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はいそっ  作者: 相野仁
十一話
113/114

2

 選挙当日になった。

 朝から体育館に全校生徒が集結する。

 見慣れた光景ではあるものの、今からこの人数を前にと思うとやっぱり緊張してしまう。

 最初に翠子さん、高遠先輩、内田先輩の退任のあいさつだ。


「皆さま、短い間ですがお世話になりました。右も左もわからない未熟者でしたが……」


 代表して翠子さんが言うのだけど、多くの女子生徒たちが涙ぐんでいる。

 例外は翠子さん本人、俺と生徒会のメンバー、あとは俺たちの近くにひかえている桐生院姉妹だろうか。

 

「皆さまがこれからも健やかにすごされますように」


 翠子さんがお辞儀をすると、盛大な拍手が起こった。

 生徒代表として季理子さんたち二年が、退任する三人に花束を渡していく。

 三人が壇の上から姿を消して、ようやく俺たちの出番がやってくる。

 

「ではまず水倉朱莉さまのあいさつです」


 進行役の二年生に言われて水倉先輩がマイクの前に立つ。


「水倉朱莉です。私が生徒会長になった暁には先代の理念をそのまま受け継いでいこうと思います」


 そう言って頭を下げる。

 えっ? それだけ!?

 いくら何でも短すぎるんじゃないかと思ったが、みんな普通に拍手している。

 あっけにとられた俺はあわてて拍手したけど、何か釈然としない。

 次に藤村先輩のあいさつが入るけど、やはり短かった。

 あれ、もしかして、長々とした決意表明とか求められていないのか。

 

「続いて赤松康弘さまのあいさつです」


 どうしようか、ここで長文演説をやったら空気を読めない男決定になりそうだぞ。

 迷った挙句、俺はせっかく考えてきた文章をあきめることにする。


「赤松康弘です。副会長として今後は水倉先輩を支えていけたらと思います。先輩がたを良きお手本にして頑張ります」


 本来の文章の五分の一くらいの短さになってしまったが、盛大な拍手が起こったのでこれでよかったのだと思う。

 桐生院姉妹も短い文章を言い終える。

 これから信任投票がはじまるのだが、俺たちに投票権はない。

 自分以外のメンツへは投票できるのじゃないかと勘違いしていたのだけど、候補者は一切権利を持っていないようだ。

 壇上からみんなが書いているのを見守っている。

 終わって回収されれば解散となる。

 用紙を集めるまでは選挙管理委員会の仕事なのだが、投票結果を出すのは外注の仕事で昼になるという。

 今日中に結果を出すために外注に委託し、朝からやったんだろうなと俺はぼんやりと思った。

 解散した後は普通に授業がある。

 もう大仕事をやり終えた気分になっているのに、少しつらいな。

 休み時間になると、女子が俺の机に集まってくる。


「赤松さん、素敵でしたわ」


「本当にかっこよかったです!」


「ありがとう」


 キラキラ目を輝かせたり、頬を朱色の染めた女子に褒められるのは悪い気はしない。

 だけど、あんな短い文章でよかったんだろうか。

 お嬢様たちの感性はやっぱり分からないなあ……。

 ソワソワとして落ち着かないけど、かっこ悪いところを見せたくないのでなるべく表面上は冷静なふりをしていた。

 昼休み、食堂に行ってみんなと食べていると、紫子さんと百合子さんと遭遇する。


「あら、赤松さんは落ち着いていらっしゃいますね」


 紫子さんもメチャクチャ落ち着いているけどな。

 そう思ったものの、隣の百合子さんはあきらかに冷静じゃなかった。

 いつもは恥ずかしそうにしているだけなのに、今はアワアワオロオロあたふたしている。

 ちらりと彼女の方を見ると紫子さんが苦笑した。


「この子は勇気を出したのはよかったものの、今になって心配になってきたみたいなのです」


「お、お姉さま!?」


 百合子さんは秘密をばらされたようにあせっている。

 まあ生徒会に立候補するって勇気が必要だよな。

   

「すぎたことをいつまでも考えていても仕方ないでしょう?」


 紫子さんの方はけっこう肝がすわっている様子だ。

 女傑ってこういう人のことを言うんだろうか。

 

