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はいそっ  作者: 相野仁
八話
77/114

13

 食堂を出ると、俺は千香に問いかける。


「どうする? ちょっとくらいなら、見学する時間はあると思うけど、回ってみるか?」


「えっ? いいの?」


 妹は嬉しそうに顔を輝かせた。

 やっぱり興味はあったんだなぁ。


「俺と一緒なら大概は大丈夫だろう。俺だって生徒会役員の端くれだし」


 部外者を入れてもいいか分からない場所はいくつもあるけど、そこを避ければ何とかなるだろう。

 それに学校だってこいつほど学業優秀な人間なら来てほしいだろうし、ちょっとくらいなら許してくれるはず。

 理論武装はしたが、念の為先輩たちには相談しておいた方がいいかな。

 それを考えると、さっき姫小路先輩に会えたのはラッキーだったんだけど……。

 過ぎたことを悔やんでも仕方ない。

 先輩たちに会えたら訊いてみて、そうでなかったら無難なところだけ案内しよう。


「お母さんたちはもう少し休んでいくわ」

 

 お袋がそう言うので、両親とはいったんここで別れることにする。

 混んで来たらその時に退席すれば大丈夫だろう、たぶん。

 そのくらいは言わなくても分かるはず……と言うと、親に向かって生意気かな。

 

「どこから見たい?」


 俺が尋ねてみると、千香は即答する。


「同級生の人たちに会えないかな? それか、生徒会の人たち」


 う、うーん……どうだろうか?

 それにしても見たい場所を訊いたらクラスメイトや生徒会のメンバーに会いたいと言い出すとか、まさかやらかし度チェックでもはじめる気なのか?

 ありがたいことはありがたいけど、皆に気づかれないようにしてやってくれないかな……無理か。 

 でも、クラスメイトたち、どこにいるんだろうか。


「誰がどこにいるのか、ちょっと分からないからまたの機会な」


 分からない以上、はっきりとそう言って断っておくべきだと判断したのだ。

 

「えっ? そうなんだ?」


 どういう理由があるのか、妹は目を丸くしている。

 何で俺が皆の現在地を知っていると思っていたんだろう。

 教えてもらえるはずがないのに。

 そう指摘すると、千香は「うーん」とうなった。


「意外だなあ……何度も家に招待されていたのに」


 いや、確かに家まで招かれたことは何度もあるけど、家族に紹介されたことなんて一度もない。

 友達紹介するというなら、俺はその前の段階にすぎないというわけだ。

 あるいは男を家族に紹介するのは意味ありげでためらわれたとか。

 できればそっちの方が嬉しいけどな。

 入学して半年が経過したというのに、実は未だに友達がいないとか想像するとちょっと悲しいから。

 

「まあ、お嬢様たちが招待するのって別に深い意味はないんじゃないのかな? 社交とかもそういうもんだろうし」


 そもそも水泳の練習をする為だったりしたしさ。

 社交界なんてよく知らないが、きっと建前ばかりで本音を言えない大変なところなんだろう。

 ああ、俺はそのあたりのスキルはないから、もしかしたらわかりやすい奴、なんて思われているのかも。


「そうなんだ」


 千香はまだイマイチ納得しきれてはいないようだった。

 ここは一つ、助言をしておいた方がいいかもしれないな。


「あのな千香、ここは英陵なんだ。俺たちの常識や感覚なんて、一切通用しないところだと肝に銘じておいた方がいいぞ。ここに入学したいならな」


「うん。そうだね……」


 俺の気持ちが伝わったのだろう。

 妹も真剣な顔で応じた。

 こいつは頭がいいから一度きちんと言っておけば、もう大丈夫だと安心してもよい。

 俺たちは外に出て、体育館に向かう。

 体育館、あるいは生徒会役員室を外から見るくらいなら、問題ないのではないかと考えたのだ。

 どちらの建物の近くにも人影はない。

 このあたりには誰もいないようだ。

 午後からは部活対抗リレーなどもあるから、ひょっとしたら部室には人がいるかもしれないけど。

 それとも今はまだ、家族のところでのんびりしているんだろうか。

 他のメンバーの現状がちょっと気になってきたな。

 ある意味、千香の提案は悪くないものだったのかもしれない。

 今になってそんなことを思う。

 

