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序章 その3

「・・・専務、この間のアレ、私にかけてくれませんか?」


 強盗がすぐ隣の男子トイレに居るという絶体絶命のピンチ、そして、間もなくこの、私達が隠れている女子トイレにもやってくるだろう。

 そして、待合室に人質になっている人の叫び声からついさっき、強盗の発砲によって、陽子さんが撃たれた。

 ここからすみやかに脱出し、陽子さんを早く病院に運ばなければ彼女の命は無いだろう。

 その二つの事柄を確実に実行するためには、この間、私の力が飛躍的に上がったあの、催眠術もどきなら、そう思ったからだ。

 その思いを胸に、まっすぐ専務を見つめた。しかし、専務から返ってきたのは意外な返事だった。


「・・・言いたいことはわかるがダメだ、カエデくん。」


「どうして・・・?」


「わざわざ君を危険な目に遭わすわけにはいかない。いいかい?いくら素人とはいえ相手に武器を持たれたら、いくら格闘技のプロだって適わないんだ。わかるかい?」


「でも・・・。」


 と、再び専務に懇願しようと口を開いたその時、不意に強盗の声がした。知らないうちに男子トイレから出たらしい、声が少し大きく聞こえた。

 

「しっかしよぉ、ゼロさん、いきなりあのババアを撃っちまうなんてよ、さすがに参ったぜ。」


(・・・『ゼロ』って言うのか、陽子さんを撃ったの。)


「ホントだよな、でもどうする?あのまま死んじまったら『強盗』に『殺人』が加わっちまうんだよな。」


「何弱気なこと言ってんだ。どうせこのまま海外に逃げちまえばいいことだろ?とりあえず戻ったら殺っちまうか?その方が銀行側も言う事聞きやすくなンだろ?ってか俺たちが殺んなくてももう死ぬだろうけどな。」



 ・・・陽子さんが・・・死ぬ?



 私の頭が真っ白になった。かと思うとスっと現実に戻される。

 そして今、大変な状況に居ること、陽子さんの命が危ないこと、この気が狂いそうな現実を突きつけられたにも関わらず、私の心はいやに落ち着いていた。

 そして、脳細胞の一つ一つがフル回転し、血管が脈打っているのを確かに感じられた。

 そんな状況から導き出された答えが一つ、そのことを専務に静かに伝えた。


「専務、もう一度言います。例のアレ、かけて下さい。」


「・・・ダメだ。」


「そう言うと思ってました。それならば仕方ありません。私が今飛び出して二人をのします。これでも空手の経験者ですから。」


「カ・・・カエデくん、無茶だ!」


 専務が耳元で声を荒げた。彼の言いたいことはわかる。でも今、自分たちを救い、陽子さんを救えるのは私の空手の経験と、専務のあの力、それしかない。私の全細胞がその答えを出していた。

 そして、私はまっすぐに彼を見つめた。すると


「・・・仕方ない、こればっかりは自分にかけられないしな。しかしカエデくん、これから言う二つの事、ちゃんと聞いてくれ。」


 根負けしたのか、ため息をつきつつ静かに言った。


「何ですか?」


「一つ、戦うのはカエデくんでいい、ただ、俺の指示には従ってくれ。ま、これでもサバゲーでさんざん馴らしたクチでね。とはいっても、ゲームの知識がどれだけ通用するかはわからないけど。君、大人数を相手にしたこと無いだろ?」


「わかりました。それでもう一つは?」


 専務に訊いた、すると、ニヤっと笑いながらこう言った。




「二つ、無事に出られたら君のおっぱい揉ませてくれ。」



 

 ・・・。

 ・・・!!


