモを取る比嘉を残してその場を立ち去った。
比嘉、俺はお前が死ぬほど嫌いだ。
だから、お前が望むようなフラグは死んでも立てねーよ。
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不慣れな、バスを二本乗り次ぎ俺はやっと家についた。
いやぁ、ムカつく一日だったなぁ。
ま、最後の比嘉の顔はマジ受けたけどなwwww
家に入ろうと、俺はドアノブに手をかける_______ん?
庭の方から、なにやら会話が聞こえる…。
俺は、家には入らずそのまま庭の方へ回った。
「あ、兄ちゃん! お帰り!」
縁側に、爺ちゃんと弟の剣の姿。
俺のほうをチラリと見て、直ぐに真剣な顔で爺ちゃんの手元に視線を落とす剣。
怯えてない弟を見るのは久しぶりだ。
「何やってんだ?」
「お守りだって!」
お守り?
近寄ってみると、爺ちゃんの手元にはハンドボール位ありそうな大きな貝殻が握られておりそれを太さ5mm程の細い紐で器用に縛っていく。
流石、元漁師! 紐扱いに慣れている!
まるで、SMに出てきそうな細やかな亀甲を貝殻に施す爺ちゃん。
俺も、習いたいなぁ……。
「兄ちゃん?」
「はっ!!」
い…イカン! 俺の煩悩が!
「あ、いや…貝殻で魔よけとか作れんだなぁってさ!HAHAHAHAww」
「これね、クモ貝って言うんだって!」
クモ貝…爺ちゃんが手早く紐をかける貝は、多分巻貝の仲間だと思うが長らく陸に放置されていたのか白っぽく変色していて縁には、7本の角のような突起がありなかなかゴツイ姿をしていた。
「これをね、家の前に吊るして置くと『魔物』が寄ってこなくなるって!!」
剣は、ものすごく嬉しそうに瞳を輝かせる。
弟よ…そんなに期待するのはどうだろうか?
「それにね! 見て見て!!」
剣は、自分の首に下げている物を俺に見せた。
それは、小さな直径3~4cm程の小さなクモ貝。
その、小さなクモ貝は細い真鍮で細やかな亀甲が施されそれが金色のボールチェーンに通されている。
「なにコレ!? かっけぇ!?」
「でしょ!! 爺ちゃんに造って貰ったんだ~」
爺ちゃんマジパネェ!?
あ。
「兄ちゃん?」
急に黙り込んだ俺に、剣が怪訝な顔をする。