見知らぬ家族①
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俺の事を、妄信的に崇め奉る熱狂的な信者と化した後輩。
頭の中は4歳児、体は42歳の心幼い中年。
好きな子を助けたいという健気な少年騎士の願い。
自分の子供を私利私欲の為に病人に仕立て上げ、手術と称して切り刻んだ鬼畜な母親。
まあ…きっと、それらはよくある事でしょう…分かります。
分かりたいと努力します。
が、しかし…ものには限度という物がある、いや、とっくにそんなもん通り越してたんだよ!
目をつぶってたんだ!
だって、ありえねぇだろ?
けど、スルーするものもう限界だ! つっ込む! 俺、もうつっ込むからな!
『つっ込んだら負け』とか、何ソレ美味しいの?
…つー訳で、そろそろ本題に入ろうか?
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ガキュィン!
俺の特大ハンマーが、なんかでっかい白くて鱗のいっぱいついてるドラゴンの頭を打ち抜いた!
メロ子<な~いす!>
コメット<おつ~>
しゃぶ太郎<さすがりっくん!>
リッ君<あざっす! 経験値もらっちゃってすんません…>
しゃぶ太郎<なんのなんの~久々のinなんだし早く俺らに追いついてよ!>
メロ子<あぷおめ!!>
コメット<次のクエストまでに250頼むよ~ww>
ハンマーを肩に担いでポーズを決める俺の元に、仲間達が駆け寄ってきた。
皆それぞれ、モンスターの素材から作られたと思われる武器や防具を身につけ赤やピンクなどといった個性的な髪や目の色をしている。
しゃぶ太郎<『おかえりリッ君! 狩って狩って狩りまくりまくれオールナイト』にご参加頂き有難うございます! いや~みなさん乙でーす!>
馬鹿でかい弓矢を抱えた白い髪の大男が"発言"する。
コメット<乙>
メロ子<乙>
リッ君<thx>
ひとしきり、話した後コメットとメロ子はもう寝ると落ちていく。
雪山のフィールドには俺と白髪の男が取り残された。
しゃぶ太郎<アンタ、リッ君じゃねぇな…誰だよ? つか! 雪山なのに防寒装備なしとかバカスwww>
二人が完全にフィールドから消えると、<しゃぶ太郎>が赤髪に赤い鎧とハンマーを抱えた<リッ君>に話しかける。
リッ君<お前か? アイツに俺の事を教えたのは?>
しゃぶ太郎<うそ…ガチで本人降臨!?>
驚きを表現したいのか、フィールドを無意味にザクザクと走り回るヤツを俺はすかさず追う!
リッ君<お前は何モンだ? 何であの事件を…俺を知っている?>
しゃぶ太郎<禁止事項ですw>
リッ君<ふざけんな!>
しゃぶ太郎<ぎゃははははwwwつか、俺を追いかける暇あったらさ~もっと他にやることあんでしょ?>
俺は、手にしていたハンマーをしゃぶ太郎めがけてふり下ろすがやはりユーザー同士は攻撃できないようだ。
しゃぶ太郎<テラワロスwwあんた、こーゆーゲーム初めてだろ?>
そう、コレは『モンモンハントスライシス5』というゲームだ。
陸は、このゲームで知り合ったというこの<しゃぶ太郎>というユーザーから俺の事を聞いたらしい。
そこで俺は、陸のアバター<リッ君>を使い陸に成りすまして奴に接触した訳だが…一発でばれたようだ。
そうか…雪山では防寒装備がいるのか…どうりでアバターが変な体勢でガタガタ震えてしかもHPがガンガン無くなる訳だ…。
相変わらず雪山を走り回る<しゃぶ太郎>を追跡しながら、実にどうでもいい教訓が頭をよぎる。
リッ君<止まれ!>
しゃぶ太郎<いやんw 僕ってそんなに魅力的~?>
ムカつく!!
