きっと、よくあること②
桃原少年は、瞳をキララキラと輝かせまるでヒーローでも見るような目で俺を見る。
「ダレソレ? ボクジャナイヨ……」
今、ニュースでは先輩を殺したあの男が傷を負ったまま逃走中で全国指名手配というので持ち切りだしこの病室にはひっきりなしに警察が聴取を取りに訪れているんだから俺が関係者だとバレても仕方が無い…。
とは言え、取り合えず俺はとぼけて置く事にした。
…え?
だって、絶対めんどくさいフラグが立っているだろう?
「え…あっそっか! 正体は秘密なんだね! うん、でも大丈夫、オレちゃんと知ってるから! えっと、『迫り来る殺人犯と悪霊から二人の人を助けて、壁に囚われた哀れな少女の魂を開放した真の格闘家』でしょ!」
そう言い切ると、桃原少年はふふんと鼻を鳴らしドヤ顔を決めた。
噂とは、どうも尾ひれや背びれが付くもんだと思っていたんだが…多少事実とは異なるとは言えほぼ完璧な伝達!
「お前…誰からそれ聞いた?」
俺は、目の前のドヤ顔の少年を睨みつけドスの聞いた声で問う。
テレビでは、殺人犯が出没し人が襲われたと言う他に詳細は報道されていない。
先輩がどのように発見されたかや、その場にいた人数と言いそんな事はあの場にいた人間か警察関係者でも無い限り知りえる筈は無いのだ……特にこんな子供には!
俺の気迫に気圧され、涙目になった桃原少年は『あう、あう…』っと情けない声を出す。
しまった、ガキ相手にやりすぎたか…が、今更遅い。
「も一度聞く、誰から聞いた? ん?」
「あの・・えっと・・」
ビクビクと震える桃原少年。
嗚呼、なんだか小動物を虐めているみたいで罪悪感が半端ない…だが、コレばかりは早く突き止めなければ!
何故なら、この少年の口から出た『悪霊』と言う言葉…少なくともこの情報を洩らした人間は霊が見えるもしくは存在を肯定している人物で今回の事件に俺が関与している事を知っている…それだけじゃない、俺の事も知ってるって事は武叔父さんの事だって…まっ不味い!
家の頼もしい大黒柱は、そのゴーストバスター的な業務上壁に埋まった少女の死体の足に杭を打ち込んでいる!
バレたら捕まる…コレ絶対!
「どうした? 言えねぇのか? じゃ…頼みとやらも聞けねぇなぁ…」
内心パニック状態をひた隠し、俺は『怖いお兄さん』を演じてみる。
俺に睨まれ、ビクビクと小動物のように震えていた体が不意にピタッっと止み俯いていた瞳が真っ直ぐ視線を返した。
「…おっ、教えて欲しかったらオレの頼みきいてもらう!」
へぇ…驚いた。
自分で言うのも何だが、俺って体格とか普通にそこら辺の奴よりデカイしゴツイ…黙って座っているだけで相手に威圧感を与える事のほうが多い…そうならない様にいつも表情には気を使っているくらいだ。
そんな、怖いお兄さんの手加減無しの射殺すような視線を浴びながらも少年は必死の表情で食い下がる。
「…お前以外に、その事を知ってる奴はいるのか?」
「知ってるのは、オレとチカだけだよ!」
既に、広まり始めていたか…。
普段なら、死ぬほど脅して吐かせる所だがなんせ今は点滴に繋がれベッドから身動き取れない…走って逃げられたら追うことも出来ない。
が、知っているのが幸いこのガキとチカとか言う奴だけなら後でどうとでも出来そうだ…それに…。
暇だ。
兎に角、暇だ。
「いいぜ、話だけなら聞いてやる」
「ホント! やったー!!!」
そんな嬉しそうな顔スンナよ、話きくだけだって言ってんだろーが?
「じゃ、行こう! お兄さん!」
桃原少年は、さも当然のように外出を促す。
「いや、待てよ! 今は点滴中…てゆーか、まず用件を説明しろよ!」
「説明は、チカの所でって…あれ? お兄さんの点滴キュリキュリついてないの?」
は? キュリキュリ? …ああ、キャスターの事か。
「仕方ないなぁ…」
桃原少年はそう言うと、俺のベッドに駆け寄り行き成り上によじ登った。
「おい!」
「ちょっと待ってね…えっと……コレか!」
俺の左腕から伸びる二本の管を確認した桃原少年は、ベッドの隣の固定式のスタンドにぶら下がっていた二つの点滴パックを躊躇無く外し自分のキャスターつきのスタンドにぶら下げベッドから降りるとスタンドの高さを調整した。
「手際がいいな…」
「まぁね、オレここ長い方だから……よし!」
そう言うと、ガキは行き成り歩き出した!
