たぶん、よくあること ④
何でとか、どうしてだとか、殺すなら俺や仲村渠じゃなくそこで脇腹抱えてる殺人鬼の方じゃないですかね? とか、悪霊と化した恩人で憧れだった先輩に問いただす暇もなく俺はシャンデリアの残骸に突っ込んでいた!
ガシャンと、派手な音と突き出した金具が肉に突き刺さって血が吹き出る!
「い…ってぇ…!!」
理屈では到底説明できない力によって、激しく叩きつけられ受身すら取れず息を詰まらせる。
先輩の手が地面を蹴り、あっという間に俺との間合いを詰め干乾びた顔が眼前に迫った!
なんか、凄い光景だ。
幽霊って、逆立ちでもあんなに早く動けるもんなんだ…。
自分が、殺されるってのに俺の脳裏にはホントどうでも良いことが去来した。
「あ"…あ"あ"……!」
先輩が、シャンデリアに寄り掛かる俺の体によじ登る…干乾びた手の平が学ランの上着を引き千切らんばかりに掴みじりじりと迫る!
ガサリとした感触が頬に触れ、一気に視野の角度が___________
「ウチの圭ちゃんに何してくれんてんだ?」
先輩が、俺の上から弾き飛ばされる!
入れ替わるように視野に入った背中、肉体労働者の筋骨隆々としたバキバキボディに時代遅れの襟足を長く伸ばし先端を金色に染めた髪と黒地に『ガラクタ倉庫』と赤く刺繍されたベスト。
「武おじさ…ん?」
突然現れた、身内の者は既に肩で息をし衣服は激しく泥で汚れ右手は力が入らないのかだらりと揺れる。
「ごめんね、遅くなって…ちょっと埋まっててさ」
「は? 埋まる?」
息をするものやっとのバリトンボイスに、俺の疑問に答える余裕は無い。
弾き飛ばされた先輩は、まるでこの世のものとは思えない唸り声を上げ逆立ちのまま此方に突進してくる!
「おじ…さん! 逃げ_____」
俺は、武叔父さんが腰つけているレザーで作られたポーチ的なモノから黒い杭を引き抜いたのを見て言葉を飲み込んだ。
アレは…!
約20cmほどの黒い杭は、もち手の部分がL字型に曲がった形でソレは壁に埋まった先輩の足に打ち込まれていたのと同じだ…間違いない!
逆立ちのままおぞましい叫び声を上げ突進する先輩の眼前に、武叔父さんは杭を放つ!
ドスドスっと杭が二本地面に突き刺さり、突進していた先輩が急に動きを止めソレを確認した武叔父さんは左手の薬指と人差し指を口に当て何事か唱える。
「クヌシケヤ、ウムイヌクシトゥイヅシヌイナグ!ナマ!スヌウムヤワシティ、ニライカナ_____________」
「がえぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぐいいぃいいいぃいいいぃいごがぅうう!!!!」
まるで何かを諭すような静な叔父さんの声に、先輩はまるで殺虫剤をかけられたゴキブリのようにのた打ち回った!
が_____それもつかの間。
パキィィン!
まるで、水溜りの氷の割れたような音がして叔父さんが舌打をする。
次の瞬間、先輩が武叔父さんに襲い掛かった!
「武叔父さん!!」
武叔父さんは、地面に倒され動かせる方の腕を押さえ込まれると身動きを封じられた!
上に覆いかぶさるようにマウントを取った先輩は、下で抵抗を続ける大柄な男の脇腹の肉をベストの上から掴み_________ブチッ!
まるで、断末魔のような悲鳴が温室に響く!
「やめろぉぉぉ!!!!!!」
俺の言葉など先輩には、届かない!
武叔父さんの脇腹から大量にこぼれる『赤』、俺はシャンデリアから強引に体を引き抜き立ち上がる!
腕や背中か燃えるように熱いが、今はそれど頃じゃない!
「ダメだ! …来るな! げ っちゃ あ”あ”あ”あ”!!!!~~~~~!!!」
先輩は、傷口の肉を更に掴む!
大変だ!
このままでは、武叔父さんが銀山先生のように『解体』される!
