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ネコと少女と絶叫と その2

「専務、子供を膝に乗っけての運転って、道路交通法違反じゃなかったでしたっけ?」


 遊園地へと向かう専務の車の中、助手席に座る私の膝の上に幽霊の少女、『ハルちゃん』がちょこんと乗っている。


「カタいこと言うなよ。ハルちゃんもカエデくんのことを気に入ったみたいだし、自由にさせてあげなよ・・・と、お!ハルちゃん、外見てごらん、海が見えるぞー。」


 専務の声にハルちゃんが専務の方を見た。そして、私の膝の上から離れ、今度は専務の膝の上に乗り、窓に張り付き、食い入るようにその海の風景を眺めていた。

 

「おいおい、ハルちゃん、はしゃぐのはいいけど運転の邪魔だけはしないでくれよー。ここで事故ったら遊園地どころじゃなくなるからな。カエデくんのところからでも十分見えるからちょっとそっち行っててな。」


 幽霊の少女に膝に乗られているのに、専務はあたかも普通の子供のように接している。

 そんな彼の言葉にハルちゃんは素直に私の膝の上に戻って来た。

 とはいえ、顔は専務の方の窓をジっと見ている。


 ・・・うぇえ、何もされないとわかっていても、あまり気分のいいものじゃないんですけど。


 そう、私の膝はハルちゃんの乗っかっているところだけひんやりとした感触、そして、何とも言えない不気味な感じがする。

 本当は後ろの席に行ってて欲しいんだけど、相手は幽霊、下手な事を言ってスネられでもしたら、私達まとめて呪われかねない、言動は細心の注意を払っていた。

 そんな私とは対照的に、何かごとある度にハルちゃんに話しかける専務、そんな彼に言葉は発しないで(うなず)くだけだけど必死に何かリアクションを取ろうとしているようだった。


 こう見ると幽霊とはいえ生きているこのくらいの子と変わらないんだなぁ。そう思う。


 私も早くに結婚して、子供を産んでいればこのくらいの歳の子が居てもおかしくないんだよな。

 死んでもなお、新たな発見に興味津々のハルちゃんと、専務の彼女に対する態度に恐怖の心が薄れつつあった。

 次第に、ハルちゃんが乗っているというこの感覚に慣れてきたその時のことだった、離れたところに観覧車が見えてきた。

 専務にしては珍しく有言実行、ちゃんと遊園地に向かっていたんだな。

 そしてその後、駐車場に車を止め、三人・・・とはいっても一人幽霊だけど、チケット売り場を目指す。そして、売り場まで来ると専務は言った。


「大人二人、子供一人。」


 そんな彼の言葉に私はすかさずツッコミを入れた。


「専務、ハルちゃ・・・。」


「カエデくん。」


 言葉の途中で彼は話を遮り、私を見た。そんな彼の目はあたかも『野暮な事は言うなよ。』そんなことを言っているようだった。

 そんな彼の目を見て私はハッとした、アパートの一室でハルちゃんと会ってからずっと、彼女のことを幽霊としてではなく、一人の少女として扱ってきたことを。

 そのまま三人分の入場料を払い、先に専務はハルちゃんの手を引いてゲートをくぐる、そんな彼とハルちゃんの後ろ姿は本当の親子と見間違うくらい、自然な感じがした。

 私もその後を追い、ハルちゃんの横に並び、手を差し伸べた。すると彼女も手を伸ばしてくる、本当なら掴めないはずのその小さな手を重ね、ゆっくりと握る。

 不思議な事にその握った手に、小さな手の感触が伝わった。その時、私は思った。



 生きているとか、死んでいるとか、何を私は小さいこと気にしてたんだろ。



 そう思った時、何かが吹っ切れた。

 幽霊だろうが、なんだろうがそんなことどうでもよくなった。そして私はハルちゃんに言う


「何か乗ろうか?」


 そんな私の言葉がことのほか嬉しかったのか、ハルちゃんは青白い顔いっぱいに笑顔を浮かべ、指を差した、それは



 ジェットコースター。



 ・・・。

 ・・・。

  

