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はいそっ  作者: 相野仁
九話
86/114

バレンタイン特別編(和モノ布教企画)

これは時系列を無視した特別編です。

本編とは関係ありません。

「懇親会をやりたいと思っているのです」


 ある日、姫小路先輩が生徒会でそう言い出す。


「懇親会、ですか?」


 二年の先輩たちは何も聞かされていなかったらしく、皆不思議そうな顔をしている。 

 高遠先輩がいつものようにクールな表情で解説した。


「赤松さんのですよ。私と翠子が調べたところによると、何でも世間では新しく入ってきた方を歓迎して、親睦を深める為のパーティーを行っているとか。それを私たちもやろうと考えたのです」


「それが懇親会なのですか……」


 先輩たちは皆感心半分、納得半分と言ったところである。

 いや、ちょっと待って、皆さん懇親会ってものを知らなかったんですか。

 英陵は基本的に初等部からのエスカレーターのみだから、今さら親睦を深める必要なんてないってことだろうとずっと思っていたんだが、存在そのものが知らなかったのか。

 皆によくしてもらっているし、学校内で生活に慣れてきていたせいかあんまり実感なかったけど、この人たちお嬢様たちばかりなんだよな。


「……懇親会って具体的にどういうことをやるのか分かりますか?」


 存在を知らなかったくらいなんだから絶対知らないだろうとは思っているが、先輩たち相手にそんなことは言えない。

 ましてや俺の為に開催しようとしてくれているんだし……。

 知らないと言われてじゃあ教えますよと答える為の布石として質問を投げたんだけど、姫小路先輩は何故か微笑を浮かべた。


「赤松さんのご親切はありがたいのですけれど、これは赤松さんの歓迎会でもあるのです。よって赤松さんのご意見を参考にするのは難しいでしょうね」


 読まれた!?

 しかも次の一手を潰された!?

 彼女の口調はどこまでも優しかったが、この人がダメと言えば他の先輩たちが逆らうはずもない。

 いや、全校生徒が逆らえないだろう。

 案の定、「そうかもしれない」と言いたそうな表情ばかりになっている。

 俺の意見を聞かないならどうするの……その気になれば調べられるか。

 お嬢様の一声で家の人間たちが動くとかありえそうだし。


「翠子様、会場はどうなさるおつもりですか? 我が校の全校生徒を収容できる邸宅がある家は、さすがにないと思うのですけれど……」


 水倉先輩が言われてみれば納得できる疑問を口にする。

 そうだな、確か英陵は全部で千人くらいはいたはずだ。

 そんな人数どうするんだって話になるよな。


「そうですね。我が家でも千人を収容できる家は、国内にはないですし」


 姫小路先輩はそんなことを言って俺を仰天させる。

 えっ? 外国には所有しているの!?

 だが、ぎょっとなったのは俺一人だけで、他の面子は「さすが」と言わんばかりだ。

 姫小路家ってマジですごいところなんだなぁ。

 まあきっと他の子の家もすごいんだろうけど……ウィングコーヒーのオーナー社長一族の相羽がカースト最下位クラスだなんて、中学時代の同級生たちに言っても絶対に誰も信じないに違いない。


「となると、どうなるのでしょう?」


 内田先輩が首をかしげる。

 この人、本当先輩たち相手だとしおらしくて丁寧なんだよなぁ。

 と思っているとこっちを見てきたので、そっと目をそらす。


「うちのホテルのどれか、あけさせましょうか?」


 なんてことを言い出したのは水倉先輩である。

 この人のこの発言だけ聞けば、きっと何を言っているのか分からないだろう。

 だが、この人の実家はホテル王とも言うべき存在なのだ。

 それも高級ホテル主体で、どれもしっかり利益を稼いでいるし、海外でも有名だという。


「さすがに海外のVIPを追い出すのは難しいでしょうけど、前もって言っていれば半日貸し切りくらいはいけると思います」


 いや、VIPを追い出すとか何を言っているんですかと突っ込みたいのを我慢する。

 でも、この人のことだから「その方がいいでしょう?」と優しく微笑むだけなんだろうと予想ができるので、とても言う気はなれない。

 優しくて人当たりのいいしっかり者のようだけど、どこかずれたところがあるのだ。

 幸いなことに姫小路先輩は首を横に振る。


「いえ、それには及びません。生徒会と赤松さんのクラスメイト主体でいこうと考えています。赤松さんと接点が多い方を選べば、懇親会の目的にも沿うでしょうし、赤松さんの今後の為にもなるのではないでしょうか」


