007:魔狼と一緒に走ってる。
俺は今、途轍もない威圧感を放つ、一つの扉の前に立っている。
その巨大な扉を見据え、「おしっ、いくぞっ」と短い声で戦意を固め、俺は扉に手をかけ、静かに押した。すると扉は不気味なほどに無音で開いた。
コツコツと硬質な音を響かせ、扉に見合う大きな部屋の中に入っていく。中は外に比べて二、三度気温が低いのか、ひどく肌寒く感じた。
奥の方から地面を踏みしめる静かな音と共に、巨大な何かが近づいてくる。
その巨躯に表示された名は〈闇氷の銀魔狼〉。
そいつは5mはある体に、光さえも吸い込んでしまいそうな闇色の毛並みを持ち、さらに、そこに既に吸い込まれてしまった光が抜け出そうと暴れているように、時折り銀色に瞬く。口元には上と下に二本ずつ、計四本の途方もなく長い牙が伸びている。軽く1メートルを超える長さを持つその銀色の牙は、それ自体が剣のようだった。
妖しく煌めく蒼色の中に、輝く銀色が混じった色の瞳が、俺をしっかりと捉えた。俺を真っ直ぐ見つめるその瞳は、酷く何かに飢えているようだった。
闇色の魔狼が、これまでの黒色の狼や銀色の狼とは比べの物にならないほどの大音量で、咆えた。
「ルゥゥゥウウゥォォオォオオオォォオォォォオオォォォオォオオォォオオオォォォォォンンン………ッッッッッ」
俺は、動く事が出来なかった。
―――その咆哮は嘆いているようだった。
事実、その瞳からは確かな一筋の涙が流れていた。
―――天に向けて放たれたその声は、これまでに死んでいった仲間たちを弔う、悲しき遠吠えのようだった。
途端、その体から闇が漏れ出し、うねった。
漏れ出した闇を何かの軌跡のように残しながら、狼がこちらに跳ぶ。予想を超える速さで向かってくる闇色の魔狼を、右方へと大きく転げる事でギリギリ回避する。
闇色の魔狼が口元を大きく振るい、その長い長い牙を落とす。
俺はそれを腰から抜き払った紅い剣で受け、衝撃を流す。金属をぶつけ合ったような高らかな音が、乾いた周囲の空気に響いた。
それを捌き切った俺は、空気の上を駆けあがり、闇色の魔狼の背中へと回り込む。俺はそのゴツゴツと盛り上がった逞しい背中に、右手で持った紅い剣を音速で二度、重ねるように振るう。白銀の風を纏った刀身が、闇色の体毛を切り裂く。
しかし、闇色の魔狼のHPは雀の涙ほどしか減らない。
それに、切った感触もただの毛を切りつけている筈なのに、まるで金属を傷つけているような不思議な感覚だった。
魔狼が尾を振るった。それを追うように風が巻き起こる。鋭く、槍のように変化していた尾は紙一重で避けたが、あとの風に煽られ、俺は大きく体勢を崩す。
闇色の魔狼が跳びあがり、俺はもろに体当たりをくらった。
「がァ…ハっ……」
ちらり、と自分のHPを確認すると、実に五割ものHPが持って行かれていた。
俺はすぐさま距離を取り、防具のポケットの中に入っている無数の長方形の紙の中から三枚取りだす。俺はそれを片手で握りしめ、「《ヒール》!」と早口で三度唱えた。
すると俺の体が淡い光に包まれ、それと共にHPが全快した。
これは〈マジックカード〉と言うアイテムで、この〈マジックカード〉には回復魔法の《ヒール》が入っている。
