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霊感0!  作者: えんぴつ堂
見知らぬ家族
16/25

見知らぬ家族②


**************





 「うわぁ…これは酷い…」



 ハートライフ病院外来診察室15番。


 デスクと、パソコンと、簡易寝台と、必要最小限の医療器具が並ぶこじんまりとした診察室で研修医の小橋川先生は笑いながら言った。


 あの後、飯を食い終わった比嘉を『剣の体調が悪い』ともっともらしい理由をつけて帰るように仕向けたんだが…何せ奴は困った人をほっとけないウザイ正義の味方だ『心配だから残る』とほざきやがった!


 だから、さっさと帰ってもらう代わりにメアドと電話番号を交換する羽目になったんだ!


 機械音痴なのかたどたどしく弄る比嘉から、ガラケーを奪い取り20秒で赤外線を使い相互に通信させ付き返すと何故か嬉しそうに顔を緩める奴に俺は悪寒が走った。



 …早まった! 


 と、思った時には後の祭り。



 ああ、2時間前の俺…死ね。



 そして現在、俺は見知らぬ母さんに言われて例の頭の傷と虐待鬼女に打ち込まれた薬品の後遺症がないか検診に来たわけだけど。

 

 「いや…頭の傷はもう心配無いんだけどね……何がどうしたらそんな事になるの?」


 俺のずたずたになった口腔内に、ステンレスの平たいモノを突っ込みペンライトでまじまじと見る小橋川先生。


 大方、正義の名の下に引き篭もりの住まう部屋に強制突入してきた脳内花畑の正義の見方気取りの女に手加減無しで先制攻撃をかましたら腹に一発と顎を掌底で打たれて歯が当ったって前蹴りで吹っ飛ばされてドアをぶち破ったんだろうよ?



 っと、心の中で悪態をついてみる。


 「おおう…鳩尾みぞおちと胸…一体何と戦ったのさ? 鍛えてなかったら折れてるよ?」



 わお、アイツも手加減なしか!



 「先生! 兄ちゃん大丈夫? 死んだりしない?」


 俺の背後で心配そうに見ていた剣が、今にも泣き出しそうな声で小橋川先生に問う。


 診察室に何故どうして剣が居るかというと、朝っぱらから比嘉にあんな事を言われてすっかり震えあがった剣はどうしても今日は俺と一緒に居たいと駄々をこね遂には病院にまでついて来てしまったのだ。


 まぁ、今日は土曜だし最近はばたばたしてこの可愛い弟にかまってやれなかったからまいっか。



 「あはは! 大丈夫だよ、お兄さんすごく体が頑丈だからこのくらいじゃ死なないよ!」


 不安気に俺の背中から顔を出す剣の頭を小橋川先生の細い手が軽くポンポンと______!?



 バシッ!



 次の瞬間、剣の頭に触れていた小橋川先生の細い腕が跳ね上がる!



 「兄ちゃん_____?」



 剣は、突如自分を背中に隠し目の前の医者に臨戦態勢を取った兄をポカンと見上げた。


 「あんた…!」


 「…すまないね、脅かしたかい?」



 小橋川先生は、弾かれた自分の手を摩りながらすまなそうに笑う。


 俺は、その摩っている手から目が離せなかった。



 赤。



 絵の具をこぼしたような真っ赤な肌に黒く鋭い爪…それはまるで…。



 「その子、憑かれやすいね…家を出るのはもう少し伸ばした方がいいよ」



 小橋川先生は、淡々とした口調で言った。



 「見えない、何も感じなのは厄介だよ…ギリギリになるまで気が付けないのは一番危険なんだ、せめてその子が自分で対処でるようになるまで家に留まるべきだ」




 『卒業して、俺の仕事が見つかったら家をでよう』



 それは、家の中を幽霊的なものが闊歩する事に毎日脅えて暮らす弟との去年の暮れにした約束…この研修医はまるで始めから知っている風な口ぶりでやんわりと俺たちの約束を否定した。


 眼鏡越しの真っ黒な瞳が、瞳孔を大きく広げ食い入るように俺をみる。


 まるで、頭の中を覗かれみたいで気持ち悪い…。



 「______病院に来ただけで3体・・と、『お家の方』が心配してついてきてるね…一応、応急処置はしたから早めに用事を済ませて帰る事を進めるよ」


 「なぁ…小橋川先生…あんたは、あんた達は…ひ____」



  『人』なのか?



