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今、この会場にいる人達は目を疑っているだろう。殿下が見知らぬ女性──この面子から言うと多分、聖女だと分かっていても婚約者を差し置いて腕を組んで入って来るからだ。
本来、聖女は一番最後に護衛の騎士に囲まれて入って来るというのが周囲の認識だ。
更に婚約者がいる者は普通、婚約者同士で来るものだ。それを違う女性(一部例外もあるが)と来るのは浮気と受け止められても仕方がない。
しかも、陛下達と一緒に入って来て何も言われていないことから陛下達の公認と思われるので尚更質が悪い。
「お、おい、これって……」
「ああ、浮気したのか……」
「てことは、クロエ様はフリーになるのか……?」
「「…………」」
会場にいる人達は入って来た殿下と聖女を見て、そのあと窺う様に私を見る。私は何でこうなったのかが分かる。
この世界に召喚されたヒロインは頼れる人がいなくて心細そうにしていた。そんな中でお披露目会といって大勢の人達の前に出すのは躊躇われた。
そこで出てくるのが殿下だ。殿下は教育係としてヒロインに一番長く接する機会があったため、ヒロインは殿下にお披露目会の間、一緒に居てくれるように頼んだ。
もちろん殿下は断るが、陛下からの命令でお披露目会の間、ヒロインと一緒に居ることになる。
きっと伊藤さんはこのシナリオ通り上手く行動したんだな。
そのせいで私は会場にいる人達から窺う様な視線を受けているんだけど……くっ! 目頭が熱い! 見られてる今だけは耐えろ! 上を向け!
「……なあ、俺は決めたよ。クロエ様の傷ついた心は俺が癒す……そして、俺が幸せにする!」
「フッ……それなら俺たちはライバルだな」
「なっ!? ……ぐっ、そうゆうことなら負けないぜ!」
「ああ、正々堂々……」
「「勝負だ!!」」
視線がなくなったと思って顔をおろすとみんな冷たい目線で二人の男性を見ていた。何でか分からないけど今の内に涙を拭って何でもないように振る舞う。
*****
陛下達は会場の中心に向かい聖女を紹介した。
「今日はよく集まってくれたっ! そして、この少女が聖女、ハナ・イトウ殿だっ!」
「ハナ・イトウです! よろしくお願いします!」
「色々聞きたいことがあるかもしれないが、とりあえず今日は楽しんでいってくれ!」
元気な子だよね伊藤さん。ゲームだとヒロインの性格はよく分からなかったから、これも有りかって感じだなあ。
陛下の話が終わると伊藤さんに声を掛けに行くひとや陛下に挨拶をしに行く人などがいる。
私は一応、殿下の婚約者なので陛下に挨拶をしに行く。伊藤さんがすぐ近くにいるからあまり近づきたくないんだけど……。
「おお! クロエか! やはり美しいな。其方に婚約者がいなかったら世の中の男は皆必死に婚約を申込むであろうな」
「ふふふ、ありがとうございます」
それでも殿下は伊藤さんを選ぶでしょうけど……。
でも、ここまででもゲームと違うことが起こっているしどうなんだろう?殿下が私を選ぶ未来はあるのかな……。
「ん! 何であんたここにいるの!」
陛下と話していると案の定伊藤さんが絡んできた。
あんた心細いから殿下に付いてもらっているっていう設定わすれてるの? それのどこが心細そうな聖女よ。
「何でと言われましても、招待されたから来たんですけど……」
「何で!? そういえばあの時もアレクシス様の教育係を反対しなかったし。と、とにかく、そういうの困るのよ!」
「何が困るのだ、イトウ殿?」
「へ、陛下! 何でもないです! 人が多くて混乱してました。アレクシス様の隣で落ち着いてきます。では!」
伊藤さんは私をキッと睨んでから逃げる様に友達と話している殿下の方に向かって行った。
殿下は今友達としゃべってるんだから少しは遠慮しなよ……。
「すまない、クロエ。あれでも国に必要なのだ。それにしても、わしらと居るときと大分印象が違うな……。まあ、今夜は楽しんでいってくれ」
陛下の話だと伊藤さんは大分猫を被ってるっぽい。思ってたより伊藤さんバカっぽいし、王妃になったとき大丈夫かな?
とりあえずダンスが始まるまではリリィとおしゃべりでもしてよう。
*****
「やあ、クロエ。今日のドレスは髪の色と同じなんだね、すごく似合っているよ」
リリィとおしゃべりをしていると私の婚約者(仮)──殿下が話し掛けてきた。
その後ろには当たり前の様に伊藤さんが居る。その顔は怒っているのか、何か怖い。
「ありがとうございます、殿下。」
何だかんだ言っても意中の人に褒められるのはうれしい。
微笑んでお礼をすると殿下は手を上げたり、下げたりしてから強く拳を握って体の横に戻した。
手が白くなってるけど大丈夫なのかな?
「ぼ、僕はまだ話さないといけない人がいるから行くね。また後でダンスを誘いに来るよ」
殿下はそう言って他の人のところに行った。
伊藤さんは親の敵を見るような顔で睨んでたけど、私何も邪魔してないよね?