リッ君<てめ、【不適切な表現の為表示できません】やる!!>
しゃぶ太郎<ぷふーww そゆの表示出来ませんからぁwwww>
ザカザカ走っていた<しゃぶ太郎>が、見えてきた大きな岩の前で止まる。
しゃぶ太郎<で、あんたがここにいるって事はリッ君のお友達は助かったて訳だ?>
アバターを振り向かせながら<しゃぶ太郎>は、<リッ君>に向って回復アイテムを使った。
お陰で、尽きかけていたHPが全快する。
リッ君<ああ>
しゃぶ太郎<そりゃ良かった…で、肝心のリッ君は?一緒に見てるの?>
俺は、キーボードを打つ手を止めた。
ノートパソコンの画面に映る雪景色の中で、突然身動きしなくなった<リッ君>の回りを<しゃぶ太郎>が走り回ったり特大の弓矢で撃ってみたりしている。
カチ カチッ。
アイテムBOXを開き、譲渡を選択。
指定:ユーザーしゃぶ太郎
*譲渡しますか? 決定を押した場合元に戻す事は出来ません。
警告を良く理解し、迷う事無く譲渡可能なアイテム・素材全てを選択して【YES】を押す。
しゃぶ太郎<ちょwwwなにしちゃてんの!? リッ君のでしょ!?>
リッ君<頼まれたんだ御礼だとさ…それに、アイツにはもう必要ない>
その文字が、表示された瞬間あれほど動きまわっていた<しゃぶ太郎>が身じろぎ一つしなくなる。
しゃぶ太郎<なにそれドユこと?>
<リッ君>に向く無表情のアバターの顔が曇った気がした。
リッ君<あいつ【不適切な表現の為表示できません】もう大分前から心臓がヤバかったらしい>
しゃぶ太郎<うそだろ? なにれ釣り? 入院ネタとか…ガチだったの?>
フィールドに吹雪が吹き始め、余りに動かなかったアバター達が身を縮めガタガタと震えるリアクションを取る。
リッ君<本当だ>
<しゃぶ太郎>は、沈黙したままオートで震えるリアクションを続ける。
リッ君<もう一度聞く、お前は何者だ? 何であの日の事を…俺の事をしっていた?>
スチャっと音がして、<しゃぶ太郎>の手にしていた派手な巨大弓矢がシンプルなデザインの黒い弓矢に変わった。
しゃぶ太郎<あいついい奴だったんだ、クエストでもフォローが半端無くてさだkら力になってyrいたかっただけnあんだ>
リッ君<感謝してたよ、お前に俺の事聞いたお陰で好きな子助けられたってさ…ショックなのは分かるが俺の質問に答えろ>
<しゃぶ太郎>は<リッ君>に向けて矢をつがえる。
しゃぶ太郎<俺は傍観者さ>
は? 傍観者? なんだそりゃ?
俺がキーを打とうとした瞬間、パシュンと間の抜けた効果音がして放たれた矢が<リッ君>の胸に突き刺さった。
「あっ!? え?」
突然、ノートパソコンの画面がフリーズする!
マウスをどんなにクリックしても、矢印のアイコンが反応せずキーボードを押しても全く意味が無い!
「っち!」
俺は、ノートパソコンを強制終了させ再度立ち上げる…行き成り電源を落としたせいか『ットアップ』とやらに時間が掛かるという趣旨の警告文が表示され苛々が募る!
やっとの事で、ゲームにログインしたがやっぱりあのフィールドに<しゃぶ太郎>はおらずフレンドリストからも消えていた。
「くそっ!」
俺は、マウスを部屋の壁に投げつけた!
バキッと音がして、コードレスのマウスは粉々に砕け散る。
一体何なんだ? 何が起こってる?