 と、聞こうとしたとき小橋川先生がニコリと笑って人差し指を口に当てた。


 「あ…」



 背中に隠した弟が、俺のシャツを握り締め不安気に俺を見上げる。



 「僕らの事は、主任に…『お母さん』に聞くといいよ~今日は、抗生物質と塗り薬だすから…これでお終い!」



 小橋川先生は、なにやらカルテに書き込みながら『またね』と手を振る。



 その手は、『普通の人間の手』に戻っていた。






 外来検診を終え、俺は会計を待つべくロビーに並ぶガラガラの長椅子の群れを眺めながら溜め息をついく。


 此処のところ、自分の理解を超えた事態に立て続けに巻き込まれている。


 そして、その度一人また一人と家族が『見知らぬ誰か』に変わってしまう…別に、今更血のつながりとかそんな事に拘るつもりは無い…。



只。


 今まで、揺らぐ事無く信じてきた『家族』が『居場所』が消えてなくなる…そんな不安に押しつぶされそうに______


 って、何考えてんだ俺らしくねぇ…やっぱアレだな睡眠は大事だ良く考えたらもう3日は寝てねぇんだ頭がまともに働いて無い時に滅多なことを考えるもんじゃない。


 どうせ、いま此処でうじうじ考えた所で答えなんか出る訳がないんだから。


 そんな事より_______ 。


 ロビーで名前を呼ばれて会計して処方箋もらって道向かいの薬局へ____


 って、何で病院って所は直で薬を出さないんだ? この病院だけか? 他もそうなのか?


 睡眠不足の脳は、重大問題からくるストレスを回避すべく問題をすりかえた。


 俺は、会計と処方箋を受け取ってから病院の廊下をとある場所目指し剣を連れて歩く。


 薬は帰りがけに薬局で貰うとして、取り合えず用事を済ませようじゃないか。


 「兄ちゃん、今からどこいくの?」


 ずんずん廊下を進む俺に、剣が小走りで歩幅をあわせながら聞く。


 おっと…考え事してたから歩幅を剣にあわせるの忘れてたな…。


 「ああ、『トモダチ』にこれを渡しにな…」


 俺は、家から持って来た紙袋を見せる。


 「それ、『にゅういんなかま』ってやつ?」


 「……まぁ、そんなもんだ…」


 無邪気な剣の質問に、俺は少し引きつた笑顔で答えた。


 まぁ…トモダチと言えばトモダチだよな?


 どこまでも真っ直ぐな白い廊下を進み、突き当たりのドアから外に出る。


 そして、患者たちが談笑する中庭を突っ切りそこは見えてきた。


 病院の敷地内にあって、完全に孤立した白亜の別館。


 その入り口の前に立つと自動ドアが開き、俺と剣は中に入ったがそこには更に自動ドアが憮然と立ちはだかる。


 二人して自動ドアの前に立つが、ドアは全く開く気配がない。


 「あれ?」


 剣が首をひねる。


 「面会ですか?」


 動かない自動ドアの前に二人してたっていると、右奥の方から声をかけられた。


 そこは、小さな受付でそのカウンターの向こうから若い看護婦が顔を出し此方を見ている。


 「あ…はい」


 俺がそう答えると、ようやく自動ドアが開いた…どうやら向こうの操作が無くては開かない仕組みのようだな…流石『精神科病棟』って訳だ。


 開いた自動ドアをくぐり病棟の中に入る…ぱっと見本館のロビーと変わらないが…。


 「あれ? あの人たちの洋服は白いんだね?」


 剣が、入院患者と思しき白い入院着の一団を指差す。


 「おい、指差すな目合わせるな」


 俺は『なんで?』と言う剣の腕を引いて、ロビーを突っ切り受付に声をかける。


 「面会です。 名前は______」



 受付の看護師は、ファイルをチェックし受け付けのカウンターから出てきた。



 「その方は4階です。 管理指定区域なのでフロアまで同行します」


 俺と同じがもう少しがっしりした感じの『体操のお兄さん』的な爽やかスマイルを浮かべた看護師は、颯爽と前を歩きエレベーターに俺たちを案内し首からかけたカードをタッチパネルにかざす。


