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ある男の日々・幸と不幸

作者: 土田 史路

 日々生きる事で蒙る不条理に、一々反駁しても仕様が無い。男は十分に分かっている積りであった、それでも矢張り、

「俺の健康は何処へ行った!」と無性に叫びたくなる事はあった。



 成程毎日の食生活で、ハッキリとした節制をしている訳ではないけれど、それでも運動を日課として生きている自分が、何も考えず、何の対策もせず怠惰に太っていくばかりの生活を送っている連中よりも、遙かに健康的に、身体の問題を蒙る事なく生きれるはずであった。それなのに、緑内障になったり、顔面痙攣になったりと、面倒な、と言う言葉では片づけられない厄介ごとを負うことは、それは大きな不満であった。


 遍く不幸、或いは不条理に言える事で、全く煩わしい事は、そういった事は他者にはてんから理解出来ないという事にあるのだ、と男は思っていた。成程同情は出来る。自身に経験がある事ならばそれなりな同調も出来るだろう。けれど、どうしたって我が事ではないそれら、感覚にリアリティーを持つことは出来ない。大抵は「ああそうか、大変だったね」といった感想しか持てず、よくある闘病記なり悲劇なりの一幕でしかなくなってしまうのだと。少なくとも自分はそうだ、と。

 

 男は、自分が十分に恵まれている事に気付いてはいた。実際の所、世の中は不平等で不条理で、残酷だというのも知っていはいた。それは、大人になり、様々な事を知るにしたがって、「世界には食べたくて食べられない人達が云々」、と幼少時分に口やかましく言われた文言に、それなりな現実感を持てるようになっていたし、数えきれない不条理を遠望出来る境遇に大変結構な身分だと思ってもいた。けれど、真の現実感は自分自身の事にしか存在せず、自身が感じるこの不快感や不安感は、世界の不幸に対して盲にするのに十分であった。

 

 しかし、世の外に不幸が溢れているとしても、他の不幸を見て自分の幸いを知るという考えを、浅ましく卑しいモノと唾棄している男にしてみれば、それは何の慰めにもならないのである。男に言わせれば、

「世界が100人の村だったとして、比較で自分の幸いを知る考えを持つ人間が、100番目に不幸だったとしたらどう生きれば良いのか?」と、言う事になり、そこには救いが無い。それに自分よりも不幸と決めつけた人間を見るその目に、「自分はその様な境遇でなくて良かった、俺は連中よりも高い所に居る人間なのだ」という色を感じていしまっていた。男は捻くれているのかも知れない、しかし男は自分が間違っているとも思う事は出来なかったし、自己欺瞞に基づく救いを求める気持ちも無かった。


 が、とある日旅先で電車に乗った時の事。その電車の座席は二人掛けの対面座席で、男の前には見知らぬ客が乗っていた。偶さか窓から光が差し込み、対面している二人の乗客を照らす。その光線に晒され、車内に、踊るようにしてフワフワと舞う埃を認めるや、その二人の乗客は長袖の裾で口を覆いだした。しかし影になっている自分や隣はと言えば、無頓着に、というよりそもそも頓着するものなど無いかのように振る舞っている居るのを見て、男はハッとした事があった。

 それは詰まり、自身が感じる快不快と言ったものは、並べて自身から生まれて来るものなのだという気づきであった。


 自身の世界に於いて、外からの来る不快は存在せず、全て自身感じるから感じるのだと、当たり前と言えば余りに当り前であった。余りに当り前な考えであったのだ。自身が幸と感じるか不幸と感じるか、辛いと感じるか楽しいと感じるか、それはすべて自分から生起している問題なのだ。埃を気にし不快になるか、気にせず凪いだ心持でいるか、その程度の問題なのだ。詰まるところ、あの有名な、皮肉屋は成程と肯んぜないかの有名な文言

「幸福だから笑うんではない、笑うから幸福なのだ」という言葉はもしかしたら真理なのかもしれないと、男はそう思い、日々を生きてこうと思ったのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 笑うから幸福いい言葉ですね。 ちょっと読み辛かったけど、最後まで読んで良かったと思えました。
2014/10/13 21:49 退会済み
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