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はいそっ  作者: 相野仁
八話
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エピローグ

 皆でのお茶会が打ち上げ代わりになったような気がする。

 目的は全然違うし、ことの発端は俺なんだけど。

 ホームルームが終わった後、もう一度さっきのメンバーで集まり、お茶会の日程について相談しあう。

 明日の月曜日は振り替え休日だけど、さすがに急すぎるとのことで来週の日曜日に決まった。

 手を振って同級生と別れて帰路につく。

 家に戻ってきたら、服を着替えてから親父のところへいった。

 例の思わせぶりな発言が気になっていたからである。

 親父はソファーに座り、テレビを見ながらお茶を飲んでいた。


「親父、今いいかい?」


「おう」


 許可を得たので左隣にすとんと腰を下ろす。

 親父はこっちを見ようとはしなかったけど、さっさと本題に入ることにした。


「実験ってどういう意味なんだい?」


「ああ、あれか」


 親父はお茶が入ったガラスのコップを置いて、ようやくこちらを向く。


「これはあくまでも父さんの予想にすぎないから、正解だという保証はない。それはいいか?」


 その点は承知しているので、こっくりとうなずいた。

 英陵での生活は恵まれているが、あまりにも恵まれすぎていて正直気持ち悪さがある。

 これを解消できるなら、何でもいいという想いさえ多少あった。

 

「今後、少子化に伴う受験生の数は減少は避けられない。だから今のうちに手を打っておこうというんだろう」


「でも英陵は名門お嬢様学校だよ?」


 親父の言葉に疑問を投げると、すぐに答えが返ってくる。

 

「だからこそだ。開業医やマンションや駐車場をいくつも持っている人、ベストセラーの小説家や漫画家、有名芸能人だって世間基準では富裕層だが、そういった人の子は一人もいないんだろう?」


「そうだね」


 一部上場企業の創業一族で保有資産数千億ってレベルの相羽の家が、最底辺扱いなんだもんな。

 親父が言うにはそういう場合、年収も十億以上ある場合は珍しくないとか。

 開業医や土地持ちの人にも金持ちは多いらしいけど、資産数千億で年収が十億以上って人はどれくらいいるんだろう?

 いたとしても「そんなのは雑魚の中の雑魚」みたいな扱いをしてもいいんだろうか?

 英陵の上の方は一体どんなことになっているのか、さっぱり見当がつかない。

 はっきり言えば想像することさえ恐ろしかった。


「そんな家の子たちを集められる学校が、資金繰りに苦労したり経営難に陥ったりしていると思うか?」


「思わない」


 俺は即答する。

 これは以前からも考えていたことだった。

 食堂や購買の全てが肥えた舌を持つお嬢様たちを満足させるものばかりだし、俺一人分とは言え完全無料にするという余裕っぷり。

 オリエンテーションの為だけに使う島を保有していて、わざわざ従業員の人たちも用意する。

 何か必要なものがあれば全部専門業者に発注して、それが翌日にも届くというハチャメチャさ。

 経営が苦しいなんて言われても、誰も信じないに違いない。

 

「そうだろう。でも、それがいつまでも続くという保証はない。そういった層は限られているし、少子化問題がネックとなってくる」


「……つまり先を見据えた実験っていうこと?」


 親父が言わんとしていそうなことを想像し、先回りしてみる。

 

「そうだ」


 親父は真剣な面持ちで首肯した。


「英陵のブランド価値を落とさずに生徒数は確保したい。しかし、庶民を入学させたところで上手くいくかどうかは分からない。ならば一度試してみよう。そう思ったのではないかな?」


 これは何を言っているのかよく分からない。


「それで俺? 英陵のブランド価値を落とさないほど、大した奴じゃないけど」


 眉間にしわを寄せてそう答えると、親父の顔が苦々しいものに変わる。


「お前くらいなら、何かあっても家ごと潰すのも簡単だという判断だろう。経済界を支配している層の集まりだからな」


 何だ、俺がひそかに思っていたこと、親父も思っていたのか。

 安心したような、自分がどれだけ危険な場所にいるのか分かって寒気がするような。

 それに経済界を支配しているって……どれだけなんだよ。

 ゾッとしていると優しく肩を叩かれる。


「お前はよくやっていると思うよ。俺たちが平和なのも、お前が上手く生きている証拠だろう」


「いや、英陵の子たちは皆、いい子たちだよ。家はけっこう厳しそうだけど、それでも優しくて親切で、気さくで俺みたいなのにもよくしてくれるんだ」


 何だかクラスメイトたちを擁護しなきゃいけない気分になっていた。

 そりゃ俺だって親父に比べたら、世間知らずのガキにすぎない。

 英陵のお嬢様たちだってそうなのかもしれないが、だからって言われっぱなしのままじゃいられないということはあるんだ。

 だが、親父の反応はかんばしくない。


「言っちゃ悪いが、お嬢様たちがいい子揃いだとしても、世間知らずの箱入り娘たちだからだろう。お父さんが言っているのは、世間の荒波にもまれるどころか、荒波を引き起こす力を持った人たちのことなんだ」


 そう言われたら返す言葉がなかった。  

 思い出されるのは、遊びに行ったところがどれも豪華なところばかりだったということ。

 特に姫小路家はすごかった。

 三巨頭って何なのかという疑問があるが、何となく訊きにくい。

 訊いちゃいけないオーラを感じている。


「俺、大丈夫かなぁ」


 今更弱気になってしまう。

 吹けば飛ぶと思ってはいたけど、理解しきれてはいなかったんじゃないだろうか?

 

「見た感じ、お前は大丈夫だろう。お前を見るお嬢さんたちの目はどれも優しいからな」


「だといいんだけどね」


 親父の言葉に少しだけ救われる。

 ヒーロー様ともてはやされても、やはり心配なのにはかわりない。

 けど、親父の言葉はそれで終わらなかった。


「ただ、千香の奴が心配だな。あいつ、勝気な性格だから、お嬢さんたちの癇に障らなかったらいいんだがな」


 あ、ありえる。

 千香は俺と違って頭がいいから、お嬢様たちを怒らせる真似はしないと思う。

 でも、知らずにひんしゅくを買うってこともあるしな。

 それだけはどうしようもない。

 価値観が違いすぎる相手だけに、何をしたら怒らせるのかっていうのが、全くと言っていいほど分からないし。


「お前も無理しなくていいんだぞ」


 親父はそう言って笑ったが、この人が俺たちの為に職探しに懸命なのも、生活費を稼ぐ為に時間外労働を頑張っているのを知っている身としては、素直に甘えられなかった。

 何とか英陵にしがみついていたいんだよなぁ。

 お嬢様たちに頼むのが本来ならベストなんだろうけど、同時に最悪の一手じゃないかと思える。

 友達だと思っている相手に頼めることじゃないからな。

 そういう目で見ていたのか、と幻滅されるのが怖い……。


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