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はいそっ  作者: 相野仁
八話
80/114

16

 とうとうこの時がきてしまった。

 俺を含めた全校生徒によるダンス、百花繚乱である。

 百花繚乱って花が咲き乱れることじゃなかったっけ?

 この場合、花って女子のことだよな。

 男子が混ざっていたらそれはもう、百花繚乱とは言えないんじゃないだろうか。

 そんな益体もない考えが浮かんでくる。

 ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 いつになく緊張してしまっているらしい。

 自覚を持ったところでどうにかできる気がしないのが難点だ。

 クラスメイトの女子たちはそんな俺の様子に気づいたのか、気遣わしげな視線を向けてくる。

 カッコ悪いところはなるべく見せたくはないけど、今さらカッコをつけても仕方がないとも思う。

 

「何とかやってみるよ」


 そう笑いかけると女の子たちは何も言わなかった。

 信じてくれたのか。

 それともリラックスしているように見えたのか。

 いずれにせよ、もう後戻りはできない。

 席を離れて入場するのだ。

 入場門のところには結局一度も行けなかったな、などという感傷的なことを考える。

 当たり前だが、入場門には三学年全員を収容できる広さなんてない為、席から直接向かうのだ。

 クラス単位でフィールドに散っていく。

 三年生が観客席側で、一年生が生徒の席側だ。

 保護者たちに見せるという意味もあるから、一番上手い学年を前にもってきているのだろう。

 そのせいで多少は気が楽である。

 しっかりやらないと全体の美しさが損なわれてしまうし、英陵の保護者たちならすぐに分かるんだろうけど。

 だから気を抜きすぎてもいけない。

 クラスメイトたちに及第点はもらえたんだ。

 あの時のようにできれば、きっと何とかなる。

 そう自分に言い聞かせていると、曲が流れ始めた。

 いよいよだな。

 手足を動かしていく。

 千香に言われたように思い切りよくだ。

 ぎこちなさが消えているといいんだが。

 幸い、目の前に女子たちがいるので、動きを間違えたらすぐ分かる。

 ポジションごとで異なる動きをするのではなく、全員が同じ動きをするタイプだから助かっていた。

 ひょっとしたら、俺という存在のことを考慮して、そういうものを選んだのかもしれない。

 そもそもこのダンスも、男が入ってもいいものにしたって聞いた気がするし。

 保護者たちの中には、俺の入学に反対だった人もいるのだろう。

 理事長や理事たちだって見に来ているかもしれない。

 そんな人たちの目には今、どう映っているのだろうか。

 願わくば、入学させてよかったと思われたい。

 来年以降の生徒たちの為にも。

 そのように考えながら踊る。

 終わった時にはうっすらと汗がにじんでいた。

 今日は天気がいいし、がっつり一曲踊ったら割と暑いんだよな。

 ほとんど何もしていない俺でさえこれなんだから、女子たちはさぞ大変だろう。

 彼女たちの肌を見たりしないのがエチケットだが、体臭に関してはどうしようもない。

 いや、待てよ?

 そう言えば近くに女子が何人もいたのに、汗臭さは全く感じなかったな。

 意識してこなかったとは言え、いくら何でも不自然だ。

 きっと制汗スプレーか何かを使っているのだろう。

 それも庶民が行くような店にはない、上等で効果も高いものを。

 百花繚乱が終わっても俺たち退場はしなかった。

 そのまま閉会式が始まるので、開会式と同じ並びになるように場所を移動しなければならない。

 皆の表情は一つの行事をやり終えた充実感であふれている。

 俺はとてもそんな気分にはなれなかった。

 気づいていないところで、何か失敗をやらかしたのではないか、とひやひやしている。

 正直、少し胃が痛い。

 保護者たちの前での失敗はそう簡単に取り返せないと思うし。

 だが、誰も口を開かないタイミングで誰かに訊くわけにもいかない。

 そっちの方がより大きな問題になるだろうからな。

 

