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はいそっ  作者: 相野仁
十話
105/114

4

「文化祭のお手伝いですか?」


 生徒会のメンバーが揃ったところで、俺は話題に出してみた。


「有志を募集していると聞いたのですが」


「ええ、そうですね。ただ、赤松さんが思っているような内容ではないと思いますよ」


 高遠先輩が答えてくれる。


「基本的に指示を出すだけです。運ぶのは他の方がやります」


「指示を出すだけ……?」


 ただ、俺は一瞬先輩が何を言っているのか理解できなかった。


「私たちでは力作業ができませんから」


「ああ、そうですね。失礼しました」


 そこへ高遠先輩が実にもっともな理由を明かしてくれる。

 言われてみれば当然だった。

 お嬢様たちに力仕事なんてできないよな。

 箸や食器、教科書や辞書よりも重いものを持ったことがありませんと言われても、説得力がありすぎる子たちばかりなんだから。

 校内ではさすがに鞄なんかは自分で持っているけど、学校の外に出れば従者らしき人たちが持っているしな。

 

「殿方がいらっしゃれば力作業をお願いできるのでしょうけど、赤松さんひとりでは負担が大きすぎるでしょう」


 だから今まで通りだろうと姫小路先輩……翠子さんは話す。

 

「しかしそれだと困りますね。僕じゃ指示なんて出せないでしょうし……」

 

「少し気を張りすぎですね」


 困惑を口にすると、彼女はそう言ってくる。


「えっ?」


「文化祭ですからもう少し肩の力を抜いて、楽しんでいただければいいのですよ」


 彼女の優しい口調に俺はクラスメイトたちの気遣いを思い出す。

 反省したばかりだったのに、さっそくたしなめられてしまうとは。

 

「……はい。気をつけます」


 肩を落として助言を聞き入れると、先輩たちはいっせいに「おや」という顔をする。

 