 という提案で皆を納得させた。

 たしかにその方が俺としてもありがたいな。

 せっかく仲良くなれても、普段接点がないんじゃ意味がない気がするし。

 いろんな人と仲良くなれた方がいいに決まっているが、正直なところそこまでのゆとりはまだ持てない。


「ありがとうございます。できればその方が嬉しいです」


 俺がそう言うと全員が賛成してくれ、姫小路先輩はほっとしていた。


「赤松さんの賛成を得られたので、皆で手分けしていきましょう」


 彼女のこの言葉に生徒会メンバーはうなずく。

 あくまでも俺の為に主催するものだから、俺の気持ちを尊重してくれたのだろう。

 本当にありがたいと思うし、この縁は大切にしないといけない。

 

「赤松さんには後日連絡しますから、その時まで楽しみにしていてくださいね」

 

 これにはうなずいておいたが、素直に楽しみにするにはちょっと怖いな。

 どれだけ豪華なものになってしまうのか分からないという意味で。

 ……相羽に意見を聞くか、庶民の生活をきちんと調査した上でやるなら大丈夫だろうけど。

 この人たち基本お嬢様たちばかりだし、そのへん忘れてそうなんだよな。 

 高遠先輩もいるんだから、心配はいらないと思いたいんだが。

 この日から何日か経過した後、放課後に小早川に話しかけられる。


「赤松君、少しいいかしら?」


 彼女が俺に話しかけてくるのは別に珍しくない。

 四月はかなり気を配ってもらったしな。

 ただ、最近になってこういう切り出し方をされたことはなかった為、何だろうと思いながらうなずく。

 すると彼女は「例の懇親会の件なんだけど」と声をひそめて伝えてくる。

 ああ、あれか。

 参加人数がかぎられているせいか、周囲に聞こえないように配慮しなきゃいけないのか。

 まだ教室内には残っている子がいる為、他の場所へ移動した方がいいかもしれない。

 ちらりと彼女に視線を向けると、似たようなことを考えていたのだろう。

 彼女は小さくうなずいて歩き出す。

 人気がないスペースまで行くと、彼女は口を開く。


「一年の参加者はクラスメイトの皆と百合子さんよ。翠子様にそう伝えてもらっていい?」


 クラスメイトの皆が参加するなら、別に教室で言ってもよかったんじゃないかと思う。

 だが、真面目な小早川のことだから、念には念を入れたのかもしれない。

 壁に耳ありって言うもんな。

 英陵のお嬢様たちが盗み聞きなんてはしたない真似をするはずはないだろうけど、偶然聞こえてしまうといううのは考えられる。 


「分かった。伝えておくよ」


「お願いね」


 委員長と別れて俺は生徒会へと向かう。

 そこで二、三年の参加予定者を聞いてみると、生徒会のメンバーに紫子さんと季理子さんが来るという。

 百合子さんが参加者としていた時点で紫子さんは想定できたけど、季理子さんと今後接点なんかあるかな?

 疑問に思ったものの、声には出さないでおこう。

 冷たいとかなんとか非難される案件だろうからだ。

 少しずつ情報は明らかにされていくが、どこでやるのかとか、どのような会になるとかは全て秘密である。


「当日のお楽しみです」


 美少女たちにニッコリ微笑まれてそう言われると、食い下がるのは難しい。

 同じ男ならきっと理解してくれる感覚だと思う。

 少しもやもやしたものを抱えながらやがて当日を迎える。

 とある日曜日、十一時くらいに迎えの車を出すと姫小路先輩に言われていたので、五分前には家の前にいた。

 場所は紫子さんが用意してくれるとのことだった為、制服のシャツとズボンといういでたちである。

 ワンパターンなようだが、一番これが無難なんだよなぁ。

 学生最強と両親は笑っていたが、妹にはただの横着だとこき下ろされてしまった。

 迎えに来たのは見るからに高級でセレブリティあふれる黒塗りの外車である。

 ロールスロイスなんだろうか、あれ。

 車が止まるとまずは黒い執事服のようなものを着た壮年の男性がおり、後部座席のドアを開ける。

 そして中からは何と着物姿の姫小路先輩が姿を見せた。

 紺色を基調とした高級そうな生地に何か絵が描かれているようだが、じろじろ見るわけにはいかない。

 先輩の美しい髪も綺麗に結い上げられているし、赤い花をモチーフとした髪飾りも実に見事だ。

 突き抜けた美人なのはいつものことだったが、今日の先輩は更にその美しさが五割増しになっている。


「あの、赤松さん?」


 ぼうっと放心して見とれていると、恥ずかしそうな声が耳朶を打つ。


「あ、すいません」


 俺は残っていた理性をフル稼働させて何とか我に返る。

 焦点を先輩にあわせると、彼女はうっすらと頬を紅潮させつつ小首をかしげた。


「あの、いかがでしょう? わたくし、似合っているでしょうか?」

 

