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はいそっ  作者: 相野仁
九話
98/114

14

 文化祭、音楽祭、ダンスパーティーと行事が目白押しの二学期だが、山岳祭なるものがあることを俺はようやく思い出す。

 どうしてかと言うと、小笠原先生が朝のホームルームで言ったのである。


「今年からハイキングに変わります。場所は高原で、ここからバスで二時間ほどの距離になります。日程は来週の土曜日ですね」


 山岳祭なのに山岳じゃなくなったのか……。

 だからこんな直前になって言い出したのだろうか?

 ただハイキングに行くだけなら決めることもほとんどないだろうし、用意するものも弁当と水筒、あとは動きやすい服装くらいだろう。


「問題はグループ分けですね。行きのバス、高原に行ってから、帰りのバスと三パターンを決めます」


 いや、そんなものいきなり言うの止めて下さいよ。

 俺は内心思ったけど、お嬢様たちはみな平然としている。

 そうか、英陵だもんな。

 普通の学校ならすぐには決まらないけど、この子たちならすぐに決まってしまうんだろう。

 しかし、問題は俺だ。

 仲のいい子たちはそこそこ作れたと思うが、こういう場合どのグループに入れてもらえばいいんだろう?

 安心安定の小早川かデジーレだろうか。

 しかしだ、先日聞かされた「俺を独り占めしている」という情報が引っかかる。

 あれはこのクラスの中でも思われたりしているんじゃ……デジーレや小早川と一緒にいることが多いし。

 単にこの二人を頼りにしているだけなんだけど、周囲からは違うように見えるのかもしれない。

 一応、確認だけしておこう。

 そのようなことを思っていると、先生が言う。


「帰りのホームルームまでに決めて提出してくださいね」


 えっと思ったけど、考えてみれば今日は時間割的に難しいか。

 うーん、どうしようか。

 出ていく先生にそっと話しかけてみる。


「あら、どうしましたか?」


 先生はとても不思議そうな顔だった。


「グループ分けのことなんですけど」


「もう大丈夫でしょう? 春のころは心配でしたが、見事に溶け込めたではありませんか」


 にっこりと微笑みかけられる。

 美人の笑顔は素晴らしい凶器なんだが、ここで半年も生活すると慣れちゃったんだよなあ。


「そうではなくて、何でも独り占めがどうっていう話を小耳に挟んだものですから」


 情報源はさすがに明かせないけど、それでも小笠原先生はピンと来たようで「ああ」と言う。


「気にし始めるとキリがないですよ。あなたは一人しかいないのに対し、女子はざっと千人ほど。全員と親しくできるのですか?」


 何で一人で女子全員を相手にしなきゃいけないような前提になっているのか分からないが、とりあえず無理なのは分かる。


「ほどほどにしてください。みんな、あなたに無理をさせたいわけではないのですから」


「はい」

 

 小笠原先生の優しさが胸に染みる。

 戻ったら心配そうな顔をした女子たち数人に理由を聞かれた。


「いや、グループ分けのことで、どうしようかなって」


 女子たちは互いの顔を見合わせる。


「今相談中なので……赤松さんは入りたいグループはありますか?」


 どうやら調整中であるらしい。

 ここで俺はなんて答えればいいのだろう。

 ここでデジーレ、小早川と言えば解決なのか……この二人が同グループでも別グループでも、結局最後の一つは決まらないことになるんじゃないか?

 

「グループ分けってどこまで進んでいるんだい?」


「あとは赤松君がどこに入るか、だけね」


 クラスのリーダーでもある小早川がここで話に入ってくる。

 どうやら三パターンは決まっているようだ。


「行きのバスは?」


 聞いてみると小早川が三パターンのグループ分けが書かれた紙を見せてくれる。

 行きはペアらしいがどういうわけか小早川が余っていた。

 ついてからは六人一組の集団行動になるらしい。 

 デジーレが相羽らと組んでいるが、小早川はいつものメンバー以外と組むようだ。

 帰りのバスではデジーレが余っている。


「つまり俺は小早川かデジーレとバスに乗ればいいのか?」


「あ、そうじゃなくて、組みたい子がいればその子と組んでいいのよ。私たちはそのフォローみたいなもので」


 俺が誰かと組めば別の誰かがはじき出される。

 そうなった時のための小早川とデジーレか……。

 実際にそんなことをしたら、何だか波風が立ちそうで嫌だよなあ。


「いや、俺のせいであまりができるのは申し訳ないし、小早川とデジーレと組みたいんだけど」


 と言えば多くの女子が何やらがっかりしている。

 露骨に表情に出したり肩を落とすような子はいなかったが、今の俺には理解できるレベルでの変化があった。


「本当にいいの? 誰でも好きな子を選んでいいのよ?」


 小早川の顔はいたずらっぽかったけど、目が笑ってない気がする……。

 

