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ネコと少女と絶叫と その3

「ハルちゃん、疲れちゃったんだね。」


 遊園地からの帰り道、専務の運転する車の助手席に座る私の膝の上、私の胸に体を預けるように目をつぶったまま動かなくなったハルちゃんの頭を撫でつつ専務に言った。

 それにしても幽霊とはいえ子供、やっぱり疲れる時は疲れるんだ、昨日までの私なら理解出来なかっただろう。でも今ならわかる気がする。

 と、その時、専務が私の言葉に返してきた。


「あぁ、早くあのアパートへ戻ろう。家に帰るまでが遠足ですよ。」


「何それ、フフ。」


 車は例のアパートを目指し走る、海岸通りの横をしばらく走り抜けると、それまでまばらだった家の感覚がどんどん縮まり、街並みもにぎやかになってきた。

 国道から駅前通りに乗り換えてすぐのところ、『レジデンスパークサイド』がある。

 駐車場に着いた時には、転寝(うたたね)をしていたハルちゃんも目覚めていた。


「さぁて着いたよ、お嬢さん。今日は楽しかったかい?」


 専務は私の膝の上にちょこんと座っているハルちゃんに話しかけた。すると、彼女は笑ってコクコクと頷いている。

 そんなハルちゃんの顔を見て、専務も笑顔を見せた。そして

 

「それじゃあ良い子はもう帰る時間だ。わかるね?」


 優しく、そして静かに言う。するとそんな彼の言葉に黙ったまま私の膝の上から降りた。そして、専務の差し出した手を握る、私も反対の手を握ってあげた。

 それから、夕日の射し込むアパートの廊下を歩く、そのまま二階へと上り202号室へ、専務がカギを開けて中に入る。ハルちゃんもそれに続いた。

 私は二人の後ろから何もないリビングに入っていく、その部屋の真ん中まで来た時、専務は話を切り出した。


「さて、ハルちゃん、これからオジサンがちょっと話をする。ちゃんと聞いてくれるかい?」


 そんな彼の雰囲気から、あの事を話すのだろうな、そんな感じがした。

 とはいえ、何か複雑な気持ちだった。このアパートの怪奇現象の原因がハルちゃんで、一連のことはこの子がただ、誰かと遊びたくて起こしたことだ。

 正体がわかり、別に危害を加えないのなら、別に成仏させる必要もないんじゃないだろうか。

 何なら専務がこのアパートを買い取った後、私がココに住んでもいい、そんな事を思いつい、言葉が出た。


「専務・・・あの・・・。」


 その時だった。専務が真面目な顔で私を見てこう言った。


「カエデくん、ハルちゃんはやっぱり、いつまでもこんな姿のままこの世に縛りつけておくのは駄目なんじゃないかと思うんだ。俺は霊感があって、幽霊も見えるけど、実際の所『輪廻』だとか『転生』ってのがあるってのはあまり信じちゃいないし、生まれ変わるという確証はない。この子を虐待しさせた両親がのうのうと生きているのに、幼い命を落としてしまったハルちゃんには不公平のようだけどさ、人生をちゃんとした形で終わらせるってのは大事な事なんじゃないかな。」


 まるで私の心を見透かしたような口ぶりだ。そして小さいハルちゃんの目線に合わせるようにしゃがむと、彼女に言った。


「ハルちゃん、君はそろそろちゃんと眠らなきゃいけない、わかるよね?」


 ハルちゃんは専務の目をジっと見ている。そして、ややしばらく彼の目を見たその時、彼女がいきなり走り出す。


「は・・・ハルちゃん!」


 思わず声を上げる私、その声が届いているのかいないのか、ハルちゃんはいつの間にか台所のガス台の所へ行くと、その台に取り付けられた扉を開けようとしているようだった。

 でも、幽霊のハルちゃんは扉すら掴むことが出来ないでいる。私はそっと彼女に近づくと、扉を開けてあげる。すると、彼女が台の中の天井を指している。


「何だろう?」


 屈んで中を覗きこみ、ハルちゃんの指さした方を見ると、天井に何か張り付いていた。ゆっくりとはがし、それを見た。折り紙で作った何かということはわかった。

 すごく不格好だけど、とがった耳があって、両頬と思われる部分に髭が三本づつ、四つ折りくらいの一枚の青い折り紙の上に、切り張りで目と、耳が張り付けてあり、髭と口はクレヨンで描かれていた。