コンコン。
部屋の扉が叩かれるが、俺は振り返る事すらせず乱暴に閉じたノートパソコンの上に突っ伏したまま無駄な居留守を決め込んだ。
陸が死んだと知ったのは、俺が退院して直ぐ。
また、例の如く比嘉と体育の時間に奉仕活動を命ぜられて何者かによってグチャグチャに荒らされた図書室の整理をしていたときだった。
マナーモードにしていた筈の間抜けな着信音と、表示された公衆電話の文字。
普段なら即拒否するとこだが、なぜか取らなければならないと言う衝動と目の前に比嘉がいなかった事から俺は電話に出た。
「はい」
『圭お兄ちゃん』
聞こえてきたのは、聞き覚えのある可愛らしい女の子の声。
「風? 風なのか?」
それは、一緒に住んでる従妹の風。
外道シスターズの妹で小学校一年生だ、恐らく学校の公衆電話からかけてきていると思われるが…。
「どうした? なんで…」
『病院にいって』
「は?」
『圭お兄ちゃんの友達が、渡したいものがあるって』
「友達?」
『はやく…ガタっツーッツー』
それっきり通話が途絶えてしまう…どうやら10円玉が切れたらしい。
背筋を冷たいものが通り過ぎる…もう嫌な予感しかしなかった。
俺は、弾かれたように駆け出す!
散らばる本に足を取られ無様に転びながら、飛び出ようとした図書室の入り口のあたりで戻ってきた比嘉にぶつかる!
「ちょと! どこ行くの!?」
類い稀な反射神経で、走り去ろうとした俺の腕を比嘉が掴む!
「放せ!」
「今、授業中でしょ! どこ行くのよ!?」
「病院…」
「え? なんで?」
「俺の友達が死んだかもしれない…」
少しの沈黙。
最近奇行の多いクラスメイトの言葉など恐らく信じないと思われた比嘉は、あっさりと俺の手を離した。
「行って、私の自転車も使って駐輪場の45番…途中で乗り捨ててくれて構わない」
比嘉はそういうと、俺に自分の自転車のカギを投げてよこす。
俺は、自転車のカギを握り締め比嘉の横を通り過ぎながら『ありがとう』っと礼をいって全速力で駆け出した。
自転車を乗り捨て、バスにのってやっと病院にたどりつき小児科の個室『とうばるりく』と書かれたプレートを見つける。
半開きになった扉の向こうで、陸の母親と思しき太った女性がベッドに横たわる小さな体に顔を埋めながらすすり泣いていた。
ガン! ガン! ガン!
「圭! あんた、もう3日も部屋から出てこないで…ショックだったのは分かるけど…せめて何か食べて頂戴!」
大好きな『見知らぬ母さん』が、今にも泣き出しそうな声で俺を呼ぶ。
…もう、3日もたったのか…?
病院で陸の母親から渡されたノートパソコン。
ノートパソコンのデスクトップには、にはダウンロードされたオンラインRPG『モンモンハントスライシス5』のアイコンと、パソコンの"メモ帳"機能で保存されたログインパスワードに<しゃぶ太郎>とのチャットのやり取りと俺への感謝そして…
『どうか、ぼくがしんだことをチカにはいわないでください』
と、最後の力を振り絞って打ったと思われる平仮名ばかりの文字が『メモ帳』の最後に打たれていた。
陸の母親の話によれば、陸は生まれたときから心臓に疾患があり長くは生きられないといわれていて5歳の時にはすでに病院からは出られなくなっていたらしい。
移植手術の話もあったが、RH-とか言う特殊な血液型の所為でドナーが見つからず移植はほぼ絶望的だったそうだ。
そんな事も知らず、とんでもない事をしたと頭を下げる俺に陸の母親は咎める所か『最後の時をあんなにも楽しく過ごさせてくれてありがとう』と手を取り感謝された。
俺は、陸に無茶をさせた…感謝される資格なんてないのに……!
少しの間その場に留まったが、日が落ちてきたのですっかり青白くなった小さな友人とその母親に別れを告げ病院を後にした。
帰り掛けに乗り捨てた比嘉の自転車を運よく回収し、自宅へ走らせ部屋に篭りパソコンと対峙する。
右も左も分からないまま、始めてやるオンラインゲームにログインしひたすらいつinしてくるか分からない<しゃぶ太郎>を待った!
そして、その結果があれだ。
なんの成果も得られず、取り逃がした!
フレンドリストからも消滅している…HN《ハンドルネーム》を変更でもされたら俺の技術では追跡は無理だ!
ガン! ガン! ガン!
