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はいそっ  作者: 相野仁
二話
14/114

4

 昼食を終えると休憩をはさんで周辺探索である。

 具体的に何をするのかと言うと、サイクリングだという。

 サイクリングって探索かと思ったが、同時にその為のジャージ登校だったんだなと納得もした。

 そうでもなければ、制服でもよかったはずだしな。

 野外での活動を念頭に置いているならば、制服から着替えるという過程を省いたのもうなずける。

 多少ではあるものの、荷物を減らす事にもなるし。

 サイクリングなんてお嬢様達の体力で大丈夫かと思ってしまったのは、偏見になってしまうだろうか。

 そう思い、自戒しかけたのだが、周囲の女子達の顔色があまりよくない事に気がつく。

 少なくとも喜んでいない事は明らかだった。

 どことなく沈んだ空気がただよっているようにも感じる。

 小声で隣にいた相羽に話しかけてみた。


「皆、嬉しそうじゃないな」


「運動が得意な子、あまりいないからね。私も含めて」


 相羽は苦笑混じりにささやいてきた。

 俺は何となく思った事を声に出す。


「デジーレとか小早川なんかは得意そうな印象なんだけど」


 あくまでも俺の勝手なイメージだ。

 デジーレは運動が得意そうで、小早川は文武両道って感じだったのである。

 理由を聞かれても何となくだとしか言えないのだが。


「ああ、デジーレは得意だよ。でも小早川さんは普通じゃないかな」


 相羽はそう答えてくれた。

 小早川は普通なのか……まあ、お嬢様だしな。

 まあ、あんまり「お嬢様」と言っていると気を悪くされるかもしれない。

 度が過ぎないように気をつけよう。

 サイクリングは一組から順に出発して行っている。

 先導するのは担任の先生のようだ。

 つまりうちのクラスの場合は小笠原先生となる。

 あの人はともかく、他のクラスの担任には、運動が苦手そうな人もいるんだが……。

 二組、三組と出発していくが、担任の自転車をこぐ速さには差が生じている。

 三組の子達は、楽できるのかなぁと失礼な事を考えてしまった。

 小笠原先生は何でもそつなくこなせそうな印象なんだよなぁ。

 外見に反して運動が苦手だったりしたら、ギャップ萌えにつながりそうなんだけど。

 六組が出発して次は俺達の番になった。

 小笠原先生は前に出た後一度振り返る。


「これから私達が出発しますが、その前に赤松君とその班員は前に出てきてもらえますか」


 突然の指名に驚きつつも指示に従う。

 近くの子達は左右に分かれて道をあけてくれた。

 相羽達も何とか前に出てくる。

 俺達四人が先頭まで来ると先生は例の如く淡々として言った。


「赤松君は男子ですから、他の皆と比べて体力的有利でしょう」


 その為の先頭指名だという。

 理由には納得できたが、他の三人はいいとばっちりじゃないか?