「ここが生徒会の場所なんだね」


 妹はしみじみとつぶやく。

 その表情は様々な色が混ざっていて、心情を読みとるのは難しい。

 自分も生徒会に入りたい、くらいは言い出してもおかしくはない奴なんだが……。

 何となくそれを言うと、やぶから大蛇が出てきそうだから黙っておこう。

 頃合いを見計らって、声をかける。


「そろそろ移動しよう」 


「うん、そうだね」

 

 千香の声と表情は普段のものに戻っていた。

 妹と二人、向きを変えて歩き出す。

 目的地は特にない。

 誰かは食べ終わっているだろうけど、くつろぎタイムがどれくらい続くのかは読めなかった。

 小早川とかデジーレとか生徒会の先輩たちのお茶のタイムは大体二十分くらいだったはずだが、はたして家族との時間もそんな感じなんだろうか?

 他にデータなんて持っていないし、一応行動の指針にしてみようか。

 肩を並べて歩いている千香に提案すると、あっさりと賛成された。


「それでいいと思うよ。無理を言ってごめんね」


 しおらしくわびの言葉まできて、少し驚く。

 無理を言っている自覚があったのか……それでも撤回はしないということは、こいつにとってクラスメイトたちと顔合わせをするのは、大切なことなんだろう。

 そうだとすれば、兄としては可能な限りかなえてやりたいものだ。

 意識的に歩くスピードを落とし、つま先の向きを校庭へと変える。

 あそこならもしかすると、誰かがいるかもしれない。

 そう思ったのだが、見当外れだったとほどなくして分かった。


「ここが校庭だよ」


 仕方なく説明しておく。

 妹は小さくうなずきながら、まじまじと見ていた。


「さすがは英陵。緑もきちんとあるんだね」


 そして感心の言葉を口にする。

 校庭がこのようなものだとはきっと想定外だったんだろう。

 探せばこういうパターンはまだまだありそうだな。

 ただまあ、さすがに全部回るのは無理だし、楽しみはとっておいた方がいいというのもある。

 それに本来の目的は、人探しだった。

 ここにも人はいないとなると、素直に所定の座席があるところへ戻った方がいいだろうか。

 他に心当たりは特にないしなあ。

 普通の高校なら、校外に出て食べている可能性も考慮するんだけど、英陵の人たちにそんな発想があるかどうか疑問だし。

 そう言うと千香も首を振って賛成した。


「そうだね。意外と観客席あたりで食べたりしているのかも」


 というわけで、俺たちの次の目的地は決まったのである。

 その考え方が正しかったか否かは、テントの下にそれなりの人影があった時点で分かった。

 皆、意外と外で食べることを選ぶものなんだな。

 このへんの感覚は、別に庶民との間に差はないんだろうか?

 いや、単にこういう時でもないと、外で食べる機会がなかったりするのかも?

 とは言っても、さすがに家族と一緒の子たちに話しかける勇気なんてない。

 ちらりと視線を向けると、千香は残念そうな顔で言った。


「とりあえずもうちょっと待った方がいいのかもしれないね」


 そう言いながらも、一年生の座席へ目を向ける。

 俺の席の方だろうか?

 戻って来ている生徒は誰もいない。

 先に戻ったら目立つだろうけど、別に禁止されているわけでもなかった。

 ……わざわざ禁止をしなくても、誰もそんなことをやらないからなんだろうけどな。

 さて、どうしようか。

 注意をされるのを覚悟して、席に行くか……?

