序章 その4
「やっぱこの服、匂う・・・。」
私が手刀で気絶させた強盗の服に袖を通しながら呟いた。すると私と同じく、着替えをしている専務が言った。
「匂うだけならまだいいじゃん。こっちの方が最悪だ。軍手はヌルヌルするし、ポケットにはビスケットのカスがたまってるし。あれ?なんかこのセリフ、どこかで聞いたことがあるような気がするな。」
「えぇ、FF9ですね。プルート隊の行じゃないですか?」
「あぁ!そうだった。ってかカエデくん、良く知ってるな。FFの中でもかなりマイナーなナンバーなのに。」
「私の中では4に続く神作です。」
「あぁ・・・そう。」
と、こんな状態にならない限り、絶対に触れることも極力避ける衣服に着替え、目だし帽を被った。
犯罪者の衣服に袖を通すこと自体、ごめんこうむりたいのだけど、それに拍車をかけているのがその素顔。
絶 対 モ テ な い だ ろ 、 コ イ ツ ら 。
大柄の男の方は歯がところどころ抜け、さらに何カ月磨いていないんだ?と思わせるようなところどころ黒く染まった歯。それに無精ヒゲ、そして、小さな男の方も、これまた対照的に細く、色白で、運動神経ゼロみたいな風体。
多分、個室の外から聞こえた野太い声の主はこのデカい方、そして、ちょっと甲高い声の主はこの色白の方だろう。
とにもかくにもこの二人、年頃の女性に見せたら10人居たら12人は拒絶するだろう。拒絶率120%とはこれまたすさまじい。
そんなことを思いながらボケーっと気絶した男達を見下ろしていると、専務が話しかけてきた。
「ボーっとしている暇は無いぞ。ここからが本番だ。君の好きな9に例えると、ガーネット姫が髪を切った後ってとこかな。」
「お母さんが死んで、これからクジャとの戦いが始まるってところですかね?ってか専務も詳しいですね。」
「まぁな、ロングの彼女よりショートの彼女に萌えた一人だ、『ダガー』っていう名前がイマイチ許せなくて『ひとみちゃん』って名前に即変えしたがな・・・って、そんなことはどうでもいい、これからの事を話すぞ。」
「えぇ。」
「本来、こういったシュチュエーションでは君が特殊能力に目覚めて、気絶しながら口から電撃を飛ばしたり、金髪になって瞬間移動出来たりするのがごく一般的だが、無論、そんなことは出来ない。」
「はは・・・。」
「今の君の状態は、色んな器官を強化したとはいえ、所詮一般人だ、鉄砲の弾も満足に交わせないだろう。だから、強盗に出来るだけ近づく必要がある。多分、ここから出て、残党に合流すると、必ず誰かが話しかけてくる。多分、ソイツがボスだ。」
「確証はあるんですか?」
「ない。だが、ボスだと信じるしかない。それでダメだったらおしまい。ただ、生き残る確率を上げるにはコレしかない。今まで聞こえてきた声からすると、残りはあと三人、その全員が武器を持っていると考えるのが妥当。そして、一人なら不意をつけば、今の君なら確実に仕留められるだろう。で、もっとも効果があるのはボスを潰すこと、これは常識だよね?」
「えぇ。」
「俺の勝手な想像だが、こういう時、部下に最初に声をかけるのがボスと勝手が決まっている。どうせ、こんなことをするゴミクズみたいな連中だ、ボス以外は自分じゃ何も考えられない連中が多い、それにな、この服、強盗連中で揃えたみたいだが、汚過ぎるんだ、『着衣の乱れは統制の乱れ』とはよく言ったもので、こんな服着てるヤツに団結もクソもあったもんじゃねぇよ。」
「そうですか・・・。」
「ま、後は任せな、ボスには近づけるように俺がお膳立てしてやる。行けると思ったら飛び出して思いっきりブチのめしな。」
「わかりました。」
私が相槌を打つと、専務は無言で立ちあがり、トイレを出た。私もそれに続く、待合室まで続く長い長い廊下、堂々と歩みを勧める専務の後ろを付いて行った。
少しすると道が開ける、待合室に出たのだ。
その時、私の目に入ったもの、それは一塊に集められ、銃を突きつける強盗が一人、テーブルカウンターの上に一人、そして、ガラス越しに外の様子を伺う強盗が一人。
専務の言った通り、残りは三人、と、その時、一人椅子に座ったままぐったりとしている女の人が目に入った。しかも、胸から血を流して、それはまさしく・・・
