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はいそっ  作者: 相野仁
三話
40/114

20

 時は流れ、球技大会当日となった。

 俺達のクラスは、何とか竹の演奏をものにできたと思う。

 少なくともみっともない事にはならないと、それなりの自信を持って言える。

 いつもより少し早めに家を出た。

 外に出るとどんよりとした空が俺を出迎える。

 太陽は厚い雲に隠れてしまっていて、どこか寒々しさすらあった。

 とは言っても季節が季節なので、肌寒いという事はない。

 むしろ熱中症なんかの心配をしなくてもいいという見方もできる。

 本日は体操服姿の登校だ。

 校門のところまで行くと、やはり体操服姿の風紀委員の姿が目に入ってくる。

 車が付近に止まり、体操服姿のお嬢様達を吐き出す。

 オリエンテーションの時に同じような光景を見ているものの、やはりシュールだと言わざるを得ない。


「ごきげんよう」


「おはようございます」


 お嬢様がたが挨拶を交わしあっているところに入っていき、教室へと向かった。

 いつもの通りに小笠原先生はやって来て、ホームルームを終える。

 そして荷物は置いてグラウンドに出た。

 球技大会の準備は皆でやるものだ。

 少なくとも俺はそう思っていたのだが、英陵においては違うらしい。

 専用の業者が来てやってくれるのである。

 たまにニュースで取り上げられる「放漫経営」の典型な気がするのは俺だけなんだろうか?

 まあ、重いものを持った事もないようなお嬢様達にライン引きとかできると思うのか、と言われたら反論できないんだが。

 もしかして俺が入学を許されたのは、こういう点を指摘する為なのか?

 などとも考えたりする。

 さすがに自意識過剰かもしれないけどな。

 でも、とんとん拍子に生徒会入りが決まったのは……と思ったりもする。

 埒が明かない事は一旦おいておこう。

 開会式の挨拶を姫小路先輩がやるのだ。

 こういう場合は体育部長の方かと思ったんだが、生徒中心の行事の際は全て生徒会長がやるらしい。

 姫小路先輩がマイクの前に立つと周囲の空気がはっきりと変わる。

 元々こういう時におしゃべりするような子はいないんだけど、それでも違いは肌で感じ取れた。

 穏やかな空気が荘厳な雰囲気にって感じで。


「今日は生憎と曇り空になってしまいましたが、熱中症熱射病などの恐れが減ったと思えば決して悪くはない天気と言えるでしょう。とは言え、油断はせずマメに水分補給を行い……」