「うお!? ちょ! 抜ける! 針抜けるって!」
「早く! お兄さん!」
俺は、転がるようにベッドから降りガキの後を追う…なんだかすっかりペースに巻き込まれてる感が否めない!
病室を出た俺たちは、棒つきの飴を口の中でかろかろ嘗め回しペタペタとスリッパを鳴らしながら消毒液臭い廊下を歩く。
「美味しいねコレ…チョパ…なんだっけ?」
「チョッパチョップイス:チェリー味だ、季節限定でこの時期手に入るのは難しいんだ…大事に食えよ」
飴食ってたら、ガキに物欲しそうな目で見られたもんだから上着のポッケとに入れてたヤツを分けてやった。
それにしても、病院の廊下ってこんなに長かったのか…前に足をやって入院した時は流石に歩き回らなかったし今回もついさっき迄一歩も個室から出てなかったから中々新鮮だ。
時折すれ違う、同じ入院着の患者達が訝しげに俺とガキを見る。
まぁ…厳つい体格の男子高校生といたいけな小学生が一本のスタンドに一緒に点滴下げて練り歩いてるんだガン見されても仕方ない。
「おい、ガ…陸! 一体何処まで行くんだ?」
「小児科病棟まで…この廊下を渡りきったら直ぐだから!」
どうやら、目的地は俺の個室ある棟ではなく別棟にあるらし…ずいぶん離れた所から来てたんだなコイツ。
廊下を渡りきった俺は、陸についてエレベーターに乗り込む。
「まだ、先があるのかよ…」
「もう少しだから!」
チンっと音がして、7階でエレベーターは止まる。
「こっち、こっち!」
急に走り出した陸に俺は、慌ててついて行く!
「おい! おまっ…行き成り走んなよ! 今! 針、ぐりっつったぞ!?」
廊下を走る俺と陸に、複数の視線が集まる。
「あ! 陸だー! その人誰ー?」
「ろーかはしっちゃダメなんだよー」
「看護婦さんに言いつけるんだからー」
「お前! モ●ハン眠落ちしてんじゃねーよ!」
流石、小児科…子供しかいない!
陸は、ピーピー五月蝿い野次に『あーとーでー!』と叫びながら先を急ぐ。
病室を通り過ぎるたび、子供の黄色い声が陸を呼ぶ。
「お前、友達多いな…」
「うん、だってオレが一番長くここに居るから皆友達だよ…っと、着いた!」
陸が立ち止まったのは、廊下の一番奥にある個室。
スライド式の扉の横には名前の書かれた紙の挟まれたプレート、そこには『かねくちか』と平仮名で書かれている。
「チカ、入るよ~」
ノックもせずに陸は扉をスライドさせる。
俺の個室と同じぐらい広々とした空間には、ベッドに冷蔵庫そして幾つかの医療機器に驚愕の表情を浮かべる半裸の少女がいた。
「ほら、この人昨日話した強いお兄さんきっとこれで_______」
「…け_______」
「ん? なにチカ?」
「出てけ! この変態!!!!!」
陸の顔面に枕がぶち当たる。
その後、何で追い出されたか分かっていない陸の代わりに俺は半裸を見られ激昂した少女の説得に30分ほどかけやっと病室に入ることが許された。
「…こっちは圭お兄さんで、あの子がチカだよ!」
ベッドに座るピンクの入院着にベージュのカーディガンを羽織った少女は、時折顔に掛かる前髪を掻き揚げながらニコニコ顔で紹介する陸を不機嫌そうに睨む。
「で? 早く用件を言ってくれ!」
俺の言葉に二人は顔を見合わせる。
「実は…」
陸の説明を要約すると、このチカという子は頻繁に入退院を繰り返していてその原因がどうやら霊的なのもであるらしい…。
最近では、退院を二日後に控えて頃に突然夢遊病のような症状に襲われ発見されたのは病院地下の霊安室…その後は謎の高熱に襲われ結局退院は延期で現在にいたる…っと。
「…まさか、俺にそれを退治しろとでも?」
「うん! そーだよ!」
元気ハツラツに頷く陸と対照的にチカは、まるで胡散臭いモノでも見るような目で俺をみる。
「信じてないって顔に書いてあるね」
チカは、そう言うとベッドに倒れこみシーツを頭からすっぽり被ってしまった。
「帰って!」
「チカ!」
すっかり拗ねてしまったチカを、シーツから出そうと陸が引っ張る。
「ちゃんとお願いすれば、きっと何とかしてくれるよ! それに、あの人が言ってたじゃん! お兄さんがその気になれば太陽系と時空が捩れてビッグバンが巻き戻されるんだって! 悪霊なんて空中で巴投げで霊力で一発だよ! だから絶対大丈夫だ!!」
おいおいおい……そりゃなんの冗談だ!?