 罪悪感に駆られてメンバーの方を見ると、三人とも気にするなと言いたげに微笑みかけてくれた。

 もしかすると承知の上だったのかもしれない。

 ホント、いい子達だなぁ。

 俺達のやりとりを待っていたと言われてもおかしくないタイミングで、先生はピカピカのマウンテンバイクにまたがって出発した。

 俺がその後を追い、それから相羽達が続く。

 まずは平坦なコースである。

 と言っても、前方には山が見えるから油断はできない。

 先生のこぐ速度は、俺からすれば大した事なくて、後ろを振り返る余裕があった。

 七組の女子達は皆ついてきているものの、どこか緊張している様子で、ゆとりがありそうな子はいない。

 デジーレならばと思ったが、俺の位置から見れるのはほんの数人だけだ。

 さすがに自転車をこぎながら後ろをじっくり見るなんて無理なんだが。

 あまり何度も振り返るのもなんだし、すぐに顔を前に戻して黙ってこぐ事にする。

 風が出てきて、俺達の顔を撫でていく。

 あまり強いと迷惑なだけだけど、これくらいなら気持ち良くていいな。

 気のせいか、こっちの方が空気は美味しいみたいだし。

 数百人の自転車の列は縦長に伸び、次第に山へと飲み込まれていく。

 遠くから見れば壮観なんだろうな、とぼんやりと考えた。

 緩やかにではあるが、登り坂に入ってきて前の方がペースは落ち始める。

 抜かしたらまずいだろうから、俺もペースを落とさないとな。

 おっと、一瞬小笠原先生のとぶつかりそうになり、慌てて避ける。


「すみません」


「こちらこそ」


 俺が謝罪すると先生は振り向かずに応じた。

 登り坂って下手にペースを落とすと、逆に大変になる気がするんだけどな。

 まあ、体力差があるんだから仕方ない。

 何とか頑張ってみよう。

 一生懸命こいでいるうちに段々と勾配がきつくなってくる。

 前方を見ると、どうやらマウンテンバイクから下りている子が多いようだ。

 ある程度進んでいくと先生がひらりと下り、背後を振り返る。


「ここからは下りても構いませんよ」


 それを聞いた女子達は一斉に下り始めた。

 俺は違う意味できつくなっていたので、特に抵抗を覚えず周囲に倣う。

 そんな俺に対して小笠原先生が話しかけてきた。


「ごめんなさいね、赤松君。大変だったでしょう」


「いえ、いいんですよ」


 精一杯爽やかな笑顔を心がける。

 先生はポーチからタオルを取り出し、額の汗をぬぐう。

 前の方がつっかえていて、渋滞を起こしかけているからだろう。

 俺も今のうちに拭いておこうか。

 白いスポーツタオルで拭くとすっきりした気分になれるもんだ。

 一息つくと後ろにいた相羽が話しかけてくる。


「やっぱり赤松君は体力あるね。男の子って凄いね」


 彼女の言葉を聞いていた女子達数名がうんうんと何度もうなずいている。

 俺はどう返せばいいのか分からず、曖昧な笑みを浮かべてごまかした。

 「当然だろ」と言えば何だかクラスメートを馬鹿にしているように聞こえそうだし、「そんな事ない」と謙遜するのも嫌みになりそうだ。


「そろそろ行きますよ」


 先生の声で俺達は向きを変える。

 前にたむろしていた集団は、だいぶ先へと進んでいた。

 あまりもたもたしていると後ろの迷惑になるだろうな。

 先生がまず進み、俺が続く。

 その後が相羽達という順番は変わらない。

 女子の体力だとこうしてマウンテンバイクを押して坂道を登るのも、結構きつかったりするんじゃないだろうか。

 ふとそう疑問に思ったが、大して時をおかずにそれが誤りだと分かった。

 背後からおしゃべりの声が聞こえてきたからである。

 マウンテンバイクをこいでいる最中には全然聞こえなかったので、少なくとも今の方が余裕があるのだと推測できた。

 お嬢様と言えど、最低限の体力はあるんだろうか。

 まあ、適度に運動していた方が、プロポーションの維持は楽だろうしな。

 それともある程度はお嬢様のたしなみだったりするのか?

 勝手な想像で理由づけをしてみる。

 まさか、本人達に直接訊くわけにもいかないからなぁ。

 坂を登り終えると、そこには開けた場所があり、一組から六組までが休憩していた。

 普通、山で休憩するならバラバラの少人数単位になるものだと思う。

 ところが、目の前にあるのは、数百人が収容できそうな広さの建物である。

 どう見ても山の一部を切り拓いたとしか思えない。

 休憩所を作る為だけにやったのだとしたら、環境保護とは対極にあるんじゃないだろうか。

 これってつっこんだら負けなのか?

 圧倒されると言うよりは、げんなりとしてしまう。

 俺の態度をどう見たのか、恵那島が話しかけてきた。


「どうでしょうか? いい眺めだとは思いませんか?」


 彼女の指先が示したのは、麓の方である。

 宿泊施設らしき建物が小さく見えていた。

 いつの間にか、それなりの距離を来ていたらしい。


「そうだね」


 確かに眺めはよかったので、相槌を打っておく。

 空気も澄んでいて美味しいし。

 ただ、休憩所のスケールだけが問題だと言えるだろう。

 これじゃ正直、色んなものを台無しにしている気がするんだよな。

 疑問に思っているのは俺だけっぽいので、言葉にしない方がよさそうなんだけど。

 ひとまず自転車を止めて、あいている席に腰を下ろす。

 流れ的に先生が一緒だったけど、別に構わないな。

 先生と俺達の班が席についたタイミングで、従業員らしい女性がガラスのコップに水と氷を入れて持ってきてくれた。

 まさかと思うけど、この時の為だけに連れてこられたんだろうか。

 だとしたら、色々な意味でぶっ飛んでいるように思うんだが、俺の考えが小市民的すぎるのか?