「ええ。とても似合っていますよ。思わず魂が抜かれそうになりました」


 最高級に褒めると彼女はくすくすと上品に笑う。

 その姿は見慣れているはずだったが、今日は別人に見えてとても新鮮だった。

 

「ではどうぞ」


 彼女にうながされて後部座席に乗り込む。

 中はどこかいい匂いがして、彼女が香水でもつけているのだろうかと思う。

 

「本当に綺麗ですよね。振袖でしょうか?」


 恥ずかしいのでうっとりしてしまっているのを押し隠そうと頑張ったが、上手くやれたか自信はない。 

 先輩は嬉しそうに微笑みながら応えてくれる。


「ええ、そうです。それだけ褒めていただけるなら、この格好にした甲斐がありました」


 正解していたようでほっとした。

 実は着物って浴衣と振袖くらいしか分からないんだよな。


「実はドレスとどちらがいいか、迷ったんですよ」


 ドレス? ただの懇親会でドレス!?

 思わずぎょっとすると、彼女は「なるほど」と言いたそうな顔になる。


「学生同士の懇親会でドレスはいきすぎ、というのは本当だったのですね」


 先輩は安心したようだった。

 どうしよう……実は振袖もいきすぎているのは同じだなんて言えそうにないぞ。

 いや、でもこれだけ綺麗なんだし……目の保養になっているし、まあいいか。

 この人がこの姿となると、他の子もやっぱり振袖なんだろうと期待ができるし。

 綺麗な和服を着て華やかに着飾っているお嬢様たちの姿なんて、滅多に見られるものじゃないだろうしな。

 ここは一つ、役得を味わえるということでツッコミは我慢しよう。

 あ、でもデジーレって着物を持っているのかな?

 疑問を口にしてみると、すぐに答えがあった。


「瑞穂さんの家で仕立てたようですよ」


 藤村先輩の家は五百年くらい続いている老舗の呉服屋が発祥で、今は小売大手らしい。


「全国にデパートや着物教室も展開されているようですよ」


 彼女が伝聞形を使ったのは、おそらく実物を見たことがないからだろう。

 この人、着物教室やデパートに行く機会なんてなさそうだもんな。

 だが、グループ名は教えてもらえなかった。

 全国にデパートや着物教室を展開している元呉服屋なんて、俺でも知っていそうなんだけど……まあ、機会があれば本人に訊けばいいか。

 

「今回は皆が着物なんでしょうか? だとすると楽しみですね」


 そうつぶやくと先輩は目を瞬かせる。


「あら、赤松さんはこういう姿が好みなのでしょうか?」


 何気ない口調だったが、探りを入れられているように感じたのは、気のせいだろうか。

 いや、気のせいに違いない。

 先輩が俺の女の子の趣味を調べたところでどうするっていうんだ? 馬鹿馬鹿しい。

 

「まあ先輩のような綺麗な人限定ですね」


 冗談っぽく言うとくすりと笑われた。


「あら、お上手ですね」


 いつもなら赤くなって恥じらう人なのに、今回は適当に聞き流された気がする。

 ただのお世辞だと判断されたのか。

 このあたりの基準はまだよくわからないな。


「あ、そろそろつきますよ」


 彼女の声で俺は窓ガラスの外に視線を向ける。

 最初に思ったのは「何だこりゃ?」であった。

 近くに先輩がいなければ、声をあげていたに違いない。

 簡単に言えば大きな庭園とも呼べるところに、大がかりな流しそうめん用と思える設備があったのだ。

 これなら三十人同時に楽しめるなーと思う前に、何で流しそうめんなんだよとツッコミを入れたかった俺は間違っているだろうか。

 間違ってないといいなぁ……。

 唖然としているのが伝わったのだろう。

 先輩は不安そうにこっちをうかがう。


「あの……何か間違っていましたか?」

 

 間違っているかと改めて訊かれると実は微妙だな。

 だってこれはあくまでも懇親会なんだし、極端な話わいわい楽しめればそれでオッケーだろう。


「間違ってはいないですね。まさか庶民的なものを持ってくるとは思わなかったので、驚いたんですよ」


 とりあえずそう返しておくと、彼女はほっとする。


「頑張って調べた甲斐がありました」


 何だろう、意外と天然と言うかズレているのかな?

