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はいそっ  作者: 相野仁
一話
2/114

2

 まさか相羽が褒められるのが気に食わないってわけじゃないだろう。

 かと言って、自分が褒められないのが許せないって感じでもない。

 仕方がないので尋ねてみる事にする。

 

「え、そうかな? 事実を言っただけじゃないか?」


 不本意な言いがかりだと感じたので首を捻ったら、「じ、事実?」と相羽がこれまた動揺した。

 デジーレはそれを見て大げさなくらいにため息をつく。


「アカマツ。リナは殿方に褒められるという事に慣れていないのです。自重して頂かないのと、女の子に手が早い不埒な殿方と認定させていただく事になりますわ」


「ご、ごめん」


 俺は彼女の言い分に驚き、慌てて謝る。

 女子に手が早い不埒者って、軽薄なナンパ野郎って意味でいいんだよな?

 冗談じゃないぞ。

 確かに周囲に美少女が多くてラッキーだと思ってはいるが、手当たり次第にちょっかいをだそうなんて考えていない。

 誠意(?)が伝わったのか、碧眼の圧力が柔らかくなる。


「分かればいいのですわ」


 その一言でホッとした。

 女子がこれだけ多い世界で、女の敵認定された日には目も当てらない結果になるだろう。

 今後も気をつけないといけないな。

 とりあえず女の子はむやみに褒めない方がいいんだろうか?

 でも、褒めるべきタイミングで褒めないのは逆に反感を買うかもしれないし……うん、とりあえず相羽は褒めない方がいいって事にしておこう。

 ちらりと教室にかかっている時計を見ると、先生が来るまでにまだ時間はあるな。

 せっかく話をしているんだから、この二人ともう少し仲よくなりたい。

 仲よしがいるかどうかで、今後は全然違ってくるだろうし。


「ところで気になっていたんだけど、二人は知り合いなのかい?」


「ええ。中等部からのお友達ですわ」


 俺の質問に答えたのはやはりと言うべきか、デジーレの方だ。

 相羽は小さくうなずいただけである。

 何と言うか引っ込み思案なのかな?

 だとしたら、あまり話しかけたら迷惑になるだけかもしれない。

 かと言ってデジーレにばかり話しかけるのもどうかと思うし……自重した方がいいのか?