「選ぶなら全員がいい」


 本当はこういう答えはいけないのだろうとは思う。

 だが、ここはこう答えるのが無難だと理屈を超えた本能からの忠告に従ったのだ。


「ぜ、全員って……さすがに欲張りでは」


「こういうことを、男らしいと言うのかしら?」


 女子たちは皆表情を赤らめながらつぶやく。

 うん、よかった、誰も怒ってはいないようだ。

 恥ずかしがっている子は何人もいるけど、とりあえず乗り切れたかな。

 冗談混じりとは言え、大胆な選択を要求されたのだから、これくらいの仕返しはしても許されるだろう。

  

「はいはい、赤松君はみんなのヒーロー様なのよね」


 小早川が気を取り直したように言い放ち、俺の心を抉ってくる。


「負けを認めるので許してください……」


 割と真剣に言ったつもりだけど、教室内からはくすくすと笑い声が生まれた。 

 朝は小早川、帰りはデジーレと二人なのはいいとして、高原ではどうすればいいだろうか。


「別に他のグループと合流してはいけないというルールはないわよ」


 小早川の一言で少し気が楽になる。

 

「何ならローテーションでもしてみる?」


 女子の一人が冗談っぽく言ったけど、俺は本気にした。

 

「いろんなグループに行けるのか。うれしいね」


 と言うとお嬢様がたもその気になったらしい。

 何とかおさまってよかったと思う。

 とりあえず懸念事項はほとんど片付いたよ考えてよい。

 久々に開放感を味わう。

 昼休みになって食堂でフレンチを食べていると、百合子さんがやってくる。

 それは珍しいことではないのだが、今日の彼女は何だかせっぱつまった顔をしていて早歩きだった。

 大人しくてどちらかと言えばのんびりしている彼女にしては珍しい。

 そう思っていたら彼女はあいさつもそこそこに、真剣な顔で話しかけてくる。


「赤松さん、わたくしたち全員を選ぶとおっしゃったって、本当なのですか?」


 思わず水を吹きそうになり、かろうじて耐えきった。

 誰かに褒めてもらいたいくらいの神業だが、もちろん食堂はそのような空気ではない。


「ぜ、全員……?」


「殿方ってやっぱりそういう趣味をお持ちなのかしら」


「何ということでしょう」


「もしかしてわたくしたちも全員……?」


「まあ」


 噂話をしていたお嬢様たちがみな頬を赤らめて黙り込む。


「ち、違うからね?」


 今のうちに否定しようとしたが、すぐに発生した新しい声の大群にかき消されてしまう。


「いくらヒーロー様と言えども、さすがに大胆では」


「異国のことを否定するつもりはありませんが、ここ日本では一夫一妻制ですよね」


「姫小路と桐生院が手を組めば、法律くらいすぐに変えられるでしょうし」


「ああ、やはり百合子さまと翠子さまと紫子さまが?」


 お嬢様と言っても年ごろの女の子なのだなと思わざるを得ない展開だった。

 

「ご、ごめんなさい。早合点してしまって」


 否定の言葉がちゃんと聞こえていたらしい百合子さんは謝ってくれたが、もうこれは収拾がつかないな。

 上級生たちが何人もいるから、同級生に頼んだところでどうにもならない。

 これどうやったらおさまるんだ?


「ご、ごめんなさい。お姉さまにお願いしてきます。お姉さまの発言であれば、みなさま聞いてくださると思います」


 すっかり責任を感じている百合子さんが申し出てくれる。

 でも、今は逆効果じゃないだろうか?

 翠子さんと百合子さんと紫子さんを、なんて言われているところだし。

 どうすればいいのだろう。

 まさかの展開に頭を抱えたくなる。


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