 先輩の玲瓏で柔らかな声が、グラウンド中に響く。

 耳触りがいい声っていうのはきっとこういうのを言うんだろうな。

 生徒会長としての挨拶が終わると、一斉に拍手が起こった。

 義理や義務感でやっていそうな子は誰もいない。

 せいぜいが俺くらいだろうか。

 些細な事でもあの人の人気ぶりがうかがえたのだった。

 次が体育部長の挨拶である。


「皆、怪我をしないように」


 実に簡潔に終えてしまい、俺は笑いを堪えるのに必死にならないといけなかった。

 ただ、だらだら長ったらしい挨拶をされるよりはずっと好感が持てる。

 二人の先輩の挨拶が終わると、一度散っていく。

 そしてすぐに応援合戦が始まるのだ。

 校舎側に石でできた応援席のようなスペースがあり、そこに一同は集まる。

 このあたりまでなら中学時代とほぼ同じなんだけど、レジャーシートを借りて敷ける点が違った。

 石の冷たさや硬さとは無縁になったのである。

 うん、ひょっとしてと思っていたんだが、このレジャーシートはかなりいいものっぽいな。

 英陵のようなお嬢様学校で採用されているものなんだから、当然なのかもしれないけど。

 まず応援合戦の一番手は三年二組だ。

 次が俺達一年七組である。

 二番手なのはいいのか悪いのか。

 クラスメート達の反応を思い起こすに、とりあえず「最悪ではない」みたいな感じだった。

 トップやオオトリじゃなかっただけマシだと思う事にしよう。

 三年二組のお姉様達が前に出てきて、演技を始める。

 何をするのかと思えばダンスらしい。

 いや、ダンスって言うか踊りか。

 隣の女子に訊いてみたら日本舞踊らしいし。

 トップからいきなり日本舞踊か、と思ったのはどうやら俺くらいのようだった。

 よく分からない曲に合わせて、三年生達が踊りを披露する。

 一糸乱れぬ優雅な踊りはとても見事だった。

 不満があるとすれば着ているものが体操服だという事くらいだろうか。

 いちいち着替えている時間なんて取れないだろうから、やむを得ないんだろうけど。

 そうこうしているうちに演技は終了し、俺達は移動する。

 球技大会では待機したりはせず、こうして直接観客席から交代していくシステムのようだ。

 俺達は名前の順に並び、竹を構える。

 小早川が前に出てきて、合唱の際の指揮者的ポジションにつく。

 彼女の合図に合わせて俺達は一斉に竹を叩くのだ。

 他の女子達の目は気にしている場合じゃない。

 何とかみっともなくないように、という事で頭がいっぱいだった。

 大きな失敗はなく演奏は終える。

 そして次のクラスに場所を譲るべく、退場した。

 次は二年生で、やったのはエール交換に近いものだった。

 厳密には交換じゃない気はするが、自分達のクラスだけじゃなくて、一年や三年にも「フレーフレー」とエールを送ったのは好印象である。

 こんな風にして応援合戦は終わった。

 生徒会の先輩達は皆、クラスに溶け込んでいたものの、 圧倒的な存在感を放つような事はなかった。

 何を期待していたのか、と言われたらそれまでだけど。

 クラス全体での出しものなのに、一人が存在感を際立たせる方が問題になるか。

 次からは競技が始まる。

 バスケットが体育館で三試合、そしてグラウンドでラクロスが一試合。

 俺はバスケットの試合で審判をする為、体育館に向かう。

 俺が担当するのは二年生の試合だ。

 いきなり主審を任せられる。

 バスケットのルールは一応見直しておいたけど、大丈夫かな。

 変なミスをしなければいいんだが。

 両チームの視線が俺に集まったので、ぺこりと一礼しておく。

 ボールを副審の先輩から受け取って試合開始を宣言する。

 両チームからそれぞれ一番背が高い選手が前に出てきた。

 とは言っても、どちらも俺よりは低い。

 ジャンプボールの為、ボールを上に投げた。

 相手が女子という事で手加減をしてだ。

 ボールに触ったのは青色のチームの方だったが、持ったのは赤色のチームの選手だった。

 いいところにいたな。

 そのまま味方にパスをし、一気に攻め込むがシュートは外れる。

 そして青ボールになりカウンターアタックが仕かけられた。

 当たり前だけど、男子と比べて迫力がないな。

 それにシュート精度も今一つだ。

 別に貶したいわけじゃないんだけどな。

 まあ、誰もがお嬢様だという事を考えるなら、むしろいい感じなのかもしれない。

 試合は結局青チームが六対四で勝った。

 前後半七分、ハーフタイム三分という短さだと言え、少々ロースコアだと思う。


「ありがとうございました」


 爽やかな挨拶が交わされ、両チームの選手が握手をする。

 皆汗ばんでいて息が上がっている。

 正直、居心地があまりよろしくないが、審判が知らぬ顔をして逃げ出すわけにもいかない。

 体育委員の一人に勝利チームの事を報告する。

 続いてホイッスルを洗って返却し、グラウンドに向かう。

 第二試合めがうちのクラスの番なのだ。

 グランドに行ってクラスメート達が固まっている方に寄っていく。


「あ、赤松さん」


 女子の一人が目敏く俺を見つけ、手招きをする。


「間に合った?」


「はい。審判お疲れ様です」


 同級生達は口々に労をねぎらってくれた。

 悪い気はしなかったが、自分が汗臭くないか気になってしまう。

 女子達に囲まれるとなると、どうしてもな。