「ただいまより、閉会式を行います」


 放送部の先輩の、玲瓏たる声が聞こえてきた。

 まずは優勝チームの発表からだ。


「優勝は五組」


 アナウンスされると、一斉に拍手が起こる。

 そして二位、三位のチームが発表された。

 七組は結局四位に終わったので、何も言われない。

 皆はちょっと残念そうだったが、悔しそうではなかっった。

 素直に優勝チームを賞賛しているようにしか見えない。

 よその学校ならばまだしも、英陵の女子たちのことだから、本心なんだろうな。

 悔しさをひた隠しにして、などというタイプの人は知らない。

 俺が出会ったことがないだけ、という可能性までは否定しないが。

 最後に理事長があいさつをして終わるという。

 理事長が壇上にのぼる。

 あるいは姫小路先輩のご両親じゃないかと思っていたんだが、別にそんなことはなかった。

 六十代と思える小柄な男性で、柔和な笑みを浮かべながらあいさつをする。 

 内容は特別なものではなく、優勝おめでとうとかお疲れさまでした、といったものだ。

 あんまりすごいこと言わないんだな。

 それとも、来賓の保護者に遠慮でもしているんだろうか。

 ありえない話じゃない気がする。

 姫小路家とか桔梗院家とかと、同等以上の家の人なんているのか怪しいし。

 理事長をやっているくらいなんだから、相当なレベルだとは思うんだけど。


「生徒、退場」


 そうアナウンスされると、俺たちは順番に席の方へと歩いていく。

 そこでもう一度着席するのではなく、そこからそのまま教室へ戻るのだ。

 後片づけ? 何それ? と言わんばかりだけど、誰も疑問には思っていない。

 当然だという顔をしている。

 いいところのお嬢様たちが、後片づけにあくせくするっていうのも変だよな。

 そもそも準備だってしていないんだし。

 俺たちもゆっくりと戻る。

 押しあいとかすし詰めでぎゅうぎゅうとか、英陵では全く縁がないものだ。

 とてもありがたいけど、少しだけ残念だったりする。

 俺も一応は男なので。

 まあ、間違って痴漢と認識されてしまったら、人生終了のお知らせが流れるのだから、そういった余地がない方がいいかもしれない。

 クラスに戻ると、女子たちは近くの子たちとおしゃべりをはじめる。

 珍しいと言えば珍しいが、前例がないわけでもなかった。

 せっかくだし、俺も混ぜてもらおうかな。


「優勝できなくて、残念だったね」


 そう声をかけると、デジーレは微笑した。


「そうですが、勝敗は時の運とも申しますし、仕方がないですよ」


「そうね。五組は強かった。それだけよ」


 小早川がそう言う。

 さっぱりとしているというか、ずいぶんと割り切りがいいな。

 やっぱり勝敗に固執しているような子はいないのか。

 話を変えた方がいい予感がしたが、さてどうしよう。

 百花繚乱のことにするべきか。

 尋ねるのは正直怖いんだけど、遅かれ早かれ誰かに言われるだろう。

 それならば、自分から訊いてみるのも悪くはない。


「話は変わるけどさ、俺のダンスはどうだった?」


 どういう質問の仕方をするのか少し迷ったものの、結局ストレートに訊くことにした。

 女子たちは視線を交わし合う。

 代表してデジーレが口唇を動かす。


「よかったですよ。堂々としていて。お見事でしたわ」


 彼女は会心の笑みを浮かべている。

 とてもじゃないが、お世辞を言っているようには見えなかった。

 小早川もうなずきながら、貴族の白人留学生に同調する。


「同感だわ。性別の違いをのぞけば、浮いていなかったと思うわ」


 この二人に褒められたのなら、安心してもよさそうだ。

 もっと色んな子に訊いて回りたいところだけど、俺の位置が位置だったから、見られなかった子も多いんだよなぁ。

 それに他の子は席の近くにいて、離れた場所でおしゃべりしている子はいない。

 それを考えると、俺だけ席を離れるのはやめておいた方がよさそうだ。


