第4話悪の組織と商店街
買い物袋を下げて、俺は商店街を歩いて見て回っていた。
「今日の晩飯は何にするかな?」
俺は考えながら、馴染みの魚屋に向かう。
時々、すれ違う見知った奥様や生徒の母親に会釈する。
「おっ!先生。らっしゃい」
魚屋の前に着くと、いつもの店主が俺に気付いて、景気の良い声を掛けてくる。
「こんにちは」
「今日は良い鯖が入ってるよ」
「鯖か……」
俺は店主の言葉に少し考える。
鯖料理を頭に描いていたのだ。
そうだ。
今日は鯖の味噌煮にしよう!
「じゃあ、一つ下さい」
「毎度あり!」
最高の笑顔で、店主は鯖の切り身を新聞に包んで渡してくれる。
俺はそれを受け取り、魚屋を離れた。
「後は納豆だな」
夕凪は納豆が大好きである。
基本、食事は納豆ご飯だ。
無くなると、怒り出すので、俺は切らさないようにしていた。
スーパーに立ち寄ろうとしていた時だった。
「?」
何やら、人だかりが出来て騒がしい。
あそこは確か、ペットショップだったはずだ。
俺は野次馬根性で、何事かと人波を掻き分けて、輪の中に入る。
「このペットショップは、我等ラブリーアニマルが占拠した」
聞いた事のある声と名前が聞こえてくる。
押し出されるように前に出ると、案の定、見知ったうさ耳が目に飛び込んできた。
初めて夕凪に出会った時出てきたハゲ頭にうさ耳の猫男だ。
「真面目に悪の秘密組織してるんだなぁ」
俺は感心した。
ただの変態ではなかったという事だ。
まあ、迷惑な奴である事は間違いないが。
それにしても、猫男、生きてたんだ。
以前、夕凪にこっぴどくやられていた。
死んだと思っていたのだが……。
「この動物達は全て、我々が愛玩してやる」
「そこまでだ!」
「誰だ!?」
突然の声に、猫男は辺りをキョロキョロと見回す。
周りの人間や俺も声の主を探した。
そして、見つけた。
八百屋の屋根の上でポーズを決めた、あいつの姿があった。
「正義の味方、カンガリアンA」
釈放されていたのか、カンガリアンA。
それとも、脱走したのか?
確かに、前回警察に捕まったはずだ。
「くそぅ。またしても邪魔するか、カンガリアンA」
「お前達の好き勝手はさせないぞ!とう!」
悔しそうにする猫男に、エースはビシィと指を突き付けると飛び降りた。
何とも格好良い。
「ぐ、あ……」
あっ!
着地失敗。
着地の瞬間、足を思い切り捻っていた。
グキィという嫌な音が響く。
「くそう!やるな、カンガリアンA」
いやいや、意味わかんないから。
険しい表情で汗を拭う猫男に、俺は心の中でツッコミを入れる。
困った様子で猫男は辺りを見回す。
状況を打開する方法を考えているのだろう。
馬鹿だけど、無駄に強いからな、エース。
そんな猫男の視線が、不意に俺と絡み合う。
嫌な予感。
「……」
「……」
「こいつは人質だ」
やっぱりーーーっ!
俺は猫男にはがい絞めにされる。
ヤバい……。
こいつ、真性の変態だからな。
何されるか、わからない。
「汚いぞ、猫男」
「こいつが猫男なの、わかるんだ!?」
このうさ耳変態親父を見て、エースは何故猫男と認識出来る!?
「どこをどう見ても、猫だろう?」
「馬鹿な奴だ」
「間違ってるの、俺の方!?」
エースと猫男は口裏を合わせたように、俺を冷めた目で見つめる。
くそっ!
何故、俺が責められるんだ!?
「それより、カンガリアンAよ。もし動いたら、こいつを真っ裸にひん剥くぞ」
「やっぱり、変態だーーーっ!」
俺は猫男の脅しに思い切り叫んだ。
まずい……。
まず過ぎる。
俺、今日貞操を失うかもしれない。
「正義に犠牲は付き物だ。許せ、一般市民」
「助けてーーーっ!」
くそっ!
こいつに期待した俺が馬鹿だった。
何か、この場から逃げ出す方法はないか?
俺は持てる全ての思考をそれだけに向ける。
が、良い案が浮かばない。
ジリジリと歩み寄るエースに、俺の頬を一筋の汗が伝う。
「遅いぞ、朝霧」
その時だった。
家のくま耳少女が目の前に立っていた。
恐らく、なかなか帰って来ない俺を心配して探しに来たのだろう。
「夕凪……」
「腹が減った」
感動する俺に、夕凪がボソッと呟く。
夕凪の心配は、俺ではなく、晩飯だったようです。
「この状況を見ろ。捕まってるんだ」
「わかった」
俺は夕凪に、立場を理解してもらおうと、必死に説明する。
どうやら、わかってくれたようだ。
「新たな怪人め!成敗してくれる」
「とりゃ」
「ぐふぅ!」
俺達の会話が終わると同時に、エースがポーズを決めて攻撃を加えてきた。
そんなエースを夕凪は横殴りにする。
まさに一撃だった。
エースはピクリとも動かない。
うわぁ。
死んだかも。
「良くやった、同志……ぐはぁ!」
ついでに、夕凪に嬉しそうに近寄っていく猫男も殴り飛ばした。
こちらも完全沈黙。
そして……。
「助かった。ありがと……ぐはぁ!」
「晩ご飯が遅いぞ」
笑顔で近寄った俺も殴り飛ばされました。
どうやら、夕凪は腹が減って、凶暴になっていました。
こうして、俺の長い買い物は終わった。
全員が沈黙するという散々たる結果と共に……。
俺は薄れゆく意識の中、二度と野次馬根性は出すまいと、心に誓った。