〈マジックカード〉とは、魔法をカードの中に閉じ込め、一度だけの使い切り版にしたアイテムだ。魔法系のスキルを持っていないやつがよく使う。俺もよくお世話になっている。
戦闘中の回復には即効性のある〈マジックカード〉を、非戦闘中の回復には時間はかかるが安価なポーションを使用するようにしている。
今回は相当な数の《ヒール》のマジックカードを用意してきたつもりだが、……これでも少なかったかもしれない。
回復が終わった刹那、闇色の魔狼が影となってこちらに来る。
爪と牙を交差させ、俺を斬り殺すためにこちらに来る。
俺は空中に躍り出る事でそれを回避した。その間にも一撃、二撃と音速の斬撃を飛ばす。だが、総じて一割と減る事は無い。振るわれる牙を避け、逃げるように空中に退避。
そこから体制を整え、今度は剣を構えながらの突撃。
衝撃波により微弱ながらに体勢を崩した闇色の魔狼に向かって袈裟切り、逆袈裟切りと重ねるように切り裂く。しかし俺はそれでは止まらず、そこから右から左へと一閃。巻き戻すように左から右へと再度一閃。
計四撃加えたことで、今までの蓄積されたダメージと合計してやっと一割ほどのHPが削れた。
鋭利な剣のようになっている尾から逃げ、地面を転げた。そのまま回転を巧く利用して、4、5メートル程離れる。
それだけでは逃げられず、攻撃に特化された二本の前足が俺を追う。
俺は跳びあがり、空気の上に着地。ついさっきまで俺のいた所を、鋭く砥がれた爪が穿つ。空気の上を例のごとく駆け回る。
俺は一つ、思いついたことを確認しようと、危険を承知で闇色の魔狼の顔の前に立つ。
そのまま、剣のような牙が俺を捉える前に魔狼の眉間へと垂直に一撃。すると、闇色の魔狼のHPが目に見えて減った。それこそ、今までとは比べ物にならないほどに。具体的には一撃で一割も減った。
(……コイツは、ラッキーだな)
俺が思い出した事とは、モンスターの弱点の事である。
モンスターには総じてどこかに弱点がある(例外としてボスモンスターが持っていない事が稀にあるが、こいつを持っていたようだ)。大抵のモンスターは頭や心臓とかだ。
獣系のモンスターには頭が弱点である事が多いため、試してみたのだが……ビンゴだ。
こいつは頭が弱点らしい。複数弱点を持つ奴もいるが、そういうのは大概は大型PT用の、有り得ない位のHP量を持ってるやつだ。こいつはそうじゃない。
「グゥルゥッッ!!」
俺の一撃に憤りを感じたのか、低く、短く咆えた。
その声に反応して周囲に黒と蒼の魔法陣が重ねられた、濃紺の魔法陣が無数に浮かんでいた。
(やば……ッ)
その濃紺の魔法陣から、深海のように深く濁った蒼色の氷柱が飛び出した。いくつも、いくつも。
俺は空中に乗った足に力を込め、バネを溜め、踏んばる。間髪いれずそのバネを解き放ち、後ろに跳んだ。しかし、それでも全てから逃げ切る事が出来ず、一本、二本と右肩と右の太股を貫いた。
そのまま音速で離脱し、十分な距離を取る。
防具のポケットから《ヒール》の〈マジックカード〉を四枚取り出し、回復の魔法を唱えた。残り一割半まで減らされていた俺のHPが、数瞬の内に戻った。
それでも、貫かれた右肩と右の太股の傷は塞がらない。それ故に痛みも引かない。
(……なんでだ?)
