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「へー、クロエちゃんは公爵家の人だったんだね~、それってマジ凄くない?」
クロエちゃんって……普通は公爵家って聞くとそれなりの礼儀をもって接してくるのに、私じゃなかったら怒鳴られてるところだよ。
「あれ、怒らないんだ」
ん、これって試されてた?
これで怒鳴ってたら小さい器だなぁ、とか思ったんだろうか?
ふふふ、残念でしたね。私は婚約者を目の前で誘惑されても怒鳴らない大きな器の持ち主なのです。
「それ位では怒りませんよ。それより、まだ若いのにSランク冒険者とは凄いですね」
「はは、自分で言うのもあれだけど、俺ってマジ天才だからさ」
まあ、この若さでSランクっていうからには天才なんだろうね。
でも、何でそんな人が城に居るんだろう? さっきからの言い方だとそれなりに城で過ごしていると思うんだよな。
「あの、城では何をなさってるのですか?」
「ん? 何をしてるか……俺は国王からの依頼で一応護衛ってことになってるんだけど、特に何もないんだよね~。まあ、何もしないで大金は貰えるし、君みたいに可愛い子は沢山いるし! 最高だね」
「はは、ありがとうございます」
「特にクロエちゃんは綺麗だよ」
あれ、なにこれ、もしかして口説かれてる!?
こういうのは然り気無く逃げるのが一番!
「あ、そろそろ戻らなければいけません。私はもう会場に戻りますね」
「誤魔化すの下手だね~。それじゃあ俺も一緒に行くよ」
えっ!? バレた。しかも、付いてくるっぽいし。
ま、まあ何もしなければいいんだけど。
何もしないよね?
*****
会場まで戻って来た。
オレストさんは会場に着くまでずっと私を褒めてきた。どれだけ綺麗か、魅力的とか、私は当たり障りない返事をしてきたけど、ここまで言われるとお世話でも少し照れる。オレストさんは大分やり手だな。
会場はお開きムードになっていてぼちぼちと帰っていく人がいる。
ここで気になるのは殿下と伊藤さんがキスをしたかどうかってことだ。
私は周りの人の話し声を盗み聞く。
「やっぱり、ヤバかったよな。殿下と聖女様」
「ああ、事故とはいえ婚約者がいるのにな」
「殿下と聖女様、一緒に倒れこんで──キスしてたもんな……」
「そもそも、入場したときからあの二人はずっとくっ付いてたしな。あのポジションはクロエ様のだろ」
「今回の事故もわざとだったりしてな」
……ああ、やっぱりキスしたんだ。
何か喪失感がすごい。胸にぽっかり穴が空いた感じがする。
「クロエちゃんって、婚約者いたんだね」
「へっ?」
「今みんなが話してるのって、クロエちゃんの婚約者の王子が聖女に盗られたって感じっしょ」
「そう、なんですかね」
「ん? 分かんないの? そうだ! この際俺と──」
「──あ! クロエ! 探したよ、何処に居たんだい? まあ、それよりも違うんだよ! 今回のことは本当に事故なんだよ! イトウ殿が倒れて、それに釣られてって……ん? 貴方はオレスト殿?」
「おお、これはこれは王子様。俺はこれで失礼しまーす。クロエちゃん! またね~」
オレストさんはそう言うとすごい速さで会場から出ていった。
いや、本当に速かった……あれがSランク……。
殿下はオレストさんを見てからずっと難しい顔をしている。確かに礼儀はなって無いと思うけどね。
「クロエ、オレスト殿と何をしてたの?」
「少しお話しをしただけですよ」
ナンパされたりしたけどね。
「はぁ、良かった……オレスト殿はね城の女性にすぐ手を出すんだよ。既にメイドや令嬢と関係を持ってるって聞いてるし、これでも何度か止めた方がいいって言ってるんだけどね」
オレストさん……それは不味いんじゃないでしょうか。
「それは大丈夫なんでしょうか?」
「父上が雇っているんだけど、向こうが了承したらという条件で許可してるんだよ。流石に複数人に手を出すとは思わなかったらしいけどね」
これって私も狙われてるのかな?
でも、複数人の女性と関係を持ってる人は勘弁ですね。
「とりあえず気を付けて。クロエは僕の婚約者だからね?」
この婚約者っていう立場が無かったら、殿下は直ぐにでも伊藤さんと婚約するんだろうな。
王子の婚約者が浮気をしたってなると、王家の名前に傷が付くだろうし、この忠告も体面を気にしてのことなんですよね?
大丈夫ですよ。王家の名前に傷が付くようなことはしません。
「はい、分かりました。気を付けます」
「うん、っと、そろそろ戻るね、クロエを探すためにイトウ殿を置いて来ちゃったからね」
殿下は私の頭を目を細めながら撫でると、伊藤さんが居るであろう方向に足早で向かって行った。
「私も帰ろう」
ゲームではクロエが軟禁されてる筈なので、数週間は伊藤さんとの接触は無いはず。
イベントもいくつかあった筈だし、邪魔にならないように何をしてようかな。
私は明日からの事を考えながら帰路についた。