よくあること
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いやね、よく在ることっすよ!
今までミュージシャン目指すとかって言って家に生活費を入れたことの無い親父が、結婚記念日にソープに行って豪遊したのがばれてキレた母さんに包丁もって追っかけられてる姿なんてのは。
「…兄ちゃん…」
「荷物まとめろ…ありゃだめだ」
クリスマス寒波吹き荒れる丑三つ時。
俺と弟は、修羅場を繰り広げる両親を尻目に祖母の家に向けて自転車をこぎ出した。
「兄ちゃん!」
「何だ?」
「メリークリスマス!」
「ぷっ…おう! メリクリ!」
俺たちの笑い声は、寒波の風に消えていった。
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事後報告、親が離婚したんで爺ちゃん家に引っ越しました。
俺は高校三年なんで転校無しだけど、小4の弟は近くの小学校に転校した。
爺ちゃんの家に住んでるのは、爺ちゃん、婆ちゃん、博叔父さん、武伯父さん、武伯父さんの娘で6つ下の小4の渚、小1の風に新参者の俺、玉城圭に弟の玉城剣と母の玉城節子の計9人の大所帯で暮らすようになって一年が経過しようとしていた。
「う~さみ~…」
俺の朝の日課。
朝5:00に新聞配達のニーちゃんから直で新聞を受け取るとこから一日が始まる。
新聞を受け取ると、急いで家に駆け込みポットから注いだお湯で茶を入れてチラシと一面記事の確認をする。
お? ケン●のチキン、ゆず湖沼とか美味そ~。
「じじ臭…」
背後から辛辣な言葉をかけて来たのは、従妹の『渚』小学校4年生。
女子にしては短めのベリーショートの髪に、このくそ寒いのに黄色の半袖のTシャツに白の短パンという真夏の格好をし額には薄っすら汗までかいている。
…コイツの周辺だけ夏でも来たのだろうか?
「ピチピチの男子高校生捕まえて酷くない~つか寒くねーの!?」
「うっさい! 居候! 自主的な朝練よ!」
そういやコイツ空手とか習ってたっけ…朝練かぁ…懐かしい響きだね。
「そりゃ御精の出ることでぇ~」
「なによ!そのいいか____」
何か言い返そうとした渚の視線が、泳ぎ俺の頭上を凝視した。
これってアレっすか?
「ナニカいるんすか? 渚氏?」
「血まみれ女の生首が笑いならこっち見てる」
Ho! 朝5時の生首キタコレ!
「へぇ~それ美人?」
軽口を叩く俺に、渚は眉間に皺をよせた。
「…面白くないわね、剣ならもっといい反応するのに」
「うわぁ…悪趣味~あいつ怖がりなんだから虐めてくれるなよ~(笑)」
「アイツの存在価値なんてその程度しか無いわ!」
うわっ、正に外道!
アンタって本当つまんない、霊もあきれて消えちゃったわよ!と言うと空手少女は風呂場の方へと歩いていった。
まあね、よくある話っすよ。
引っ越した先の母親の実家が全員ユーレイ見えます!
感じます!
なんてのはね!
さて、家族そろっての朝飯です。
リビングに置かれた長テーブルに爺ちゃん、婆ちゃん、博伯父さん、武叔父さん、外道従妹の間に怖がりの剣が座りそんで俺と母さんがご飯ををよそって皆に配る。
今日のモーニングは、味噌汁・白米・昨日の晩の残りのカレーに秋刀魚の塩焼きあとカタツムリ注意の婆ちゃんの無農薬サラダだ。
朝飯をよそいながら、外道シスターズに挟まれた哀れな弟に目をやる。
この爽やかな朝だと言うのに剣は顔面蒼白、カタカタと振るえ目には涙を溜め鼻水すら垂れそうな状態で情けなさ全開だ…。
我が弟ながら将来が楽しみなイケメンだというのに…まあ無理も無い。
何故なら…。
ガシャン
始まったか!