 先輩に対してちょっと失礼なことを感じてしまった。

 車から降りて歩くと、すぐに女性たちの出迎えがある。

 皆、色とりどりの振袖を着ていて、実に艶やかだ。


「今日来てよかったなあ」


 じーんとしていると小早川に「まだ来たところでしょう」と笑われる。

 彼女もまたピンク色の振袖姿で、いつもより大人っぽく感じた。

 百合子さんと紫子さんが前に出てあいさつをしてきたので返しておく。


「どうかしら?」


「とてもよく似合っています。見れたのが幸せです」


 紫子さんに訊かれたので、頑張って二人を褒める。

 すると姉妹はとても嬉しそうに頬を緩めた。

 それから姉が妹に向かって、意味ありげな目を向ける。


「よかったわね。かなり気合を入れていたものね、百合子は」


「お、お姉さま」

 

 ばらされた百合子さんがオロオロとするが、これはこれで可愛いな。

 姉妹のじゃれ合いをほっこり眺めていると、後ろから来た季理子さんが悪戯っぽく微笑みながら話しかけてくる。


「あら、綺麗なのは着物だけなのかしら?」


 これを聞いた桔梗院姉妹は何故かじゃれ合いを中断して、こちらに視線を向けてきた。


「百合子さんと紫子さんと季理子さんが美人なのは元々だし、よく知っていますよ。まあ、今日はいつもより更に美人ですけど」

 

 期待通りの言葉をかけた、そのつもりである。

 だが、予想に反して桔梗院姉妹はもちろん、季理子さんまで真っ赤になってうつむいてしまう。

 おやっと思っていると、百合子さんがまずぽつりと


「嬉しいですけど、恥ずかしいです」


 と言いそれを姉の紫子さんがうなずく。


「本当に、面と向かってまっすぐに言われてしまうとね」


 この二人の初々しい反応は予想通りである。

 ただ、言い出しっぺの季理子さんまでがこの反応とは少し意外だった。


「思っていたより破壊力が……」


 小声で何かもごもご言っている。

 これは聞き返しにくいな。

 周囲に女子がいっぱいいるから余計に。

 その女子たちは何となくだが、不満そうにしている。

 それとも何かを待ってそわそわしていると言うべきか。

 ……今までの流れ的に一つしかない。

 俺は腹をくくって一人一人に「とても綺麗でよく似合っている。元々美人だったけど」といった意味の言葉を全員に言っていく。

 人数をしぼってもらっていてよかったと思う。

 これを全校女子生徒に言うなんて、さすがにつらかっただろうからな。

 その結果、頬を赤く染めてもじもじている女子がいっぱいになってしまったが……。

 一同は姫小路先輩の呼びかけて奥へと移動し、そこで開会式の挨拶があった。

 それは姫小路先輩が簡単に行い、拍手が起こる。

 その後また移動してそうめんを食べるのだ。

 お嬢様たちが多いからか、流れる速度はとてもゆっくりである。

 ……と思ったけど、これってスピードを調節できるものなんだっけ?

 疑問を感じたものの、言ったら負けだというやつかもしれないと思い直す。

 だってこれを作ったのってお嬢様たちの家のどこかだろう?

 だったら普通じゃ考えられないような超高機能ギミックがてんこ盛りでもおかしくないと思うんだ。

 懇親会でそうめんを食べる為だけにそんなことをするのかと言われたとしたら、懇親会をやる為だけに皆高そうな振袖を着てくるような子たちなんだぞ、と切り返したい。

 汚したらやばいとか、絶対誰も思ってないよね。

 お嬢様たちは皆おっかなびっくり、ぎこちない手つきでそうめんを取っている。

 流しそうめんだとどうしても早く取った者勝ちになりやすいものだと思うが、ここにそんなものはない。


「香織さん、どうぞ」


「先ほどいただきましたわ。梢さんはいかがでしょう?」


 なんて譲り合いの連続で、争いとは無縁な平和な世界である。

 ただし、俺とお嬢様との懇親会だからという理由で、俺だけはちょこちょこ移動をしなければならない。

 そういうコンセプトなんだから仕方ないし、俺が近くに行けばお嬢様たちはちゃんと喜んでくれるので、悪い気はしなかった。

 何よりそうめんはとても美味しい。

 間違いなく今まで食べた中で一番美味しかった。

 食事が終わるとレクレーションをしようと提案される。

 これもまた姫小路先輩が言い出したことなので、賛成一色だった。

 