「ハルちゃん、本当にアレでいいの?ホラ、あそこにコーヒーカップがあるよー。あっちの方がカワイイし、グルグルするし・・・ねぇ。」


 必死だった。私は幽霊よりも苦手なものがある。それは・・・


 

 高い所。



 俗に言う『高所恐怖症』というヤツだ。

 高い所に登っただけで、膝はガクガクするし、シャックリが止まらなくなる。そもそも、人間とは地べたに足をつけてナンボだろうと。高い所に登る意味がわからない。

 折角、幽霊と一緒に居るということを克服したところに次の難題。どうにか話をはぐらかそうとしているところ、こんなときに限って空気を読まない専務が言った。


「お!?やっぱり遊園地といえばジェットコースターだよな。ハルちゃん、わかてんじゃん。」


 ・・・ってか今ここで専務を殺してぇ。


 彼に殺意の視線をめいいっぱい浴びせている時、スカートの(すそ)をチョンチョンと引っ張られている感覚があった。

 見下ろすとハルちゃんが心配そうな顔で私を見ている。どうやら専務と喧嘩をするんじゃないかと思った彼女なりの気づかいなのだろう。

 小さいながらも必死の気づかいに私は腹を決め、そんなハルちゃんに優しく言った。


「大丈夫、喧嘩なんてするわけないじゃない。私もジェットコースタ好きだからさ、それじゃあお姉ちゃんと一緒に乗ろっか。」


 えぇいどうとでもなれ!ここで朽ち果てることになったとしても・・・アレだ



 我が人生に一片の悔い無しっ!

 


 気合を入れるために、どこかの世紀末覇者の言葉を胸に刻み込み、気合を入れて挑んだのだけど



 怖いものはやっぱり怖いっ!



「ギャーっ!」

「おぉうわーっ!」

「たぁすけてぇーっ!」

「ぅぴがぎにぐ!」

「ばーよえーん!ばーよえーん!」


 後半の方、恐怖のあまり何を叫んでいるのかわからなくなったけど、とりあえず終わった・・・。

 叫ぶことに全ての体力を使い果たし、へたり込む私にハルちゃんが心配そうな顔で覗きこんできた。


「・・・大丈夫、盛り上げようとちょっと叫び過ぎただけだから。」


 そんなハルちゃんに精一杯の強がりを言って、無意識に頭を撫でたその手に彼女の髪の感覚が伝わってくる。

 子供特有の柔らかい髪の感触、本来なら触れることすら出来ないのに、何か不思議な気分。

 そんなことを思っていた時、コースターを降り、『ちょっとベンチに座って待ってて』そう言ってフラっとどこかに行っていた専務が返って来た、その手にはソフトクリームが二つ。

 それを見た時、自然と言葉が出た。


「ソフトクリーム一つ足りないですよ。私とハルちゃんで食べるから専務はおあずけですね。」


 そう言った時、ちょっと嬉しそうな顔をした専務が片方を私に差し出しつつそれに返してきた。


「ハルちゃんはまだ小さいから一個は食べられないだろ?カエデくんとハルちゃんで一個、俺は体がデカいからこっちは独り占めだ。」


「何それ、なんだかんだ言ってても専務が一番子供じゃない。ねぇ?ハルちゃん。」


 そう言ってハルちゃんに笑いかけると、彼女も青白い顔で笑っていた。

 