 制汗剤か何かを持って来ればよかったかもしれないけど、校則的にどうなのか分からなかったから見送ったんだよな。

 確認しておくべきだったな。

 それはさておき、ラクロスの試合はちょうど今から始まる。


「勝てそうなのかな?」


 誰に訊くわけでもなくつぶやくと、すぐに答えがあった。


「大丈夫だよ。デジーがいるから」


 自信ありげな言葉の主は、何と相羽である。

 日頃の内気で自信なさげな態度がどこかにいってしまっていた。


「デジーってそんなに上手いのか?」


 俺の問いかけにこくりとうなずく。


「デジーの故郷だと、貴族令嬢はラクロスと馬術をやるのが嗜みらしいから」


「それは凄いな」


 そんな国があるのか、と感心する。

 お嬢様達にとって多くのスポーツは嗜みと言うか、とりあえずやればいい的な存在に過ぎないのだろう。

 だからこの学校の運動部は強くないし、さっきのバスケの試合のレベルも低かった。

 ただ、何事にも例外はある。

 日本舞踊部や茶道部、華道部といったものでは代表的な強豪なのだ。

 習い事の一環としてではあるが、幼少の頃から叩きこまれているものに関しては非常にレベルが高い。

 デジーレにとってはそれがラクロス、そして馬術だという事だろう。

 目の前の光景を見てそう確信した。

 デジーレはボールを受け取ると一人でガンガン運んでいくのである。

 敵に囲まれる直前にパスを出し、マークが緩んだところでリターンパスをもらってゴールに叩きこむ。

 それの繰り返しだった。

 人数的にサッカーでたとえるなら、一人で五、六人抜いて味方にパスを出し、リターンパスをもらってゴールを割るって感じかな?

 一言で言うと無双状態、あるいは一方的な蹂躙だ。

 五分かける四クォーターのルールで、デジーレは十分で交代してしまう。

 しかし、十点差をつけての交代である。

 残り十分で相手チームは追い上げたものの、七点差でうちのクラスの勝利だった。

 はっきり言ってデジーレ一人で勝ったようなものじゃないか。

 皆で勝利を喜びあっている中、俺一人で呆れていた。

 やがて目が合ったので声をかけにいく。


「お疲れ様。おめでとう」


「ありがとうございます。わたくしのプレー、見てもらえたのですね?」


 前半で引っ込んだからか、平常な状態に戻ってしまっている。

 少しだけ残念に思いながらうなずいた。


「ああ。呆れるくらい上手かったな。少しは手加減をしてやればいいのに」


 俺がそう言うと、デジーレは少し表情を曇らせる。


「場合によっては相手に対して失礼になりますから。なかなか難しいのですわ」


 そういうものなのかな。

 一人だけ飛びぬけて上手い奴が本気でやる方が、相手にしてみればずっと嫌なんじゃないのか?

 このへんの感覚は俺とお嬢様達で違うのかもしれない。

 

「それよりヤス、この後はどうなっているのですか?」


 何がとは訊き返さなかった。

 俺のスケジュールを確認したに決まっているのだから。


「次はラクロスの第四試合で副審を任せられているけど、それまでは暇だな」


 俺の言葉を聞いた同級生達が軽くざわめいたのは気のせいか?

 デジーレが青い目でそれを制して改めて俺の方を見る。


「でしたら一緒に観戦はいかが?」


「それはいいけど」


 率直に言えば俺は戸惑っていた。

 彼女の意図を把握しかねたからである。

 一緒に見ようにも、クラスのバスケットの試合はまだ先のはずだった。

 クラスの応援を一緒にするというなら分かるけど、一体どうしようというのだろうか。


「次は百合子様の試合ですのよ?」


 デジーレが含みのある笑いを向けてくる。

 とっさにどう対応するのか困ってしまった。

 間違ってもどうでもいいなんて言えない。

 かと言って、喜ぶのも何か角が立つ気がする。

 仕方がないので曖昧な笑みを浮かべて、


「ああ、そうなのか」


 と答える事にした。


「ご存じではなかったの?」


 恵那島が興味深げに訊いてきたのでうなずいておく。

 百合子さんとはたまに一緒に飯を食った事があるけど、それだけだ。

 料理の感想を言い合うくらいで、まともに話した事はないと思う。

 姉の紫子さんの方だって、コーヒーの試飲のアイデアを出してもらって以降、接する事はなかった。

 もちろんいつどの競技に出るかなんて教えてもらっていない。

 はっきり言ってそこまで仲良しではないと思うんだが、クラスメート達はどこか残念そうだった。

 ゴシップと言えば言葉が悪いかもしれないけど、似たような事を密かに期待していたのかもしれない。

 このあたりはお嬢様でも、妹なんかと大して変わらないな。

 あいつと比べる事自体失礼かもしれないが。

 だって「じゃあ紫子様とは」とか訊いてこないし。

 どちらにせよ、雰囲気的に観戦は断れそうにないな。

 断る理由もないし、大人しく見る事にしよう。

 結論から言えば、百合子さんのクラスは負けた。

 二対三という競り合いでだ。

 百合子さんは一生懸命にプレーをしていたものの、前の試合のデジーレのインパクトがあまりにも強すぎる。

 比べたら可哀想な事くらいは分かるけどな。

 百合子さんは恐らく負けたからだろう、しょんぼりと肩を落として引きあげてくる。

 小早川が俺の肩をつつき、顎をしゃくった。

 何か慰めの言葉をかけてやれというのだろう。

 しかし、こんな時、女の子はどう言えば慰められるのかな?