「ちょっと山城さん!毎朝止めてって言ってるでしょ!!」
絶対に落ちないはずだったテーブルの中央にあったガラス製のサラダの器が、何故かフローリングに叩きつけられていた。
母さんがすかさずどう見ても人が居る筈の無い斜め45度の虚空を睨みつけて怒鳴るし、醤油に手を伸ばした博伯父さんが不意に手を止め何かを避けるように妙な角度で醤油を取ろうとしている。
爺ちゃんは蝿なんて見えないのに蝿叩きを時折叩き付け、婆ちゃんは聞き取れない呪文?を唱え始め、武叔父さんは蝿でも払うように手を動かした。
恒例の『朝のポルターガイスト』だ。
剣の方を見ると、毎朝の事だというのに顔面蒼白を通り越しもはや土気色になりカチカチと歯を鳴らしている。
それを満足そうに見守る『外道シスターズ』姉:渚と妹の風もニコニコだ、風はスポーティーな印象の渚と違いゆるふあのウエーブのかかった髪をボブカットにして小1にしては落ち着いた印象の将来楽しみな美人さんだ。
「剣おにいちゃん」
風の小さな手が、怯える剣の背中を撫でる。
ザクッ!
「……!!!?」
突如、風は持っていた箸を剣の米に突き刺した。
「…今ね…剣おにいちゃんの背中から通り抜けてご飯のとこに居るの…一昨日死んだ裏のおじいちゃん…」
剣は凍りついた。
「にぃ…にぃ、ちゃ…うぁわぁぁあああああ!!!!!」
叫び声を上げ、朝食も取らずに剣はその場から逃げ去さった。
「ふふ…剣おにいちゃんね、ついに昼も一人でトイレ行けなくなったんだって…」
姉妹は恍惚の笑みを浮かべている。
お前ら俺の弟をどうしたいんだ!?
俺は朝飯もそこそこに剣を探した。
今が冬休みじゃなくて、普段の日なら学校に逃げる事も出来ただろうに…不憫なヤツ。
この家で、霊的なものが視えず感じもしないのは俺と剣だけだ。
俺はそんな視えない感じないものに何をそんなに恐怖する必要があるのか良く分からないが、怖がりの剣にとって此処は正に幽霊屋敷以外の何物でも無いのだろう。
「にぃじゃぁぁぁぁん…」
いつもの物置の隅に縮こまるように膝を抱える弟が、涙目で此方を見ている…なんかお前のほうがよっぽど妖怪みたいに見いえるぞ?
「もうヤダ…オレ限界だ…出て行くぅ! この家出てく…ぐすっ!」
俺のトレーナーが、剣の鼻水と涙で濡れていく。
「わーた! わーたって! 俺が卒業したらアパート借りっからそれまで我慢な!」
仕事が見つかりゃね…。
ったく…幽霊なんかより卒業早々フリーターとかの方がよっぽど怖いっての!
そんなこんなで、平和な一日も終わりに近づき夕暮れも限りなく夜に近づいたころ。
うっかり昼寝をしてしまった俺は目を覚ました。
「…ん~…」
そーだった、居間で就職活動に必要な履歴書かいててめんどくなって気が付いたら寝てたなあ…うん。
涎でぬれた履歴書が右の頬にべったりと張り付いている。
顔に張り付いた履歴書をくしゃくしゃに丸めながら居間を見回したが、珍しいことにもうすぐ夕食の時間だというのに誰もおらず薄暗いままだった。
「…なんだ…誰もいないのか…晩飯どーすんだ…?」
腹が減ったので取り合えず何か食おうと冷倉庫をあけた。
……?
今何か聞こえたような…?
冷蔵庫を閉め廊下と居間を仕切る襖を見る。
特にどうと言う事はない…少々穴は開いてるが只の襖だ…。
気のせいか?
………………おぎゃ………おぎゃ………
「へ?」
俺は、を勢い良く襖を開け廊下の左右を確認した。
………おぎゃ…おぎゃ…
ガチだ…ガチでキタコレ……ついに目覚めたか!
母方の血!
おぎゃ……おぎゃ…
まるで赤ん坊のような泣き声は次第に近づいてくる。
おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、
おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃ、おぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!
