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霊感0!  作者: えんぴつ堂
きっと、よくあること
11/25

きっと、よくあること①

**************


 …まぁ、きっと…良くある事っすよ!


 ストーカーから弁当が届いたり。


 天井からシャンデリアが落ちてきたり。


 いきなり、殺人容疑がかけられたり。


 最前列で人間の生きた解体ショーが見れてたり。


 悪霊化した憧れの先輩と先輩を殺した殺人鬼に殺されかかったり。


 身内かどうか怪しいくなったもう一人の叔父さんが実はどんな依頼でも受けるゴーストバスターで依頼ついでに、殺されて壁に埋められてミイラ化した先輩の足に杭を打ち込んでたり。


 壁に埋まったミイラの首を、妹さんの見ている前でチェーンソーで狩り飛ばすなんてのはね!



 追伸: 女心は俺には分からない


**************



 血の海だ。


 木目調のフローリングは、真っ赤に染まりその真ん中で誰かが何かを抱いて狂ったように延々と叫び続ける。


 喉がつぶれてしまったのか、何か言葉を繰り返しているが何を言ってるかは聞き取れない。


 俺は、その様子を只眺める。


 どれ位時間がたっただろう…延々と狂ったような叫び声を上げるソイツに俺は問う。



 "どうしたんだ?"


 ピタッっと叫ぶのを止めたソイツは、俺に背を向けたまま掠れた声でこたえる。


 「おとうと…しんだ……れた」


 カスカスの声で一部が聞き取れない。



 "どうして? 何があったんだ?"


 ソイツがゆっくり振り向いたっと思った瞬間、その姿が消える。


 「え?」


 夕日が照らす血の海と倒れた食器棚。


 そして、さっきまで立っていた筈の俺は血の海にへたり込み腕の中に冷たいモノを抱えて________



 「あ"あ"…う"そ"だぁ……」


 掠れた声が漏れ、俺は腕の中のモノを見る。


 強張った冷たい体、虚空を見つめる濁った瞳、頭部から流れる血が蒼白の肌を伝いポタポタと床に落ち波紋を広げた。


 傍目からも生きていないと分かる『ソレ』は、幼い俺の弟。


 俺は、呼吸の仕方を忘れパクパクと口を動かす。


 何で!? どうして!?


 

 "思い出したか?"



 奴は、笑う。



 "コレがリアルだ、ここから仕切り直しだぜ?"



 何言ってる! ふざけんな!



 "足掻いても無駄だどうせ_________"



 うるせぇ!!


 認めない!俺は絶対にこんなの_______________



**************




 「圭君!」


 背中を叩かれ、俺は目を覚ました。


 上手く呼吸が出来ず、ヒュッっと喉が鳴る。


 つんと鼻を突く消毒液の匂い…。


 どうやら俺は、比嘉の持ってきた課題プリントをしながらベッドの簡易机の上で寝てたらしい。


 涙と鼻水でグチャグチャになった顔が、ハンドタオルで丁寧に拭かれ頬に張り付いたプリントが剥がされる。


 「ずいぶんうなされて…お水飲める?」


 バキッっと音がして、常温に置かれたペットボトルから紙コップに水が注がれ手渡された。



 俺は、ようやく搾り出した声で問う。



 「け…剣…は…?」


 「剣君? 剣君は、昨日お見舞いに来てたじゃない…」


 ああ、そうだった…婆ちゃんと一緒に来てた…なんか、ひたすら妖怪だとかコックリさんだとか吸血鬼には聖水だとかそんな事ばかり話してたと思う。


 …外道シスターズは、俺の弟を何の路線に引っ張りたいんだろうか?


 あの姉妹には、今度ゆっくり説教だな。


 俺は、手渡された紙コップの水を一気に飲み干した。


 体温と同じ温い水が、カラカラに乾いた喉を透り素早く体に染み込みボンヤリしていた意識がはっきりする。


 冷静になれ…アレは夢だ!


 脳裏に残る、弟の死に顔を打ち消すように俺は紙コップをグシャリとつぶす。


 「林檎剥いたの、食べてね圭君」


 爪楊枝が突き刺さるウサギカットの林檎が、俺の口に押し当てられ果肉が歯に当り酸っぱさと甘い香りが口に広がる。


 「はい、あ~」


 「てめぇ、何で此処にいんだよ?」


 目の前で爪楊枝に林檎を挿し、『あ~ん』を強要するストーカーの動きが止まった。

 

 「うふふふふふ…」


 黒髪ボブカットがふわり揺れ、大きな瞳が細くなり口元から笑みがこぼれる。


 「やっぱり、圭君はこうでなくちゃぁ…」


 頬を赤く染め悦に入ったストーカーミンタマ姉さんは、俺の口に押し当てていた林檎を真っ赤な舌で舐り噛み砕く。


 変質者め!


