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オレストさんと食後のお茶を楽しんでいると、ふと視界に見覚えのある人物を発見した。
その人は帽子を深く被っていて顔はよく見えないが、私には分かる。
チラリと見えた黒髪に胸元の高そうなペンダント……あのペンダントは代々聖女様に受け継がれている物だったはず。
いったいそんな所で何をしているんですか──伊藤さん。
オレストさんは私の方を向いていて、伊藤さんには気付いていないようだけど、挙動が怪しすぎる。
こんな町中で行うイベントも無かったはずだし、それにどこか焦っているような雰囲気もある。
これは声を掛けた方が良いかな。でも、明らかにお忍びで来てるって感じだし、ここで私が声を掛けたら皆に気付かれてしまう。
……でも、伊藤さんって聖女だし、何か私の理解の範疇にない凄い事をやってのけるかもしれない。ここで私が声を掛けることで上手く行かなかったら、殿下にも嫌われるかもだし。
ここはノータッチでいこう。邪魔はしないから頑張れー。
どうこう考えている内に伊藤さんは裏路地の方に入って行った、一人で。
えぇ、嘘でしょ。
裏路地には何が在るのか分からない……。
だけど、女の子一人じゃ危ないことは分かる。
……これってヤバくないかな。危ない人に目をつけられたら、最悪殺されてしまう可能性もあるし、聖女が死んじゃったら国もかなり危険な状態になる。
……裏路地なら人も少ないだろうし、オレストさんもいるし、様子だけ見ておこうかな。
「オレスト殿、緊急事態です。私に付いてきてください。動きながら説明します」
「えっ、ちょ、何かあった? あっ! 待って、今行く」
グズグズしているオレストさんを置いて、私は伊藤さんを見失わない様に移動する。オレストさんなら直ぐに追い付くだろうし、私は伊藤さんを追うことに専念する。
*****
路地裏に入った伊藤さんを追ったけど、思ったより道が入り組んでいて、見失ってしまった。
「ねえ、何があったのか教えてよ」
「聖女様が一人でここに来るのを目撃しました」
「──ヤバくね、ここってそんなに治安よくないよ」
オレストさんの言う通り、表通りから裏路地に入っていくと、浮浪人や柄の悪い人が目立ってくる。
こんな所に女の子一人で来るなんて自殺行為だ。
「とりあえず探しましょう」
「はぁ、折角のデートが……聖女許すまじ」
……オレストさんは今、聞き逃せない事を言った。
「……で、デート…….」
「どした? 早く見つけよーぜ」
そう言ってオレストさんは私の手を握って、小走り気味に足を進める。私も引っ張られるように追随する。
……下を向いているのは伊藤さんの痕跡を探す為であって、決して顔が赤いのを隠すためではない!
そう心の中で言い訳しつつ、足を進める。
幾つかの角を曲がったところで、少女の震えた声が聞こえた。もしかしてと思い、声のした方向に向かってみると案の定、少女──伊藤さんが柄の悪い人に囲まれていた。
「私に寄らないでよッ! 私が何をしたの!? もう何でこんな事になるのよぅ……うぇ、うええぇぇぇんっ!」
恐怖のあまりに泣き始める伊藤さんと──。
「お、おい、大丈夫か? こんな所に嬢ちゃん一人じゃ危ないから表の通りまで送るぞ?」
泣き始めた伊藤さんにオロオロしだす男達。
これは……どういう事だ?
オレストさんを見るとニヤニヤしているだけで何もしようとしない。このまま放っておいても大丈夫な気もするけど、見てしまった以上このまま戻るという選択肢は無い。
「あの、大丈夫ですか?」
私が声を掛けると伊藤さんは驚き、口をパクパクして何か言おうとするが、柄の悪い人達が先に話し出すことで何も言えなくなった。
「おお、丁度良いところに、実はこの嬢ちゃんがキョロキョロしながら歩いてるもんでよ。迷子にでもなってここにいるのかと思って声を掛けたらこの通りだ」
「なっ! あん、た達、私を、襲おうと、してたでしょ!」
「俺達はそんなことしねえよ! 実際に何もしてねえだろ」
嗚咽混じりの伊藤さんはまだ何か言いたそうにしてたが、これ以上は話が進まなくなるので、私が遮るように声を出す。
「え~、それでは私達がこの方を表の通りまで送っていけば解決ですね」
「おお、頼んだ。──嬢ちゃん、もう迷子になるなよ」
柄の悪い人達は歩き去って行った。
顔は怖いけどいい人達だった。見た目で判断してはいけないということがよくわかったよ。
そして、見た目は可愛い伊藤さんは私を睨み付ける。
「どういうつもり?」
泣いて目を赤く腫らした伊藤さんは私が何故助けたのかを知りたいようだ。それはそうだろう私達は一応敵同士なのだから。でも、そんなことより──。
「それはこっちの台詞です。どういうつもりでこんな所に聖女様一人で来てるんですか?」
聖女様にもなれば一人で外に出る何て事は殆んど無い。何か国のためにやってるのかと思えば、自ら危険な場所に飛び込んで間接的に国に損害を与えている。聖女様が居なくなるということをよく考えてほしい。
──そして伊藤さんの股の染みの事は触れないようにしてあげよう。
「っ! あんただって──え、その人誰?」
今まさに気付いたようにオレストさんを指差す。
「ん? 俺はオレスト、よろしく~」
朗らかに笑いながら手を降るオレストさん。それを見た伊藤さんは顎に手を添えて、所謂考えるポーズをする。
──そしてニヤリと笑った。
「まあ、いいわ、早く戻りましょ。表の通りまでで良いわ」
私は伊藤さんの笑顔に嫌な予感を感じつつも、何も言えずに歩き始めた伊藤さんを追って行った。