マジで言ってのか? 何処のチートキャラだよそれ!?
『ね!』っと同意を求めるように俺を見上げる陸の目は真剣その物だ…誰だ! こんな純粋な子にこんな訳の分からん情報与えたの!!
そして、お前も信じるなよ!!
「はぁ…んな人外みてぇな事出来るわけ無ぇだろ?」
子供の夢を無慈悲に打ち砕くロンギヌスな一撃に、期待に満ちていた少年の瞳が曇りシーツから覗く少女の目がソレ見たことかとほくそ笑む。
「…まぁ、宛が無い訳じゃないけどな…」
「「!!」」
二人が顔を見合わせる。
俺は、上着のポケットから赤いスマホを取り出しある人物に電話をした。
「___あ、もしもし? 俺、俺だけどさ…ああ、うん…それがさ……」
五分ほどで、電話での会話が終了する。
「で? 何だって?」
画面をタッチして会話を終了させた俺に、陸が食い入るようににじり寄った!
「近っ! もうちょい離れろや! ……ちょっと、寄るところ出来たんだ」
「え? じゃ、オレも______」
俺は、当然のように付いてこようとする陸を制止した。
「お前は来なくていい」
「何で!!」
納得行かないと噛み付く陸を尻目に、俺はすっかり血液が逆流し始めた点滴のパックを陸のスタンドから外し自分の目線ほどの高に持上げて腕を固定する。
「安心しろ、引き受けるよ。 その悪霊退治ってヤツ…その代わり……」
「うん! うまく行ったら、オレにお兄さんの事を教えた人を教えるよ!」
『うまく行ったら』などと、小学生にしては中々抜け目の無いことを言う陸の背後のベッドでシーツにで出来たミノムシがもそりと蠢いた。
AM2:00
ベッドの下の男は、心の中で盛大なため息を付いた。
PM8:30頃、対象が友人の少年に『モ●ハンやろーぜ!』と促され病室を出た後に侵入しベッドの下に潜伏。
そのまま床から高さのあるベッドの下にいたのでは、対象が戻ってきた際に丸見えなので両手両足を突っ張り上手いことマットレスを背にベッドに張り付く。
気分は、正に『ミッ●ョンインポッシブル』だがコレはかなりキツイ体勢だ…早くしてくれ!
数分後、対象がイラつきなら病室に帰還。
それから就寝するまでの2時間程、看護婦の見回りや予測出来ない対象の行動に注意しながらそのまま待機する…いやぁ…自分のポケットから飴を落としたときは冷や汗モノだった!
もし、飴を拾った対象がベッドの下を見上げていたらと思うとゾッとする!
なにがともあれ、PM10:30ようやく看護婦によって病室の電気が消灯され俺は、痺れる手足を音も無く床についた。
…なにやってんだろな…?
どうひいき目に見ても、自分のやっている事は変質者と変わらない…痺れる手足をさすり自己嫌悪に苛まれながらも後戻り出来ない状況に更に心の中でため息を付いた。
時計針と医療機器から発する電子音、時折軋むスプリングの鈍い音が病室を包む。
何事も無ければ、対象は明日退院出来る…そう何事も無ければ…。
コンコン。
不意に扉が鳴る!
俺は、慌ててベッドに張り付き息を殺した!