鳴き声が近づくにつれ俺の余裕は一切なくなっていた。
怖!
マジで怖い!
何数とか増えてるわけ!?
やべぇ逃げないと…って……。
動けない…!
体がうごかな…あ…っ?
俺の意思とは関係なく、視野が変わる。
襖から顔を出した状態で、そのまま廊下に倒れたと言う事に気づくのに少しかかった。
指は愚か、瞬きさえも出来ない声も…体が一切動かせない…。
開ききった俺の目に、廊下の闇の向うから無数の鳴き声と『ひたひた』と床を這う音が迫ってくる。
もう駄目だ!
…あれ?
突如、鳴き声もひたひたと床をはう無数の音もピタリと止んだ。
瞬き出来ず乾き始めた目から生理的に涙かこぼれ床に伝う。
助かっ……っつ!?
天井に向いた右の耳たぶに激痛が走る。
かっ、噛まれてる!!
「…っぅ!」
ギリギリと食いちぎらんばかりに噛み付かれついに
ブチっ!
「………!!! ……ぁ…! ぁっ…!!」
叫び声すら上げられない俺の耳もとでしゃがれた声が呟いた。
「モットヨコセ」
背中に強い衝撃を感じて俺は目を覚ました。
「兄ちゃん!!」
最初に目に入ったのは、涙目で俺を見つめる剣。
「はい! もう大丈夫さー!」
背中のほうでは、良く聞き慣れた声___。
「…婆ちゃん…?」
婆ちゃんは、俺の背中を慣れた手つきでさすっている。
…ああ…きもちい……。
「あいやーあんたよー! 心配するさー」
「…俺…どうしちゃってたの…?」
とにかく体がだるい…あ…!
「俺の…耳…!!」
「大丈夫よー! ちゃんと耳はあるからー」
婆ちゃんは、なおも強く背中をさすってくれている。
「あこーくろーの時は魔物が出るから気おつけないとねぇー」
「あこーくろー…?」
あこーくろーとは、沖縄の方言で夕暮れや『黄昏時』という意味で昼から夜に変わるその時間は最も魔物や悪霊などが出没すると言うのをこの時初めて知った。
窓の外は、もうとっぷり日が暮れていた。
この日。
運悪く爺ちゃんは隣の家に碁を打ちに、婆ちゃんは剣と買い物、お母さんは残業、武伯父さんは外道シスターズを連れて元妻と食事、博叔父さんはパチンコと俺以外この家には居なかった。
婆ちゃんの話によれば、最近この家の中で俺が最も気が抜けていて悪霊の付け入る隙が最もあったのでこんな目にあったとの事だった。
これから先、幽霊が見えるようになったんじゃないかと心配だったがそんな『心配はないと思うけどねぇ~』と微妙な太鼓判を押してくれた。
元来俺に霊感らしき物はなく、今回はたまたま波長があってしまったが婆ちゃんがしっかり祓ったから大丈夫とのこと。
しかし、今日みたいな目に毎日あって他の連中は大丈夫なんだろうか?
まあ、もう俺に見えないのだから関係ないけど!
…今回の俺の状態を目の当たりにした剣は、これまでに無いくらい怯えきっていた。
俺の腹にしがみつき、ぶるぶると震える剣に婆ちゃんがあきれている。
「あいやなーもう怖くない! 婆ちゃんが祓ったから大丈夫って言ってるのに!」
「だって…だって…ぐすっ!」
「そんなこと言ったら婆ちゃんの方がもっと怖い目にあってるさー」
「…どんな?」
「戦争よ…戦争はどんな魔物や悪霊よりもこわいからねぇ~」
…それと比べられても…。
「婆ちゃんは17歳結婚したけどね旦那は戦争にいってそのまま死んでしまったわけ…」
え?
「じゃ、そのとき出来たのが武叔父さん?」
「ううん、違うよ」
「爺ちゃんとは再婚なの?」
「ううん、違うよ」
はい?
「婆ちゃんは再婚もしていないし子供も居ないよ」
しんと静まり返った居間の温度が、急激に下がった気がした。
「ほら、怖い話でしょ?」