 「さっきみたいに、弱った圭君も可愛いけどやっぱりこっちの方がカッコいい…」


 「キモイ! 点滴さえ繋がってなければ、ボコボコにして窓から放り出してやるのに!」


 その言葉に、ミンタマ姉さんは無言で身悶える。



 キモイ! キモ過ぎる!!!


 …コレが、真性の『M』ってやつか…どうしよう俺の手には負えない!


 そして、俺は重要な事に気付く!


 …まてよ……個室と言う密室に点滴に繋がれ身動きの取れない自分と、何をするか分からないストーカー女…良く考えたらこの状況はかなりヤバイ…!


 

 半分齧られた林檎のウサギに口紅が移る。


 「ジョナゴールド…圭君が好きな種類の林檎なんだから食べて? ね?」


 ギシッ!


 っと、ベッドに掛かる膝。


 俺はベッドの上へ上へと、迫りくるストーカーから逃れようともがくが点滴に繋がれた腕の所為でそれすらもままならない!


 完全に馬乗りになった、女は爪楊枝に刺さった食べかけの林檎を俺の口に押し付け____________



 ガラガラガラ……。



 突然、病室の扉が開く!


 「けーいー! 怪我は_______」


 扉からひょっこり顔を出したのは、灰色の作業着に身を包み手にはパチンコの景品と思われるお菓子のいっぱい入った袋を抱えた博叔父さんだった。


 人懐こい笑顔が引きつるように強張り、次の瞬間目に無数の血管が走り白目を赤く染めた!


 「やー、けーいーに何やってるばぁ!!|《てめぇ! 圭になにしてんだぁ!!》」


 殺気の篭った博叔父さんの声に、ミンタマ姉さんは俺の上から飛退き窓を背に対峙する。


 「今日はもう帰るわ…愛しの圭君をこんなにしたあの男…探し出して殺しておくからね」


 ギョロリとした大きな瞳を細め、ちらりとさも愛しそうに俺を見たミンタマ姉さんは後ろ手で窓の鍵を開け窓の縁に腰掛けるとそのまま後ろ向きに飛び降りた!


 

 ここは、5階だ。


 「おい!」


 「やな、ミンタマゲールー!! 死なす!!!!」


 博叔父さんは、抱えていた景品の袋を投げ出し病室を駆け同じ窓から迷う事無く飛び出した!


 嘘だろ!?


 俺は、倒れる点滴など構わず窓に駆け寄より下を見たがそこには誰も居ない!



 「え…? どこに…?」


 下ばかりに気を取られていた俺の耳に、遠くから『死なす!!』と言う声が聞こえ見上げるとこの病院の別棟の屋根に黒いパンツス-ツと灰色の作業着が恐ろしいスピードで走り抜けて行くのが見えた。



 「小山田先輩…?」


 「うおお!?」


 突然背後からした聞き覚えのある声に、俺は素早く窓のカーテンを引き振り返った!


 「なっ仲村渠…!」


 声が裏返る。


 「扉が開いていたもので…どうかしたんですか?」


 ピンクの入院着に足に仰々しいギブスをはめ松葉杖をついた仲村渠が、切られた林檎とお菓子が散らばり倒れた点滴が床を濡らす病室を訝しげに見回す。



 「今、何方かいま_____」


 「お菓子食うか? 仲村渠?」


 俺は、仲村渠をベッドの傍にあったパイプ椅子に座るよう促し博叔父さんのぶちまけた景品のお菓子を適当に拾い簡易机に広げた。


 「…えっとあ」


 「あっ…足、どうだ…?」


  その言葉に、仲村渠が口を閉ざす。


 しまった!


 俺は、自分のデリカシーのない言葉に心の中で舌打ちした。


 馬鹿か俺は!


 どう考えたって大丈夫な訳ねーだろ…骨が皮膚を突き破ってたんだ…多分試合には…今の俺は豚以下だな。



 「全治、半年です…リハビリも入れて」



 仲村渠は、俺の目を見てはっきりとした口調で言った。



 「は…半年……」



 絶句した。


 ただえさえ競争率の高い柔道部、ちょっとした怪我でもあっという間に追い抜かれレギュラー交代なんて良くある話だ。


 それを、全治半年なんっていったら……。


 「神経を傷つけたらしくて…少し後遺症が残るかもしれません」



 仲村渠の口から更に絶望的な補足が加えられる。


 最悪だ、どんなに優れた選手でもこれでは使いモノにならない!