 紛れもなくこれは生前のハルちゃんが作って、ここに隠しておいたのだろう、そう確信した。


「もしかして・・・これ、ネコちゃん?」


 ハルちゃんに訊いた。するとそれが当たっていたのか笑顔で首を縦に振った。


「これ、もしかして私にくれるの?」


 そう言った時、笑顔のハルちゃんが口が開いた。そして




「おねー・・・ちゃん、ありがと・・・ばいばい。」



 

 初めて彼女が私に対して喋ったのだ。

 本当に子供っぽい、ちょっとカン高い声、たどたどしかったけど、それは紛れもなく彼女の声。

 気付いた時には私は泣いていた。それに、最初で最後の言葉が『ばいばい』なんて悲しすぎるよ。

 でも、ハルちゃんは決心してくれた。ちゃんとあの世というところに行ってくれるんだ。

 私もしっかりと涙を拭いてちゃんとお別れをしないと、と思い乱暴に涙を拭いて再びハルちゃんを見たその時だった、私の目には



 ハルちゃんの姿が映っていなかった。



 あ・・・れ?何で姿が見えないんだろ?そうか、専務の例のあの力の効果が切れたんだ。まったく、どうしてこういうタイミングで切れるかな。

 そんな思いと苛立ちから、専務に乱暴に言った。


「ちょっと専務!大事なところで効果が切れたじゃないですか!早いとこもう一回かけなおして下さいよっ!これじゃあハルちゃんにお別れ言えないじゃないですかっ!」


 すると専務はため息交じりに言った。


「・・・カエデくん、俺は効果を切った覚えは無い。この意味、わかるよな?」


 彼の言葉で全て悟った。・・・そっか、そういうことか。

 私は再び溢れる涙をこらえながら、何もない天上に向かってそっと言った。



「さよなら、ハルちゃん。」



 ◆□◆


 『レジデンスパークサイド』からの帰り道、専務にこれまでの事を聞いた。下見に行き、部屋を見ようと202に入った時、ハルちゃんに会ったこと、そして、全く喋ろうとしないため、彼女の残留思念からこれまでのことを読みとったこと。

 彼なりに私にショックを与えないようにと言葉を選んでくれていたのだけど、私にとってその内容は・・・


 とても酷いものだった。


 私なりに話を整理すると、ハルちゃんは、あまり働かないギャンブル好きな父親と、ネット依存ぎみの母親からどこにも連れていって貰えず、それどころかしばしば虐待を受けていたらしい。

 普段から放置気味にも関わらず、ひとたび母親がヒステリーを起こすと、留守がちなため父親が居ないことをいいことに、ここぞとばかりに殴られ蹴られ、ご飯を抜かれ、それはもう凄かったそうだ。

 とはいえ、父親も子育てには無関心な上、ギャンブルで負けた日などはハルちゃんに対し、母親以上に暴力を振るっていたというのだ。

 そして、ハルちゃんが死んだ日、たまたま前の晩、ギャンブルで勝った機嫌のいい父親が遊園地へと連れて行ってくれるということで、当日の朝、朝ごはんの時に、嬉しさのあまり少しはしゃいだところ、うっかり飲み物をこぼしたところから悲劇が始まった。

 何かのスイッチが入ってしまった母親に殴られ、それにつられるかのように父親もハルちゃんに暴力を振るい始め、泣きわめく彼女を父親が床に叩きつけた拍子に、そのまま亡くなってしまったということだ。


「何それ・・・。」


 専務の話に絶句する私に彼は言った。


「信じがたいことだが、これは事実だ。何も喋らないハルちゃんの記憶を読みとったのさ。ホント、俺の呼びかけにも無反応でさ、それはもう困った挙句の力技さ。本当は今日の事は心配だったんだけどさ、俺と会うのが二回目ってことと、カエデくんのことをハルちゃんはことのほか気に入ったのもいい方向に働いてさ、遊園地では元気に振舞っていてくれてくれて助かったよ。ホント、母親と歳のあまり変わらない君を連れてきて正解だったな。最初、会った時なんてさ、誰もいないこの部屋で、俺の事を怖がっていたのか知らないけど、ハルちゃんは部屋の片隅にうずくまっていたんだ、悲しそうな顔でね。と、話せばあっという間だけど、これだけの情報を聞き出す・・・というか引き出すのに一日使っちまったんだ。」


「ってゆうか良く何もない部屋に幽霊とふたりっきりで怖くなかったですね。」


 私の茶化したような問いに、専務は答えた。


「怖い?バカたれ、本当に怖いのは両親の方だね。仮にどっちと二人きりになる?って聞かれたら間違いなくハルちゃんを選ぶさ。」


「フフ、確かに。」

 