陽子さん。
スっと血の気が引くのと同時に、瞳孔がこれ以上ないくらいに開ていくのを感じた。
そして、思わず飛びだそうとした時、不意に専務の声がした。
「・・・カエデくん、落ち着くんだ。」
押し殺したような声。その時、ハっと我に帰る。今飛び出して行っても間違いなく勝てない、それどころか返り討ちに合う。
言葉を発せば中身が違うということがバレてしまうのに、その危険を冒してまで私を制止してくれた専務の気持ちを瞬時に察し、私は足をとめた、その時
「おう、トイレに残っているヤツぁ居たか?」
テーブルカウンターの上に乗った強盗が話しかけてきた。こちらを向く強盗の手には拳銃が黒く光っている。そして、その声に反応するように、外を伺っていた仲間も私達を見る。そして、その手にも
拳銃。
トイレの二人組が銃を持っていなかったことと、私の勝手な妄想、そして専務の口ぶりから拳銃は一丁。そう思い込んでいた。
今の状況、言うならばこっちはレベル1のたまねぎ剣士、そして相手はいきなりの中ボス、しかも一撃必殺。RPGなら拳銃の弾なんぞ子供ですら5・6発貰ったところで萌え系の女子にケ○ル的な物をかけてもらえば無かったことになるが、悲しいことに現代日本。当たれば即死。
仮に即死を免れたところで入院生活の始まりだ。こんなことに巻き込まれるのがわかっていたら事前に山に籠ってケ○ルガの一つでも覚えておくんだったな。
と、軽く妄想に入りつつある私の目に、目の前の専務が無言で首を振った。すると
「まぁな、居ないとは思っていたが、念のため・・・な、さっさと持ち場に戻れ。」
表情はわからないが、やっぱりテーブルカウンターの上の男がボスなのだろう、アイツを叩けば・・・。
「ん?どうした?俺は持ち場に戻れって言ってんだぞ!」
少しの間なのに、モタついている私達にイラついたのか、拳銃をこっちに向けて声を荒げるボスと思われる男。
しかしどうしよう、いきなり『持ち場』なんて言われてもわかるはずもない。ここは専務に任せよう。すると彼は小さく咳払いすると
「いやぁ、俺、頭悪いもんで、具体的にどこに居たらいいスかね?」
何事も無かったように喋ったのだ。・・・ってか
めっちゃ似てるうぅぅぅぅぅっ!
声が似てる、ってゆうか個室の中でチラッとしか聞いてないけど、激似。
何で?どうして?何でちょっとしか聞いていないのにこの完全コピーっぷり、専務の着ている服は大柄な男から剥ぎ取ったヤツだけど、大きな男性の声の野太さといい、バカっぽさといい、完全に大柄のおとこのものだ。
ってか凄いなぁ・・・なんて思った矢先のことだった。その思いは次に発するボスと思われる男の言った事で完全に打ち砕かれた。
「お前、ちょっと声変じゃないか?」
どうして?明らかにそっくりじゃない。
専務も背中から発するオーラというか、雰囲気がボスと思われる男の声に戸惑っているようだった。
「おい、お前、何で声がいきなり低くなる?」
ってか甲高い声って、大きい男の方だったのかい!おまいはクロちゃんかっ!そんなツッコミを頭の中で盛大に入れていると、ボスと思われ・・・いや、もうボスにしよう、ってか確定。そいつが寄って来た。
そして、直立したままの私達に後数歩、というところまで来たその時だった、専務が大声で叫ぶ。
「助さ・・・いやカエデくん!もういいでしょう。懲らしめてやりなさい!」
ええぇぇぇぇっ!いきなり!?
一瞬躊躇う私、そしてボスも専務のいきなりの大声に一瞬怯んだ様子を見せた。
このチャンスを逃す手は無い。私は瞬時に一歩、ボスに向かって踏み出す。
「私は助でも格でもないからっ!」
その勢いのまま、ボスのミゾオチに拳を叩きこむ。結構な威力だったのか、男が『く』の字に曲がった。
相手にはこの一発でかなりダメージが行っている、そんな確信を持てた。そして、もう一発、これさえ当てれば完全に沈められる、そんな思いで
「冲捶!かーらーのー・・・。」
体を捻る、そして『く』の字に曲がったままの男に背中を向けた、そして
「鉄山靠っ!!」
【ボグっ!】
何か鈍い音がして、ボスはゆっくり、ゆっくりと崩れていくのが見えた。
・・・。
・・・。
あれ?
いつまで宙に浮いているんだ?
