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さあ、ダンスの時間がやって来ました。
ダンスでは殿下と伊藤さんがキスをするというハプニングがあるはずなので今すぐ帰りたいです。
そんなこと出来るわけもなく、後で来るって言ってた殿下を待ってるわけですが、ゲームでは聖女とのダンスに付きっきりになってるはずなので来るとは思えない。
しかし、そんな考えはすぐに外れた。
「クロエ、お待たせ。一緒に踊ろう」
殿下はいつも通りにダンスに誘ってきた。
あれ、伊藤さんは?
「えっ、あ、あの聖女様はどうしたんですか?」
私の質問に殿下は顔を顰めながら答えた。
「ああ、何か執拗にダンスを踊りませんかって迫ってきてね、クロエと踊るからって言ったんだけど……。周りの人の目もあったし、あまりにもしつこかったし、後で踊るって言質をとられたよ」
「あはは……」
乾いた笑みしか出ない、殿下がここまで嫌そうにするのは初めて見た。
この様子だとまだ好感度は低いみたいだ。
ゲームでは一定以上、好感度を上げないといけなくて期限までに一定以上、上げないと友達endとなってしまう。
まあ、期限は確か1年位で今はまだ序盤だからこれからどうなるかは未知数だ。伊藤さんなら攻略法も知ってるだろうし何とかしそうだけど……。
いっそ攻略されないように邪魔するか? いや、下手したら本当に悪役令嬢になっちゃうし、これまでの様にノータッチでいこう。自己解決。
「では殿下、よろしくお願いします」
私は殿下と一緒に会場の中心で向かい合う。
やっぱり殿下はすごくカッコいい。伊藤さん分かりますよ。この人が夫になる方法があったら実行するって。
殿下のことは好きだけど、貴女が殿下の心を掴んだのなら私は諦めます。邪魔はしません。
だから、そんな怖い顔で見ないで!?
大丈夫かな? 刺されたりしないかな?
刺されることなく無事ダンスを躍りきったんだけど、ダンスを踊っている間、令嬢達の羨望が凄かった。
会場中の視線が此方に向いてるんじゃないかと思った位です。
「楽しかったね、クロエ。僕はこのあと躍らなきゃいけない人がいるから……今はこれだけ」
殿下はそう言って、私の右手の甲に唇を押し付けて、すぐにどこかへ行ってしまった。まあ、いつも通りだけど。
この後殿下は伊藤さんとキスをするんだよね……。
私だってまだ殿下とキスしてないのに! あー、最初は私が良かったな……最初っていうか、これからも一度もないと思うけどね。
私はそう考えながら会場の中心から離れて行く、すると一人の男性が此方に向かって来た。
「クロエ様、どうか私と踊ってくれませんか」
私は普段、殿下と踊った後は壁の華になってる。そうしてると毎回一人か二人踊らないかと声を掛けてくるんだけど、全て断っている。
この男性もそれを知ってるけどダメ元で誘っているのだろう。
ふむ、これを断るとどうなるか。
・この男性は違う女性のところに行き、それを見ていた他の人もダンスを誘って来ないだろう。そうすると、私は特にすることもなく踊っている人達を眺める。そして、殿下と伊藤さんのキスシーンを目撃する。
逆に受けるとどうなるか。
・この男性と踊り、それを見ていた他の人もダンスに誘って来る。体力が保つまで躍る。そうすると、ダンスに集中、疲労感で周りのことはあまり気にしなくなる。その頃には殿下と伊藤さんのキスシーンは終わっていて見なくて済む。
うーむ。
「よろしくお願いします」
「「「えっ!?」」」
男性も受けるとは思って無かったのだろう、かなり驚いている。あと、周りの人達よ、聞いていたのか。
私は口を半開きにして、呆然としている男性を可笑しく思い微笑みながらその手をとった。
「さあ、行きましょう」
「……はっ!? は、はははいぃ!」
この人、大丈夫かな? 『は』多くない?
男性に連れられて会場の中心の方に行く。
その時チラッと殿下の居るところを確認すると、会場の丁度中心の辺りで伊藤さんと向かい合っているのが見えた。
殿下の場所は確認した。殿下のことが見えない位置に移動して準備は完璧だ。
ダンスを踊り終わったんだけど、この人、体の密着度高くなかった? 何回か胸が当たりそうになったんだけど……。
まあ、いいや。計画通りに行動するために少し空いてるスペースに行く。さあ、誰か踊りましょう!
「クロエ様! もう一度踊りませんか!」
あ、まだいたんだこの人。うーん、踊ってくれるのはいいんだけど、婚約者でもない人と複数回踊るのは無しなんだよね。ていうか、暗黙のルールになっている。
まあ、暗黙のルールだから別にやっても何もないんだけどね。実際、伊藤さんは複数回、殿下と踊るだろうし。
「お、おい! ズルいぞ、次は俺が」
「まて、僕が先だ!」
「何を言っている! 私に決まってるだろ!」
うわー、何か今にでも殴りあいそうだよ。どうしよう? こっちとしては誰でもいいんだけど……。