 ウインっと、機械的な音と共にエレベーターの扉が開き看護師、俺、剣の三人で乗り込む。


 看護師は慣れた手つきで4階のボタンを押しまたカードをパネルにかざす。


 「厳重だな…」


 「初めて来られた方は皆さん驚きます…中には、監獄の様だと仰る方もいますがこれも安全管理の為なんですよ_____特にこの4階からは」


 思わす声を洩らした俺に、看護師は振り返らずに答える。


 「今日は、ご家族のお見舞いですか?」


 「ちがうよ、兄ちゃんの『トモダチ』に会いに来たんだ!」


 剣の言葉に振り返りはしなかったが、きっと看護師は眉をひそめたに違いない。


 チン。


 エレベーターが止まる。


 「中央の受付で案内を受けてください。 帰る時も看護婦か看護師の同行がないとエレベーターは起動しませんのでご注意を」


 「ありがとう」


 「ばいばい」



 剣が手を振ると、ドアが閉まるまで看護師は爽やかな笑顔を浮かべて手を振った。



 「さて…」


 下に降りて行くエレベーターを見送って、俺はざっとフロアを見渡した。


 大きさは1階と変わらないが、人が多い。


 置かれているのも、長椅子などではなく薄いピンク色のファンシーな丸テーブルにブラスチック製の椅子が4つのセットが9つほど並びそれに腰掛ける白装束の人々は老若男女問わず見れば判るほど明確に『まともじゃない』。


 兎に角、目が逝ってる…中には奇声を発しながらふらふら徘徊ている人やぼーっとして口から涎を流す人そしてさっきから剣の事を嘗め回すようにじっと見ている男とか…十中八九こんな所に弟を連れてきたのは間違いだろう。


 俺は、剣の手をしっかりと握り中央の受付へ向った。


 「すいません、面会なんですが…」


 受付にいたふくよかな中年の看護婦は、無表情で俺を見たがすぐにニコリと笑みを浮かべ『お名前は?』っと確認をとる。



 「名前は、『となき すすむ』」


 看護婦に案内され、俺と剣は丸テーブルのぽつんと置かれた殺風景な部屋に通された。


 窓は無く上から照らす蛍光灯の光が真っ白間壁に反射しているんだろうか?


 やたら明るい。


 「しばらくお待ち下さい」


 立ち去る看護婦…少し不安になったのか剣が俺を見上げた。



 「兄ちゃん…」


 「あ、うん、今から会うやつな…なんて言うかその_______」



 バタン!


 突然、勢い良く扉が開く!



 「おにいさん!」


 開け放たれた扉の前にいるのは、野太いきゃぴきゃぴ声を上げる白い入院着に身を包んだ小汚い脂肪の塊。


 「ひっ!」


 剣が小さく悲鳴を上げる…まぁ無理もない。


 行き成りあわられた得体の知れない脂ぎったオッサンが、ニコニコ顔で此方に向かって突進してきたんだからそれはざそ恐怖だろう。


 俺は、一瞬にして眼前に迫った脂肪の塊の額を素早く掴み目いっぱい腕を伸ばして距離を稼ぐ。


 「こらこら、進ちゃん? お兄さん何て言ったけ?」


 俺の言葉に、はたと思い出したように脂肪の塊こと体は大人心は4歳の進ちゃん(45歳)は前進を止めしゅんとなった。


 

 「あのねっ! うんとね! …うう~」


 小汚い脂肪の塊は、俺に額を鷲掴みされたままうんうん唸る。


 「・いきなり飛びつかない


 ・大声を出さない


 ・どんなに嬉しくても1回深呼吸


 だろ? 進ちゃんはほかの人より体が大きいんだから気お付けないと相手が吹っ飛ぶぞ?」



 分かったか? と聞くと、進ちゃんは『はーい!』と元気に返事をしたので俺は脂ぎった額から手を放してやる…すっかり手がべとべとだ…くっそ!