「よければご一緒にいかが?」


 今日は桐生院姉妹だけで、俺たちのテーブルは六人用で四人しか座っていないため、あと二人は座れる計算だ。


「ええ、どうぞ。みんなもいいよね?」


「は、はい!」


 高梨、御子柴、大崎というメンバーは緊張しながらも賛成してくれる。

 「桐生院」相手じゃ反対なんてできるわけないのかもしれないが、考えても仕方ないからいいや。

 二人が席に着いたところで注文を女性が取りに来て、紫子さんは流れるように、百合子さんはいつもよりアワアワしながらしていく。


「赤松さんは落ち着いていらっしゃいますね?」


 紫子さんがさっそく話しかけてくる。


「いえ、すごいドキドキしていますが、態度には出さないようにしているんです」


 強がっても仕方ないので正直に白状した。


「えっ? 見えないですよ」


 百合子さんが目を丸くしている。

 他のメンバーも驚いているようなので、ポーカーフェイスには成功しているようだった。

 

「ドキドキしていらっしゃるのですか?」


「ええ。やっぱり緊張しますよ」


 百合子さんの質問に微笑で答える。


「そ、そうなのですね。ほら、お姉さま」


 彼女はなぜか紫子さんへと謎のアピールをした。


「彼はわたくしたちとは違うでしょう。彼は彼らしくていいのよ」


 紫子さんは全く動じずに切り返し、百合子さんはしょんぼりしてしまう。

 よく分からないけど、庶民とお嬢様は育ちも立場も違うっていうのはその通りだと思う。

 ここで言ったら紫子さんの肩を持ったと誤解されて、百合子さんをさらにへこませてしまいそうだから言わないけどな。

 

「雰囲気あったよね。俺、思わず泣きそうになったよ。姫小路先輩が花束を受け取った時にさ」


「私たちも泣いてしまいました。殿方は我慢強いですね」


 話題の転換に成功したようだった。

 最初は遠慮がちだった同級生たちも、少しずつだが会話するようになる。

 百合子さんはそのことがとてもうれしそうで、紫子さんの方は一歩引いているような印象を受けた。

 百合子さん、やっぱり友達はあんまりいないんだろうな。

 桐生院もすごい家なんだと今なら多少は理解したつもりだし、二人も苦労しているんだろうなと思える。

 そんな二人が生徒会に入るとは思わなかったんだよな。

 しかも生徒会長じゃないし。


「二人は生徒会に立候補して大丈夫なんですか?」


 どうして立候補する気になったのかとは聞かなかった。

 

「家のことかしら。ええ、父の許可は無事とりました」


「が、頑張りました」


 紫子さんは穏やかに、百合子さんは何やら達成感がある表情で答える。

 説得するのかなり大変だったのか……?

 生徒会なんて真面目な組織に反対されるってことは、放課後は習い事で忙しいとかだろうか。

 

「そう言えば、赤松さん。信任された場合は、あいさつがあるのですが、ご存知ですか?」


 紫子さんが不意にそのようなことを聞いてくる。


「ええ。一応考えています」


 投票の時を考えたら、短くした方がいいのかなと思っているところだ。


「百合子、あなたは大丈夫かしら?」


「え、ええと、その、大丈夫だと思います」


 百合子さんはあんまり自信がなさそうだった。

 万事がひかえめで自信がなさそうな人だよな。


「気が早いとは思うけれど、後になってあわててからじゃ遅いのよ」


「は、はい。分かっています」


 紫子さんは姉の表情で優しく言い聞かせている。

 ここで言っていいのかなと思うけど、本人たちが気にしないなら気にしないことにする。

 食後のコーヒーをのんびり味わった後、桐生院姉妹と別れた。

 彼女たちは俺たちより少し早めに切り上げたのだ。

 

「ふー、緊張した」


 高梨さんたちがそう言っている。

 桐生院の二人も大変だよなぁ。

 人の事を心配する余裕が生まれたのは成長なんだろうか。

 なんて思ったけど、不毛な気がするのでやめよう。

 

「信任されてたらいいんだけどね」


 と弱気にとられることを言えば、慰めるように言われた。


「大丈夫ですよ。みんなのヒーロー様なんですから」


 俺が悪かったからヒーロー様はもう許して下さい。

 そう言おうとしたが、時間が来てしまったので言い損ねてしまった。

 昼休みの終わりを知らせるチャイムである。

 正確には予鈴の方だ。


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