「チカちゃん…あそぼ…」
扉の向こうで声がする。
ソレは、およそ可愛いとは言い難い低く地を這うような声。
背中のベッドのスプリングがギチチチチ…と軋みぷらんっとベッドから突き出た足が、ぺたりっと床に下り扉の方へと歩いていく。
俺は、ガラッと開いた扉の向こうに少女の姿が吸い込まれるのを確認しベッドの下から這い出ると後を追った。
月明かりが照らす廊下を、無言のまま手を引かれながら少女はを歩く。
少女の手を引くのは、白い入院着を着た丸々と太った男。
後姿では年齢などが良く分からないが月明かりに照らされて白髪の目立つ坊主頭からして多分40~50代位かも知れない。
幼女と中年が真夜中、病院の廊下を手を繋いで歩く。
…嫌な予感しかしない。
二人は、何やらボソボソと喋りながらヒタヒタと床を鳴らし前へ進む。
…なに喋ってんだ?
隠れるところすら殆ど何も無い真っ直ぐな廊下…取り合えず『消火栓』と書かれたホースとか入っているヤツの影にしゃがんでみるがこれ以外に身を隠せそうなものは無い!
これ以上近づくのはかなりのリスクが伴うだろう…だか、そうも言ってられない。
っち!
俺が、静かに消火栓の影がらは出いでた時だった!
「チカから離れろ!!!」
突如、二人の前方に飛び出す青い入院着に点滴のスタンドを引きずった少年!
「あの馬鹿!!」
俺は駆け出し、中年キモ親父からチカを引き離す!
「あっ! まっ!」
チカが何か言いかけ___________ガキッ!!
何かを殴りつける鈍い音。
「「あ"」」
それを目の当たりにした俺とチカは、ポカンと口を開けた。
二人に視線が捕らえたのは、中年キモ親父の脳天に容赦なく振り下ろされた点滴用医療スタンド。
その衝撃に、膝を付くと同時に頭の側面に叩き込まれるフルスイング!!
ビチッっと跳ねた血が、白い壁とあどけない少年頬に赤い染みをつける。
……マジかよ?
ふらつく中年親父に、更に一撃を加えようとスタンドが大きく振りかぶられた!!
「ばっ…! 止めろ!! 陸!!!」
俺は、素早く陸の懐に入りその軽い体を抱き上げる!
「放してよ!悪霊をやっつけるんだ!!」
「馬鹿かお前! ありゃどう見ても『人間』だろ!!! 話聞いて無かったのか!? この、バカ!!」
『何で内緒にするんだよ?』この作戦を対象には秘密裏に実行すると伝えた時、陸はあからさまに不満を露わにした。
まぁ、誰でもそう思うだろうな…相手に協力を求めればこんな面倒な事をしなくて済むしもしも俺の感が外れていたらこの作戦内容では対象を危険に晒す。
だが、俺はかなりの確信を持って事にこの作戦を立てたので心配するなと言ったわけだが…どうやら信用されなかったらしい…。
まぁ…簡単に人を信用しないのは良い心がけだけどな。
俺は、抱えていた陸を下ろし地面に蹲る変態キモ親父を見下ろす。
こうやって普通に見え物理攻撃が効いてる以上、夜中に幼女を連れまわす変質者であると同時に生きた人間である事は間違いない。
変態キモ親父は、呻き声を上げながらガタガタと体を震わせる。
「さて…この状況をどう説明してもらおうか? お姫様?」
キモ親父を挟んだ向こう側で息を殺していたチカは、ビクリと肩を震わせた。
「何言ってんだよ! お兄さん! チカがどうして_______」
「……なにが分かる…」
月明かりに照らされた少女は、声を震わせうっすら涙を浮かべた瞳で俺をに睨みつける。
「やっぱりな…」
病室で最初に俺の顔を見たチカは、驚愕していた。
まさか、『悪霊と戦いました』何て言う人間が本当に実在し目の前に居る…それなら驚くのも無理は無い。
が、此方を可愛く睨むお姫様はお傍付きの騎士にばかり喋らせ自分の口からはこの件に事については一言も言葉を発しなかった。
自分の身に起きた事の筈なのに!
もし、本当に悪霊なんてモンに困っていたのなら選択肢は2つ『信じるか』・『信じないか』かだ。
『隠す』
肯定も指定もせず、口を噤む事でこのお姫様は何かを隠している!
