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はいそっ  作者: 相野仁
十一話
112/114

1

 生徒会選挙。

 それは生徒の代表を決めるためのもの。

 もっとも、俺から見てあまりそのような感覚はなかった。

 他校だとどうなのか知らないが、英陵では実感する機会に恵まれていないと言える。

 俺にしてみればありがたいことなのは否定できない。

 選挙管理委員会のメンバーが生徒会室までやってきたのは、文化祭が終わって数日後のことだった。


「よろしくお願いしますね」


 翠子さんが生徒会長として話しかけると、二年の先輩たちは緊張した面持ちでうなずく。


「微力ですが精いっぱい務めさせていただきます」


 委員長がそう言い、副委員長がそっとプリントを配ってくれる。


「生徒会長に立候補なさるのは水倉朱莉さま。副会長に立候補なさるのが藤村瑞穂さまと赤松康弘さまですね」


「他の立候補者は……募集枠の会計に桐生院紫子さま。書記に桐生院百合子さまが立候補なさいました」


 まさかの桐生院姉妹かよ。

 思わず顔をあげたけど、驚いているのはどうやら俺一人だけらしい。

 知り合い一人って言ってたのに、二人じゃんというツッコミを入れたかった。

 でも、言ったのは藤村先輩なんだよなあ。

 内田先輩だったら俺をからかうためにわざと適当なことを言った可能性もあるけど、藤村先輩だからなあ。

 

「すべて信任投票となります。皆さま当日はあいさつなさってくださいね」


 説明を聞きながらプリントを読んでいるが、気になる点がいくつか出てくる。


「あのすみません、選挙運動期間ってないんですか?」


 何しろ立候補者の情報開示がされるも、候補者の演説と投票も明日だ。

 過密日程どころかいろいろなものをすっ飛ばした早送り日程じゃないか。

 何を話すか原稿を書く準備期間はあったものの、いわゆる「清き一票をお願いします」というやつをやる日がない。


「そのようなものはないですよ」


 困惑しながら選挙管理委員長が答えてくれた。

 彼女に続いて翠子さんが教えてくれる。


「基本的に皆さん、初等部からの知り合いばかりですので、今さらというのもあるのでしょう」


 それでいいのか英陵と思ったのだが、中等部の生徒会でも選挙活動はないらしい。

 価値観が違うのは今更だけど、新しい点がまだ出てくるのか。

 

「応援演説もないのですか?」


「応援演説……?」


 みんなに不思議そうな顔をされた。

 説明したけどやらないと返ってきたのは当たり前だろう。

 

「そういうことでお願いしますね」


 選挙管理委員会が去っていたところで俺はほっと息を吐きだす。

 何だかちょっと緊張してきた。

 

「外ではだいぶ違うの?」


 内田先輩がそう尋ねてくる。


「ええ。かなり違うと思います」


 だって選挙活動期間も応援演説もない選挙なんて、今まで見たことも聞いたこともなかったからな。


「せっかくだから英陵流を学んでくださいね。学ぶほどのことでもない気はしますけれど」


 翠子さんは優しく笑った。

 英陵流なあ。

 英陵の常識は外の非常識ってパターンな気がするんだけど……言わないでおこう。


「応援演説って何なのですか?」


 高遠先輩が興味深そうな顔で質問してくる。

 これは説明しておいた方がいいだろう。

 ……先輩とはそろそろお別れだし。


「簡単に言えばその人が生徒会長にふさわしいと思った理由を語る感じです。水倉先輩はどうして生徒会長にふさわしいのか、姫小路先輩や高遠先輩がみんなの前で話せばそれが応援演説になると思います」


 だいたいはこの通りだと思う。

 この人たちにはおそらく一生縁がないものだろうから、正確を期す意味がない気がしてならない。


「そういうものがあるのですね」


「どうしてそのような制度があるのでしょう?」


 お嬢様たちは不思議そうだった。


「誰が応援しているかが、投票する決め手になったりすることもあるからです」


「判断する材料が本人以外にもあるのですか」


 へええと声には出さなかったものの、きれいな顔には書いてある。

 本人以外を判断材料にしてどうすると高遠先輩あたりは言いたそうだったが、言語化はしなかった。

 まあ「〇〇さんが推薦するから投票する」というのはどうなのだろうとは、たしかに思わくもない。

 しかし、その人の性格などを把握しているケースなんて早々ないんだから、判断材料が多いのはいいはずだ。

 面倒くさいからとりあえず信任に投票しておこうって人も少なくないと思うが、今ここで言わなくてもいいことだよな。


「他には何かあるの?」


 内田先輩も聞いてくる。

 この人は知っているんじゃないかなと思う。

 家が確か報道機関を持っているんだよな。


「他にはすぐ思いつかないですね」


 探せばあるのかもしれないが、そんなポンポン思い出せない。

 

「赤松さんはやってみたかったりします? 応援演説とか?」


「何ならわたくしがやりましょうか?」


 翠子さんが恐ろしいことを言いはじめた。

 この人に逆らえる人は英陵にはいないんじゃないかな。


「自分の力でだけで信任されるかどうか試したいです」


 俺が遠慮がちに断ると、翠子さんはにっこりと笑う。


「ふふふ。そうおっしゃると思っていましたよ」

 

 読まれていたか。

 

「殿方って自分の力で道を切り拓くのが好きだと聞いたことありますが」


 藤村先輩がなぜかまぶしそうにこっちを見ている。

 俺の場合はそんないいものじゃないけどな。

 ただ、訂正しようとしても大体失敗したり、かえって事態が悪化したりするので何も言わずにおく。

 

「とりあえず恥をかかないように頑張ります」


「私たちもね」


 水倉先輩と藤村先輩も可愛らしく意気込んでいる。

 選挙には関わらない三年生と内田先輩は俺たちのことを見守る形だ。

 

「いよいよ私たちも引退か」


「早かったような、遅かったような」


 高遠先輩と翠子さんはそう言いあっていた。

 空気はしんみりしてしまったが、これは仕方ないと思う。

 二人にこれまでのことを振り返るなだなんて言えないし。


「今日はわたくしたちが戸締りをやるから、みんなは先に帰ってね」


「はい」


 二年が素直にうなずいたので俺も従う。

 

「ではお先に失礼します」


 時間が来たところでそう言って生徒会室を後にする。


「引退前の三年が戸締りをするのは伝統みたいなものなのですか?」


 俺の問いに二年生たちは首を縦に振った。


「ええ。名残惜しんだり、過ごした建物に最後の別れを告げる儀式みたいなものよ」


 水倉先輩が代表して答える。

 それだと内田先輩もやった方がいいんじゃないかと思うのだが、三年しかできないのだろうか。

 ちらりと見ると、本人は笑う。


「私は来年やらせてもらえばいいわけだし。今日は先輩たちだけにしてあげましょう」


「はい」


 その表情はどこか切なくて、俺は何も言えなかった。


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