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はいそっ  作者: 相野仁
十話
102/114

1

 山岳祭はつつがなく終わり、今度はいよいよ文化祭である。

 少しずつ肌寒い日が近づき、衣替えもすんでみなが冬服に身を包む。

 ……少し残念なのはやはり俺も男だなと思わざるを得ない。

 とは言え紺色のスカートと白いブレザーを上品に着こなす美少女たち、というのは絵になる。

 見慣れているはずなのだが、冬服を見るのは久しぶりだからというのもあるだろう。


「ごきげんよう」


 とあいさつするのにも完全に慣れてしまった。

 ……男はしなくてもよいようだったが、せっかくだからと申し出たのである。

 その方が正式にこの学校の一員になれた気がしたからだ。

 お嬢様がたも微笑みながら「ごきげんよう」と返してくれる。

 やっぱりこの方がいいよな。

 第三者から見れば奇妙なのかもしれないが。

 いちいち確認しなきゃいけないのかと言われそうだが、あくまでも異分子であることを考慮すれば、いちいち確認するくらいのほうがちょうどいいのではないかと思うのだ。

 教室に入ると右隣の席の女子に話しかける。


「唐突で済まないんだけど、これまでのパターン的に文化祭で展示されるものを見回るための班分けが、そろそろある気がするんだけど」


「たぶん今日か明日くらいにやると思うわよ?」


 隣の高梨はにこりとして教えてくれた。

 やはりか……相変わらず事前予告なしなんだが、知らないのが俺だけっていうのが原因なんだろうな。

 学校サイドにしても誰かが教えているだろうという気持ちでいたのだと思われる。

 俺も聞く癖をつけておいたほうがいいと判断し、今実行してみたのだ。

  

「グループ分けって何人くらいになるんだ?」


「四人一組で十組よ」


 次の問いにもすぐ答えが来る。

 四人一組か……俺はどこの組に入ればいいんだ?

 やっぱりデジーレか小早川か?

 考え込む俺の頭の中を読んだように高梨が言う。


「山岳祭で一緒だった人とは、同じ班にはなれないわよ。同じメンバーばかりで固まるのはダメなの」


 ……まじか。

 英陵らしいと言えばらしい考え方なものの、じゃあ俺はどうすればいいのかというのがネックだ。

 入れてと頼めば入れてくれる子ばかりというのは心強いが、誰にお願いするのが無難なんだろう。

 これまであんまり話したことがない子たちにするしかないかな。

 それだと高梨や大崎も外れてしまうんだが……。

 なんて思案していると、朝のショートホームルームで小笠原先生が言及する。


「そろそろ文化祭の班決めをお願いします。赤松君とまだ一緒に行動したことがない人はいますか?」


 彼女の一言で何人もの女子がいっせいに手を挙げた。

 

「ではあなたたち主体でお願いしますね」


 先生の話はこれで終わる。

 放任主義と言うか、まさかトラブルが発生するとは夢にも思っていそうにない様子だ。

 まあ俺自身、きっと何とかなるだろうと思っているのだが。

 休み時間になると小早川の仕切りで簡単な話し合いがはじまる。


「山岳祭の時以外の組み合わせだけど、まずは赤松君から決めてしまいましょうか」


 小早川は俺が決まれさえすればあとは早いと言わんばかりだ。

 まあたぶんそうなんだろう。


「午前と午後で分けるとして、まずは午前か。さて誰がいいかしら」


 彼女の発言を黙って聞いていた女子の一人がさっと手を挙げる。


「私がいればあ、赤松さんも助かると思うの」


 手を挙げた動きとは違い、どこからビクビクしているような様子でその子は意見を述べた。

 この子がいたら俺が助かるとはどういうことだろうか。


「香澄ならたしかにね」


 小早川は合点がいったという顔でうなずく。

 彼女がそう言うならそうなんだろう。

 

「じゃあ他にも詳しいメンバーで固めてみる?」


 と言いながら三人をピックアップして、彼女はこちらを見る。


「もちろん、赤松君の許可が出たらだけどね」


 断れるわけがないことはバレバレだった。


「うん、よろしくね」


 三人とも顔と名前は一致する同級生レベルなので、もうちょっとコミュニケーションをとっておいたほうがいいだろう。

 この時間は簡単にあいさつだけで、具体的な話をしたのは昼食の時である。

 三人と一緒に食堂に行き、一つのテーブルに四人で座った。

 