コレは、俺の全くの感だったがソレは見事に的中したらしい…。
「何だよ? こんなオッサンまで巻き込んで、そんなに退院したくなかったのか?」
「違う…あたしの事、何も知らない癖に…」
「はぁ? お前の事なんか知るわけねーだろ? 自分じゃ何もしねーで皆が皆自分を理解してくれる思ったら大間違いだ」
俺が、一歩又一歩と近づくたびチカもまた後ろへと下がって行く。
此処まで付き合ったんだ、絶対吐かせ________
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
突如、蹲っていたキモ親父が雄叫びを上げながら傍を通り抜けようとした俺の眼前に立ち塞がる!
「ぢガじゃんわ"ぁ…ぼぐがぁ…まも"るだぁーーーーーー!!!」
「お兄さん!!!」
キモ親父は、まるで子供が人を殴るみたいに無茶苦茶に手を振り下ろす!
いい年こいた大人の予想外な動きに、面食らいながらも俺は振り下ろされた拳を腕でブロックするが一発一発が重い!
っち…なんつー馬鹿力だよ!!
筋力だけならウチの豚に匹敵する!!
「うがぁ! うがぁぁぁ!」
奇声を発しながら殴り続けるキモ親父の背後で、陸がスタンドを構えるが俺はにっこり笑って顔を横に振った。
さぁて…。
俺は単調に振り下ろされる腕を左手で捌き、右手の掌の手首に近い部分でその二重顎を打ち抜く!
そして、頭をガクンと揺らし倒れる巨体の入院着の襟を掴み自分の左足を左前方に踏み込みながら袖を持っている左てを高く引きキモ親父を引き付けてから左足でそのでっぷりといした足を刈る!
駄目押しで決めた『大外刈り』に、キモ親父は抗う術も無く地面に叩きつけられた!
「がっ!!」
が、コレで終わりではない!
左手で掴んだまま、キモ親父を足でうつ伏せにしそのまま腕を捻り上げる。
「おおおお!! かっけぇぇぇ!!」
流れるような一連の動きに、陸が歓声を上げた。
「ふう…よくもやってくれたなこの変態! 覚悟出来てんだろな?」
俺は、腕をキメめられ地面に這い蹲る脂肪の塊を見下ろす。
パシ!
さて、どうしてやろうか?と、思った矢先に腰の辺りに軽い衝撃。
「あ"?」
「放して! もう酷い事しないで! 進ちゃんは悪く無い! 悪いのはあたしなんだからぁぁぁぁぁ!!」
目に涙を溜めながら、可愛く可憐なお姫様が巨大な敵にひ弱な腕で必死に立ち向かう。
「え? チカ、何で…?」
その様子に、騎士は混乱している。
「うわぁぁぁぁぁぁん! 痛いよぉ! 痛いよぉ!」
足の下の脂肪の塊が、汚い泣き声を発した!
「何だ…コイツ? …キモイ」
もはや、40過ぎてると思われるオッサンとは思えない……まるで小さな子供が泣きじゃくるみたいに_______
「あ…! お兄さん! もしかしたらこの人…精神______」
陸が、何か言いかけた時、眩しい懐中電灯の光が俺たちに向けて浴びせられる!
「アナタ達! 一体何しているの!!!」
廊下に響く聞き覚えのある声…ああ、そうですよね…コレだけ騒いでいればバレますよね…。
月明かりに照らされた白衣の天使の背中には、鬼を通り越して魔王が見えました。
ガコン。
俺は、売店に設置された自動販売機でほっとココアを購入した。
あの後、陸とチカは病室に強制送還、体は大人心は4歳児の進くん(45歳)は病院の敷地内にある隔離病棟へ連行、俺は魔王を背負った看護主任(母上)にしこたま説教を食らい現在に至る。
現在、午前11:34
アレから一睡もしていません。
正直体がキツイです。
昨日の騒ぎは、看護主任である母さんと小児科の看護婦、数人の医師との間で不問に付したらしい…確かに病院としては院内で傷害事件なんて起きた日にゃ評判に関るしもし患者の保護者に訴えられでもしたら面倒なことこの上ない。
…俺も、ちょっとやり過ぎたし。
母さんの話によれば、チカは体調に問題が無かった為予定通り朝一で退院したらしい。
ガコン。
俺は、もう一本ほっとココアを購入する。
取り合えず、コレで依頼は完了だ!