「この調子なら、ダンスパーティーも何とかなるかな? そう思うのは早計かな?」


 俺が尋ねると、デジーレが応えてくれる。


「ダンスパーティーで踊るものは全くの別物ですから、安心するのはまだ早いですね。でも、ヤスの飲み込みの速さでしたら、何とかなると思います」


 おお、デジーレからいい感じの言葉をもらえた。

 これはうれしいな。

 思わずニヤニヤしてしまいそうになるのを、何とかこらえる。

 もちろん、油断は禁物だが、希望を持てそうだ。

 その後は当たり障りのない話をする。

 お嬢様たちの当たり障りのない話とは、どの化粧品がいいとか、どのデザイナーのセンスがいいとか、そういったものだ。

 そこまでは何を言っているのか分かる。

 ただ、バッグのブランドとか香水のこととかになってくると、どんどんついていけない。

 今日はすでに話に参加しちゃったので、誰もその手の話を始めなかった。

 俺がついてこれないのが、分かりきっているからだろう。

 つくづくいい子たち揃いである。

 そのいい子のお嬢様たちの会話だが、うちあげに関するものが一向に出てこない。

 一回やっただけじゃ、定着しなかったんだろうか。

 それとも準備も後片づけもないから、そういう発想につながりにくいのか?

 この様子だと俺が言いだすしかなさそうだけど、それはそれでどうなんだろうか。

 俺が言えば少なくとも、表だって反発はされないと思う。

 参加してくれる子だって出てくるかもしれない。

 けれど、俺ばかりが言いだすことを何度もやっていいものだろうか?

 男ならはっきりと嫌なものは嫌だと言う傾向があるけど、女の場合、特にお嬢様たちの場合は違いそうだ。

 誰も言い出さないってことは、本当は誰もやりたくないから。

 当然でしょう、空気を読みなさいよ、と言われてしまう。

 そんなイメージがあるんだよな。

 偏見だったら申し訳ないんだが……。


「ヤスはどういったものが好みなのですか?」


 デジーレが不意に水を向けてくる。

 うん、輪に入っている時は必ずと言っていいほど、このようにパスがくるので、ちゃんと話を聞いておくというのは、必須スキルだ。


「俺は冬ならやっぱし、熱いほうじ茶が一番だなあ」


 そう、今は冬に飲むのみものは何がいいか、というものである。

 遠くから聞こえ漏れるだけの時は、決してこのような話はしない。

 俺の存在が意識されているという自覚はある。

 だからこそ、真面目に応えないといけないだろう。


「ほうじ茶なんだ」


 小早川たちは納得したような顔である。

 まあ、いくらお嬢様たちと言えども、日本人なんだ。

 さすがにほうじ茶くらいは見たことや聞いたことくらいあるということだろう。

 ところで番茶って分かるんだろうか?

 そんな疑問がわいたものの、訊くのは止めておく。

 知らないと言われたら悲しくなるのは否定できないからだ。

 それよりも、ほうじ茶を知らなさそうなデジーレのフォローをしておいた方がいい。


「デジーレはやっぱり知らない?」


「は、はい。残念ながら」


 貴族の美少女は、しょんぼりとした顔をして首を振る。

 こういった表情も絵になるから、美人は強いよな。


「もしよかったから、今度一緒に飲みに行ってみる?」


「えっ? よ、よろしいのですか」


 俺の提案を聞いたデジーレは、何故かとても驚いていた。

 ほうじ茶ってそんなたいそうなものじゃないのに。

 他のメンバーが知っているから、何か勘違いでもしたのかな?

 なんて思ったんだけど、他のメンバーの何やら固まってしまっている。

 ちょっと顔が赤い子までいたし、デジーレにいたってはどういうわけか、真っ赤になりながらうつむいてもじもじしていた。

 これは何やらよからぬ誤解が発生したっぽいな。

 一体何をどう勘違いされたんだろうか?

 先ほどの自分の発言を振り返ってみよう。

 すると一つの可能性に思い当たった。

 一緒に飲みに行こうという部分が、デートの誘いに聞こえたんじゃないだろうか?

