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はいそっ  作者: 相野仁
六話
55/114

1

 夏休みに入った。

 俺は日中から宿題を片付けるべく、必死になっている。

 デジーレの機転で、夏休み中何度か女子達と一緒に泳いだり勉強したりする事になったのだ。

 その為にも頑張って宿題を片付けておかなければ。

 よし、一時間ほど頑張ったし少し休憩しよう。

 俺は大きく背伸びをした後、お茶を飲むべく台所に向かった。

 そこには妹という先客がいた。


「あ、お兄ちゃん。勉強、頑張っている?」


「おう」


 千香も勉強中である。

 とは言え、こいつの場合、俺とは違ってすらすら問題を解いていく。

 何で同じ親から生まれたのに、頭のできがこうまで違うんだろうなぁ。

 両親には何の責任もないから恨みもないが、天に対しては一言言ってやりたくなる。

 もっとも、英陵に入学できて無事生活を送れているという分を割り引かないと不公平になるだろうけど。

 少なくとも多くの男子高校生にとっては幸運でしかない事なんだから。

 俺も入れてよかったと素直に思えるようになってきている。


「珍しいよね、こんな早くからお兄ちゃんが宿題を頑張ってやるなんて」


 千香の顔にはからかいの色が浮かぶ。

 俺としては苦笑するだけで反論はできない。

 こいつの言っている事は正しいからだ。

 高校に入るまでの俺は、八月にならないと宿題を始めない奴だった。

 先生がうるさくない分は提出日ギリギリまでやらなかったりもした。

 そんな人間が急に真面目に宿題に取り組み始めたら、妹でなくても勘ぐりたくなるだろう。


「ああ、実は約束があってな」


 俺は本当の事を説明する。

 別に隠すような事でもないし、当日になれば教えなきゃいけない事でもあった。

 今言っても大して変わりはない。


「なるほどぉ」


 千香は納得がいったとばかりに何度も大きくうなずいた。


「お兄ちゃんモテモテだね」


 俺は飲みかけていたお茶を文字通り吹いた。


「うわ、きたなっ」


 妹が叫ぶが、むせこんでしまって反論どころではない。

 落ち着いてからやっと口を開く。


「人聞きの悪い事を言うのは止めろよ。どこをどう解釈したらそんな風になるんだ?」


 強い調子で咎めるが、千香の奴は少しも悪びれなかった。

 そればかりか、物分りの悪い子供に教え諭すような口調で言い返してくる。


「だってお兄ちゃん、考えてもみてよ。この間女の子達とダンスしに行ったでしょ? それも二回とも違う子の家にさ。夏は水着姿の女の子達と一緒だったり、また女の子の家で勉強会もするんでしょ? 何も知らない人からどう見えると思う?」