足を踏み出した途端、目が眩み激しい頭痛に襲われ俺は思わず膝を着く。
なんで…こんな時に!
グルグル回る視界の端に、蹲る殺人鬼と物言わぬチェーンソーと地面に横たわる足の折れた後輩に壁にめり込む『恩人』のミイラが通り過ぎる。
俺は、立って歩く事を諦め赤ん坊の様に這う。
グチャグチャの頭で考えられる精一杯の方法だ。
ようやく辿り着いた右手が、ソレを掴む。
俺は、ふらふらと立ち上がり冷たい鉄のボディから突き出したスロットルレバーを一気に引いた!
甲高いエンジン音。
高速回転する刃の振動が、握力すら弱った腕に響く。
俺はチェーンソーを構え地面を蹴った!
足元に転がる血の気の失せた仲村渠と目が合い俺は声を出さずに呟く、
『ごめんな』
っと。
ガガガガガガガガガ!!!
チェーンソーを穿つと少しばかり抵抗を感じたが、ソレはあっさりと宙を舞った。
ガシャン! キュリリリリリリリリィィ…ガクン!
放りだしたチェーンソーは、地面に当ると安全装置が働いたのかその動きをとめる。
勢い良く天井近くまで舞ったソレは、まるで狙ったように胸元に落ちてきたので俺は素直に受け止めた。
ああ、こんなに軽い。
不機嫌そうに口を開け、文句言いたげにぽっかり開いた二つの穴が俺を睨んでる。
「圭…」
背後で、武叔父さんが呻いて俺の足元に転がった杭が当る。
俺は、跪いて杭を拾い地面においた干乾びた恩人の頭部に脳天から突き刺した!
**************
「ソレが、今回の新作かい? 玉城君」
病院のベットで横たわる慢心相違の少年に青沼王将刑事は、無機質な視線を向けため息を付いた。
「ええ、どうでしょうか?」
「売れないね0点いや、マイナスだな…君は作家には向いてない」
「はは、手厳しいですね…」
はにかむ様に微笑む少年。
頭をネットのような物で何重にも巻かれ点滴に繋がれた姿は、なんとも痛々しい。
本来なら聴取なんぞ取ってよい状態ではないが、事が事なだけに多少手荒な方法で現状にこぎつけた訳だが…いかんせ少年は頭を強打しており当時の記憶が曖昧な様だ。
「先輩を殺した奴はどうなったんですか?」
黙って、メモを取っていた青沼に少年が問う。
「逃げられたよ、だが…あの出血ではそう遠くへは行けまいさ指名手配も済んでるじき見つけるよ」
パタンと黒い革の手帳を閉じ青沼は少年を見た。
「今回の殺人だが、捜査の結果君は無関係だと判明した。 死亡した教員二人の他にも不可解な死を遂げた人物が何人もいてね…ソレが全部逃走中の犯人繋がりであることが証明された…今までの協力に感謝する」
「はぁ…」
そう言うと青沼は、足早に病室を出て行った。
「意外ですね」
青沼が、少年の病室から出るとドアの隣に控えていた相棒である赤又茜がにこにこしながらピッタリ右隣に寄り添った。
「死体損壊容疑・虚偽容疑…引っ張ろうと思えば幾らだって出来たじゃないですか?」
赤又の目が、ヌルリとまるで獲物を取り逃がした蛇のように口惜しそうに病室のドアを振り返る。
「赤又、相手は『少年』で怪我人だ…それに報告によればあの少年は今回の事件には関ってないむしろ被害者だ」
「へ~優しいんだ~でも、その報告『外部』からのモノですよね?」
青隈が縁取る寝不足の充血した目が、青沼を見上げた。
『もらっていいですか?』
そんな目をしている。
「…ダメだ、アレは俺の獲物だ…今は何も無くても…な」
ええ~けち~っと頬を膨らませると、赤又は青沼を追い越しずんずんと病院の廊下を不機嫌そうに歩いて行く。
そんな、赤又の背中を見つめながら青沼はため息をつきコートのポケットから黒革の手帳を取り出しページを捲る。
そこには、セロハンテープで留められた小さな新聞記事。
「ホント、君には興味が尽きないよ玉城君」
目を細め手帳を閉じポケットにしまう、足早に歩き去った相棒の後を追い刑事は歩を進めた。
**************
しんと静まり返った病室。
なんと、ここは個室だ!