 「おにいさん、おこった? おこったの?」


 脂ぎった手をGパンにガシガシ擦り付けている俺に、進ちゃんはしゅんとしたまま尋ねる。


 「…いや、怒ってはいない……それよりほら、約束のもの持って来たからテーブルに______」


 「うわぁぁぁぁぁぁぁい♪」


 しゅんとしていた進ちゃんは、俺の手から紙袋を引ったくり部屋のほぼ中央に置かれたファンシーな丸テーブルに中身をぶちまける。


 紙袋の中身は、見知らぬ博叔父さんがパチンコでゲットした大量のお菓子だ。


 進ちゃんは、キャーキャーと野太い歓声を上げながら次々にお菓子を開け口いっぱいに詰め込んでいく…そのおぞましい姿に俺の背後に隠れて凝視する剣は言葉を失っていた。


 突如現れたアレな中年親父をお菓子で餌付けし出した兄を、剣が物言いたげに見上げる。


 「アイツには、ちょっと貸しがあったんだよ…」


 ますます訝しげに眉をひそめる弟…無理もない、無理も無いが剣にこの病院で起こったことを説明するには俺自体の理解が足りていない。



 まぁ、なんと言うか…あの日、チカから母親を引き離すため用意した偽医者それがこの進ちゃんだったのだ。


 一刻の猶予間ないと焦った俺は、何故か一般病棟をうろついていた進ちゃんをお菓子で釣り一言も喋らない様に言った上で白衣を着せて離れた診察室で座らせチカから虐待の真相を吐かせるまで母親を足止めするのに使ったんだが…。

 よく考えてみれば、俺や小橋川先生に平気で薬物を打ち込んでくるような鬼畜な異常者に体は立派な45歳とは言え中身は4歳児に相手をさせたのだ無事だったとは言え罪悪感が半端無い…そこで罪悪感緩和の為お詫びといっちゃ何だがこうやってお菓子の差し入れて見たわけさ。



 それと、後一つ_____どうしても確認したい事があるからな…。



 俺は、一心不乱にお菓子を口に頬張る進ちゃんの真正面のイスを引きドカッと腰掛けた。


 丸い薄ピンクのファンシーなテーブルに盛られたお菓子の山の向こうで、生え際の後退が進んだ頭が揺れる。


 背後で、おろおろしている弟を自分の横に座らせてから俺は話を切り出した。



 「うまいか? 進ちゃん」


 「ほむふっぐっ! ゴクッ…うん! ありがと、おにいさん!」


 進ちゃんは、脂ぎった中年の顔をチョコやらカスやらでべたべたにしてにっこり笑う。


 「いや、進ちゃんのお陰で『悪い魔女』を倒す事が出来たんだ…これくらいいつでもあげるよ…ところでさぁ_____」



 『う?』っと、進ちゃんは小首を傾げた。


 「どうだ? 『悪い魔女』の様子は?」


 ごくっと、進ちゃんの二重顎に隠れた喉をマシュマロが通過する。


 「うん! きのうね、せんせいのくすりのまないって、いってかんごふさんにおこられて、おしおきべやにいれられてたよ」


 「ふぅん…それから?」


 「あとね、チカちゃんのこところすってゆうからボクがね、ぱんちしたらはなじがでたんだ」


 「ふぅん、それからそれから?」


 「うんとね! えーとね……あ!」


 進ちゃんは、なにか思い出したのか口からグミを落とす。


 「きょうね、魔女のところにお巡りさんがくるんだって! だから、ぱんちもキックもしたらだめなんだよ!」


 「へぇ~他には?」


 俺の問いに、進ちゃんはうんうん唸り始めた…もう特に変わったことはないようだ。


 あの日、『見知らぬ母さん』に額を貪り食われ死んだかと思われた鬼畜虐待女ことチカの母親は死ぬどころか折れた前歯以外食われていた筈の額に全く傷など無い状態で気絶しているのを駆けつけた青沼刑事とその部下によって確保された。


