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ふと視線を感じて伊藤さんを見ると目があって驚いた、向こうも驚いた様だがすぐに落ち着き期待に満ちた目を向けてきた。
そんな目を向けられても何をすればいいんだ? 何かあったかな…………あっ! そうか! 思い出した。ゲームでは確かクロエが陛下に文句を言うんだ。
『何でアレクなのよ!? そんなのそこら辺の奴にやらせればいいでしょ! バカじゃないの!』
だっけ、今思うと私って記憶を取り戻す前でもこんなに酷くなかったと思う。ほとんど別人だ。まあ、陛下にそんなこと言ってただですむわけもなく、追い出されて数週間の軟禁になってしまう。
伊藤さんはそれを待ってるわけですね。なにも知らなかったら少しは反抗してたかも知れないが、私は邪魔をする気はないんですよ。わざわざそんなことしませんよ。
「分かりました……」
そう言って殿下は伊藤さんの隣に行く。
殿下、不服そうですね。でも、内心嬉しいんでしょう? そんな風に考えて胸の痛みを耐える。気を抜くと泣いてしまいそうだ。殿下の隣に私ではなく、違う女の人がいるだけでこうなるなんて、私はまだ殿下のことが好きなようだ。これからはこんな光景をよく見ることになるのだろう。
……本当に邪魔をせずにやって行けるか? そんな不安を感じながら今日という日は終わりをつげた。
*****
聖女を召喚した次の日、聖女──伊藤さんのお披露目会が城で行われる。
ゲームの方ではクロエは軟禁中で居なかったはずなので今回、私がどんな立ち位置になるかは分からない。
そして、私は今どのドレスを着ていくかで迷っている。ゲームでヒロインに絡むときは大体、黒いドレスだったので少し遠慮したい。なら反対の白はとなるが聖女と被りそうな気がする……。
「ねえ、ミラ。ドレスどれがいいかしら?」
「そうですね、この黒いのはどうですか?」
「あ、黒以外でお願い」
「う~ん、白いのは聖女様が着そうなので……あっ、これはどうですか!」
そう言ってミラが見せてきたのは薄い青色──私の髪の色と同じ空色のドレスだ。
「ん、良いわね。それにしましょう」
胸元が開いている少し大胆なスレンダーラインのドレスだ。前世では着ることがなかったドレスだが、今では集まりがあるたびに着ている。
「それにしても聖女様はどんな方なんですかね?」
「ん~? 見た目は可愛らしい方でしたよ」
殿下が夢中になるくらいね……。
「でも、クロエお嬢様より美しい方はいらっしゃらないと思います!」
「ありがとう、お世辞でもうれしいわ」
「……お世辞じゃないんですけど……」
ミラが何か言っている間に私はドレスに着替えた。
「わあ~、クロエお嬢様とてもお似合いです~」
ミラがキラキラした目で見てくる。ここまで純粋な目で褒められると流石に照れる。
「あ、ありがとう」
「っく~!? 可愛すぎます! クロエお嬢様! …………今夜のお披露目会は荒れますね…………」
最後の方は聞こえなかったけど、そんなに似合っているなら殿下は見てくれるかな?
*****
お披露目会の会場になっている城に行くと友達の子に会った。この子もゲームだとクロエの取り巻きだったなと思い出す。伯爵家の令嬢でリリィ・マーシャルという名前だ。赤色の肩より少し長い髪の子だ。髪と同じ色のドレスを着ている。
「クロエ様! とても綺麗ですわ!」
「ありがとう。リリィも綺麗ですよ。」
リリィと話していると私達に視線が集まってくる
。
「おい、見ろよあれ……」
「ああ、凄く綺麗だ……」
「俺、後でダンス誘ってみるわ」
「止めとけ、無理だ。彼女は殿下の婚約者だぞ。今まで殿下以外と踊っているところを見たことがない」
「いや、ダメ元で一度誘ってみるわ」
「そうか……そう言うことなら俺も付き合おう」
そう言って二人は『ガシッ』っと手を握り合った。
何か色々言っているけど他の令嬢の目が冷たいのに気付いているのかな? リリィも冷たい目で見ているし……。
それは置いといて、確かこのお披露目会ってイベントがあるんだよなあ。全くダンスが踊れない聖女を殿下がカバーして踊るんだけど、聖女が後ろに倒れてそれに引っ張られて倒れた殿下とキスをするというやつだ。そこから殿下は聖女のことを意識し始める──最初のイベントだ。
っ~! 邪魔したい! キスをするって分かっているのに見ていることしか出来ないのがもどかしい。これは見たらダメだ、絶体に泣いてしまう。ダンスに集中して見ない様にしよう。よしっ、今夜は来るもの拒まずで、たくさん踊ろう。
私がそう決心したとき会場の扉が開いた。
最初に入ってきたのは金髪碧眼のおじ様な陛下で
その隣にはプラチナブランドの流れる様な髪の王妃様だ。その後ろからは金髪碧眼、文武両道の令嬢達の憧れの元の殿下。そして殿下と腕を組んで現れたのは黒髪のボブカットに白いドレスを着た聖女──伊藤さんだ。