 いや、英陵は元お嬢様学校で、俺の常識が通用しないのは当たり前なんだ。

 そう自分に言い聞かせないと、頭が変になってしまうかもしれない。

 一見すると普通の学校のように思えるからこそ、厄介なのだと思う。

 この調子だとこれから先も、ギャップに驚かされる事があるかもしれないな。

 今のうちから覚悟をしておこう。

 ……覚悟はとっくにできていたはずなんだが、それを考えたら何だか惨めになるから止めておく事にする。

 休憩所と言ってもさすがにお菓子やジュースは出てこないようだ。

 あくまでも休んで水分補給をする為の場所のようである。

 もっとも、他には景色を楽しむ目的はあるかもしれない。

 談笑しているグループがあちこちにいるからだ。

 俺達がそうならないのは、俺のせいでもあるかもしれないけど、それよりも先生が一緒だというのが大きいだろう。

 小笠原先生は厳格と言うわけではないものの、笑顔でおしゃべりといった事から縁遠い印象が強い。

 したがって俺達も何となく遠慮して、口をつぐんでしまうわけだ。

 それに思うところはあったのか、先生は水で口を湿らせてから発言する。


「赤松君は運動は得意な方ですか?」


 仮面めいた表情にあったクールな声だった。


「そうですね。中の上くらいじゃないでしょうか」


 別に謙遜しているわけではない。

 中学時代にやった体力テストで大体そんな感じだったからだ。

 先生は感心したような感じうなずき、同班の三人は驚いたような顔を作る。


「赤松様で平均より上くらいなのですか?」


 大崎の言葉は恐らく他の二名の本心を代弁していたのだろう。

 同世代の男子と接した事がない以上、こんな反応をするのも仕方ない。


「そうだね」


 俺はほろ苦いものを感じながら肯定する。

 もうちょっと運動ができたら、今みたいに変な感覚にならずにすんだのだろうか。


「男の子って凄いんだね」


 相羽は純粋に感心しているようだった。


「共学化にはそういう狙いもあるようです」


 不意に小笠原先生が口をはさむ。


「そういう狙いとは……殿方の事をよく知る機会を設けたといった事なのでしょうか?」


 恵那島の疑問は首肯された。

 単純な経営戦略ってだけでもないんだろうか?

 そもそも今のところ、特に経営に困っているようには見えないんだけどなあ。

 本当に困ってからじゃ遅いから早めに手を打ったという事なんだろうか。

 はっきり言えば、まだまだ謎が多い気がする。

 とは言ってみたものの、俺みたいなただの学生が答えを知る機会なんてないんだろうけど。

 

「でもまあ、皆と会えてよかったとは思うよ」


 俺は本心を伝える。


「正直、元女子高で上手くやっていけるか不安だったんだけど。小笠原先生がいて、相羽と恵那島と大崎がいてさ。幸運だったと思う」


「そ、そう……」


 ん? 何だか反応がおかしいぞ?

 相羽達三名は耳まで真っ赤になってうつむいてしまっている。


「赤松君。あなたに含むところはなかったと思いますが、それでは口説き文句にも聞こえます。注意して下さい」


 先生にそうたしなめられてしまう。


「すみません、気をつけます」


 確かに女性が多い空間で口説き文句じみた事を言うのは危険だよな。

 気のせいか、先生の頬まで赤くなっているように見えたが、さすがにそれを指摘する勇気はなかった。

 免疫のないお嬢様達ならばいざ知らず、小笠原先生みたいな綺麗な大人なら、口説かれ慣れているだろうしな。

 それに今言えば「反省していないのか」と睨まれてしまうだろう。

 怒ったら怖そうな人だし、止めておこう。

 せっかく先生が話題を提供してくれんたんだし、それに乗っかってみようか。


「皆は運動苦手だって聞いていたけど、割と余裕あるよな」


 俺にとって大した事がなかったけど、「運動が苦手な女子」にしてみれば馬鹿にならない労力が必要だったはずなんだが。

 それとも謙遜するのがお嬢様の美徳だとか?