 そう考えたけど、すぐにアイデアがひらめく。

 大会実行委員会のところに行けばいいんじゃないか。

 あそこなら、誰かが常に待機していなければならないはず。

 休憩をとるにしても、全員がいないなんてことはないだろう。

 実行委員の人なら、千香をどうするべきか答えられるんじゃないか。

 こいつがこのことを思いつかなかったのは、そのあたりの事情を知らないからだろうな。

 中学の時だってこの点は同じだったけど、英陵に常識が通用するなって俺が言ったばかりだったし。


「千香、実行委員の人にちょっと訊いてみよう」


「あ、うん。そうだね」


 こうして二人で白いテントを目指すことにする。

 問題なのは今いるのは誰か、ということだな。

 できれば顔見知りがいいんだけど、こればかりは運次第だろう。

 テントに近づくと見覚えのある顔があるのを発見した。

 あれは水倉先輩じゃないか、ラッキー。


「あのう、すみません」


 後ろから話しかけると先輩は振り返り、微笑を浮かべる。


「あら、赤松君、どうしたの?」


 そう訊いてから隣にいる千香に気づき、怪訝そうな表情になった。


「えーっと、こちらの方は……」


 あれ、何となくだが不安そうに見えるな。

 知らない人間と話すと警戒してしまうんだろうか。

 そこはお嬢様だから仕方ないよね。


「ああ、妹の千香です」


 俺がそう言うのに合わせて、妹はぺこりと頭を下げた。


「初めまして、赤松千香です。いつも兄がお世話になっております」


「これはご丁寧に。私は水倉朱莉と申します。二年生の生徒会副会長を拝命しています。その関係で、今日は実行委員会にいます」

 

 先輩もおじぎをする。

 言ったら悪いけど、千香のとは雲泥の差だ。

 これが生まれの差ってやつか……分かりやすい比較対象があったせいで、改めて実感してしまう。


「えっ? 生徒会の人が実行委員?」


 妹は何か驚き、俺と先輩を交互に見る。

 何を考えているか分かった。

 失礼な奴めと言いたいところだけど、最初は俺も似たような意見だったな。

 こいつのつぶやきが聞こえていたのだろう。

 先輩は顔をあげると微笑みながら言った。


「ああ。実行委員になるのは二年生からなの。お兄様は別に仕事をサボったわけじゃないのよ」


 千香はと言うと、どうやら目の前の女性の美貌にみとれているらしい。

 俺はすっかり感覚がマヒしてしまっているけど、水倉先輩も美人だからなぁ。

 耐性ができていない妹がクリーンヒットを食らってしまうのは無理もなかった。

 先輩はそれには気づかず、あるいは気づいていないフリをしてこちらに瞳を合わせる。


「それでどうかしたのかしら?」


「あ、はい。実は妹は来年、英陵を受験したいと考えているみたいなのですが、見学ってできないかと思いまして」


 説明すると彼女の顔に理解の光が浮かぶ。


「そうだったの。でも、今日はあまりよくないわね。体育祭だと使用されずに解放されていない場所も多いから」


 その言葉はもっともだった。

 ただ、見学そのものに関しては禁止されているわけではないようで、少しだけ安心する。


「せっかくならば、文化祭の方がいいと思うわよ。家族用チケットがあれば、解放されているところを自由に見て回れるしね」


「そうですね。どうもありがとうございます」


 俺が礼を言うと千香も続く。

 そうか、文化祭があったか。

 すっかり失念していた。

 妹の方を振り返って確認してみる。


「どうする? 今日はもうやめておくか?」


「うん。ありがとう、お兄ちゃん」

 

 返ってきたのは愛想笑いだった。

 これはこいつなりに感謝しつつ、照れている時の表情だな。

 こいつはこいつで反省する余地があったというところだろうか?

 俺たちのやりとりを聞いていた水倉先輩は、小首をかしげて質問をしてきた。


「そう言えば赤松君、ここに来るまでどこを通ったの?」


 どうやらここに来るまでどこかを見てきたってばれたらしい。

 今更隠すつもりはないので、全部白状してしまう。

 入ったらまずそうなところには行っていなかったので、やましいことなど何もないと思ったのだ。


「そっかー」


 先輩はちょっと気まずそうな顔になる。

 あれ、変だな……何か俺、失敗をしていたんだろうか?


