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険悪なムードになってしまってるこの一角によく透き通る声が掛けられた。
「おい、何をやってるんだ」
えっ!? 何でこっちに来てるんですか!? 殿下。
「殿下、あの、此方は私と踊って下さる方達です。それで今、誰が最初に踊るかと話していたところです。」
「ん? クロエは踊りたいのかい? いつもは踊らないのに珍しいね」
「今日は踊りたい気分だったので……」
ていうか、伊藤さんはどうしたんだろう? まだキスしてないよね。
「アレクシス様! 急にどうしたんですか! いきなり居なくなってしまって、私心細かったんですよ」
おーう、伊藤さん。私に話したときと全然キャラ違うじゃないですか。
しかも、さりげなく殿下の腕に抱き付いてるし……。
私、一応婚約者なんですよ。婚約者の前でそんなことしていいと思ってんですか?
これ怒っても良いよね。いや、ここは人の目が多い。今はまだ耐えろ。
「アレクシス様、私踊るのが苦手で……教えてくれませんか?」
伊藤さんは殿下の胸に指をなぞりながら甘える声で言った。
カチーン。
「聖女様、私の婚約者を誘惑しないで下さい、迷惑です。それにダンスの練習なら今度にして下さい、何なら私の方でダンスの先生を紹介します。でも、聖女様のお仕事の合間に練習すると思うのでけっこう大変だと思いますけど……頑張って下さいね」
ふー、言ってやった。これに懲りたら私の前でイチャ付くのは止めろ。
「っ!? ア、アレクシス様、恐いです。」
何が恐いだ、私は貴女のその演技の方が恐いよ。そんな演技で誤魔化せると思ってるんですか? さあ、殿下。言ってやって下さい。
……何か殿下、物凄くニコニコしてる!
何!? 伊藤さんの演技を信じちゃった? 確かに可愛い子に頼られたら嬉しいと思うよ?
私は大体のこと一人でやっちゃうから殿下を頼ることなかったし。殿下に負担をかけたくなかっただけだし。
あー、胸がモヤモヤする。そうかぁ、殿下は頼られたかったんだね。こうやって、伊藤さんが好きになっていくんだね。
「まあまあ、クロエも落ち着いて、この位でいいじゃないか、イトウ殿もこうやって反省してるみたいだし。」
「……わかりました」
「それでさクロエ、踊りたいのならこの後に踊らないか?」
「大丈夫です。もう満足したので後は友達とお喋りでもしています」
「そうか……それじゃあ、また今度踊ろうね」
殿下は最後に私の頭を撫でて会場の中心に戻って行った。
私が殿下の後ろ姿を見ていると殿下にくっ付いてる伊藤さんと目が合った。伊藤さんはニコッとして何か言った。
──ごくろうさま。
そう言った気がした。
私は殿下達の後ろ姿が見えなくなると会場を出た。今はとにかく一人になりたい気分だった。
*****
闇雲に歩いていたらどこにいるのか分からなくなった。
「迷子になった……」
城の方にはよく来るが、普段は必要なところにしか行かないため、ここがどこだか分からない。それにこの城は凄く大きいし、同じような部屋が沢山あるから余計に混乱する。
「はぁ」
思わずため息が出る。メイド達も今日は会場の方に居るだろうし、誰かに場所を聞くことも出来ない。
取り敢えず歩こう……。
しばらく宛もなく歩いているとやっと見馴れた中庭に出ることが出来た。
どうやらほとんど城の中を一周したっぽい。
「やっと戻れる」
見馴れたところに着いた安堵感でそう呟くと人の気配を感じた。
中庭の中心には大きな木があるんだけど、その木に座って寄りかかっている人がいた。顔は下を向いていて分からない。
此処に居るってことは城の関係者なんだろうけど、今は伊藤さんのお披露目会のはずだし、誰なんだろう?
気になって近付いてみると、その人は顔を上げた。茶髪に同色の目、年齢は20代半ばの男性だと思う、断定出来ないのは顔が中性的で綺麗だからだ。男物の服を着てるから多分、男性だと思う。
息を呑む音が聞こえた。目の前の男性からだ。目を見開いて固まっている。
「あの、此所で何をしてるんですか?」
私は沈黙に耐えられず男性に声を掛けると、男性はビクッとなって動きだした。
「あ、ああ、聖女のお披露目会ってのが面倒くさくなって抜け出して来たんだよ。此所はお気に入りの場所でね、お披露目会が終わるまで寝てようと思ってたんだ。君はどうして此処に?」
「あはは、私はそ、その散歩に……」
迷子になったなんて言えない!
「ふーん、ところでさ君の名前は何て言うの? 俺はSランク冒険者オレスト」
ほー、この人Sランク冒険者なんだ。
確か冒険者達にはランクがあってSランクは一番上のランクのはずだ。しかも、Sランクはまだ3人しかいないって話だし。オレストさんはかなり凄い人なんだなー。
「私は公爵家のクロエ・ホーバットです。以後お見知りおきを」