 

「実は初等部からこの手の行事は多いから……」


 相羽が控えめに微笑む。

 歴代の理事長が自然が好きなのかどうかは知らないが、それなりに体力が求められる行事は多かったという。


「苦手と言うよりは嫌いと言った方が正確でしょうか」


 大崎がぽつりと言った。

 まあできるかどうかと、好き嫌いは別の問題かな。

 登り坂になったら厳しくなっていたあたり、得意と言えないのは確かだろうし。

 そこで先生が話に加わる。


「球技大会、体育会、山岳祭などが我が校にはありますからね。女子の基準ですので赤松君は恐らく問題ないでしょう」


 球技大会や体育会は分かるけど、山岳祭って何だ?

 訊こうかと思ったものの、気になっている事は他にもあったので後回しにしよう。

 

「球技大会や体育会って僕はどうすればいいんですか?」


 これが最大の疑問であり、心配の材料である。

 今のところ体育の授業は跳び箱だから問題はないんだが……同級生の肢体が眩しいとかちょっとしか思っていないし。

 小笠原先生は困った顔になった。


「恐らくですけど、裏方での参加となると思います。本来、男子向けに別途考えられていたのですが、今年は赤松君しか入学できませんでしたからね。色々と不都合が生じてしまっているわけです。ごめんなさい」


 目を伏せて謝られ、俺は焦る。


「い、いいえ。いいんですよ、参加できるなら」


 大体、小笠原先生に責任はないはずだ。

 だから顔をあげてほしいと思う。 

 無意識のうちに先生の手を握っていた。


「先生のせいじゃないですし、僕は気にしていませんから。先生も気にしないで下さい」


 必死に言うと先生は顔をあげ、はにかみながら微笑む。


「ありがとう。赤松君は優しいんですね」


 その美しさに胸がつかれたような気分になる。

 美人が恥らいながら笑うって絵になるんだなぁ。

 ……あれ? それにしても何だか変な流れになっていないか?

 俺が我に返り、そっと左右に視線を走らせると、心なしか顔を赤くしている女子が多い気がする……。

 冷静になって考えてみよう。

 俺は先生の手を握って、優しく励ました(と見えるような発言をした)。

 これって傍目にはどう映るんだろうか。

 その事に思い当たり、慌てて手を放した。

 先生の手は意外と温かかったなと思いながら。

 先生の方も気づいたのだろう、二度咳払いをして何事もなかった顔で言った。


「まあ、何かあれば気軽に相談して下さい」


「はい。それと小早川や相羽にも」


 ここで同級生の名前を出さないのは、逆に不自然だろう。

 そう思って言っておく。

  

「そうですね。助けあいは大事ですし、奨励します」


 先生の顔が少し残念そうに見えたのは、俺の気のせいだよな?

 それとも過剰な自信が見せた錯覚か何かか。

 やがて休憩時間は終わり、集団は再び自転車に乗る。

 今度は下りなので、来る時よりは早いだろう。

 むしろスピードの出しすぎに注意しないといけないんじゃないだろうか。

 そんな事を思ってしまう。

 それにしてもサイクリングで同級生達と仲良くなる、という展開にはならなかったな。

 甘いものじゃないだろうとは思っていたものの、残念ではある。

 どちらかと言うと、小笠原先生と仲良くなった気がするんだが……。

 いや、それは言いすぎだな。

 せいぜい多少は打ち解けたと言った方がいいだろう。

 何だか妙な雰囲気になったからといって、勘違いしてはいけない。

 向こうにとって俺は、あくまでも一生徒なんだろうし。

 ……俺の方も何か変な事を考えている気がする。

 頭を振って邪なものを追い払う。

  

「どうかしましたか?」


 恵那島が怪訝そうな顔をしている。

 いきなり頭を振ったりしたら、そう思われるのも無理ないか。


「いや、何でもない。大丈夫だよ」


 説得力がないと分かっていたが、他に言いようがなかった。

 幸い、恵那島も他二人もそれ以上は踏み込んでこない。

 気を使われているんだろうな、とは思う。

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