 後は、虐待の容疑で検挙・起訴ししかるべき実刑をという流れになる筈だった…しかし次の日、頭の傷と打ち込まれた筋弛緩剤の後遺症に悩まされていた俺の元に聴取を取りに来た青沼刑事から聞かされたのはチカの母親がどうも正気を失ったらしいと言う衝撃的な内容だった。


 実刑を逃れる為の演技では? と、聞いてみるも青沼刑事は首を振る。


 その時、俺の脳裏に見知らぬ母さんが言った言葉が甦った。



 『殺しはしないが生かすつもりもない』



 …それは、こういう事だったのか……俺は妙に納得した。


 はっきり言って、チカの母親が実刑を免れる為こう言った演技をするのは得策ではない。


 それは、今現在の親を特に母親からの虐待における裁判判決を見れば明らかだ。


 ググれば、一発でその余りに良心的な懲役年数に呆れを通り越し思わず吹き出してしまう。


 ・三歳のわが子にゴミ袋を被せて死に至らしめた母親に懲役3年。


 ・食事を与えず栄養失調の幼い二名の幼児に適切な治療をせずに放置し二歳の長男を餓死させた母親に懲役7年。


 ああ、コレなんか執行猶予までついてる…懲役1年8ヶ月執行猶予5年…女児が頭を殴られ死亡って…あははは…命を何だと思ってやがる?


 幼い子供の命が失われたというのに、その母親が幼少時に同じく虐待を受けて育ったとしてだから何だというのか?


 精神を病んでいたとして、一体何だというのか?


 探せば、流石に30年とか求刑された例もあるがニュースになった事件でも10年以下で執行猶予付きさらに模範囚であれば期間も短くなりそうだ……皮肉な事に鬼畜虐待女は、長い事娘に対する虐待行為を隠し続けてきた演技派だ。


 もし、アレほどまでにチカに殺意を向けていたあの母親と言う名の鬼畜虐待女が懲役を求刑されたとして果たして何年食らうのだろう?


 一般の方々が参加する裁判員制度なんてものが導入されている今時の裁判は、『魅せ方』によっては更なる懲役の短縮が狙えるかも知れない。

 そして、あの鬼畜が服役を終え出所したら先ず始めにするのは自分を追いやった者への『報復』だ。


 一番最初に標的にされるのは、間違いなくチカだろう。


 幸いにも、チカの母親は逮捕されるも供述など取れるはずも無く心神喪失と見なされ皮肉な事にお気に入りだった県内でも唯一の設備の整ったこの病院の中にある精神科病棟送りになったと言うわけだ。


 まぁ、こんなクソ以下の汚物は閉じ込めて蓋をするのが一番だ…そう丁度こんな感じの窓も無い白い檻なんて打って付けだと思わないか?


 それに、ここには進ちゃんと言うガーディアンが常に目を光らせ見張ってくれる。

 

 もし、万が一『正気』を取り戻してもなにも出来ないさ…。



 永久にね。


 


 俺が、一心不乱にお菓子の山を解体しにかかる進ちゃんを眺めていると不意に部屋のドアがコンコンと叩かれた。


 その音に、剣が大げさに驚く。


 「は__________」


 ドアは、俺の返事を待たず当然のようにガチャリと開いた。


 「おお、本当にいたですよ!」


 俺を指差し、勝手に驚いたのは充血した目に万年寝不足のくっきりとした隈が印象的なすっかり見慣れた顔だった。


 「アンタ…青沼さんの部下の……」


 「赤又茜ですよ! 覚えてくれて嬉しいな~玉城君!」


 疲れきった顔に元気一杯の笑顔を浮かべ、整えもせず適当に結ばれ少し歪んだポニーテールを嬉しそうに揺らしながら県警本部少年課:赤又茜はすっかり踵の磨り減ったパンプスで床を鳴らし部屋に入ってきた。

 

 「すぃつれ~しやすっ!」


 赤又茜は、俺と進ちゃんの間にあったイスにドカッと座る。


 コレで、ファンシーな丸テーブルに盛られたお菓子の山を中心に俺、赤又、進ちゃん、剣が円卓を囲む…何の集まりだこりゃ?