 これは俺がうかつだったな。

 とんでもない失態に唇をかむ。

 英陵の女の子は誰もが純真でその手のことは慣れていないし、勘違いを誘発する危険なんてあるにきまっているじゃないか。

 

「あ、よかったら皆で行く?」


 そう言って、女の子たちは勘違いしていると言外のうちに告げる。


「えっ? ああ、そうね。私も行こうかしら」


 小早川は彼女にしては珍しく大きめの声を出したものの、すぐに参加を決めた。

 やっぱり誤解をされていたんだな。

 早めに訂正してよかったと思う。

 当のデジーレは何だか残念そうな顔をしている気がするが、たぶん気のせいだな。

 貴族令嬢で社交上手な彼女のことだから、本当は安心していても表面上は残念に見える表情を作れるとか、そういうことに違いない。

 ポーカーフェイスならぬ、社交フェイスとでも呼ぼうか。

 他にも数名の女子が手を挙げてくれる。

 この様子だと、次の提案もしやすいな。


「皆はどういうお茶を飲んでいるんだ? 俺でも行けるところ?」


 と言ってみる。

 本当なら、俺が言っている場所に皆を案内するのが流れとしては正しいだろう。

 しかし、庶民が飲むお茶なんてこの子たちに飲ませられるわけがない。

 食堂で出される水ですら、段違いなんだから。


「えっと……」


 俺の質問に対してお嬢様たちは言いよどむ。

 流れを無視した発言にとまどったのか、それとも俺の財布を心配したんだろうか。

 この場合は両方かな?


「ごめん、今のはなし。忘れてほしい」


 困らせるつもりはなかったので、さっさと謝って前言撤回しておこう。

 この流れなら、俺の行きつけに連れて行けとも言われないだろうし、悪手でもない。

 そういうことにしておくべきだ。

 

「そんな、いいのよ」


 小早川が慌てたように手を振る。


「私たち、普段はお茶を取り寄せていて、お店にお茶だけを飲みに行くっていうことがないの」


 彼女が弁明をすると、恵那川も賛成した。


「そうですよ。お茶会とか開いたりする場合はありますが、その場合も各自さまざまなお茶の葉を持ち寄って、試しあうんです」


「そ、そうなんだ」


 つまり、庶民たちみたいに美味いお茶や紅茶やコーヒーを出す店を探す、という習慣がないということなのか。

 美味いお茶の葉は現地から取り寄せ、家で雇っている専門職に淹れてもらうというわけだ。

 その発想はこれっぽっちもなかったよ。

 そりゃおすすめの店を教えろと言ったところで、困惑するだけだよな。

 スケールがあまりにも違いすぎることを知り、愕然とする。

 庶民とお嬢様の差を理解したつもりでいたが、まだまだ「つもりだった」だけとはな。

 そこで白人貴族令嬢が手を重ねながら、発言した。


「そうですわ。皆さんがそれぞれお気に入りのお茶の葉を持ち寄る集まりをすればいいのですよ。そして、ヤスに一番好きなものを決めてもらうのです」


 おい、デジーレ。

 フォローしてくれたのはありがたいけど、何だそれ。

 お茶探しのはずだったのに、「きき茶バトル」とでも名づけた方がよさそうな催しになったじゃないか。

 抗議しようとしたが、それよりも早く小早川が賛成する。


「いいわね、それ。赤松君は選ぶだけならとっつきやすいでしょうし」


 うん、ごめんね、小早川。

 庶民すぎる俺にいつも気を使ってくれて、どうもありがとう。

 でも、本当に気遣ってくれるなら、ここは反対してほしいんだが。

 なんて言えたらいいんだけどなあ。

 言い出せる空気じゃない。

 皆、明らかに乗り気だからだ。

 ここで反対したとしても、どう収拾をつけたらいいのか、まったくもって想像がつかない。

        

「それでいいと思うよ。俺はお茶会に持っていく葉なんて分からないから、本当に飲むだけになると思うけど」


 俺がそう言うと小早川はパンパンと手を叩く。


「それじゃ、決まりね。いつがいいか、さっそく調整をしましょう」


 えっ? 今から調整するのか?

 さすがに驚くと、タイミングよく、あるいは悪く小笠原先生がドアを開けて入ってきた。

 俺も含めて自分の席に座っていなかった子たちは、急いで席へ戻る。

 そんな様子をクールに見ていた先生は、淡々とした調子でホームルームの開始を告げた。

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