「それじゃあ折角だから二人で食べようか。落とすと勿体ないからアイスは私が持ってるね。」


 と、笑いかけると無言で頷き、食べることが出来ないにも関わわらず、必死に食べようとしていた。

 そして私はハルちゃんが舐めたところを追うように一緒にすくい取る。

 何かこう、本当の親子になったような錯覚にも(おちい)っていく私がいた。

 最初、あんなにも怖かったのにな、ホント、こうやってみると、油断するとあちこちから血を流すことをのぞけば、そこら辺にいる子供と何ら変わらないんだな。

 その後、二人で一個のアイスを食べ、次のアトラクションへと向かったのであった。


「ハルちゃん、怖くない?」

「ヒャーっ!ハルちゃん、速いねぇ!」 


 時間が経つごとに、ハルちゃんが幽霊ということが全く気にならなくなっていた。

 そして彼女はこのくらいの子供にしては物凄く聞きわけが良く、勝手にあっちへ、こっちへフラフラ行くわけでもなく、行列にもちゃんと黙って並ぶ。

 本当に手のかからないいい子だなぁ。と、その時専務の声がした。

 

「お、丁度良く空いてる、次はコーヒーカップかな?」


 そう言うと彼は空いているカップに乗り込む。私とハルちゃんもそれに続いた。

 めいめい席に座ると、カップの中央にあるハンドルを握りつつハルちゃんに言った。


「これね、回せば回すほどグルグル回るのよ。」


 私の言葉にハルちゃんも嬉しそうにはしゃいでいる、その顔を見てまた、色々と思い出していた。

 そういえば・・・専務の話ではこの子は両親の虐待で小さな命を落としたんだっけ。でも、どうしてこんな聞き分けの良い、いい子が?  

 考えないようにしていたものの、グルグルと回りながらはしゃぐハルちゃんの嬉しそうな笑顔を見るたび、その思いが私の胸の中に膨らんでいった。


 何で?どうして?


 その時、チョンチョンと袖を引っ張られる感覚、顔を向けると心配そうな顔をしたハルちゃんが私を見ていた。

 

「あ、ごめんごめん、難しい顔をしてたね?あのね、もっと回してやろうかどうしようか本気で迷ってたのよ、ハルちゃん、まだ回しても平気?」


 そう語りかけるとハルちゃんは首を縦に振った。その時、見ると、知らない間に青い顔をした専務がしどろもどろで言ったのだった。


「か・・・カエデくん、もう回さないでくれないか?実は俺・・・回転系はちょっ・・・と苦手でもう・・・吐きそう・・・なん・・・だが・・・ウプッ。」


 フッ・・・専務の弱点みぃ~っけ。ここは攻めないという手は無い。 

 

「ハルちゃん、専務がもっと回して欲しいって。」


 悪戯(いたずら)に言うと、ハルちゃんも笑っている。


「ちょっ!カエデ・・・くん、話しあおう!今なら間に合う、なっ!?」


 必死の専務の説得、それに応じるはずはない。今までのうっぷん、ここで晴らしてやるわ!そう思い、力一杯ハンドルを回した。すると



「ぎ・・・ぎぃやあぁぁぁぁぁっ~!」



 首をガクンガクン揺らしながら叫ぶ専務の悲痛な声が青空へと溶けて行った。


 ◆□◆


「ハルちゃん、今日は楽しかったね。」


「・・・コーヒーカップのあの回しっぷりは反則だろ、あぁ~・・・まだ気持ち悪っ。でもまぁ、遊園地、楽しかったな。」


 私と専務、小さい手を引きながらハルちゃんを見た。

 彼女も嬉しそうで何よりだ。そして、遠くに沈む夕日を見ながら感じていた。。



 お別れの時が近いということを。



 寂しくハルちゃんに目を落とすと、全てを察しているのか彼女も私を見上げ、寂しそうな顔をしていた。

 でも・・・そもそもハルちゃんと私、そして専務は生きる世界が違う、あの世の話が本当なら、彼女はまた生まれ変わるために一刻も早く成仏した方がいいに決まっている。

 今日の事は、満足してあの世に行ってもらうためのいわば『余興』でしかないのだ。  


「おーい、そろそろ帰るぞー。」


 遠くで専務の声がする。泣いても笑っても時間は待ってくれない、後のことは専務のことだ、もう考えてあるのだろう。

 ゆっくりと専務の車の助手席に座り、ハルちゃんを膝の上に乗せると、ゆっくりとドアを閉めた。



 つづく

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