あー・・・そういえば私、今、フロー状態で色々と止まって見えるんだっけ、だったら次は・・・と、今度は人質に銃を向けている男に向かって走った。
一瞬のことで、まだ男は銃を構えきれていない様子だった。その隙にすかさずガラ空きの顔面に拳を叩きこんだ。
再び【ボグっ!】という鈍い音とともに、男の首がスローモーションでズレるのが見える。
うゎ・・・エグぅ・・・。
殴った私が言うのも難だが、かなり痛そうだ。
これで二人目、最後の一人を捉えようと振り向いた瞬間、視力の上がった私の目に映ったもの、それは
すでに拳銃を構え、引き金に指までかけている男の姿だった。
しま・・・った!
男までの距離は数メートル、脚力が上がっているとはいえ、どうしても辿り着くまでには時間がかかる。
これは・・・詰んだ。
そう思った、男の方も私の思考を読んだよか、目だし帽の奥でニヤリと笑った、その時だった
【ガコッ!】
鈍い音と共に、最後の男がゆっくりと崩れ落ちていく。
そしてその後ろには、モップを構えた専務の姿が見えた。
「ふぅ~、最後まで油断しちゃダメだなぁ、カエデくん。それにしてもこの帽子、臭すぎんだろ。」
ズボっと帽子を脱ぎ捨てると、彼は笑った。
私もつられて笑う。倒れ、ピクリとも動かなくなった男たちを見て思った。
そう、私達は強盗に囲まれるというまさしく『絶望村』から無事、生還したのだ。
‐後日‐
銀行強盗をやっつけ、無事、警察に引き渡した私達は感謝状を受け取るとともに、こっぴどく怒られた。
とはいえ、怒られたのは主に専務だったんだけど。『武道の経験者とはいえ、何で女の子に戦わせたのか?』と。
実際のところを言えない専務は終始、苦い顔をしていたが、彼の使う催眠術・・・とはいっても催眠術じゃないんだけど、それが公になると、後々面倒なことになるのと、好奇の目にさらされたくないのもあって、そのことは一切喋らなかった。
その帰り道、専務に『どうして空手の経験者なのに、中国拳法なの?』って聞かれたけど、それはたまたま読んだ『おじいちゃんを探しに単独で中国に渡った男の子の話』の主人公が結構タイプだったからとだけ答えておいた。
一方、陽子さんといえば、実際のところ、撃たれたのは胸ではなく、どちらかといえば肩に近い方だったので、命に別条は無かったようで安心した。
ともかく、最初は色々と騒がれたあの一件のことは、なんだかんだで時と共に忘れられてゆき、今ではまた、退屈な、そして平和な日常が戻ってきたのだ。
いつもと変わらず日が射し込む『有限会社 ワタセ』の事務室、デスクに座り、鳴ることがほとんどない電話番をしながら雑誌を読んでいると、専務が話しかけてきた
「カエデくん、地獄の筋肉痛とやらはもういいのかい?」
そう、専務の催眠術もどきは無理に感覚のリミットを外してしまうので、あの後、3日くらいベッドから起き上がれず仕事を休んだんだっけ。
もちろん、有給扱いで。
そりゃあそうよ、元はといえば全部、専務が悪いんだから。
「えぇ、もうすっかり。でももう、アレ、かけるのは止めて下さいね。」
「えー・・・カエデくんくらいうまいこと術にかかってくれると大きな荷物を運ぶ時便利だと思ったんだけどなぁ。」
「いや、私、便利屋じゃないんですけど。ってか専務に訊きたい事があったんですよね。」
「何?」
「いや、最後の一人、専務が棒で殴ってましたよね?普通素人が殴っても『痛ぇー!』くらいにしかならないはずなのにどうしてですか?」
すると専務は『フッ・・・』っと笑うと言った。
「そりゃあ一時期『棒術』の道場に通ってたからさ、ま、ありゃあうまくいきすぎたけどな。」
「・・・専務、一体いくつ習い事してるんですか?」
「秘密。ってかな、自分で言うのも難だが、何せ『カネ』と『ヒマ』があるしな。」
「習い事もいいですけど、ホント、そろそろ結婚とか、彼女とか考えないんですか?もう半分行き遅れてますよ?私が言うのも難ですけどね。」
「全くだ、カエデくんに言われているようじゃあダメだな。でもな、俺の持論だが・・・。」
「え?」
「『カネ』と『ヒマ』があるんなら自分を磨いとけ、って話だよ。女とか遊びとかは二の次三の次でいいんだよ。」
「そういうものですか?」
そう言って笑う専務の肩越しに時計が見える。いつもと変わらず今日も私の退勤時間が迫ってきていた。
~序章 完~