「うっ……」


 俺はとっさに反論が思い浮かばず、言葉に詰まってしまう。

 確かに千香の指摘は一理ある。

 そんな華やかなものじゃないはずなんだが、傍目には色んな女の子達、それもお嬢様達の家に遊びに行っている奴って事になってしまうな。

 中学時代の友達に知られると、袋叩きにされてしまうかもしれまい。


「まあ、いい思いをしまくっているとしか感じないだろうなあ」


 渋々、千香の意見を認める。


「でしょ?」


 ドヤ顔で勝ち誇ってきたので、髪の毛をぐしゃぐしゃにしてやった。


「きゃあ」


 可愛らしい悲鳴をあげ、妹は慌てて両手で頭を庇う。

 そして俺の手から逃れて整える。


「女の子の髪の毛をぐしゃぐしゃにするなんて、サイテーだよお兄ちゃん」


 ふくれっ面をして睨んでくるが、少しも怖くない。

 それどころか愛嬌があって可愛いとすら思えるのは、兄のひいき目なんだろうか。

 いずれにせよ、こいつがこんな反応をするのは想定の範囲内だった。


「知っているよ。だから仕返しになるんじゃないか」


 嫌がる事をするから報復になるのだ。

 喜ぶ事をしては意味がないじゃないか。


「もお、お兄ちゃんの馬鹿、女の子達に嫌われちゃえ」


 妹は憎まれ口を叩いてきたので、黙って近づく。


「な、何よ」


 身の危険を感じたらしく後ずさりを始めるが、残念な事に背後にはすぐ壁があった。


「人を呪わば穴二つ」


 俺は低い声でそう言いながら、妹のほっぺたをつまんで軽くひっぱる。


「い、いたひよ」


 千香は涙目になってそう抗議してくるけど、俺は即座に言い返す。


「反省しろ」


「ご、ごめんなはい」


 あっさりと白旗を振ったので手を離してやる。


「もう、ひどいよお兄ちゃん。女の子のほっぺを何だと思っているの?」


 むすっとした顔で口をとがらせた。

 不満を放っているが、今のは自業自得だろう。


「ふん、女の子のほっぺなら考慮の余地はあるが、妹のほっぺなんか遠慮は無用だろう」


 鼻で笑ってやると、千香は「むむむ」とうなる。


「扱いがひどい。抗議するよ、お兄ちゃん」


 何故かややムキになってそんな事を主張してきた。


「お前なんてそんなもんだよ」


「ムキーッ」


 もう一度鼻で笑うと、握り拳を作って俺の胸をぽかぽか叩いてくる。

 俺が言うのもなんだけど、ノリノリだな。

 笑いながらされるがままになっていると、そのうち飽きたのか千香は勉強に戻った。

 俺ももうひと頑張りしよう。



 目覚まし時計のアラームが鳴る。

 時刻は十二時ぴったりだ。

 よし、昼ごはん。

 っと、その前に携帯をチェックしておこう。

 女の子達からそんなすぐ連絡があるとは思わないけど、中学時代の連中は分からん。

 俺が宿題を始めるタイミングを知っている奴らばかりだし、さっそくメールを送ってきている可能性は高い。

 案の定……と思ったら、デジーレからも届いているな。

 まずはデジーレの方から見ておこうか。

 確認してみると、勉強会のお誘いだった。

 五日後あたりに学校の図書館あたりで一緒にやらないかという。

 参加メンバーは書いていないけど、大体いつもの面子かな。

 参加したいから時間帯など詳細を教えてくれと送っておく。

 次は友達からだ。

 明日遊ばないかという。

 ホント、思った通りだな!

 宿題があるから無理だと返しておこう。

 今から五日後だと、真面目にやっておかないとはかどらないからな。

 特に俺の場合は。

 ご飯に行こうと立ち上がった時、携帯が鳴る。

 タイミング的にあいつか?


「もしもし?」


「もしもし、赤松か?」


 出てみるとやはりと言うか、中学時代の友達の北川だった。


「おー、久しぶりだな」


 最後に会ったのは春休みだから、まだ半年も経っていないはずなんだが、ずいぶんと懐かしく感じる。


「久しぶりじゃねえよ、宿題をやるって何事だよ?」


 用件はそれらしい。

 まあ予想できていた事なんだが。


「何事も何も書いた通りだよ」


 そっけなく応じると北川は食い下がってきた。


「ふざけんなよ、いつからお前そんな真面目君に生まれ変わったんだ?」


「英陵に入学してからかな」


 これは冗談であって冗談ではない。

 英陵で快適に暮らそうと思うなら、真面目になるしかないからな。


「あー……」


 その事にようやく思い当たったのか、我が旧友は電話の向こうでうなった。

 しかし、それは長い時間じゃなかった。


「そうだったな。英陵ってお嬢様だらけって本当か!?」


 急にテンションがあがったな。

 こいつは女子が絡むといつもそうだったけど。


「断言はしかねるが、俺が知っている限りじゃお嬢様しかいないな」


 周囲に劣等感を持っている相羽ですら、別世界の住人って感じだったからな。

 俺と価値観が近い、庶民的な子は一人もいないと考えてよさそうだ。


「マジで!? 頼む、紹介してくれ!」


「はあ?」


 俺は呆れた声を出したが、正直なところ予想していなくもなかった。

 ただまあ、応じるわけにはいかない。


「できるわけないだろ。登下校の際、常に体格のいい護衛が何人もいるんだぞ。お前が近づいたら射殺されるわ」


「されねーよ! ここは日本だぞ!」


 北川は叫んでいるが果たしてどうだろうか。

 その気になれば総理大臣を辞職に追い込むくらい余裕な家もあるらしいからな。

 庶民の一人や二人、社会的に抹殺するなんて楽勝なんじゃないか?