「圭! 圭!! 朝ご飯! みんなと食べなさい!」
大好きな『見知らぬ母さん』は、もはや涙声だ。
きっと、息子が引き篭もりにでもなったと思って脳内でひとり悩みぬいてるに違いない。
朝飯と聞いて、ついさっきまでその存在を忘れていた胃袋が悲鳴をあげる。
流石に、3日も飲まず食わずじゃいい加減何か食えと言う体からの警告だ。
肉体とは、例え友人が死んだとしても精神など反映しないらしい…皮肉なもんだ。
ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!
外から叩かれる扉が、ガタガタと揺れる。
……うるせぇな、3日も風呂に入っていないんだパンツくらい着替えたい。
俺は、ノートパソコンをシャットダウンし包まっていた毛布から抜け出し着ていたジャージを脱ぐ。
ガンガンガンンガンガンガンガンガンガン!!!
扉は、今にも破壊されんばかりに叩かれ続ける。
うるせっ!!
俺は、臭さ全開のTシャツを脱ぎ捨て扉を開けた!
「はいはいはいはい! 今いく_________」
背筋に走る戦慄。
開けた扉のまん前、四年履き倒した馴染のだるだるボクサーパンツ一丁の俺の目前ぎりぎりに胸ほど身長の人物が上目使いに顔をのぞく。
漆黒の瞳に透き通るようなシミ一つ無い清らかな肌、腰まである艶やかな黒髪に見慣れたセーラー服。
女神が嫉妬するとまで言われたこの美貌の持ち主は、紛れも無くここに居てはならない…いるはずの無い虫唾が走るほど大嫌いな命の恩人にして正義の味方。
「な…比嘉______?」
うっかり名前を呼ぶと、奴はまるでこの世の終わりくらい美しい笑みをうかべた。
悪夢だ。
「ぐすっ…よろしくね、霧香ちゃん」
「はい、お母様」
比嘉は、俺のそばをすり抜けずかずかと部屋に進入してくる!
「ちょいちょいちょいちょい! 待てコラぁ! 何事だ! ちょ…マジでやめて!!!」
パタンと背後で閉じる扉。
侵入者は、とっちらかった部屋に眉を顰めながらも窓を見つけ閉め切ったカーテンを開き窓を開け放つ!
2月頭の冷たい外気が、折角ストーブで温まっていた暖かい部屋の空気を一掃する!
寒っ!!!
この暴挙! パンツ一丁の俺に対する明らかな挑戦としか思えない!!!
なにこれ?
叫べばいいの?
極寒の外気吹き込む開け放たれた窓を背に黒髪を揺らしながら、よれよれのボクサー一丁の俺を見つめる美しき『正義の味方』。
曲りなりにも、美少女とこんな格好で個室に二人きりだと言うのに悪寒と虫唾が交錯し俺の体全体に鳥肌をたたせる。
「何しにきた? 自転車か? つーか何で俺の家知ってんだ?」
「……」
俺の当然の問いに比嘉は答えずただじっと俺を見る…無視か!
まさに気分は城に踏み込まれた魔王だ。
少しの沈黙後、ようやく比嘉は口火を切った。
「お母様に話はきいた…その友達の事は残念だったけど、アンタがそこで悲しみ続ける事なんて望んでると思う? 私がその子なら______」
『正義の味方』のありがたいお言葉は、俺の舌打ちによって断ち切られた。
あああ、ウゼェ…そっち系の言葉が面と向って言われるとこんなにウザイものだとは思わなかった!
俺は、引きつった顔の哀れな『正義の味方』を一瞥する。
「それで? お前は、悲しみに暮れる哀れな片思いの相手を救いに来ましたって訳だ?」
一瞬、比嘉の顔が赤くなる……マジか?
あそこまで、明らかな否定をされてまだ俺が好きなのか?
マジで女ってわっかんねぇ……。
「私は____」
「帰れ! 学校には月曜からちゃんと行く、つか今日って土曜だろ? 何で制服なんだ?」
俺は部屋の扉をあけ、出て行くよう比嘉に促す。
「行け、自転車なら玄関先にあっただろ?」
バタン!