 「仲村渠。 酷な事を言うが、お前はまだ一年生だ…この学校を退学して他校を受験しなおせ」



 病室に沈黙が訪れる。


 

 「酷い事をいてる事は分かってる、すまない。 だが、理由はどうあれ怪我をし選手として価値の無くなった者に…」


 「分かっています。 恐らく、ウチのA特待は解除され寮費も学費も全額支払う事になるでしょう…部活での立場もきっと皆普段と変わらなく接するでしょうが心の中ではどう思われるかなんて分かっています! 自分がそうでしたから… 親には迷惑をかけますがその分働いて返します!」


 「何で、そこまで拘る?」


 仲村渠の強い眼光が、俺を捕える。


 ……ああ、本当に仲村渠先輩に良く似てる。

 

 「元々、この学校を選んだのはお姉ちゃんを探す手掛かりが欲しかったからでした。」


 「……やっぱり、そうだったか」



 春に入学してきたコイツは、どこか危機迫った表情をしていたのを覚えている。


 殺人鬼を前に、都合良くナイフなんて持っていたのも…恐らくだいぶ前から目星をつけていたんだろう。


 「女子の先輩方や、周囲の噂からお姉ちゃんが男と付き合ってた事までは掴みましたがそれ以上の事は分からず、もっと情報を得る為実力を上げ代表の座を獲得しました」

 

 仲村渠は、普段見せる明るい印象とは対照的に淡々とした口調で俺に…というよりは自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

 …それにしても、一年生で並み居る強豪を打ち倒し柔道部の代表を勝ち取るとは大したもんだ…きっと、素質も在ったのだろうが姉を見つけ出したいと言う気持ちの強さと強靭な肉体のなせる技なのだろう。


 「お姉ちゃんは、ウチの憧れでした。 誰よりも強くて、誰よりも優しくて…ちょっと怖い。 でも、いつの頃からか週に一度家に帰って来る筈のお姉ちゃんが家に戻らなくなって…初めは試合が近いからとか後輩の練習に付き合うとか言ってたけどそれが嘘だと言うことは当時中学だったウチにだって分かりました。 そして、卒業も控えたちょうどこの時期…お姉ちゃんは…」


 仲村渠は、少し顔を歪めたが直ぐに言葉と続ける。


 「仲村渠…」


 「死に物狂いで、代表を勝ち取り情報を集めあの男と真輪士先生・銀山先生が関っている可能性にたどり着いた矢先でした…真輪士先生が亡くなり小山田先輩が犯人だと言う噂が流れたのは…小山田先輩の事はお姉ちゃんから聞いたことがありました。 『根性のある子が入って来た』って、だからもしかしてって…すみません」


 仲村渠は椅子に腰掛けたまま、深々と頭を下げる。


 「申し訳ありません! まさか、お姉ちゃんが…こんな…」


 その様子じゃ、武叔父さんから真実を聞いてしまったようだな…。


 「気にしてない…っと言えば嘘になるが、そこまで気に病むことはない…そんな事より自分の事を考えろ!選手どころか練習すらまともに出来ない状態でこの学校にい続ける事がどんなに辛いか…それどころか、無事卒業したって就職案内がある訳じゃねーんだぞ?」


