9 転機の訪れ
中学校の入学式には典子一人で出席した。陽太が通わないと決めたから、制服も買わなかった。二人で出した結論だったが、周囲の親子の笑顔を見るのはつらかった。4月中旬、陽太は学校適応指導教室に通い始める。施設自体が心因性の不登校児を対象にしているため「学習障害(LD)」である陽太は仮入級であった。それでも典子は、通える場所があるだけでうれしかった。そして1年生の間は週2回のペースで通うことに決めた。
ここでは子供の時間配分に合わせて、指導が進められていく。くつろいで通える環境づくりが整ってから、徐々に生活改善に取り組んでくれる。また周りの子供も不登校を経験しているので、陽太ともなじみやすかった。仲良しの友達ができた2年生の中ごろには、陽太も週4回のペースで通えるようになった。
学校適応指導教室では年度末に、1年間の成果を披露する「学習発表会」が開かれる。生徒たちは1学期に発表課題を決め、1年間かけ準備していく。陽太は1、2年時は欠席していた。典子も3年時は参加してほしいと願っていた。
―「オイはピアノばする」。家に帰ってくるなり陽太はこう言った。友達がオルガンを弾くと聞いて、対抗したいらしかった。せっかくの機会だからと、ピアノの先生の所に通わせることにした。典子もその時は、片手で少し弾けるぐらいになればいいと思ってたが…。
「よくできたね。ここだけもう1回やってみようか」。見学だけのはずだった1回目から、陽太はピアノを弾きたがった。レッスンは週に1回のペースで3年時の7月から始められた。陽太は時間を惜しむようにピアノに熱中していく。そして2カ月目には、課題曲の「天空の城ラピュタ」を両手で弾けるようになった。
指導にあたった橋口晴美はこう語る。「とにかく楽しそうに弾いていました。小さいころから駄目だ駄目だとずっと言われてきたから、少し自信を持てるものが見つかって余計にうれしかったんでしょうね」