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序章 その2

「専務、どどどどどうしましょう?」


 女子トイレの個室、専務にしがみつきながら出来る限り小さな声で彼に(ささや)いた。

 すると彼はため息交じりに言う


「しかしまぁ、どうしてこうなっちまうのかな。こんなシュチュエーション、ドラマでしか見たことないぞ。」


 そんな専務の声は冷静を装っているが、私がしがみついた腕は小刻みに震えていた。

 そう、彼も怖いのだろう。

 そりゃあそうだ、私とて一刻も早くこんなところは出たい、でも、それが出来ないのは・・・


 

 銀 行 強 盗 が す ぐ 側 に 居 る か ら だ 。



 時を遡ること15分前、入居者から貰った家賃を振り込みに行く専務に、たまたまついて行くことになった銀行、そこで事件は起こった。


「オラぁ!俺たちは銀行強盗だ!有り金全部このバッグに詰めろや!」


 遠くで聞こえるその声に、私は冗談か何かだと思った。

 それはそうだ、銀行強盗なんて、マンガやドラマの世界でしか見たことが無い、こんな地方都市の片隅でそんなことが起こるとは思ってもみなかった。

 男の怒号が聞こえたその時、私は待合室からトイレに伸びる長い廊下に立っていた。

 とにかく状況を確認しようと、そろりそろりと歩き、待合室が見えた時、暗い色の作業着みたいなものを身につけ、ニット帽を被った人が数名、見えた。

 そして、その中の一人はカウンターの上に立ち、ナイフらしきものを振り上げているのが見える。



 ・・・これは、ガチかも。



 全てを悟り、思わず後ずさったその時、不意に後ろから口を塞がれた。


「っ!!」


 一瞬のことで、抵抗することも出来ず、頭が真っ白になったその時、私はそのまま奥の方へと引きずられていった・・・。


 ◆□◆

 

「ところでカエデくん、一体何を読んでいるんだい?」


 太陽の光が燦々(さんさん)と射す『有限会社ワタセ』の事務所、相変わらず暇を絵に描いたような一日だったので、私はいつものように電話番をしながら雑誌を読んでいた時、専務に声をかけられた。

 

「え、コレですか?『月刊格闘技』ですけど。」


 私、浜坂カエデがアルバイトをしているこの『有限会社ワタセ』、貸しアパート業を生業(なりわい)としている会社で、専務と呼んだのはこの会社の息子、いわゆる二世というヤツだ。

 彼の名前は『渡瀬健吾』、親が一代で築いたこの会社を、両親が早々に隠居をしたために、34歳にして金と自由を手に入れた羨ましい男なのだ。


「・・・いやね、それは本を見ればわかるんだけどさ、普通年頃の女の子が読むのったらさ、『ノンノ~』だとか『オレンジページ~』だとか、じゃないかなぁ・・・?って思って。」


 そう言って専務は大きな体を揺らしながら私に近づいてきた。

 彼はいわゆる一つの『プロレスラー体型』というヤツで、なんというか『ガチムチ』という部類、しかも身長は結構高い、ホント、彼に格闘技でもやらせたいわ。そんなことをいつも思っている。


「何ですか?女25歳が格闘技の雑誌を読んだらダメ・・・と、そう言いたいんですか?」


 そう言って彼に凄むと、少し身を引いた。

 そういえばこの前、なりゆきとはいえ彼に一本背負いをかましたんだっけ。それをまだ引きずっているのかなあ。

 と、その時


「ちょっとカエデくん、俺に付き合ってくれないか?」


「えー・・・。」


 この間の催眠術もどきといい、彼の『付き合ってくれ』はロクなことがない。あからさまに嫌な顔をしていると


「いや、今回は実験じゃなくて・・・あの、アレだ、ちょっと銀行までなんだけど。」


 銀行か、それなら・・・いやまてよ、ありえない所でイベントを挟んでくるのが彼だ、油断は出来ない。

 