 「いやいや会えてうれしーですよ、玉城君~」


 赤又はすぐ横でお菓子を貪る脂肪の塊を無かったことにして、俺に向って半身をよじりながら肘を付く。


 「俺に何か用ですか? 今面会中なんですけど?」


 青沼刑事といる時よりかなりテンション高めの赤又に、俺は素っ気無く答える。


 「いやね~もーきいてくださいよー…って、ありゃ? かわいー! 玉城君の弟くんですかぁ~!?」


 赤又は、お菓子の山の向こうから此方を覗いていた剣に行き成りガバッっと手を伸ばす!


 酔っ払ってんのか!? と、思わずつっ込みを入れたくなったがその代わりに無作法に弟に迫る手をガシッと捕まえ静止させる。


 「おおぅ……」


 「勝手に俺の弟に触ろうとしないで下さいよ…ホントなんの用ですか?」


 赤又は、残念そうに手を膝に置きくっきり隈の浮く目で俺をヌラリと見た。




 蛇。




 俺は、この赤又茜に青沼刑事と同じ薄ら寒いモノを覚えたがその目は直ぐに伏し目がちになる。


 「いえね…今、私と青沼さんね今回の事件捜査中じゃないですかぁ~もう殆ど証拠も押さえてるし後は起訴に切り替えて立件して…だいたいが終わるんですよ…」


 「はぁ…」 


 「けど、けどですよ! こう…最後の聴取が上手く行かない!」


 赤又は、テーブルをダンと叩き俺の方に身を乗り出す!


 「状況証拠・被害者の娘さんの証言…動かぬ全てを突きつけて被疑者を『落とす』! それが私のポリシーなわけですよ! 分かりますか!?」


 「はぁ…」


 「今回については、そりぁ…いくら否定しようと証拠だけで立件可能です…ですが」


 赤又のあのヌラリとした瞳が、俺を捉える。


 「それも、被疑者が『正気』であった場合のことです!」


 赤又は、興奮を抑えるように一度深く息を吸った。


 「分かりますか? このままでは、被疑者の弁護士の主張する心身喪失…分かりやすく言えば『あたしぃ頭おかしぃからぁゆるしてちょテヘペロ★』ってのが通るわけですよ!」


 歪んだポニーテールをへヴィメタルコンサートの観客の如く激しく上下にヘッドバンギングさせながら赤又は、発狂したようにまくし立てる。


 場所が場所なだけに、傍目からみたら大人しくしている進ちゃんなんかよりこっちが患者に見えなくもない。


 「はぁ…それで? だから何だってんですか?」


 俺の素っ気無い返しにヘッドバンキングがぴたりと止み、頭を垂れた状態の歪んだポニーテールがゆっくり顔を上げる。


 「…つまり、罪を問えない……罪を償わせる事が出来ない……」


 赤又は、喘ぐように真っ白な天井を仰ぎながら呟く。


 「全ての犯罪者は、罪を償う義務があり死刑や無期懲役を除きソレを終えれば社会に復帰し適応して…生きる権利が与えられる」


 「何んでソレを俺に言うんです?」


 ヌラリと揺れる黒い隈に縁取られた視線が、天井から俺に移される。


 「君、あの人に何したの?」


 女性警察官は、日頃の疲れを溜め込んだお肌に鞭打ちピシャリとした口調でいつの間にか棒付きの飴をしゃぶっていた男子高校生を無機質な何の感情も乗らない目で見た。



 「前歯を叩きおりました」


 棒付きの飴をカロカロ舐りながら、揺らめく無機質な黒い瞳をのぞき少年はその問いに答える。


 しかし、それは正当防衛だ。


 自分の娘を好き放題切り刻んだ鬼畜虐待女が、自分を裏切ったと知って殺そうとしたからやってやったんだ。


 「…それだけじゃないでしょ?」



 「ガリッ…それだけですよ…ああ、青沼さんに通報はしましたね」


 飴を噛み砕きながら、俺はしれっと答える。


 「このままじゃ心神喪失で罪に問えない…あの人は償えないまま此処に閉じ込められる」


 よろしいんじゃないでしょうか?