扉が勢い良く閉じられる、それが比嘉の繰り出した前蹴りによるものだと気付くのに一瞬遅れた。
「話は終わってない…!」
うっすら潤む目で比嘉は俺を睨む。
「なんなんだ? 俺、学校行くっていったよな? これ以上の答え他にあるか?」
「何が起こってるの_______?」
比嘉の言葉に俺の背筋が凍る。
「何ってなにが?」
「私が何も知らないとおもってるの!?」
比嘉が一気に間合いを詰め、俺の体を外気で冷えた扉に押し付けた!
「…っ」
「アンタの周りでは不可解な事が立て続けに起こってる…そうでしょ? ねぇ…だから」
ダン!
俺は、右足で比嘉の足元床を勢い良く踏む。
ベキッっと音がして、比嘉のつま先すれすれのフローリングの床に俺の踵が少し沈む
「次は当てる…俺から離れろ!」
一瞬怯んだ比嘉だったが、その目に『火』がつく……しまった!
俺とした事が、この正義の味方気取りの女に『餌』を与えてしまったようだ。
「い・や!」
比嘉は、俺を扉に押し付ける為掴んでいた上腕に指を食い込ませた!
「イテッ…っこの馬鹿力…!!」
「もう、逃がさない! 今日という今日は本当の事を話してもらうんだから!!」
その細腕の何処にそんな規格外の筋力を秘めていたのか、押し付けられた腕は全く動かせず食い込んだ指に血管が圧迫され腕が痺れる!
しかし、俺らしくないミスだ…こんな根っからの主人公気質の脳内花畑な正義の味方に『僕困ってます』的な?オーラとか隙を与えればこうなる事くらい予測がついただろうに!
ただえさえ、目下の俺の悩みはこう言った連中の格好の餌だ!
…くそっ……引っかき回されてたまるかよ…!
3日貫徹のハイになった頭で導き出した現状の打開の妙案は、はっきり言って駄作だった。
ガッ!
俺の頭突きが直撃した比嘉は、その美しい鼻から血を噴きながら驚愕の表情を浮かべよろりと二歩三歩後退する。
「はっ! コレで分かったかよ…俺はお前の助けなんざいら_____ガフッ!!?」
比嘉の拳が、俺の腹に??
見えなかっ_______スパァン!
突如、顎に衝撃が走り視界がぶれる!
あ、ヤバイ。
最後に胸に前蹴りと思しき強烈な一撃を浴び、俺は扉を突き破って廊下にはじき出された!
「ふじゅ…圭…アンタの事は必じゅ……あらしが______」
へし折れた扉の残骸に息も絶え絶えにもたれかかる俺に、比嘉と言う名の『正義』が要りもしない手を差し伸べようと屈んだその時。
「兄ちゃんをいじめるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
我が家の『救世主』が、廊下を駆け迫り来る比嘉に全力で体当たりした。
「え?」
一瞬、反応が遅れ比嘉はまともに吹っ飛ばされ廊下に転ぶ。
俺の小4になる可愛い弟は、怖がりの癖に両手を広げその目にいっぱい涙をためぷるぷる振るえながら顔面血まみれの比嘉を睨んだ。
……どうしてこうなった?
「圭、醤油」
俺は、目の前にあった醤油を正面に座る比嘉に回した。
爽やかな土曜の朝、学校が休みの子供たちとは対照的に仕事のある大人達は慌しく朝食をとる。
いつもと変わらない一家団らんの朝食に、俺にとって招かれざる客が一人。
鼻に詰めたティッシュを赤く染めながら俺の正面に陣取り、目玉焼きに醤油をかけた。
「霧香ちゃん! どんどん食べてね!」
「すみません…朝ごはん頂いちゃって…それに制服まで洗ってくださるなんて…」
見知らぬ母さんが、比嘉に二杯目のご飯をよそう。
「いいの、いいの~血は直ぐ洗わないとシミになるし、それに霧香ちゃんが来なかったらこの子いつまで経っても部屋から出てこなかったんだから~朝ごはんくらい毎日でも食べにきて頂戴!」
冗談じゃねぇ!