「いや、でもさ。下手な事したら危ないのはお前の方だからな? お嬢様達の身の安全なんて、全く考慮する必要を感じないからな?」


 ここまで言えばいくら馬鹿でも悟るだろう。


「……え? 何? そんなに厳重なん?」


 繰り返して脅した事が功を奏したのか、落ち着いた様子になっておそるおそる尋ねてくる。


「まあな。骨は拾ってやるとしか言えないわ」


「いやいや、脅かすなよ。それじゃ、何でお前は平気なんだよ」


 当然の疑問だろうけど、俺は事前に答えを用意していた。


「何もしていないから。それが一番安全だよ」


 正確には少し違う。

 露出が多めな夏服や水着姿を見てやましい気持ちを抱いた事はない、なんて言えないが。

 間違っても欲望のままに行動しようとは思わない。


「はあ? 連絡先を聞いたりもしてねえの?」


 北川は素っ頓狂な声を出す。

 どうやら、だいぶ勝手な妄想を抱いていたようだ。


「俺と連絡先を交換していいのか、親に訊いてみないと分からないって子ばかりだったぞ」


 例外がいる事にはいたけど、こいつに教える必要はないよな。


「ま、マジで?」


 驚きをはっきりと口に出す。

 まあ、これに関しては分からなくもない。

 俺もこれまでの生活から予期はしていたってだけで、いきなり言われていたら目が点になっていただろう。


「おう、だから何も期待するな。何もたくらむな」


「お、おう……」


 北川が素直に返事をしたところで俺は別れを告げて電話を切る。

 だが、すぐに再度電話が鳴った。

 画面を見ると北川である。


「もしもし?」


「もしもしじゃねえよっ! 結局、明日はどうするんだよっ!」


「無理ってメールしたじゃないか」


 喚くように言う友達に対して、努めて冷静に返す。


「え? 本気で言っているのか?」


 やたらと驚いている。

 何故とは言うまい。

 俺の過去の行動からすれば、こいつの反応の方が正常なんだから。


「うん、じゃあな」


 再び切ろうとすると、


「待て待て待て!」


 必死に阻もうとする友の怒鳴り声が聞こえてきた。


「何だよ? そろそろ飯に行きたいんだけど?」


「いつならいいんだよ! 英陵のお嬢様達について報告しろよ、この幸せ者が!」


 あ〜、こいつもそういう認識を持っちゃっているのか。

 やむをえないと言えばやむをえないんだろうけど、さてどうすればいいのかね。

 男が俺だけとか、今後約束するつもりだとか言えば、きっと騒ぎ立てるだろう。

 無難にあしらう方が絶対いい。


「とりあえず待ってくれよ。俺にも都合ってものがあるんだから」


「そりゃまあ、そうだろうが……」


 北川は言いよどむ。

 ここで強引にゴリ押ししてこないところがこいつのいいところなんだよな。

 じゃなかったら、友達でいられるか怪しい。


「真面目に宿題をしておかないとやばいところなんだよ、英陵は。落ちこぼれない為に必死なんだ」


 いかにも苦労しているといった雰囲気を出して言うと、単純な北川はたちまち同情してくれた。


「そ、そうなのか。大変なんだな」


「下手な事をすると一斉に白い目で見られるし、相談したり共感したりしてくれる奴っていないし……」


 思わずしみじみと言うと、友達は聞きとがめる。


「あん? クラスに他の男っていないのかよ?」


 やばい、口が滑った。

 よく考えてみれば隠す必要はない気もするけど、今更自発的に明かす気にはなれない。


「またこっちから連絡するよ。じゃあな」


 そう言って電話を切る。

 今度は鳴らなかった。

 次にデジーレのメールをチェックする。

 うん、さすがにそんなすぐ返事はきていないか。

 俺は携帯を置いて台所へと降りていく。

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