 どうせ、科せられる『償い』の年数は到底その罪を許すには足りな過ぎるしそんな事であの鬼畜虐待女の思想は変えられない…あんなモノ二度と野に放ってはならない。


 それに、アレをそうしたのは他ならぬ俺の大事な『見知らぬ母さん』だ。



 何があってもバレる訳には行かない!


 俺がニヤりと唇の端を吊り上げると、赤又の目尻がピクリと動いた。


 「君の写真を見せると彼女、叫び声を上げるの…それはどういうこと?」


 「さぁ? 前歯を折られたのがショックだったんじゃないですか?」


 赤又は、ため息を付いてタイトな紺色のスラックスのポケットから手の平程の手帳を取り出す。


 その小ぶりな革張りの手帳は、中身までは見えないが付箋やらレシートやらが滅茶苦茶に挟まり本来の厚みを超えた紙の束にと化していて赤又がページを捲るたび砂やらゴミがパラパラと落ちる。


 きたねぇ…。


 「自分、玉城君のこと結構調べたんですよぉ~…」


 「は?」


 驚いて見せるが、まぁそうだろう…不本意ながら先輩の件では俺は容疑者扱いだった訳だし上司の担当した少年だったんだから部下である赤又がなにかしら個人情報を所持していたとしてなんら不思議ではない。


 ぺらぺらページを捲っていた噛み切られた短い爪が止まり、更にそのページに貼り付けた小さな紙を二三枚捲る。


 そして、まるでいたずらっ子のような目で俺を見ながら赤又は口を開いた。


 「玉城圭:18歳、 中学二年から柔道を始めて高校は県内屈指の進学校にしてスポーツの分野でもメダリストを輩出しているかの有名な尚甲高校の体育科にB特待で入学…でもその後の大会記録が無いのを見ると万年補欠。

 それでも、あの高校の柔道部なら補欠でも他校ではレギュラーくらいの実力よね? あそこの選手確保はあくどいって有名らしいしソレを考えると君はほぼ飼い殺しって所かな…? 経験2・3年で体育特待のスカウトを受けるんだもの、並大抵の努力じゃなかったでしょうに寄りによってこの時期に柔道部を退部。 え、クビね…家庭の事情とは言え酷な事だったと思う。

 柔道部の顧問2人が殺傷された例の事件で捜査線上に浮上したのもそんな事情があっての事だったのよね…クビになった事で君の人生の新たな一歩が台無しだもの疑うなってのが無理なくらい悲惨だもんね?」


 ね? って、同意を求めるように小首を傾げる赤又に思わず殺意が芽生える。


 何なんだ?


 たかが卒業間際に柔道部をクビになった事が、たかが大学へいけない事がそんなに悲惨か? そんなに不幸か? 確かに気落ちはしただが、その程度のことで哀れたりあらぬ疑いを掛けられるほうが心外だ!!


 ちっ!


 もし、この女が国家の犬でなければこの場で躊躇無く地面に沈めてくれるものを…!


 「俺の人生をダイジェストにご説明頂いてどうもアリガトウ_______」


 「でも______」



 赤又は更に言葉を続ける。



 「君は、さほどショックを受けていない…違う?」


 まるで、作り物のように感情を乗せない真っ黒な瞳が俺を覗き込む。


 「そもそも、君が柔道なんて始めたのは自分の身を守る為だったんじゃない?」


 その言葉に、俺の心拍数が少しだけ上がる。



 こいつ______。


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