「銀行なら一人で行ってくればいいじゃないですか?」


「いや、それがな、あそこの銀行は親父の代からの付き合いでさ、俺が行くと面倒な事になるんだよ、色々と勧めて来たり、見合いの話を持ってきたり、だから、バイトの娘も一緒だって言えば帰る口実が出来るだろ?」


「見合いって!この平成も20年過ぎた今にそんな化石みたいなイベントってまだあるんだ。」


「それを含め色々と面倒なんだよ。だから、頼むよー。」


 彼が両手を顔の前で合わせる。まぁ、変なイベントが起こらなければそれでいいのかも、でも・・・

 

「・・・私、もう帰る時間なんですけどね、残業代、出してくれます?」 


「・・・しょうがない。」


 と、そんなやりとりがあって、二人で銀行へ、着くや否やさっそく専務は支店長に捕まり、別室へと連れて行かれるのを眺めていた。

 するとその時 


「あらぁ!カエデちゃんじゃないの。こんなところで会うなんてねぇ。」


 不意に声をかけられ振り向くと、そこには見覚えのある顔があった。


「あ・・・陽子さん、お久しぶりです。先生はお元気ですか?」


 私が先生と呼んだのは小さい頃、通っていた空手の教室の先生の事、陽子さんはその奥さんだ。


「あの人ったらまだ元気でやってるわよぉ。それにしてもカエデちゃん、しばらく見ないうちにすっかり女らしくなっちゃって、いい人でも居るんでしょ?どうなの?ホラ、おばちゃんに言ってごらんなさい!」


「あ・・・いや、はははは・・・。」


 心の中で『んなヤツぁ居るかぁ!』と全力で叫びつつ、陽子さんのマシンガントークをのらりくらりと交わしていた。

 この人、これが無ければすっごくいい人なんだけどなぁ。

 芸能ニュースが好きで、ゴシップが好きで、芸能人の恋愛事情とかやけに詳しかったっけ。

 とはいえ、小さい頃、女の子が一人だけの空手道場で浮きまくっていた私に、すごく世話をやいてくれたんだよなぁ。

 私が小さい頃、両親は共働きであまり家に居なかったため、なんだかんだで私のことをかまってくれる陽子さんには母親みたいな感情を持っていた。

 

「と、私ちょっとトイレ。」


 なおも色々と聞いてくる陽子さんの話を切り上げるように、私はトイレに立った。

 そして、色々と済ました後、トイレを出た私を待っていたのが・・・



 冒頭である。



 ◆□◆


「う゛っ・・・う゛う゛う゛っ!」


 口を押さえられ、利き腕も封じられた私は、奥へと引きずられていった。

 私を押さえつける冷たい手が、もがいてももがいても離れることはなかった。


 もしかして・・・強盗の仲間!?


 そう思ったその時、見上げた天上がピンク色に変わっていく。

 ・・・ここは女子トイレだ。どうしてここに?

 そのまま個室に入り、ゆっくりと、そして静かにドアが閉まったその時、耳元で囁くように声がした。


「カエデくん、俺だ。」


「モッ・・・モガッ!」


 強盗だと思い込んでいたその手の主が専務だったという驚きで、思わず声を出す私に、彼が言った。


「シッ!声が大きい。しかし困ったなぁ。」


 そう言うと、口から手を放す。

 やっと自由になった私の目に入ったのは紛れもなく専務だった。


「専務、どうしてここに?確か支店長に捕まってたハズじゃあ・・・」


 そんな彼に問うと


「支店長のマシンガントークに疲れてさ、とにかくインターバルを・・・と思ってトイレに行ったのさ、そしたら強盗とエンカウントするわ、カエデくんは無防備に覗きこんでいるわで半分パニックさ、とにかく身を隠そうと君を引きずってココに・・・というわけさ、女子トイレなら個室も多いし、強盗も確認しに来ないだろ?・・・多分。」


