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ネコと少女と絶叫と その1

 とあるマンションの一室、人の住んでいないこのガランとした部屋に私は居る。

 

「改めて紹介しよう。この子がハルちゃんだ。」


 専務の言葉に『ハルちゃん』が無言でコクリと頷く。そんな彼女に私はやさしく話しかけるように言う。 


「初めまして、ハルちゃん。」


 会話が止まる。私はどうしていいのかわからない。そして彼女もどうしていいかわからないようだ。

 ・・・。

 ・・・。

 私とハルちゃん、二人の間に流れる沈黙、その空気に耐え切れず私は思わず


「専務、ちょっと。」


 私より頭半個分大きい専務の首に腕を回し、そのまま引き寄せ『ハルちゃん』に背を向けた。そして耳元で言う。


「何普通に私の事を紹介してるんですか?」


「何って、初めて会った人同士がお互いを紹介するのは当たり前のことじゃないか。何か間違ってるか?」


 専務は不思議そうな顔をしている。


「えぇ、間違ったことは言ってませんよ。ただ、これが『人同士』だった場合ですがね。」


 ◆□◆


「アパートを丸々一棟買うぅ!?」


 燦々(さんさん)と陽の射す『有限会社 ワタセ』の事務室、相変わらず鳴ることのない電話番をしていた時、専務が写真の入ったチラシを私の机の上に広げた。


「そう、そろそろもう一棟くらい増やしてもいいかなぁって思うんだよね。カエデくんも暇そうだしさ、それで、いい物件を見つけたんだ。中古だけど。」


 と、改めてその物件を見てみる、築年数も浅く、外装も綺麗、そして駅やコンビニに近い。近くに大きな公園まであるという。

 間取りは1DK、独身とか、子供が小さい夫婦向けだな。子供が大きくなったらちょっと手狭かも。内装も綺麗だし、私が住んでもいいかな?なんて思うアパートだった。


「へぇ、って!!2000万って高っ!そんなお金、どこにあるんですか!?」


 思わず専務の顔を見た。すると


「カエデくん、2000万ってのは決して高くないんだ。アパートだぞ、全部で6部屋、築年数も浅いからリフォームかける必要も無いしね。本来ならこの立地で買おうと思ったら5000万は下らないんだ。」


 そう平然と言っている。

 5000万、5000万ねぇ。私の手取りが・・・イヤイヤイヤ、どう転んだって私には到底縁のない額だ。

 しかし、気になるのはその値引き額、何で相場の半額になってるんだろ。そう思っていると専務は言った。


「お、いい所に気付いたね、実はこの物件、いわゆるひとつの『いわくつき』ってヤツさ。何でも幽霊が出るらしいんだ。」


「え?またまたそんなぁ。平成も20年経った今の日本に幽霊なんて、そ~んな、ねぇ?」


「まぁ、それが普通の反応だな。でもこれは本当の話なんだ。実際、このアパート、6つある部屋のうち、4つが空き部屋になってる。そして、埋まっている2のうち、1つが今月退去予定。」


 そう言いつつ専務は写真に指を滑らせた。


「ここと・・・ここ、そして真下のこの部屋、何でも不可解なことが起こるんだって。壁に妙なシミが出来たり、誰も居ないのに誰かに見られているような感じがしたり、どこからか女の子の声がしたり・・・ま、ここは外装が綺麗だし、内装も凝ってるから人気はあるんだけど、住んだ人がことごとく出て行ってしまってるんだ。」


「うぇ・・・気味がわるいですね。でも、何でまた。」


 専務に訊く、すると、彼はため息をひとつついて言った。


「典型的なDV、そして虐待。頭のイカれた両親が子供を殺したんだと。現在、二人は別々の刑務所に入ってる。話を聞くと、絵にかいたようなどうしようもないような両親だったらしい。」


「何か話が逸れてきていますが、とどのつまり、そこを買いたい・・・と。」


「そう。」


「いやいやいや、それはお金を無駄にするようなものでしょ?」


「この間ちょっと下見してきたんだけど、そうでもないんだよなー。」


 専務がニヤリと笑った。あ、この人、また何か良からぬことを考えてる。付き合いの長い私には手に取るようにわかった。

 内容はわからないけど、面倒な事には関わり合いになりたくない、なので先手を打つことにした。


「私は手伝いませんからね。」


 私のその言葉に専務がドキっとした表情を浮かべた。そして私のその言葉が図星だったのか、彼が言った。

 

