9 アレクシス殿下 後編
聖女召喚の日がやって来た。
この場にはクロエも居たので様子を窺う。
くっ!? 今、目が合った! 今すぐ抱き締めたいがこれから聖女が召喚される。自重せねばと思い、目を逸らすことで耐える。
父上が魔方陣に杖を叩くと、魔方陣は目が開けていられないほど光輝く。光が収まり目を開けるとそこには黒い髪をした珍しい服を着ている少女が現れた。
多分この少女が聖女なのだろうと思う。珍しい服を着ているので観察していると父上の話が終わったのか所見の間に行くらしい。
……何だか聖女の獲物を見付けたような視線が気になる。
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謁見の間に移動するとクロエは僕の隣に来た。だから、今の僕はけっこう気分がいい。ふと、クロエから視線を感じて見てみると僕の顔を覗いているようだ。
僕の顔に何か付いているのかと思い、聞いてみると顔を赤く染めて顔を逸らしてしまった。
──ああ、クロエ。可愛いよ。もっとその顔を見せてくれ。この顔は他の男にみせられないなぁ。
そんな事を考えている内に話は進んでいて、僕は聖女──イトウ殿の教育係にされてしまった。何でこんな面倒くさい事をしなければならないのか父上に聞くと、どうやら他の貴族対策らしい。イトウ殿と王家の関係が良好だと示して他の貴族に手出しをさせないようにするらしい。
僕が選ばれたのも出来ればイトウ殿の恋心を利用して、他の貴族の戯れ言に耳を貸さない様にするため、だそうだ。聖女と言えまだ若い少女だから出来なくは無いと思う。
……どうせ、一年でいなくなるのだ。
合理的に動かなければ大勢の民の上に立つことは出来ない。僕は父上の命令を受けた。
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イトウ殿のお披露目会が城で行われた。イトウ殿が心細いと言うので僕が傍に居ることになったが、腕にくっつくのは止めてほしい。邪魔だ。でも、ここには多くの目があって振りほどく事が出来ない。取りあえず今は我慢して、挨拶が終わったらクロエを見て心を癒そう。
挨拶を終えてクロエを探しに行くと友達と話しているのを見つけた。クロエは髪と同じ空色のドレスを着ていてとても美しかった。つい抱き締めて二人きりになりたいところだが、強く拳を握りなんとか耐える。そろそろ限界かも知れない……。
僕は後でダンスを踊る約束を取りつけて、逃げる様にクロエから離れる。
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そろそろクロエと踊ろうかと思い、クロエに会いに行こうとするとイトウ殿が執拗にダンスを踊ろうと言ってきた。周りには良好な関係に見せなければいけないので、後で踊ると言って何とか引いてもらった。
ふー、余計な時間を取った。早くクロエのもとに行かなければ。
クロエは最初僕が来た事に驚いていた様だが、君との約束を破るわけないだろ? クロエとのダンスは至福の時間だった。名残惜しくて僕はクロエの手に口付けする。クロエ、また後でね。
イトウ殿は踊ろうと言ったわりに、全くダンスが踊れないらしい。誘うなら踊れるようになってからにしてくれと思いながらも、僕はイトウ殿にダンスを教えている。と言ってもただ僕に合わせて動いて貰ってるだけなんだよね。こんなことならクロエと踊っていたいのだけど、クロエは体力が無いのか一度踊ると直ぐに隅の方に行ってしまう。
まあ、そのお陰で他の男と踊ることはないんだけど。だけど、僕は信じられないものを見てしまった。
クロエが他の男と躍っているのだ。見間違いかと思ったけど僕がクロエを見間違えるはずがない。
僕は曲が終わると直ぐにクロエのもとに向かった。すると、そこは一触即発な空気になっていた。僕は冷静になるように自分に言い聞かせて声を掛けた。
どうやらこの男どもは、僕のクロエと踊ろうとしていたらしい。死刑にしてやろうか?
無理やり踊ろうとしていたなら死刑とはいかなくとも追放くらいしていたのに、クロエは了承していたらしい。
このムシャクシャした気分をどうしようかと考えていると、イトウ殿が現れた。完全に忘れてた。
イトウ殿は僕に触れながらダンスを教えてくれるように言ってきた。今、僕はイライラしているし、クロエが見ているので止めろと突き放そうとすると、クロエが今までに見たことの無いくらいの迫力でイトウ殿に言い放った。
──これは嫉妬してくれているんだよね。
イトウ殿、君のお陰でクロエが僕の事を想ってくれている事がよく分かったよ。顔が緩んでしまうが仕方がない。クロエに躍ろうかと誘うが断られてしまったけど、僕は今最高に気分が良い。クロエの頭を撫でて僕は会場の中心の方に戻った。
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最高な気分も直ぐに焦りに変わった。僕はイトウ殿と踊っていたのだが、浮かれていたのが悪かった。
イトウ殿がバランスを崩して後ろに倒れた時、僕も釣られて倒れてしまったのだ。しかも、イトウ殿に覆い被さるように倒れ、触れるようなものだったが確かにキスをしてしまっていた。
僕は何故か笑っているイトウ殿を起こして、周りを見ると複数人の人に見られていたらしく騒がしくなっていた。
その中で聞き逃せない事を言う奴がいた。
「──浮気?」
ボソッとした声で誰が言ったのか分からないが、僕がクロエ以外の女性と結婚する気はない! また、その逆も──!?
もし、今回の出来事を聞いてクロエが別の男性の所に行ったら?
多分僕はその男を殺してしまうだろう。そんな事にならないように早くクロエに弁解しなくては!?
僕はクロエを探して走り出した。
クロエを見つけた! 必死になって今回の事は事故だと言っているとクロエの隣にはオレスト殿が居た。オレスト殿に気付いて声を掛けると直ぐにどこかに行ってしまった。事があるごとにうるさく言い聞かせたせいだろうか?
それよりクロエが何かされてないか気になり、話を聞くが特に無さそうだった。念のためオレスト殿がどんな奴なのかを言う。これで近づこうとはしないだろう。もし、僕のクロエに手を出そうとしたら例えSランク冒険者であろうとも殺してやる。
──クロエ、君は僕の物なんだから。
何か長くなってしまいました。