 俺の言葉に、仲村渠は左足のギブスに視線を落とす。


 やっと、見つけた姉によってへし折られた左足と選手生命。


 突きつけられた現実。


 「小山田先輩はホント優しいんですね」


 伏せた顔を上げ、仲村渠は先輩そっくりの顔で微笑んだ。



 「俺の何処が優しいんだよ…お前、相当参ってんじゃねーのか?」


 気遣う所か、聞きたくもないような現実ばかりを突きつける元柔道部の先輩はため息をつきながらニコニコ顔の後輩を見た。


 「いいえ、頑張れとか、大丈夫とか、皆がついてるとか、見え透いた優しい言葉よりこっちの方がよっぽど思いがこもってますよ」


 「ふっ…何だそれ? 煽てるつもりかよ…」


 俺は、仲村渠に机の上に置いたお菓子の中から飴を投げてよこす。


 「覚悟は出来てんだな? 俺なんかよりよっぽど辛い事になるぞ?」


 持ち前の反射神経で、落とす事無く飴を掴んだ仲村渠は笑顔を絶やさずそれでも真剣な表情を浮かべ『はい!』と答えた。


 「俺は、お前に頑張れなんて言わない頑張るなんて当たり前だからな…やるからには結果を出せ! 頑張って褒められるのは中学までだ」


 コレは、先輩の受けうりだ…本来なら姉から妹に送られる言葉だっただろう。


 「ウチは、柔道が好きなんです……可能性が0で無いなら諦めません」


 表情を固めそう言った仲村渠の目から涙が零れ、辛うじて聞き取れるほど小さな声で『お姉ちゃん』っと呟く。


 「…なんだ? 今からそんなんで大丈夫かよ?」


 俺は、不意に泣き出した仲村渠に少し意地悪く言う。


 「いいえ…お姉ちゃん…小山田先輩の事好きになれば良かったのにって」


 涙を拭いながら言うその表情に、俺は一抹の不安を覚える。


 いや、別に自惚れてる訳じゃないが…もしかして、コイツ俺の事…いや…先輩の事を考慮すると可能性が無くは無い。


 よし! そんなフラグはへし折っておこう!


 「残念、俺好きな奴いるから!」


 俺の言葉に、泣いていた仲村渠の顔がみるみる真っ赤になる。


 「あ…のっえっ! ちっ違うんです! コレはっおっお姉ちゃんがって話でっ!!」


 分かりやすく狼狽する後輩の為に、俺は紙コップに水を注ぎ手渡す。


 受け取った水を一気に飲み干した仲村渠は、紙コップをグシャリと握るとキッっと俺をみる。


 「良いですかっ、ウチにとって小山田先輩は『神様』です! 崇め奉る存在です! そんな、神様にそんな邪な思いを寄せると思いますか? 恐れ多くて…!」

 

 悟りを開いた曇りなき眼はマジでした。


 なにコレ、どうしよう。




 俺を神様と呼び、妄信的に崇め奉る熱狂的な信者と化した後輩を説得すること小一時間。



 何故か、『玉城先輩』と呼ぶことを頑なに拒み日常から俺を神様と呼びたいとすがる狂信者に『おっくん先輩』と呼ばせることで話をつけ病室から叩き出す。


 いい加減、名前が変わったのにいつまでも『小山田』と呼ばれるのは気分が悪い…かと言って、神様と呼ばれるのはもっと嫌すぎる!


 やはり、あの姉にしてこの妹ありだ。


 ネーミングセンスといい、思い込みといい、突っ走り方がもはや血筋としか思えない…持たれた感情が、熱愛ではなく信仰であった事は不幸中の幸いに違いない!


 「はぁ…」


 なんだろ…すんげぇ疲れた。


 床に散らばるお菓子に、点滴が水溜りをつくる。


 ポタッ。


 あーこりゃ疲れるわけだ…。


 左手の甲と、腕の管が真っ赤に染まる。


 どうやら、点滴を倒した時に点滴の袋が破裂そのまま血が逆流して床にこぼれる…なんだっけ? たしかサイフォンの原理? 高いとこから低い所へ流れるってアレ…?


 おお、ヤバし、ヤバし、このままじゃ死ぬるわ俺っち!


 気が進まないが、仕方ない……俺は、ベッド脇のナースコールをカチッっと押す。


 押して待つこと三分。



 パタタタタ…………ガラッ!


 病室の扉をスライドさせ入ってきたのは、当然ながら白衣の天使だ。


 …っと、言っても若くてエロイお姉さんがどーたらとかそんな事は期待してはならない!


 多くの入院患者が入院生活を送る上で白衣の天使に求めるのは、外見の醜美では無く手際の良さと正確無比な針使いだ!


 繰り返す!


 若くてエロイお姉さんがどーたらとかそんな事は期待してはならない!

 入院患者が入院生活を送る上で白衣の天使に求めるのは、外見の醜美では無く手際の良さと正確無比な針使いだ!


 だから、『ごっめ~ん、血管見えなかったの~テヘペロ★』なんてやられた日にゃ…法律が許せば俺なら躊躇なくこの窓から放り出してやる!