 妹なら適当に頭を撫でて、甘いものを食わせてやれば立ち直るんだが。

 あいつと同じ扱いでいいのかなぁ。

 女子達の無言の圧力に押されて俺は百合子さんに歩み寄った。


「百合子さん、お疲れ様です。残念でしたね」


「あら、恥ずかしいところをお見せしましたわ」


 百合子さんは頬を赤らめて目を伏せてしまう。

 実に可愛いが、そんな感想を抱いている場合じゃないんだよな。


「すみません、元気になって欲しいんだけど、上手い事言葉が見つからなくて……」


 結局、俺は本当のところを打ち明けてしまう。

 百合子さんはまじまじと俺の顔を見つめていたが、やがて花が開くような笑みを浮かべた。


「励ましに来て下さったのですね。どうもありがとうございます」


 そう言って軽く頭を下げた後、悪戯っぽい表情に変わる。


「失礼ながら、慰め慣れているよりもずっと好感を持てますわ。不器用な方ですのね」


「いやあ、お恥ずかしい限りです」


 くすくす笑われるのが決まり悪くて、頭をかく。

 それにしても上手に慰めた方が好感度は下がっていたのか。

 全くもってお嬢様の感覚はよく分からないな。


「あの」


 百合子さんは不意に表情を改めて俺を見つめてくる。

 何かを決意したような、そんな顔だったので俺も気持ちを引き締めた。


「よ、よろしければ、一緒に観戦しませんか?」


 何だ、そういう事だったのか。

 やや拍子抜けしつつ、同時に少し心苦しくなった。

 間が悪いと言うか、断るしかないんだよな。


「ごめんなさい。次の試合、副審をしなきゃいけないので」


「あら、そうでしたか」


 百合子さんは瞬きを複数する。

 思ったより残念そうじゃないな。


「でしたらそのお姿を拝見しても構いませんか?」


「え? ええ、構いませんけど……」


 俺が副審をやっている姿なんか見て、一体何が面白いのかって思うが、見たいと言うなら止められないか。


「ちょうど次は姉の試合ですし、よかったわ」


 百合子さんは手を合わせて嬉しそうに微笑む。

 え? そうだったのか?

 と思ったものの、声には出せなかった。

 そもそも紫子さんが何組なのかも知らないんだから当たり前なんだけど、それが通用するかは別なんだよな。


「頑張って下さいね。姉と同じくらい応援しています」


 恥らいながらも上目使いで見つめられ、俺はドギマギしてしまう。


「え、ええ」


 副審だから大して目だったりしないだろうとは思ったけど、言葉にすれば台無しになる。

 いくら俺が野暮でも、その程度の事は予想ができた。

 クラスメート達、そして百合子さんの同級生達から生暖かい視線を浴びつつ、俺はグラウンドに降りる。

 選手として出てきた紫子さんと目があったので、互いに目礼した。

 さすがに副審が試合前の選手に声をかけるのはまずいだろう。

 驚いた事に季理子さんも同じチームにいた。

 あの二人、同じクラスだったのか。

 全然そのへん訊けていないって事なんだろうな、と自嘲気味に思う俺をよそに試合は始まった。

 一年生同士の対戦と比べて、二年生の方が連携は取れている印象を受ける。

 何より紫子さんと季理子さんのコンビプレイが凄い。

 古典的ながら阿吽の呼吸とも言うべき連携で、相手チームの守備を巧みに崩していく。

 結果、二人のクラスは七対四で勝利した。

 こうしてみると、やはりデジーレはおかしいんだなと思う。

 何しろ上級生相手でも無双してしまうそうなくらい上手かったんだから。

 試合終了後、二人に声をかけた。


「お疲れ様です。お二人ともとてもお上手でしたね」


「赤松さんも副審お疲れ様です」


 二人とも輝くような笑顔で応えてくれる。

 太陽より眩しい、なんて言ったらナンパ扱いされるかな。

 比喩抜きでそうなんだけど。

 二人同時だと破壊力もアップするよ。

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