 そう悩んでいると、何かを察したのか、金髪の美少女は友達をつっついた。


「ほら、あなたのその内気さを直すチャンスですわ」


「え、で、でも」


 励ますような白人少女と、おどおどと何やら不安そうな日本人少女の様を俺は黙って眺めている。

 今は口を出さない方がいいだろうからな。

 やがてどちらが勝ったのか、相羽の方がゆっくりと話しかけてきた。


「あ、あの、赤松さん」


「うん。何かな?」


 できるだけ優しく言う事を心がける。

 そのおかげか、相羽は怯える事なく、ゆっくりと言ってきた。


「デジーレは赤松って言いにくそうだし、康弘君って呼んでもいいかな?」


 顔を真っ赤にして上目使いで確認してくる。

 男なら無条件でイエスと答えてしまいそうな魅力があった。


「それは構わないけど……」


 俺が言葉を濁したのには訳がある。

 まだ知り合ったばかりだけど、デジーレは恐らくこういう事は自分で言う性格だろう。

 それなのにも関わらず、わざわざ相羽に言わせたという事は、まだ何かあるはず。

 じっと待っていると、思った通り内気な少女は目をぎゅっとつぶりながら続きを口にした。


「えと、えと、えと、よ、よかったら私もや、やちゅひろさんって呼んでいい?」


 あ、噛んだ。

 でもさすがに、必死で勇気を振り絞ってる少女にそれを指摘するほど、鬼にはなれなかった。


「うん、いいよ」


 女の子に名前で呼ばれるのは照れくさいけど、この二人ならいいかって思う。

 デジーレは満足そうに相羽を見ていていた後、表情を澄ましたものに改めて俺に向き直る。


「申し訳ないけど、わたくしはヤスヒロも言いにくいのです。ヤスと呼んでもいいかしら?」


 申し訳ないと言いつつとても堂々としていて、全く悪びれる様子はなかったけど、とても彼女らしいと思った。


「うん。友達はそう呼ぶしね」


 少なくともこの学校でそう呼んでくれる奴はいないと思っていた。

 それだけに嬉しい誤算だ。


「ありがとうございます。わたくしの事はデジーレとお呼び下さい」


「うん、デジーレ」


 俺が試しに呼んでみると、桃色の唇を緩めてから


「ノン。アクセントが微妙に違います」


 なんて言ってくる。


「ちょっと、デジー、失礼じゃ」


 相羽がもごもごと何かつぶやいていたが、いまいち聞き取れなかった。


「そっか、ごめん。正しい発音を教えてくれないか?」


 青い瞳を見る限り、悪意はない事は分かったので、気にせずに教えを乞う事にする。


「デジーレ」


 はっきりとゆっくりリピートされたものを真似してみる。


「だいぶ良くなりましたわ」


 何だか教師に採点されている感覚になったけど、不思議と嫌みに思えない。

 そういう態度がしっくりくると言うか……女王様タイプなのかな?


「俺も愛称で呼ぶっていうのは?」


「あら、素敵ですわね」


「えええ……」


 相羽が目を見開いて口に手を当てたのとは裏腹に、デジーレは物怖じせず微笑んだ。

 外国人だからか、そういった事に慣れているんだろうか。


「デジデジは?」


「やめていただけませんか?」


 一転してお袋が害虫を見るよな冷たいまなざしを向けられる。

 心なしか、相羽の視線も痛い。

 ……俺はあっさりと白旗を掲げた。


「ごめん。俺が悪かった」


 美少女達に冷徹な視線を向けられるというのは、かなり堪える。

 マゾな奴なら喜ぶシチュエーションかもしれないけどな。

 素直に謝罪すると、デジーレの表情がふっと柔らかくなる。


「分かって頂ければいいのですわ」


 どうやら俺の悪ふざけが、コミュニケーションの一環だと分かってくれたらしい。

 それとも謝罪されたらすぐに水に流す、さっぱりした性格なのかな。

 どちらにせよつき合いやすいタイプのようで、ありがたい。


「そうですね」


 デジーレは右人差し指を唇に当てながらしばし思案し、閃いたとばかりに手を打った。


「デジーがいいですわ」


 相羽が何やら驚いていたが、ここは無視する。


「いいのかい?」


「ええ。恩を着せるつもりはありませんが、その方がよろしいのではなくて?」


 どうやら俺の不安感はお見通しだったらしい。


「実はそうなんだ」


 ならば隠す意味はないと思い、素直にうなずく。

 相羽が「デジーったら大胆」と言っているが、やはりスルーだ。

 申し訳ないが反応のしようがないからな。

 ただ、本音を言えば相羽には賛成かなぁ。

 初対面の異性をすぐ愛称で呼ぶというのは、なかなか大変な事だ。

 と思っていたら、デジーレはニヤリと笑う。

 新しい悪戯が閃いた悪がきさながらの表情を浮かべ、俺と相羽を交互に見ながら言った。


「あなた達も愛称で呼び合った方がいいのではなくて?」


「なっ! な、なななな」


 相羽はリンゴのように真っ赤になって、ひたすら「な」を連呼している。

 俺はと言うと、正直予想の範疇だったから驚きはしなかった。

 デジーレはこちらを見てつまらなそうに息を吐く。


「ヤスは動揺しないのですね。残念ですわ」


 とのたまった。

 どうやらこのお嬢様、人をからかって遊ぶ性分らしい。

 とりあえず肩を竦めて見せる。


「何となくそんな事を言われそうな気はしていたんだ」


「あら、なかなかの洞察力でいらっしゃるのね」


 面白そうに笑いながら賞賛してくれるが、ちっとも褒められた気がしない。

 猫がねずみの反撃を楽しんでいるような、そんな顔つきをしているからだろう。

 相羽は俺達の事を見て、おろおろとしている。

 仲間外れにしちゃ悪いなと思い、声をかけようとした時、教室のドアが開いてスーツを着た女性が入ってきた。 

 この人が担任なんだろうか。

 縁なしメガネをかけ、クールビューティな秘書って印象の人は、教壇に立つと両手を一度叩いた。


「はい、席について下さい」

 