「なっ・・・!?」


 いきなりの専務の発言に顔が赤く、火照ってきた。思わず自慢の左平手打ちが出そうになったが、音が出るとまずいので必死に左腕を握り、プルプルと震えていると彼が言った。


「よしよし、余計な力が抜けたな。カエデくん、あまり構えると効果が薄くなるんだ。それにな、俺は巨乳好きだ、誰が好き好んでどっちが背中かわからん君のリトルパイを揉みたがるかってんだ。」


「っ・・・!!」


「そんじゃ、余計な力が抜けたところでアレ、やるぞ。」


 そう言うと専務は私の手を握る。私はそれに呼応するように彼にもたれかかるように体を預け、目を閉じると、彼は見計らったように私の耳元で静かに囁いた。


「目が覚めるとあなたは・・・フロー状態になります。そして、筋肉の使い方も格段に上手くなります。脚力、腕力のリミットがうっかり外れちゃって、トラとかと対等に渡り合えちゃうかもね。すごいね。更に更に、今日はお客様感謝デー、おまけに視力、聴力が研ぎ澄まされます。おーっと!それだけじゃありません。何事にも動じない精神力までつけてこのお値段。金利手数料はジャパネッ・・・ゲフンゲフンが全額負担します。」


 こんな状況なのに、なんともふざけた導入の仕方だなぁ。ってゆうかこれは決まり文句みたいなものか。そう思った矢先のことだった。


「はい、それじゃあ起きて。」


 専務の声に目を開ける。何だろう、いきなり視界がぼやけているんだけど。

 そう思っていると、不意に彼は私の顔から眼鏡を取り上げながら言った。


「これからガチで戦おうってのに眼鏡は弱点でしかないからね、視力もアップさせておいた。とりあえず眼鏡はココに置いて行きなさい。後で回収すればいいから。」


 そう言いつつ、便座の水の入ったタンクの上に、私の眼鏡を置いた。そして、彼は続ける。


「今君はいわゆるひとつの『強化人間』みたいになってるんだ。筋力だけで言えば、かの有名なシュワル○ネッガーや蝶野ナントカさんも裸足で逃げ出す程の強さになってる。そこでだ・・・」


 と、その時、強盗が女子トイレに入って来たのだろう、三つある個室の一番入り口から手前、そこを開ける音と、彼らの声が聞こえた。


「俺、女子トイレって入るの初めてかもしれね。ウヒヒ・・・」

 

「お前よ、中学生じゃねぇんだからトイレくらいで何興奮してんだ?」


 ・・・近い。ここに来るのも時間の問題だ。軽く焦ったその時、専務が声を殺して言った。


「いいか?声からすると多分、二人組だ、アイツ等がここのドアを開けた瞬間に首筋にチョップを喰らわせる、二人同時に。俗に言う『当て身』ってヤツだ。格闘技マニアのカエデくんならわかるよな?」


「えぇ・・・実際に試したことはありませんけどね。」


「まぁ、それが当たり前。でも今はそんなこと言ってる場合じゃない、ドアが開いた瞬間、君は飛び出して思いっきり首筋に手刀を叩きこむ。ちなみに意識を集中すれば、フロー状態になるようにしてあるから、相手が止まって見えるハズだ。ぬかるなよ。」


 専務はそうとだけ言うと、口を閉じた。そして彼は静かにドアが開いた時、死角になる位置に移動した。

 あたかも、私に全てを託したと言わんばかりに・・・


「それじゃあこれで最後だな。」


 いつの間にか二つ目の個室も調べ終えた強盗が、油断しきった声を出しつつ私達が潜む個室のドアを開けようとしていた。

 私は意識を集中する、その自分の目にはドアノブがゆっくりと、ゆっくりと回るのが見えた。

 そして、ゆっくり、ゆっくりと扉が開いてゆく。その時、ドアノブを握ったままの強盗と目が合った。

 びっくりした表情を浮かべる強盗、彼が驚きのためのけ反った反応を見せるが、私にはスローモーションに見えた。

 ここぞとばかりに私は地面を蹴って、目の前の男に襲いかかる、そして首筋目がけ、渾身の力を込めて手刀を振り下ろした。

 そしてそのまま、体を(ねじ)りもう一人の強盗へ、一瞬の出来事に体が反応出来なかったのか、私にはただ、『万歳』をしているように見えた。

 そのガラ空きの首筋に目がけ、再び手刀を振り下ろす。私には結構な時間が流れたかのように思えたし、目に映るものは、最初に手刀を叩きこんだ男がまだ崩れ落ちていない・・・が、二人組には一瞬の出来事だったらしく、声を上げる間もなく、地面に崩れ落ちて行った。