「・・・ダメ?」


「ダメっていうかイヤです。事務所外で専務に絡むと大小問わず、大概面倒事に巻き込まれるから。」


 そう、今まで何度も専務の用事で一緒に行動したが、彼はトラブルを呼ぶ・・・というか、トラブルの神に好かれているのか、すんなり事が運んだ試しが無い。

 この間は銀行強盗騒ぎに巻き込まれるし、なるべくなら彼とこの会社の敷地外での関わりは避けたかったのだ。


「もう一回き・・・」


「イヤ。」


「部下が上司の言う事を聞いてくれない!何て上司思いのない部下なんだー!なにそれ、これがゆとり?ゆとりなのか?」


「ってか実質二人の会社に上司も部下もあったもんじゃないでしょ!私は何と言われても嫌ですからね!」


 私がガンとして突っぱねたその時、専務は『しょうがない・・・』と言いつつ、懐から何かを取りだしつつ


「ところでカエデくん。来月の異種格闘技戦のチケット、良い席取れた?」


 ニヤリと笑いながら言った。

 そう、以前、専務に『これは観ておかないと!』みたいな話をチラっとしたんだったっけ。

 勿論、コアな格闘技ファンはいるわけで、リング脇なんてそうそう取れるものじゃない、私が取れたのは二階、かなり遠目で見る感じの席だっのだ。


「いえ、二階席です・・・。」


「あぁそうー。今、ボクの手にあら不思議、こんなチケットがあるんだけどなぁー。」


 そう言いつつ私の顔にそれを近づけた、そこに書いてあったのが



『特別リングサイド席』


 

 ・・・関係者とかじゃないと取れない席だ。

 思わずゴクリと生唾を飲んだ、ハっとして専務の顔を見た時はすでに遅し、勝ち誇ったような顔をした彼の顔があった。


「そうか、それは残念だなぁ。『たまたま』貰ったものだが、格闘技マニアのカエデくんが要らないというのなら知り合いにでも譲ってしまおうか。いや、しかし残念だなぁ。」


 と、チケットを懐に戻そうとした。

 私はそんな彼の手を瞬時に掴んでいた。


「おやぁ?カエデくん、ボクの手なんて掴んでいったいどうしたのかな?このチケットに用は無いんだろ?」


「・・・ださい。」


「声が小さくてよく聞こえないなぁ?そのかわいいお口で言ってごらん。」


「あー!もうっ!おねがいですからそのチケット私に下さいっ!」


 もう言葉の方は悔しいのとこんな自分の性質に腹が立ち、涙声になっていた。

 

 ◆□◆


「やっぱり思った通り綺麗なアパートですね。外装もオシャレだし。どちらかといえば女性向けじゃないですか?ここ。」


 ちょっとクリーム色の外観、全ての部屋に広めのバルコニーがついたアパートを見上げながら言った。

 横壁には『レジデンスパークサイド』と書かれた看板が付いていた。 

 

「だろ?ちゃんと人が住めるようにしたら、立地も立地だし、しかも南向き。だから日当たりもいいし、結構いい額取れるんじゃないかと思うんだよね。」


 休日、専務と二人で例のアパートへとやってきていた。

 当初、思っていたようなジメジメとした陰気な感じではなく、綺麗に手入れされた風通しの良い雰囲気のいいアパートだった。


「本当に出るんですか?ココ。」


 まだ午前中のため、通り抜ける風が涼しい。その風でワンピースがヒラヒラと揺れるのを感じながら専務に言う、すると


「それは見てからのお楽しみ。」


 と、だけ言うと、さっさとアパートの西側にある階段を上っていく専務、私もその後に続く。

 そして、長い一本道、3つ並んだドアの真ん中まで来ると、ポケットから鍵を取り出し挿した。


 ドアの右上には『202』と書いてある。


 ドアを開けた専務は、あたかも自分の家のような感じで入って言ってしまう。私もそれに続き、玄関に一歩、足を踏み入れたその瞬間・・・



 ひんやりとした空気が体を包んだ。



 何・・・?コレ、ここだけ空気が違う。

 幽霊とか、オカルトとか、そんなものは信じないし、そういったものに敏感な方ではない私にも伝わるこのピンと張り詰めた空気。

 もう一人の私が必死に体の中から『ここはヤバい。マジぱねぇっす!』と大絶叫している。

 霊感というものが全く無い私でもこれだけ感じているのに、専務は何も感じていない様子で、既にリビングの真ん中に立っていた。

 そういえば、霊云々の話は彼としたことは無いのだが、相当鈍いのだろうか。

 体にまとわりつく嫌な感覚に耐えつつ、リビングの真ん中で何かブツブツ言っている専務の側まで行った。すると私が側に来たのを感じた専務がこちらを向くとおもむろに口を開いた。