「どうかなさいましたか?」


 翠子さんが代表するようにたずねてきた。

 心配させてしまったらしいので、恥を忍んで回答する。


「実はクラスでも似たようなことを言われたので」


 同じようなことを短期間のうちにくり返し言われてしまったのは、やはりよくないだろうと反省しなければならない。


「皆さんはよく見ていらっしゃるわね」


 翠子さんは満足そうに微笑む。

 おかげさまでクラスでは何とかやれている。

 いや、クラス以外でもやれているか。


「小早川文香という子は頼りになりますよ」


 高遠先輩が突然うちのクラスの委員長の名前を出したものだから目を丸くしてしまう。


「もしかして先輩、ご存じなのですか?」


「ええ。何もお聞きになっていないのですか?」


 先輩は不思議そうに首をかしげる。

 上品さを損なわない優雅な仕草だったが、俺は見とれるどころではなかった。 


「はい。何も聞いた覚えはありません」


「では止めておきましょう」


 この流れで教えてもらえないのか……いや、それが奥ゆかしさってやつなのだろうか。

 庶民からすればもどかしいんだけど、英陵の流儀ともなれば従うしかない。


「教えて差し上げたらいいのに」


 翠子さんが俺を擁護するような発言をしてくれる。


「私のことだけであれば問題ないのだけど、人の情報を独断で話すわけにはいかないわよ」


 高遠先輩はそう返答した。

 俺相手の時とは違い、翠子さん相手だと友達に話すような砕けた口調である。


「そこがあなたのいいところよね」


 翠子さんは彼女を褒めることで会話を終了させた。

 説得は無理だとあきらめたらしく、こちらに申し訳なさそうな視線を送ってくる。

 気になったのはたしかだが、そこまで興味があったわけでもないのだし謝ってもらう必要なんかないんだけどな。

 でも、言えることではない。


「まあ気楽に楽しんでと同級生に言われるということは、すっかり受け入れられた証よね」


 内田先輩が場の空気をフォローするように言う。

 この人が助け舟的な発言をするのは正直かなり珍しいのだが、今はありがたく受け取っておくべきだな。


「そうですね。素敵な人ばかりで、この学校に通えてよかったと思います。みなさんに会えた僕は果報者ですよ」


 嘘いつわりのない本心だ。

 実はもっと苦労が多いのを覚悟していたからなぁ。

 ここまで過ごしやすい学校生活を送れるとは夢にも思わなかった。

 誰のおかげかと言えば、みんなのおかげだろう。


「赤松さんの人柄があってこそですよ」


 翠子さんがそう言うと先輩たちは同時に首肯する。


「ええ。私たちも別にすべての方と仲良くできるわけではありませんから」


「上手くやれたのはあなただからこそです。だから少しは自分を褒めてあげてくださいね」


 水倉先輩と藤村先輩の言葉が胸にしみ込んでいく。

 

「……そうですね。自分に厳しすぎたのかもしれません。そのほうがここでやっていけると思っていました」


 本音を吐露した。

 彼女たちの心配は本物だし、今まで見守ってもらいフォローしてもらってきたという想いもある。

 きれいな女の子たちの前で弱音を吐くようなまねをしてもいいのかという見栄がないと言えば嘘になるけど、現状反省したほうがいい点だからな。


「否定はしません。自分に厳しく調和を重んじる姿勢に心を打たれた部分はありますから」


 と言ったのは翠子さんだ。

 この人に言われると「これまでの自分は間違っていなかった」と肯定してもらった気になるから不思議だな。

 

「やっぱり自分に厳しくない人はちょっとね」


 内田先輩が小声で言う。

 誰かに話しかけたわけでもない様子だったため、あえて反応せずにおく。

 ……結局、文化祭で俺がすることはほとんどなさそうだな。

 それでいいとみんなが言ってくれるのだから、ここは甘えておこうか。

 今日の話題は文化祭のことである。

 生徒会が運営するイメージを持っていたが、基本的に英陵は違うのだ。

 生徒からの要望を吸い上げて教員側サイドに連絡するのが主な役割であろうか。

 今ではもう慣れてしまったが……。


「ところで赤松さん、選挙の演説について考えはじめていらっしゃいますか?」


 水倉先輩が不意に問いかけてきた。


「えっ? あ、いや、まだです」


 しまった、すっかり忘れていたぞ。

 生徒会選挙に出馬するのだから、当然全校生徒の前で演説をしなければならない。


「みなさんはどうなさったのですか?」


 ここは先輩たちに聞いたほうが早くて確実だと判断する。


「もうできあがっていますよ」


 水倉先輩、藤村先輩、内田先輩もだという。

 さすがと言うべきか。


「よく分からないので助言をいただけないでしょうか」


「そうですね。去年のものでしたらお見せできると思いますが」


 水倉先輩は言ってからちらりと三年生たちの様子をうかがう。

 翠子さんがダメだと言えばダメなのだろうが、彼女がここで反対するビジョンが浮かばない。


「昨年のわたくしたちの分をお見せするのはいいでしょう。来年も生徒会に加わっていただくようにお願いしたのはこちらですから」


 彼女の言葉は非常に説得力があった。

 先輩たちも同じだったらしくうんうんとうなずいている。

 唯一の例外の高遠先輩は席を立って、本棚をあけて小さな段ボール箱を取り出してくれた。

 ……重いものを持ったことがない人たちと言ったが、撤回しておこう。

 こういうささやかなことであれば、彼女たちは厭わず自分でやっているのだから。


「これが去年の選挙で私たちが用いた文面です。まだ覚えている人たちはいらっしゃるでしょうから、丸写しはダメですよ。赤松さんにかぎっては無用の心配でしょうけど」


 言われるまでもなく参考にするだけだ。

 高遠先輩も別に本気で心配している様子ではなかったが。


「ええ。覚えている人たちがいる点も驚きません」


 自覚のない人たちがけっこういるけど、ここのお嬢様たちは記憶力がいい子多い。

 

「それに期待してくださっている先輩がたを裏切るようなまねもしませんよ」


 やっぱり心配されているとは思わないが、一応言っておこう。

 先輩たちは黙ってにこりとしただけだった。 

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