 涼やかな声でデジーレは自分の席へと戻っていく。

 実のところ、席から離れた位置にいたのは、ほんの二、三人しかいなかった。

 これも元お嬢様学校だからなんだろうか。

 

「このクラスを一年担任する、小笠原皐月です。よろしくお願いします」


 小笠原先生はチョークで黒板に自分の名を書いて見せる。

 生徒に対しても丁寧な言葉使いなのも……?

 何と言うか、ずいぶんとかしこまったところなんだな。

 名門お嬢様学校ってやつを甘くて見ていたのかもしれない。

 

「今日は入学式、その後にホームルームです。それでは移動をしましょう」


 先生がそう言うと皆一斉に立ち上がる。

 誰も一言とも話さず、統制された動きを見せていて、俺はびっくりした。

 いくら何でも息が合いすぎだと思うんだが……とここまで考えて、英陵学園が小中高一貫校だという事を思い出す。

 デジーレと相羽も友達だったし、もしかして外部入学者は俺だけだったりして……そんな不安がよぎる。

 普通に考えれば他にもいるはずなんだけど、何せ男を一人も見かけていないからなぁ。

 先生が俺を見ても何も言わなかったんだから、この学校の生徒として認められているんだろうけど。

 相羽に声をかけようかと思ったけど、小動物的少女はさっさと先に行ってしまっている。

 何だかとても声をかけにくい空気だ。

 女子しかいない集団で、たった一人を呼び止めるのは凄く勇気がいりそうだ。

 完全アウェーと言ったら言い過ぎなんだろうが、それでも俺の心理は似たようなだし。

 結局、何も言わず黙って皆の後をついていく。

 当たり前だろうけど、教室の外に出ると他のクラスの子達と一緒になる。

 皆、上品そうだし可愛い子が多いな。

 それにどの子もスカート丈は膝くらいだし、ブラウスのボタンをきちんと全部止めて、リボンもしている。

 だらしない感じの子が一人もいないのは凄いな。

 品行方正なお嬢様しかいないって感じだ。

 そして匂いも強烈で思わず眉をしかめてしまう。

 一人一人だと気にならないレベルなんだろうけど、これだけの人数がいたら鼻にくる。

 でも他に子達は平然としている……気にならないのかな。

 それともこんなものだと思っているんだろうか。

 更に言うなら男が誰もいない……気のせいじゃなかったら、ちらちら俺を見ている。

 やはり女子校育ちだけあって、男が珍しいんだろうか。

 それは仕方ない事だと思うんだけど、どうして他に男が誰もいないんだろう。

 相羽やデジーとの会話で消えていた不安が、再び活動し始める。

 何だか胃がムカムカしてきたように思う。

 俺の高校生活、大丈夫だろうか。



 入学式はつつがなく進行していく。

 お嬢様学校だからと言って、体育館が立派だという事はないらしい。

 空調機が完備されていて、室温が快適な温度に保たれているくらいで。

 まず最初に学園長、次に校長のあいさつが終わる。

 そして教員紹介がすむと生徒会長が壇の上に立った。

 その瞬間、水を打ったような静けさが訪れる。

 黒い髪を肩まで伸ばしたその人は、遠目から見ても美人だと断言できた。


「新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。第八十三代生徒会会長、姫小路翠子と申します」


 姫小路って……俺でも知っているような超名家じゃなかったっけ?

