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はいそっ  作者: 相野仁
十話
104/114

3

 放課後、さあ文化祭で午後から一緒に回る子たちは誰だと五時限目の休みに時間に小早川に聞きに行ったら、意外な回答が来た。


「ああ。私たちのクラスは午前と一緒でいきましょうってなったのよ」


「えっ?」


 きょとんとしていると彼女は申し訳なさそうな顔で説明してくれる。


「だって赤松君の負担が大きそうだもの。気づくのが遅くなってごめんなさい」


 同時に他の女子たちからもいっせいに謝罪がとんできた。


「ごめんなさい」


「すっかり甘えてしまっていたようですわ」


 不意打ち同然でクラス中から言われてしまうと、とっさにどう対応をしていいのか分からず立ち尽くしてしまう。


「いや、でも、この学校の決まりごとみたいなものなんじゃ……」


 ようやく言葉をひねり出した俺に対して、小早川は笑顔を向ける。


「あなたを受け入れた時点で、変わったほうがいいということもあるのよ。どうして男子が受け入れられたのか私にはよくないけど、あなたは同じ学校の仲間なのだから」


「……たったひとりの為に変えてしまっていいのかい?」


 何で食い下がっているのかと冷静な自分が言うが、疑問を抑えるのは無理だった。


「ええ。友達の為ですもの」


 と答える小早川の表情は聖母のように慈愛に満ちていて、思わず目をそらしてしまう。


「それとも他の子がよかったかしら?」


 デジーレが聞いてくる。

 最初はからかわれているのかと誤解しかけたが、彼女の不安そうな表情を見ると「余計なことをしたのではないか」と不安にさせたのだと察した。


「いいや、ありがたくて泣きそうだよ」


 彼女たちの懸念を打ち消そうとわざとオーバーに言ってみる。


「あらやだ。大げさね」


 作戦は功を奏して、彼女たちはくすくす笑い出す。

 何とか気まずい雰囲気になるのは避けられたな。


「文化は観て楽しむものだという忠告にしたがって、文化祭は楽しもうと思うよ」


「あら、素敵な心がけね」


 小早川は笑顔で褒めてくれる。

 誰が言ったのかおそらく見当はついていただろうが、口にしたりはしなかった。

  

「じゃああとは大丈夫かしら」


「何かあったっけ?」


 彼女の言葉に首をひねったが、何も思い出せない。

 さしあたっての問題はもう残っていないということだろう。

 ……何かあれば思い出すか、誰かが忠告してくれるはずだ。

 と思っていたら、デジーレが口を開く。


「ヤスヒロは当日、何を持ってくるのですか? 家から何かを持ってくるのが決まりのはずですけれど?」


「あっ」


 どうやら俺はとんでもないことを失念していたようだ。

 持ち物に関してはお手上げである。

 こればかりはどうしようもない。


「何もないんだ。英陵の文化祭に持って来られそうなものはね」


「そうですか。でも、別に強制ではないはずですよ」


 デジーレは言ってから確認するように小早川を見る。


「ええ。大昔の先輩がたが自発的にはじめなさったのがきっかけで、そういう習慣になっただけだから」


 間髪入れずにしゃべるのを聞かされて、ひょっとすると俺の為に調べたり、先生がたに確認してくれたのではないかという疑問が浮かぶ。

 彼女たちはそれくらいしてくれるだろう。

 