「翠子様とお会いしたなら大丈夫だと思うけど、妹さんのことはもうちょっと誰かに紹介しておいた方がいいかも」


 なんてことを言われる。

 えっ? 何で?

 やっぱり部外者を連れ回したというのは、外聞がよくないからか?

 いや、紹介しておいた方がいいと言うくらいだから、家族を連れて歩くのはセーフってことだろうか?

 そのへんをさりげなく訊いてみると、何だかとても微妙な顔をされた。

 あれっと思ったら、何と千香までが似たような表情で、なおかつ気の毒そうな目をしていやがる。

 一体何なんだよ……俺は何か勘違いしているんだろうか?

 妹の表情から察するに、深刻なミスではないと思うけど。



 先輩には訊きにくいから、後でこいつに相談してみよう。

 ただ、助言はありがたく聞いておく。


「そろそろ誰か、クラスの席に戻ってくる時間帯でしょうか?」


 そうたずねてみると、先輩は腕時計をちらりと見てから、こくりとうなずく。


「そうね。ご家族のところでゆっくりとする子はそんなに多くないと思うわ。今からクラスの席に行ってみるのもいいんじゃない?」


 などと言われたので、ちょうどいいと確認してみる。


「クラス席に妹を連れて行って、皆に紹介するというのは別にかまわないですか?」


 俺の言葉を聞いた先輩は瞬きを二度して、それから首肯した。


「別にいいはずよ。休けい時間中ならね」


 水倉先輩がそう言うなら大丈夫だろう。

 お礼を言ってからその場を後にする。

 かなり離れると、そっと千香が言った。


「今のが生徒会副会長? 綺麗な人だね」


「ああ。それと多分、次の会長」


 俺は一言つけ加えておく。

 水倉先輩が美人なのは今更だし、否定する必要なんてないだろう。

 そう考えたのだが、妹はジトッとした目で見てくる。


「お兄ちゃん、まさかと思うけど、生徒会に入ったのは綺麗な先輩たちがいるから?」


「そんなわけないだろ」


 即答した。

 そりゃ下心が全くなかったとは言えないけどな。

 そんな気持ちで入って、長続きするはずがない。

 大体、先輩たちはけっこう勘が鋭いから、そんな奴はすぐに追い出されると思う。

 そう言うと妹は、


「へへっ。ちょっと言ってみただけ」


 と照れくさそうに笑った。

 



 何だよと思わないでもなかったが、言葉には出さない。

 少なくともそういう見方ができるのは事実だからだ。


「馬鹿を言っていないで、クラス席に向かうぞ」


「うん」


 声をかけると妹は素直についてくる。

 

「ねえねえ、クラスには貴族のお姫様とかウィングコーヒーのお嬢様とかがいるんだよね?」


 歩きながらそうたずねてきた。

 俺が以前、話した内容を覚えていたんだろう。

 こいつの記憶力は抜群だから、色々と助かる部分もある。

 その代わり、忘れて欲しいことも忘れてくれないが。


「そうだよ。でも、二人ともいるか分からんよ」


 特にデジーレは貴族だからなぁ。

 偏見かもしれないけど、食べるのには時間がかかるんじゃないだろうか。

 そもそも留学生で、家族とはつもる話もあるだろうし。

 一年生のゾーンまで行くと、確かにちらほら戻って来ている子がいる。

 その子たちは一様にこちらをチラっと見ていた。

 正確に言うと、俺たちではなくて千香の方を。

 やっぱり千香は目立つのかなぁ。

 容姿も頭脳も、英陵にふさわしいレベルだし。

 その割には見覚えがないとでも思われているんだろうなぁ。

 当の本人は恐らくだが、視線には気がついていない。

 英陵では失礼にならないように、こっそりと向けられるのだ。

 俺だって慣れたからこそ、分かるようになったと言える。

 七組のところまで戻ると、小早川や高梨たちがいた。


「あら、赤松君」


 真っ先に俺に気がついたのは小早川だったが、すぐに隣の千香に気がついて怪訝そうな顔になる。

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