「いや、薬の力で小学生になった名探偵が出てくるマンガだと男子女子関係ないっす。黒ずくめの人に見つかるのがオチっす。」


「ええぇ・・・。もうすでに絶望村?ってゆうか何でいきなり喋り口調が体育会になってるの?」


「その場のノリです、気にしないでください。と・・・専務もさらりと人狼ネタ入てるじゃないですか。」


「おっ!?カエデくん、『人狼』知ってるんだ?それは意外。今度仲間集めてやろっか。」


「まずここから無事に出られたら・・・の話ですけどね。あーあ。」


 と、私がため息をついた時のことだった。



【パンッ!】 【ガチャン!】 

 


 乾いた音に続き、ガラスの割れる音が聞こえてきた。それと同時に


「アンタ!大丈夫か!」

「胸を撃たれたみたいだぞ!」

「ひいぃぃぃぃぃぃっ!」


 待合室からだろう、人々の悲鳴が怒涛のように押し寄せてきた。


「・・・うそ。」


 思わず呟く私、それに続いて専務が言った。


「マジ・・・か?本物の銃を持ってるみたいだな。こりゃあ見つかったらタダじゃあ済まないな。」


「誰か撃たれたみたいですよ!」


 誰か撃たれた・・・現実のことなのだろうか?もしかして、悪い夢を見ているのではないのだろうか?

 きっとこれは夢なんだ、そういえば体もあちこちだるいし、頭もボーっとしてきた。

 夢ならば撃たれようが何されようが実際に人が死ぬわけじゃない、早く夢から覚めろ!私!

 と、念じたその時だった。


「高倉さんっ!高倉さんっ!しっかりして!ちょっと!アンタ何してくれてるのよ!」


 誰かの悲痛な叫び声が聞こえた。

 

「うるせぇぞそこのババア!お前もこうなりたくなかったら黙って座ってろ!」


 その悲痛な声に、しゃがれた男の声が被さる。



 今、高倉さん・・・って言った?



「陽子さん!専務!陽子さんが!」


 思わず叫び出した私の口を、とっさに専務が塞ぐ。そして怖い顔で私を見ながら声を押し殺して言った。


「カエデくんっ!とりあえず落ち着きなさいっ!ともかく君の大事な人なんだね?気持ちはわかるが取り乱しては駄目だ。俺たちまで捕まっちまうぞ!」


 彼の二つの目が私を見ている。

  

「でも・・・でも・・・陽子さんが・・・陽子さんが、死んじゃ・・・う。私の・・・二人目の・・・お母さんみたいな・・・。」


 ちゃんと喋ろうと思っても、ショックと嗚咽が混ざり、言葉にならなかった。

 

「そうか・・・ともかく俺たちは出来ることをしよう。ともかく警察に電話だ。」


 と、専務は携帯を取り出したその時


【コツ・・・コツ・・・】


 数人の足音が聞こえてきた。明らかにここに向かっている。

 専務と私は固まったまま、息を押し殺していると、どうやら強盗は男子トイレに入っていったようだ。

 そし、遠くから個室のドアを一個ずつ開ける音、そして


「おい、やっぱりトイレには誰も居やしねぇって。」

「まぁ、万が一ってことがあるからな。おい、こっちが終わったら女子トイレもだぞ。」


 男の声が響いてくる。

 間違い無い、次はここを徹底的に調べられる。見つかったら一巻の終わりだ。

 専務はというと、ここで電話をかけると居場所がバレると思ったのか、携帯を握りしめたまま、唇を噛んでいた。



 絶体絶命。どうする?



 あの強盗に見つかったら間違いなく、何だかの形で暴行を受けるだろう。

 殴られるだけならまだいい、相手は銃を持っているのだ。しかもさっき、ためらいも無く陽子さんを撃つような連中だ。

 隠れていたことに逆上し、見せしめのために撃たれる可能性だってある。

 その時、この間のことが私の脳裏を(よぎ)った。もうこれしかない。生唾をゴクリと飲み込み、専務に言った。 


「・・・専務、この間のアレ、私にかけてくれませんか?」



 つづく

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