「いかがですか?」


 これだけの美少女お嬢様たちに期待のこもった目でおうかがいを立てられて、嫌だと言えるはずがない。

 狙ってやっているなら「女怖い」と思うところだけど、この人たちのことだからどうせ天然なんだろうなあ。


「いいですよ。でも何をやるんですか?」


 出されたのは人間すごろくだった。

 なるほど……この人数で一度で遊べるものってあんまりないから理解できたけど、着物姿ですごろくって正月みたいだな。

 もしかすると、庶民が着物で遊ぶものを調査した結果、これに行きついたのかもしれない。

 すごろくをやっていくと、何と百合子さんが勝った。


「やった、やりました、赤松様」


 彼女は近くにいた俺と手を叩いてはしゃぐ。

 それを見ていたお嬢様たちが、どこか悔しそうな顔で若干不穏な気配がただよって、あれっとなる。

 こういう時は笑顔で祝福してくれる子たちばかりなのが、英陵の特徴だと思っていたんだけど……。

 困惑していると姫小路先輩がすっと進み出て、お菓子を食べようと提案する。

 それでさっきの空気はかき消された。

 一体何だったんだろう?

 お菓子として出されたのは何とようかんである。

 どうやら今日は徹底して「和」でいくらしい。

 綺麗に切られたものを一つ口に入れる。

 ……上品ですっきりとした甘さってのはこういうことを言うんだろうか。

 ようかんってもっと甘ったるいものだと思っていたんだが。

 これまでに散々高級で美味い料理を食べていなければ、盛大なショックを受けただろう。

 しかし、良くも悪くも俺の舌にはかなり耐性ができているのだ。


「喜んでいただけたようで、何よりですわ」


 姫小路先輩はとても嬉しそうにそう告げる。

 綺麗な女の子たちが華やかに着飾っている姿を存分に眺められて、おまけに美味いそうめんとようかんを出されて、喜ばない男っているのかなと少し思う。

 せっかく金持ちの招待なのにと言われても、豪華な食事なんて普段から食わせてもらっているしなあ。

 いつもと変わった趣旨なくらいでちょうどいいように感じる。

 お菓子を食べ終えたところでそろそろお開きかな、と思っていると姫小路先輩が俺のところにやってきた。


「実は赤松さんにプレゼントがあるのですよ。よければ受け取って下さい」


 何にも聞かされていなかったので目を丸くしたが、受け取らないという選択肢はない。

 どんなものがもらえるのか楽しみでもある。

 俺の反応に安心した先輩は、近くで待機していた執事の人に合図を送った。

 そうするとその人は白い上等そうな紙で包装した、長方形タイプの箱を持ってくる。

 

「和菓子を用意したの。よければ家でご家族と召し上がってくださいね」


「私たち皆で選んだのですよ」

 

 そこで高遠先輩からの解説が入った。


「皆、赤松さんの為に何かを用意したいと思っていたようですけど、この人数が一人ひとり用意するとなると、受け取る方が大変でしょう?」


 たしかに死なない自信はあんまりないかもしれない……。

 感謝の気持ちを込めて彼女を見ると、クールな美貌に微笑が浮かぶ。


「ただ、何もしないというわけにもいかなかった為、メッセージカードを用意しました。どうか受け取って下さい」


 そっと差し出されたのは手紙の束だ。

 何枚か見てみるとカラフルなカードに手書きでメッセージが綴られている。

 かいつまむなら「親愛なる赤松さんへ。これからもよろしくお願いします」とのことだ。

 あまりにも嬉しすぎるサプライズに、胸にジーンときてしまう。

 人数分を持ち帰るのはちょっと大変だけど、これは大切に保管したい。

 顔を上げた俺に姫小路先輩が「これからもよろしくお願いします」と微笑み、一同が唱和する。


「こちらこそよろしくお願いします」


 俺はそう皆に返すので精いっぱいだった。

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