 

「・・・うまく・・・いったの・・・かな?」


 構えたままの姿勢で、呟くように言ったその時だ


「ブラボーっ!さすがだね、一瞬で大の男二人をのしちゃうなんてさ、伊達に格闘技オタクじゃないってとこかな。」


 専務が個室から出てきて言った。それに私は答える。


「はは・・・は、私もびっくりです。手刀で人って気絶するものなんですね。」


「まぁな、首筋は頸動脈が走っているからな・・・って君くらいになると知ってるか。まぁ、そこを叩けば脳貧血を起こすからな。非力な女性でもそこを何度か圧迫すると相手を気絶させることが出来るとか、出来ないとかで、良い子はマネしちゃダメだぞ!」


「・・・専務、誰に言ってるんですか?」


「まぁ、アレだ、大人の事情ってヤツさ。とりあえずだ、コイツ等の服をひっぺがして着替えんぞ。」


「・・・マジですか?」


「何言ってんだ。すぐにバレるとは思うがこのままの姿で行ってみろ、ボスにゃあ近づけんぞ?近づかなきゃ自慢の手刀も叩きこめん。それにな、今のカエデくんがフロー状態とはいえ、飛んでくる弾丸を交わすのは無理なんだ。かの有名な(※)『エスパー○美』ですら弾丸を交わせなかったんだよ。マミさんに無理なことは、一般人じゃ到底無理。おわかり?」


 そう言いつつ、専務は気絶した強盗の服を脱がせ、どこから取り出したのか不明なロープで猿轡(さるぐつわ)のごとく口を縛り、ついでに両腕、両足を慣れた手つきで縛り上げていた。


「・・・専務、色々とツッコミ所は満載なんですが、ともかく、ロープなんて、何で持ち歩いているんですか?」


 そんな私の問いに


「え?これ?これはロッククライミング用のロープさ。ホラ、最近スキューバダイビングのライセンスも取り終えたことだし、海の次は山だなーってことで、ロッククライミングでも、なんて思ってさ、まずはロープワークを覚えないといけないってことで、空いた時間に練習しようといつも持ち歩いてるんだ。こんなところで役に立つとはなぁ。人生何があるかわからんよな。」


「・・・そうですか。」


「そんなことよりとにかく、服の上からコレ、着るぞ。」


 そう言って私に、今まで強盗が着ていた服を手渡した。それを受け取ると専務が言った。


「丁度いいくらいに一人は大柄、もう一人は小柄だな。計ったように俺とカエデくんにぴったりじゃないか、RPG的なフラグも立ったし、こりゃあうまく行くんじゃないか?まぁ、ここまで来たんだ、うまく行ってもらわにゃあ困るけどさ。」


 そう言いつつ彼はもう、強盗の服を着始めていた。

 私も黙って彼に続く、そして最後の仕上げに目だし帽を被った時に、耐えられなくなり、ボソっと呟いた。



「・・・この服、何か臭い。」



 つづく


 (※)エスパー○美ですら弾丸を交わすのは無理


 かの有名(30歳以上限定)な彼女、自分に飛んで来る飛来物に反応してテレポート出来る能力の持ち主ですが、どこかの暗殺者・・・というか悪い人に拳銃で撃たれた時、体が反応出来ずに、あっさり弾丸を喰らってしまったんですよね。 

 ですが、さすが不二子アニメ、幼馴染から貰ったブローチが盾になって一名を取りとめたという奇跡的というか、大人の事情的な展開で生還を果たしたというエピソードから。

 解らない人はお父さん、お母さんに訊いてみてね!

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