依頼人から報酬を貰うべく、俺は熱々のココアを上着の両サイドのポケットに入れて小児科病棟を目指した。
小児科病棟に到着すると、餓鬼共が俺を見るなり動きを止めささっと病室に逃げ込み扉の隙間越しにチラ見する。
その視線は、恐さ半分興味半分。
…あれだけの大立ち回りだったんだ、気付かれない訳もなかったな…。
「お兄さん!」
この騒ぎに俺が来た事が分かったのだろう…扉に張り付く仲間を押しのけきゅるきゅりとスタンドを引きずりなががら陸が病室から顔を出した。
「お兄さん、ごめんね」
俺と陸は、小児科病棟の中庭にあるベンチに並んで腰掛けている…廊下と中庭を隔てているガラス戸に他の餓鬼共が張り付いているのはこの際気にしないで置こう。
「ああ、気にしねぇよ…ほら飲めよ」
背中に感じる視線を無視し、手土産のほっとココアを陸に渡す。
真昼間の太陽が降り注いでるとは言え、入院着一丁ではやはりこの時期の外は寒い。
「ありがとう」
陸はココアを受け取ると、嬉しそうに飲み始めた。
「陸、お前チカが好きだろ?」
「ぶっ!!!」
核心を突いた俺の問いに、陸がココアを噴出す!
「ゴホッ! なっ! ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!」
「いや…バレバレだろ?」
顔を真っ赤にしながら咳き込む陸の背中を、取り合えずさする。
咳き込みながら耳まで真っ赤にした陸が、潤んだ瞳で俺を見上げパクパクと口を動かす。
うん。
このボサボサ頭をどうにかすれば、ウチの剣とは違ったテイストのかなりの美少年に仕上がるな…そうすれば、きっとチカも振り向いてくれるだろうが今そんな事はどうでもいい。
「じゃ…報酬を頂こうか?」
先ほどとは違う、声のトーンが変わったちょっと恐いお兄さんを少年は咳払いをして見上げた。
「うん、オレにお兄さんの事を教えた人の事が知りたいんだよね?」
「ああ、出来れば会いたい」
『会いたい』と言う俺の言葉に、う~んと陸は唸った。
「無理なのか?」
「会えない事は無いんだけど…オレその人の事良く知らないんだよね…」
はぁ?
良く知らないのに『会えない事は無い』とはどう言う事だろう?
「見せたほうが早いんだけど…」
そう呟いた陸は、上着のポケットから何かを取り出そうとてを_____バタン!
背後のガラス戸が勢い良く開く!
「陸!」
飛び込んで来たのは、息を弾ませた陸と同い年くらいの松葉杖をついた少年。
「たっ大変だっ! チカが運ばれて来た!!」
その言葉を聞くや否や、陸は自分の腕から点滴の針が外れる事も厭わず弾かれた様に駆け出し俺もすかさずその後を追った!
陸は、エレベーターすら待つ時間が惜しいと7階の小児科病棟から一気に1階に駆け下り患者たちが雑談するエントランスを駆け抜ける!
「早ぇ…!」
必死に駆ける小さな背中は、病人とは思えない速さで患者の群れを掻き分け『救急センター』と書かれた壁の表札を曲がる。
「げっ!」
陸が曲がった先は、何か事故でもあったのかうめき声を上げる人でごったがえしていた。
アイツ、何処行った!?
診療を待つ人ごみと救急車で次々人が運ばれてくる慌しさの中、俺は陸を見失う。
「ちっ…ドコいった…!」
小さな姿を探そうと人ごみに目を凝らしていると、背中に何かが当る!
「ちょっと! 圭!」
「かっ、母さん…」
振り向くと、そこには外科の看護主任である俺の母さんが鬼の形相で立っていた。
「何してるの! 此処は遊び場じゃないのよ! 自分の病室に戻りなさい!」
昨日の今日と言う事もあり、母さんの機嫌は悪い。
「母さん! ここに昨日の子が…チカが運ばれたって聞いて陸と一緒に来たんだ!」
母さんは、眉間に皺を寄せつつため息を付く。
「ええ、確かにあの子…『また』運ばれて来たようね」
「何処にいる?」
「今は処置室よ______ちょっと! 圭!」
俺は、母さんが指さした方へ駆け出し戦場のような待合室を抜け廊下越しに仕切られた3部屋ある処置室の一番奥に青い入院着の少年を見つける。