 全くその通りだ、今の私ならハルちゃんと二人きり、あの部屋に居ても怖いなんて微塵も感じないだろう。

 そして、専務がその後語った補足的な話で、どうして私が連れて来られたのか、どうして行き先が遊園地だったのか、色々とわかった。

 ほんと、最初は怖かったけど、すごく貴重でいい体験をしたな。

 彼女との思いでを胸に、最後に貰った折り紙を弄んでいた時、あることに気がついた。

 切り張りされたネコの絵の台紙が二枚重ねになっていることに。


「あ・・・れ・・・?何だろ?」


 時の流れで少し浮いた紙をゆっくりとはがし開くと、そこには黒いクレヨンでこう書いてあった。




『ハルは いいこにするから いっしょにあそんでください』 




 一生懸命書いたのだろう、文字は震えたようにガタガタだったけど、ハルちゃんの必死の願いがそこに込められているような気がしてならなかった。


「何・・・よ、これ・・・。何よ!何なのよ!」


 怒りと、悲しみと、やるせなさが、そのたどたどしい文字を見た途端、一気に胸を貫き、涙が後から、後からこぼれ出た。


「どうして・・・どうしてこんな小さな子が、親にこんなに気を遣わなきゃいけないの!」


 車の助手席、私は久々になりふり構わず泣いた。

 泣きながら視界の端に映る専務も、何か言いたげに唇をかみしめているのが見えた。


 ◆□◆


 あれから数日後


「今からアナタに見せるものは、ハルちゃんが生前アナタに伝えたくても伝えられなかったハルちゃんの思いが詰まった言葉です。ちゃんと見て下さいね。」


 私はハルちゃんの母親に面会に彼女が収容されている刑務所に来ていた。

 見た目、専務の言った通り、歳は私とほぼ同じくらいだと思った。すっぴんで、紙は地味に一つにくくっているけど、ちゃんと化粧したら結構な美人なんだろう。そう思わせる風体だった。

 そして、私がここに来た理由、そう、どういうつもりで私に託したのかは今となってはわからないけど、ネコの絵を切り張りした紙の陰に潜ませていたハルちゃんの思いが詰まったメッセージをちゃんと伝える気持ちでここに来たのだ。


「それでは制限時間は30分です、それでは、どうぞ。」


 見張りの刑務官が冷たく言うのが聞こえた。

 私はおもむろに手に持った小さな紙を開く、本当は父親にも見せてやりたかった、でも、本当かどうか知らないけど、どうも父親の方は色々と他にやらかしていたため罪が重く、親族以外は面会謝絶ということで、諦めることにしたのだ。

 基本、物の受け渡しが禁止なため、文字が見えるように開いた紙を、仕切り板に押しつけるように元母親に見せた。

 すると、一瞬顔を背けるような素振りを見せる母親。

 その態度を見て、怒りがこみ上げてきたけど、ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。なるべく冷静を装ったものの、震える声で彼女に言った。


「アナタには信じられないとは思いますが、数日前、ハルちゃんと会いました。そして、一緒に遊園地にも行きました。言葉は少なかったけど、すごく素直で、明るくて、いい子でした。」


 仕切りを挟んだ向こうの元母親は私のこの言葉にも何も言わない。

 ただ虚ろな目で私の方を見ている。


「お母さん、ちゃんと見てくれませんか?これはハルちゃんの必死の願いなの。そして、この紙はガス台の下のスペースにひっそりと隠してあったんです。もうアナタに伝ることが出来なくなったので、私が代わりに伝えることにしました。」


 元母親の反応は・・・ない。

 もう、この人は、人としての大切な物を無くしてしまったのだろうな。これ以上何を言っても無駄なのだろう。

 元母親だった女に背を向け、また流れおちそうな涙をこらえながら彼女に言った。

 

「私の要件はこれで以上です。そして最後に・・・ここでしっかり反省して、もう、こんなことは二度としないで下さいね。」


 そう言うと、ハルちゃんの手紙を丁寧にたたみ、最後まで無反応の元母親に背を向けた。 

 そして、面会室を出て、そのまままっすぐ刑務所を後にした。

 一歩外に出ると、午前中の涼しい風が私にまとわりつく、あー・・・全て終わった。終わらせた。

 ふと、空を見上げ、私は呟くように言った。



「ハルちゃん、ちゃんと伝えたからね。」

 


 雲一つ無い真っ青な空、これなら私の言葉が何にも邪魔されることなく天国のハルちゃんに届くだろうな。そんなことを思っていた。



 ~ネコと少女と絶叫と 完~

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