俺は、ずたずたの口の中でもはや血の味しかしないミートボールを激痛のなか租借しながら比嘉を睨む。
比嘉は鼻からの大量出血の為、制服が汚れ今は俺が昔着てた襟付きの白いYシャツにGパンを着用している…似合っちゃいるがサイズがデカイ為だぼついて動きにくそうだ。
ちなみに俺は、もう一着持っていた着慣れた学校指定のジャージに着替えていた。
しっかし…ったく、いくら誘われたからってアレだけ殴り合ってよく呑気に俺と飯が食えるな! 空気読め! 遠慮しろ!
そして、見知らぬ母よ…俺と比嘉の怪我の状態と破壊された扉を見てもスルーできる心の広さに海より深い慈愛を感じるぜ!
さらに…。
俺は、さっきから肘で脇腹を小突いてくる見知らぬ博叔父さんをじろりとみる。
「良かったな~彼女しに可愛いやしぇ! 逃がすなよ!(小声)|《よかったな~彼女すげぇ可愛いじゃねーか! 逃がすなよ!》」
によによにょと、目を細めながら純粋に甥っ子に彼女が出来たと喜ぶ見知らぬ博叔父さん…その更に隣に座る見知らぬ武叔父さんも同じ顔だ!
「あい? そーねー! けーいー早く仕事みつけんとね~|《あら? そうなの! 圭、早く仕事みつけないといけないね~》」
見知らぬ博叔父さんの小声をばっちり拾った見知らぬ婆ちゃんが、おぞましい未来予想図を構築する!
ダン!
俺は、テーブルを叩き勢いよく立ち上がった!
「だぁぁ! もう! いい加減にしろ! 俺とコイツはそんな関係じゃねぇ!!!」
「そうだよ! このお姉ちゃん兄ちゃんをボコボコにしたんだよ! 恐いんだよ!!」
フォローしたつもりなのか、今日は俺の傍で飯を食ってた剣が比嘉を指差して叫ぶ!
しんと静まる食卓。
剣が、ちらりと俺を見てコクンと頷く。
剣…兄ちゃんな、気持ちは嬉しいけどなんだかやるせねぇ…。
そして、当の比嘉は何故か急いで飯をかっこんでいた為に幸か不幸か話を聞いて無かった。
「あら? 霧香ちゃん、そんなに急がなくても…」
見知らぬ母さんが、尋常でないスピードで食う比嘉に声をかける。
「ゴクッ…すみません……ご家族がこんなに多いなんて思わなくて…ングッ」
比嘉は、すまなそうに言う。
確かに、ウチは合計8人と他の家庭に比べれば人が多い方かもしれないが…かと言って、そんなに急いで飯を食わなきゃいけない様な事は無いんだけど?
こいつ、一体_____
「こんなに座れない人がいるなんて…早く退きますから!」
あ…こいつ、視えてやがる!!
俺が思った事を、家族全員が察したようだ。
比嘉の隣に座る外道シスターズは、顔を見合わせにやりとすると姉の渚が口を開く。
「あの、お姉さん! それって何人くらいですか?」
席を立とうとした比嘉が、少し戸惑った顔で渚を見た。
「4人だけど…?」
「それは、どんな人たち?」
渚の傍にいた風の目が輝く!
「え…男の子と女の子…5歳くらいそれとお爺さんね白い着物の…後は_______」
あ、やべっ…っと思った時にはもう遅かった!
傍にいた剣は、またもや目に涙を溜めカチカチと歯を鳴らしながら可哀想なくらい震える。
比嘉の視線が剣を、いや剣の後ろの人なんていない空間をと捕らえて指差す。
「____さっきから、剣くんの事ずっと後ろから見下ろしてるあの長い髪の黒いワンピースの女の人」
剣は顔面蒼白となり、呼吸すら忘れてその場に立ちつくす!
「にぃちゃ…あう、あう うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
剣は叫び声を上げ、居間から飛び出していく!
「あ、あの人付いていった」
お前、もう帰れよ!!!