 …ま、その点この白衣の天使にはそう言った心配は無いだろう。


 ナースコールに駆けつけた白衣の天使は、年齢42歳、女性としては身長高めの167cm、黒人もびっくりのガチのテンパーを無理やりまとめた頭に最近ではお目にかからないナースキャップをちょこんと乗せ病室の惨状にため息をつく。


 業務の性質上ストレス太りが、心配されるがそんな事は無く寧ろ筋肉質と言った印象でキリリとした瞳にいかにも『仕事出来ます』と言った感じのオーラ発し実年齢より彼女を若く見せる。


 そりゃそうだ、目の前でため息を付き俺を睨むその人はこのハートライフ病院外科の看護主任で患者を思う余り行き過ぎた看護と言う名のスパルタで患者のみならず同僚や医師に恐れられ『白い悪魔』とか『白鬼』なんて呼ばれているんだから。


 「圭、これはどういうことなの?」


 背後に鬼を纏った白衣の天使が、眉間に皺を寄せながら微笑む。


 「ごめん、母さん」


 コレ、俺の所為じゃないんだけど…ああ! 説明がめんどい…ってか貴女の息子が出血多量でヤバイので早く処置をお願いします!


 その後、主治医が呼ばれ点滴の取替えに加え手際よく病室が片された。


 それにしても、流石母さん…点滴の針がいつ刺さったのか分からなかった! 看護主任の称号は伊達じゃないね!


 主治医の話によれば、俺は最短で後3日位で退院出来るということだった。


 負傷したのが頭と言うことで出来れば一週間は入院するのが望ましいととの事だったが、いかんせ単位の問題がある…ま、そこは母さんが看護婦って事で短縮に漕ぎ着けた訳だけど…。


 「……全く! アンタって子は、心配ばかりかけて!」


 主治医が、帰ったにもっ関らずこの所怪我の多い息子にぐグチグチと説教を続ける母さん…心配してくれる気持ちは有難いが、ウザイなぁ…。


 「母さん、こんな所で油売ってて良いのかよ?」

 「あら、もうこんな時間!?」


 母さんは、胸元のポケットからネクタイピンのようなクリップの付いた時計を引く抜き時間を確認する。


 「へぇ…そんな時計もあるんだ…」


 「まあね、ナースウォッチって______ああ! もう! 急がないと!! 圭、大人しくするのよ!」



 そう言うと、母さんは慌しく病室を後にした。



 母さんは、仕事人間だ。


 クソ親父が家に金を入れなかったので、実質看護婦である母さんの稼ぎで俺達は生活していた…だから、授業参観や、学芸会、運動会など主要な行事に母さんが参加したことは無い。


 クソ親父に至っては、折角の休みをそんな下らない事に使う位なら酒を飲むか作曲をした方が有意義だとの事で来たためしがない…と言うよりそんな選択肢は奴の自己中の脳ミソには存在しない。


 子供に構う事も出来ず、身を粉にして働く母さんに俺はいつも感謝してた…あの日までは。


 アレは、俺が小2の頃…その日俺は珍しく体調がすこぶる悪かった。


 当時、まだ幼かった俺は自分でもヤバイと感じるこの状況にどうしょうも無く不安に駆られ忙しく朝食の準備と仕事に向う準備をする母さんに


 『学校を休みたい 傍にいてほしい』っと言葉少なく懇願する。


 『今日は、受け持ちの病棟の子が誕生日なのよ! わがまま言わないで頂戴!』


 高熱と吐き気…いや吐いてた俺を母さんは出勤がてら小学校に放置した。


 必死の懇願は、バタンとしまる車のドアにばっさりと切り捨てられ早朝の学校に呆然とたたずむ・・・"母よ俺も今日、誕生日なんだけど"っとゲロ吐きながら心の中で突っ込んだのは言うまでもない・・。


 今思えば、看護婦の目から休みを取らせるまでも無いと判断したんだろうがそれより何より解せなかったのは母さんの中での優先順位が



 1 クソ親父


 2 仕事


 ・

 ・

 ・


 ? 子供



 と、言う具合に自分たちの存在が大分下のほうにランクされているらしい事を幼い俺は理解してしまった。


 今にもはち切れんばかりにパンパンに膨らんだお腹を抱え、猛然と車をぶっ飛ばしながら仕事へ向う母…前日はクソ親父のワンマンライブだとかで夜勤明けの臨月を迎えた妊婦身でありながらみすぼらしいスナックで自作CDの手売りをしてたので3日は貫徹だ。