武叔父さんが心配だからと料金上乗せで俺をここに入院させた。
確かにさ、執拗に頭ばかりを狙われて吐いた時は流石に不味いと思ったがもういい加減一人は飽きたよ。
まだ、体を動かすのが億劫だったのでベッドのリモコンで体を横たえる。
仲村渠先輩…。
点滴の針が腕に三箇所もぶっ刺さった左腕を白い天井に伸ばす。
仲村渠先輩の死体の足に杭を打ち込んだのは、武叔父さんだった。
話によれば、武叔父さんは『ガラクタ倉庫』という何でも屋を営む傍らこう言った霊媒関係も扱っているらしい…そして、今回も依頼受けた。
死体を見たときは正直焦ったそうだが、珍しい事でも無いらしく要望通り歩き回れないように足を打ち付けたそうだ。
が、霊は…先輩は真輪士先生に続き依頼主の銀山先生を殺した。
流石の武叔父さんも、まさか霊が逆立ちして徘徊するなんて夢にも思わなかったらしく消滅させようと追跡し始めて姿を見たときは爆笑し隙を突かれて埋められたらしい。
ここで俺は、最も腑に落ちない所を武叔父さんに聞いた。
何故、先輩は自分の死後2年も経って真輪士先生や銀山先生を殺したのか?
そして、自分の妹や俺を殺そうとしたのか…。
真輪士先生は、自分の息子が殺人を犯した事を地位や名誉の為に公表せず殺人鬼を野放しにした…多分、銀山先生もその事は知っていただろうその報いを受けさせたのか?
が、武叔父さんの語った真実は18歳の俺の妄想を超えていた。
『愛してたんだよあの子は、あの殺人鬼をね』
打ちつけられた脳みそが『?』で満たされる。
愛してた…?
確かに、あの二人は付き合ってた…ソレは殺人鬼も言ってた…それで、妊娠して結婚を迫られたから殺したと…!
まだ、人の形すらしていなかったわが子と共に命を奪われ壁に埋められて…それでも『愛してる』?
馬鹿だろ!?
でも、コレで説明がつく…先輩はあの殺人鬼が危険に晒された時現れた。
本当は、仲村渠に刺される前に現れたかった筈だが武叔父さんに邪魔されてタイミングが合わなかったんだ…!
『あの子は、死んでからずっと守っていたんだよ…多分殺された人たちは危害を加えようとしてたんだねあの男に』
生きてる人に直接手を下せるくらいの強い思い、守る為なら実の妹すら殺せる意思の力。
分かりません…俺には微塵も理解出来ません…。
両腕に、まるで蟲が這うように干乾びてカスカスに成った感触が甦る!
右手に握った杭で干乾びた頭を串刺した感触が、むせ返るような血と香水の匂いが!!!
「うっぷ…やべ…!」
俺は、直ぐ横の冷蔵庫の上に置かれた空の花瓶に嘔吐した。
はは…思い出しゲロとか受けるw
今、武叔父さんが傍に居なくて良かったと心底思う…もし、今の見られてたら即ナースコールだもんな!
俺は、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し口を濯いで花瓶に吐きそのままベッドに横になった。
寝よ。
今日は日が悪い。
俺は、あっさりと眠りに落ちた。
**************
ガラガラ……。
病室の戸がゆっくりスライドし、ぎこちない操縦の車椅子が扉にぶつかりながら病室に入った。
きゅきゅきゅっと床を鳴らしなら方向変換をし、ベッドに眠る少年の下へ車椅子を進める。
ベッドに横付けし顔をのぞき込めば、少年は苦痛に顔を歪め短く息をする。
「いや…だ けん…こんの…み ない」
苦痛に喘ぐ少年の額にごつごつとした大きな手が添えられた。
「俺たち『家族』は、お前を心から愛してるそれじゃ駄目なのか…どうしても…なのか?」
低く心地の良いバリトンボイスが、心無なしか震えた。