「そうなのか。じゃあ俺は何もしなくてもいいのかな」


 それはそれで落ち着かない気分なんだが、そう言ってもこの子たちを困らせてしまうだろうな。

 と思っていると、小早川がにこりとして言った。


「当日、展示物の運搬は基本的に専門家の方がやるのだけど、有志の生徒はお手伝いもできるのよ。気になるなら立候補したらどうかしら?」


 もしかしなくても俺の思考パターンを読まれたのか。 


「うん。生徒会にも相談してみるよ。重ね重ねありがとう」


「どういたしまして。文化祭、一緒に楽しみましょうね」


 とてもありがたかった。

 英陵に来て本当によかったと思う。

 ここで言っても、お嬢様たちは笑顔で受け取って終わるだけだろうから、ちょっと考えたい。

 俺に大したことはできないだろうけど、せめて一ひねりと言うか工夫をしてみたかった。

 ……何か考えておこう。

 別に今すぐでなくともいいのだから。


「うん。頑張って楽しむよ」


「楽しむのを頑張るって、何か間違っていないかしら」


 俺の答えに小早川がすぐさま疑問を投げる。

 たしかにそうかもしれないな。

 ただ、率直な気持ちは他に言いようはなかったんだ。

 これだからみんなに心配をかけているのかもしれない。  


「そうだな」


 ひとまずは頭をかいてごまかし笑いをする。

 誰かがくすりと笑ってくれたおかげで、教室内に笑い声が広まった。

 英陵のお嬢様たちは上品でひかえめな笑い方をする子がほとんどだけど、数が多いとボリュームも馬鹿にならないな。

 

「じゃあ、生徒会に行ってくる」


 俺が断りを入れると、みんなは快く送り出してくれる。


「そうね。先輩がたをお待たせするのはよくないもの」


 ちょっとした懸念も含んでいたと言うと、より正確な表現になるだろうか。

 少々俺が遅れたくらいで問題にするような先輩たちではないが、それとは別に心配するのがこの子たちだった。

 生徒会に行くとばったり翠子さんに遭遇する。

 正直、この人がひとりだけというのは非常に珍しい。

 ひょっとしたら初めてじゃないのか?

 彼女は俺を見ると太陽の輝きのような笑顔を向けてくれる。


「奇遇ですわね」


「本当ですね」


 こんな表情をされると、変な誤解をしそうになるよ……。

 なんて感情を飲み込んで、あたりさわりのない返事をする。


「高遠先輩とは一緒ではないのですか?」


 疑問を口にしたら翠子さんは口を手で隠しながら、上品に笑った。


「やだ。いつも彼女と一緒に行動しているわけではないのですよ」


 それはそうなのだろうが、かなり珍しいからな。


「いえ、そうなのでしょうけど」


 言葉に若干にじんでしまったか、彼女はこれまた珍しくいたずらっぽい目つきをする。


「あら、わたくしをひとりでは行動できない女と思っていらっしゃるのですか?」


 何だか色っぽい気がするけど、気のせいだということにしよう。


「いえいえ、とんでもありません」


 力いっぱい否定すると彼女はおかしそうにころころ笑った。

 笑顔が素敵なのは言うまでもないが、笑い声までがチャーミングなのは卑怯じゃないかな。

 

「赤松さんは何かいいことでもありましたか?」


 笑いをひっこめた翠子さんは不意にそんなことを言い出す。

 目を丸くしながらそう感じた理由を聞いてみる。


「どうしてそう思ったのですか?」


「いえ、何だか不安材料が消えたような、晴れやかなお顔になっているように見えましたから」


 ずばり言い当てられて、正直のところ困惑してしまった。


「……そんなに分かりやすいですか?」


「いえ、何となく思っただけですから」


 翠子さんは手を振って否定する。

 謙遜しているのかな?

 それとも乙女の直感おそるべしってことだろうか。

 女の勘をなめるなとは母も妹も言っているからな。

 ……なめないでおこう。

 そう思ってもこの場合はどうしたらいいのか分からないというのがネックになるか。

 いや、そもそも警戒する必要はないな。


「そうなのですか。当たっていますよ」


 たぶん翠子さんも心配してくれていると思ったので、今日あったことを詳しく話す。


「だから文化祭を楽しめばいいのだと思うようになったんです。翠子さんが俺に対して変化を感じたのは、そのせいかもしれないですね」


「なるほど、そうだったのですね」


 彼女はほんの一瞬だけ残念そうな顔になる。

 だが、すぐに消えてしまって笑みを浮かべた。


「それはよかったですわ。その方がおっしゃるとおり、文化は楽しむのが一番ですから」


「ありがとうございます」


 礼を言ったところで高遠先輩がやってくる。


「こんなところでどうしたのですか?」


 彼女がそう疑問を抱いたのは当たり前だったが、翠子さんは答えなかった。


「いえ、何でもないのですよ。ねえ?」


 別に高遠先輩には話してしまってもかまわない。

 ただ、彼女がそう言っているのに俺がしゃべるわけにもいかず、申し訳なさそうな顔を作ることで回答にする。

 高遠先輩はこっちの立場や心境などお見通しなのだろう。


「そうですか。ならば仕方ないですね」


 あっさりと諦めてくれた。

 

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