「淵野辺香澄です」

 

 おかっぱ頭の少女がおずおずと名乗り、他三人も自分の名を告げていく。


「赤松です」


 最後に俺が名乗るとお嬢様たちは上品にクスクス笑った。


「淵野辺さんがいると俺が助かるっていうのは……?」


 気になっていたことをたずねると、彼女はうつむいてもじもじする。

 代わりに御子柴という女の子が答えてくれた。


「淵野辺家は美術系の支援活動をしているの。書家に画家、陶芸家……人間国宝となった方も何人か、若いうちから援助してきた名家なのよ」


 さらりと人間国宝が出てくるあたり、さすが英陵のお嬢様だよな。


「そんな家の子が同じクラスにいたのか」


 知っていればわざわざ翠子さんに頼んだりはしなかったのに……いや、でも結果オーライだと考えよう。


「姫小路家みたいなことをやってきた家ってことでいいのかな?」


 確認してみると淵野辺さんは右手と首を必死に振って否定する。


「と、とんでもない! ただ姫小路家は芸術家を保護するだけじゃなくて、重要文化財に指定された建物の維持費を援助しているの。転居を望む方には転居に必要な資金も負担しているのよ。国内の重要文化財が守られるのは姫小路家のおかげと言えるんだから、うちとは格が違いすぎるわ」

 

 姫小路家ってそんなこともやっているのか。

 あの人たち誰も何も言わなかったが……自分から打ち明けるような人たちじゃないか。

 

「今さらすぎるんだけど、みんなの家ってどんなおうち?」


 知らないよりはいいだろうと思い聞いてみた。

 お嬢様たちは自己紹介の延長のつもりと解釈したのか、すらすら答えてくれる。


「うちは土地貸しなの。他のみんなのような立派な事業をやっているわけじゃないのよ」


 淵野辺さんは恥ずかしそうな顔で言う。

 彼女には悪いが素直に信じられない。

 ここのお嬢様たちの言う「大したことはない」は、英陵基準での話である場合がほとんどだからだ。


「都内のいい場所にあちらこちらビルや駐車場を持っているのよね」


 御子柴さんが淵野辺さんの発言を補足するかのような説明を加える。

 これを聞いてやはりかという気持ちが強かった。

 そんじょそこらの家じゃ英陵の学費は払えないはずである。

 

「あなたの家は海運会社と陸運会社を持つ東京輸送を所有しているでしょう」


 淵野辺さんがお返しとばかりに御子柴さんの家を話す。

 どちらも業界トップクラスの大企業で、俺も名前を知っているところだった。


「宮下さんは?」


「ユニバーという会社です」


 ここまでほとんど無言を貫いてきた、おさげ髪の眼鏡女子に聞いてみるとまたすごい名前が出る。


「ユニバーってアパレルのあのユニバー?」


「はい。最近父が後を継ぎました」


 彼女はクールな回答をした。

 アパレルのユニバーと言えば、群雄割拠の世界での指折りのブランドを持つグローバル企業である。

 百を超す国と地域に拠点を持っているとどこかで聞いた覚えがあった。

 みんなすごい家だろうとは思っていたものの、実際に名前を知るととんでもないことだと感じる。

 

「すごいところばかりだよね」


 ため息をつくと彼女たちはおだやかに否定した。


「姫小路家や桔梗院家の足元にも及びません」


「小早川家もすごいのですよ。デジーレさんにいたっては貴族のお姫様ですから」


 何と言うか、比較基準がおかしすぎるんじゃないだろうか?

 俺が言うことではないかもしれないが……。


「あら、姫小路家や桔梗院家はたしか、爵位を賜っていたはずですよ」


 宮下さんがここで爆弾発言を投下する。

 ええええ、そうだったの?

 つまり世が世なら……ということなのか。

 

「どちらも我が国を代表する家ですから」


 思わずゴクリと生唾を飲み込む俺の耳に、淵野辺さんの説明が届く。

 

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