 生活費の為に、臨月が近くなると休みをもらえるらしい制度を拒否し働きながらクソ親父に仕える姿は幼い目から見ても異常でしかない…。


 その日、そんな無理が祟ったのか予定日から3日早く俺に弟が出来た。


 元気に生まれた赤ん坊に、病院のお医者さんも『あんな無茶をしていたのに良くぞここまで…』と胸をなで下ろしていたらしい。


 こういう事をいうと語弊があるかも知れないが、俺は母さんが大好きだ。


 俺と剣を生んでくれたかけがえのない人で、仕事においても一切手を抜かず患者の為なら骨をも削る。



 その姿勢は、息子として誇らしい。



 だが、俺はあの人を『母親』として愛しているが『人間』としては軽蔑する。


 母さんの一番は、あのクソ親父であり俺や剣ではない…ソレはおそらく現時点でも変わらないだろう。


 俺達が、クソ親父にどんなに酷い目に合わされようとあの人の目には何も映らない。


 もし、今ここでクソ親父に『寄りを戻そう』と言われれば涙を浮かべながらこ踊りし二つ返事で了承だうだろな!


 ホント、女って分からない…。


 一人悶々と考え事をしていたら、机の上のデジタル時計が15時を指していた。


 ああ、ヤバイ…この調子じゃ比嘉が持ってきたクソほどある課題プリントが退院までに終わらにぇ…。


 俺は、比嘉が持ってきた紙袋の中から50枚ほどのプリントの束を取り出し簡易机に広げる。


 古文、世界史、科学、現国、英語……までは何とか終了。


 っち! 数学…二次関数とか……複素数平面?!!!


 やってらんねー!


 俺は、医者に『脳に負担が掛かるから』との理由で禁止されていたスマホを取り出し方程式を検索する…こんなので頭使うより一発検索したほうが遥かに脳ミソだって疲れ無いはずだ!


 スマホ片手に、数学の問題をサクサク解く…流石、 『知恵袋』。


 「受験でコレ使った奴の気持ち分かるわ~」


 俺は、独り言を言いながら博叔父さんがクソほど取ってきた景品のお菓子の中から棒つきのキャンディーを取り出し『チェリー』と描かれた可愛らしい赤のラッピングを剥がして口に運ぶ。


 流石は博叔父さん、景品のお菓子ですら俺が好きな物ばかりだ。


 最近、あんま口聞いてくんないけど…何でって言うか、まぁ…身に覚えがありまくりなんだけどね。


 数学の問題を、神具の力を持って駆逐した俺は丸めていた背中をバキバキとのばす。


 「くぁ~…あ"?」


 背中を伸ばした拍子に捕らえた人影に思わず声が上擦った。



 子供だ。


 剣と同じ10歳くらい…青い入院着に寝癖だらけのぼさぼさ頭が、俺の病室の扉からひょっこり顔を出しこっちを見てる。


 ……いつからそこに居た? 独り言とか聞かれてたらマジ恥ずいんですけど?


 目が合うと、子供はサッっと扉の向こうに引っ込む。


 「……」


 試しに何も言わず黙っていると、又ひょっこりと顔を出しガッツリ目が合うと『っひ!』っと言って引っ込んだ。



 「…」

 「何か用か?」


 俺は、開きっぱなし扉に向って話しかけた。


 すると、おずおずと扉の隙間から10歳くらいの男の子が顔を覗かせ俺の事をじっと見もごもごっと何事か喋るが声が小さくてよく聞こえない。


 「は? 何だ、もっと大きい声で言えよ聞こえねぇ…つか、入って来いよ遠いんだよ!」


 俺のいる個室は扉とベッドまでの距離が無駄に離れている…武叔父さん、ほんとこの部屋幾らだよ?


 扉の向こうで何やらもじもじしていた男の子は、何やら意を決したのか病室に入ってきた。


 緊張した面持ちで入ってきたのは、寝癖跳ねるぼさぼさ頭に少し色白だが活発そうな少年だ…もし、青い入院着と左腕に繋がる点滴の下がったキャスターが無ければ病人には見えないだろう。


 俺が『何の用か?』と言う視線を送ると少年はあたふたと自己紹介を始めた。


 「オレっ…小児科に入院してる桃原陸とうばるりく で、えっと…10歳小4っでその…」


 何だかいっぱいいっぱいの少年:桃原陸とうばるりくは、喉まで出掛かった言葉を吐き出せず『えっと、えっと…』っと繰り返す。


 どうやら、助け舟が必要の様だ。


 「深呼吸だ少年、はい、吸ってー吐いてー…ゆっくり…」


 真似をして深呼吸を繰り返した桃原少年は、そりゃもう真剣に真っ直ぐ俺の目を見てこういった。 


 「あんたに…殺人犯を倒した格闘家と見込んで頼みがあるんだ!」


 


 ナンノコトカナー?


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