「カエデくん紹介しよう、ハルちゃんだ。」


 あたかもそこに人が居るかのごとく、右手を差し伸べている。

 当然のごとく、こんな空き部屋に私と専務以外、居るはずもなく、彼がハルちゃんと呼び、示した空間には何もない。


「専務、悪い冗談はよしてくださいよー。誰も居ないじゃないですか。」


 当然っちゃあ当然の私の反応に専務は


「そっか、君はニブいんだな。それじゃあハルちゃん、ちょっと挨拶しなよ。」


 いきなり恐ろしいことを言う。


「ちょっ!ちょっと!怖いこと言わないで・・・。」


 と、その時。




 ふくらはぎのあたりに冷たいものが走った。




「キャッ!」


 突然のことに声を上げ、足元を見る、しかし誰も居ない。

 思わずその場にへたり込む私、すると専務が近寄ってきて手を出した。そして私を引きあげると


「君は霊感の『れ』の字も無いんだな。これだけ強い残留思念が残った霊なら普通の人でもうっすら見えるようなものなんだけどな。カエデくん、本気で見えてないんだろ?」


 そう言った。


「何サラっと言ってるんですか!?幽霊なんて居るわけないじゃないですか!どうせ、私をからかってるんでしょ!」


 思わず声を荒げたその時、専務が言った。


「からかう?君ごときをからかうのにこんな大掛かりなことするわけないだろ?しょうがない。アレやるか。」


 アレかぁ。専務お得意の『催眠術もどき』のことだよな。

 でも、肉体改造は出来ても霊感まではねぇ、なんて思っていたけど・・・




 実際見えちゃうんだな。おい。




 専務の『じゃ、起きて。』の声に目を開けると、目の前に女の子が一人、ちょこんと座っていた。

 花柄のワンピースを着た、ボブの女の子。見た目は5~6歳くらいだろうか。この年頃の子は大概可愛いけど、この子は端正な顔立ちで、なかなかの美人だった。こりゃあ将来が楽しみだ・・・が、しかし、それと同時に恐ろしくもあった。それは

 

 

 顔が青白い上に、目と口から血を流してるうぅぅぅぅぅっ!



 怖すぎるだろ!ってゆうかどうして専務は平気でいられるんだろう。

 そんなことを考えていると、彼はそんなことはどこ吹く風という感じで、めいめい紹介しはじめたのが・・・


 冒頭。


 専務の首に腕を回し、顔を近づけたまま声を殺して彼に訴える。


「せせせせせ専務。私ムリ!ヤバいですって!顔のいたるところから血とか流れてるし!顔も青白いというか、青いし!呪い殺されても知りませんよ!」


「そうか?別に嫌な感じはしないから大丈夫。もし、これが本気で()りに来てる幽霊だったらこんなに悠長なことは出来ん。ゆっくりとお互いを知ってだな・・・」


「いや、お互い知るも何も、知る前に片方人生終わっちゃってますけどぉ?それにして血とかもうムリっ!」


 すると専務は『そうか・・・』と、言いつつ首に回された私の腕をどけると、ハルちゃんに向かって優しく言った。


「ハルちゃん。とりあえず目と口から血が出てるぞ。このお姉ちゃん、血を見るのが苦手なんだって。お注射の跡に出る血を見ても気絶するくらい苦手だからとりあえず拭こっか。」


 すると、ハルちゃんはコクンと頷くと、袖で顔を拭いた。するときれいさっぱり、血の跡が消えていた。

 私はそこまで血が苦手じゃない、そう思ったが、結果オーライ、幽霊にどう思われたところでこれからの人生に何があるわけじゃないから、あえて否定はしなかった。

 

「それじゃあお互い自己紹介も済んだことだし、出かけようか。」


 いつの間にかハルちゃんの手を引いた専務が言う。

 うわぁ・・・幼子とはいえ、よく幽霊の手を引けるなぁ。ホント、専務は底が知れないというか、神経の回路が人とズレまくっているというか、読めない人だよな。


「ってゆうか出かけるって・・・どこへ?」


 来て早々、居着いた霊を外へ連れ出すなんて、聞いたことが無い。そんな私の質問に彼は答える。


「成人の男女と幼女が出かけると言えば、場所は決まってるじゃないか。」


「え?ブルセラ?ガチムチの専務が『幼女』って言うだけで犯罪の匂いしかしないんですけど。」


「・・・カエデ君、俺の事普段どういう目で見てるかよくわかった。今後の参考に・・・って、まあいい。あのな、今日一日、俺達がハルちゃんの親代わり。日曜の昼間、親子三人で出かけると言えば・・・これでわかるかい?」


「なんという無理やりな設定。いや、チケットのためだからいいんですけどね。・・・ってことは行き先は間を取ってプロレス観戦とか?ちょっとここから離れてますが今日やってるんですよ。当日券、買えるかどうか微妙ですけど。」


「いきなりこんな小さい子にプロレス見せてどうすんだよ。」


「えー・・・このくらいの子は格闘技が好きですよ。」


「それは色々と一般人からズレまくっている君だけ。とりあえず行こうか。」


「で?一体どこに行くんですか?」


 すると専務は手の中で車のカギを(もてあそ)びながら言った。  


 

「遊園地。」



 つづく

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