 この学校にいるくらいだから、きっと本物なんだろうな。

 姫小路会長は、よく通る美声で朗々と挨拶を述べていく。

 顔を動かさず視線だけ動かした限りでは、教員側も含めて誰もが聞き惚れているようだった。

 確かに聴衆をひきつける不思議な力がある。

 俺は人の長話が苦痛なタチなんだけど、いつしか視線は姫小路会長の方へと引き寄せられていた。


「また、本年度から男子生徒の受け入れが始まっています」


 おっと俺の事だな。

 思いがけぬ展開に頭が一気に冷えていく。


「女子高育ちの皆様は戸惑う事も多いでしょう。しかし、男子はそれ以上に戸惑う事になるでしょう。そんな時、頼りになるのがわたくし達なのです。皆様、ぜひ男子には温かい手を差し伸べてあげて下さい。それこそが英陵生として、規範とすべきふるまいなのですから」


 こうやって取り上げてもらえるのはありがたいな。

 しかし、生徒会長がわざわざ言うって事は、皆も戸惑っているという事なのかもしれない。

 そりゃ今年から急に男子を受け入れますって言われたら、困るかもしれないな。

 特に二、三年なんかはさ。

 その点、デジーレと相羽はあまり気にしていないみたいだったし、特にデジーレはいきなり愛称で呼んでくれたほどだ。

 そういう意味じゃまだ運がよかったんだろうな。

 男嫌いの女子しかいないクラスに配属になっていたよりは、ずっと。

 もしかしたら多少は、配慮されていたとか?

 相羽とデジーレの二人は内部進学組みたいだし、ある程度は意識調査もできたはずだよな。

 となると、他の女子達も案外とっつきやすいかもしれない……そう考えるのは楽観的すぎるだろうか。

 いや、さすがに楽観的だよな。

 相羽に話しかけるまでの俺への視線を思い出す。

 否定的なものはなかったけど、好意的なものもなかった。

 どう接すればいいのか困っているような、そんな感じのものが多かった。

 俺から距離を詰めれた方がいいんだろうけど、間違うと軽薄男のナンパ行為と誤解されかねない。

 特に同世代の男に免疫なさそうな子達が多いし、気をつけた方がいいだろう。

 

「以上をもって挨拶とさせていただきます」


 姫小路先輩が見事な一礼をすると、盛大な拍手が起こった。

 俺も自然と手を叩いていた。

 後は教頭先生が出てきて、各種連絡を言っていく。

 明日は始業式で一年生も参加、その後クラブ紹介ありか。

 

「保護者の方は退出して下さい」


 その一言で後ろからガタガタ音が聞こえる。

 仲のいい相手を作るなら、部活をやるのが一番だろうけど、男ってだけで入部拒否されたりしないかな。

 だが、男女の体力差を考えたら運動部は止めておいた方がいいよなあ。

 文芸部とか書道部とか美術部とか、そのあたりが妥当だろうか。

 ミステリ好き仲間を探すなら文芸部だろう。

 でも、この学校にそういう人種いるのかな。

 皆、純文学とか詩とかが好きそうなイメージだ。

 後、吹奏楽部とかもありだよな。

 どんな部があるのか分からんから、想像するしかないんだけど。

 相羽かデジーレに聞いてみるのが一番だよな。

 そう言えば二人は何部なんだろうか。

 相羽は文芸部とか手芸部、料理部が似合いそうな感じだ。

 デジーレは……そうだな、テニスやフェンシングあたりがぴったりかな。

 外国人でなかったら華道とかもやれそうだ。

 ひょっとすると外国人でなかったら、は偏見かもしれないけど。

 俺はみっともなくない程度にきょろきょろと周囲を見回す。

 ……やっぱり男子がいない。

 もしかして今年入学したのは俺だけなのか?

 どうしてこんな事になったんだろう。

 男が一人だけならハーレム! バラ色の学園生活! とはどうしても思えなかった。

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