そこで俺はHPバーの横に暗い緑色に毒々しく光るアイコンを捉えた。
“状態異常”だ。
ここにいる魔狼や、これまでの狼が使っていた支援魔法とは対極に位置する、毒や傷、病気などだ。
今、俺に掛っているのは〈毒〉と〈病気〉と〈貫通痕持続〉だ。
〈毒〉はよくある持続ダメージ。
〈病気〉は体調の悪化。掛かっている俺は今、体が熱く火照り、思考がまとまらない。息も絶え絶えになっている。
〈貫通痕持続〉……は聞いた事がないが、これは俺の右の肩と太股が傷が治らないから、これだろう。今までに感じた事無い、キリキリとえぐるような痛みは正直耐えらるものではない。
そこでも無慈悲に闇色の魔狼がこちらに跳び、その長い牙を俺に突き立てる。
「ぐっ……。はぁ…はぁ…はぁ……」
ギリギリの所で避けるも、〈病気〉のせいで呼吸が乱れる。
俺は再度十分な距離を取り、さっきとは別のポケットから長方形の紙を取りだした。その数は三枚。
その紙を握りしめ、この苦痛からできるだけ早く逃れるため、俺は声を上げた。
「《キュア》…、《キュア》……はぁ…《キュア》ッ!」
三度その魔法を唱える事で俺の状態異常は全て消え去った。
《キュア》は状態異常回復の魔法。全ての状態異常に対して一度につき一つだけ回復できる。使い勝手のいい魔法なだけあって、〈マジックカード〉の値段も低くはない。……のだが、そんな事を気にしている場合ではない。
俺は毒によって一割ほど削られたHPと、右の肩と太股の傷を癒すためにもう一方の〈マジックカード〉を握りしめ、回復の魔法を続けた。
HPと傷は綺麗さっぱり完治し、俺は再度闇色の魔狼の方へと向き直った。
闇色の魔狼は静かに仁王立ちし(……いや、四足だし違うか……?)、俺を待ちかまえているようだった。
「よし。もう…………一頑張りだっ!!」
俺はその言葉が終わると同時に飛び出した。
そこからは、俺は一心不乱に剣を振りつづけた。
右手に収まる紅い剣と振り、数撃加えるごとに空中に退避し、少しでもダメージや状態異常を受けると、回避行動を取りながら〈マジックカード〉を使って回復した。
それはあくまで冷静に物事を捉え、冷徹に、機械的に紅い剣を振り続けた。
HPを削る為。
ガリガリと。
そんな効果音が出てきそうな勢いで俺は、
―――――剣を、振り続ける。
◆◆◆
そして遂に闇色の魔狼のHPが一割を切る。
それと同時に俺の《ヒール》の〈マジックカード〉の残量も切れた。
(次で……、決めるッ!!)
―――俺は駆ける。
―――ギラギラと餓えの心を失わないその瞳に向けて。
―――――最後の剣を振り下ろすために。
「はあぁぁぁぁぁあああああああああああああッッッ!!!」
俺は右手にある剣を垂直に落とした。
その剣は闇色の魔狼の眉間に吸い込まれるように、
―――切り裂く事はなかった。
パッキィィィイイッッ
「ッ!?」
突然現れた深い、それはもう深い紺色の氷の障壁が俺の斬撃を阻んだ。
それで体勢を崩した俺は、闇色の魔狼の口元にある牙により左腕を裂かれた。
左腕が、まるで焼かれたように痛い。
(何だ、あれ!?)
しかし腕の痛みよりも重要なのはそれだった。
(……くそッ、……もう一撃で終わりじゃないのかよッ)
距離を取ってHPを確認すると、三割弱まで減っていた。次に一撃でもくらうとジ・エンドだ。
(なんで……、なんで、なんでなんでなんでなんで!!)
俺は距離を取った。闇色の狼に接近されないよう、回るように逃げる。そう、スティールの時のように。
―――だが、敵はスティールなどではない。
闇色の魔狼の対になった双牙が、俺を捉えた。俺はその双牙を、全力で振るった剣で何とか弾き、そしてなお駆けた。俺は駆け出す際にも音の速さで剣を一閃し、斬撃を飛ばす。だが、途中で例の氷の障壁に阻まれる。
俺は心を落ち着け、考える。
タイミングから考えると、アレは〈闇氷の銀魔狼〉のHPが一割を切った事により発現した特殊能力だろう。稀にそういうボスモンスターがいるらしい。HPやMPがある一定まで減ると、急に攻撃力が上昇するとか、はたまたは防御力や速度が上昇するとか、そんな感じのが色々だ。
そう言えばこいつは妙だったんだ。
このダンジョンのただのモンスターの〈漆黒狼〉や〈白銀狼〉は、いくつもの支援魔法を連続して使ったり、何度もブレスを吐いてきたりと色々していたのに、こいつにはそれが無かった。それは、この氷の障壁にポテンシャルを注ぎ込んでいたのだろう。
それ故にこの氷の障壁は途轍もない。なんたって、最初の一撃、―――音速である斬撃に反応して見せ、更に完璧に防いで見せたのだから。
そして再度、闇色の魔狼の攻撃が俺を捉えた。今度は、あの恐ろしく長い牙だった。俺はそれをもう一度、同じように弾く。……だが、同じでないこともあった。
ピシリ。
…………そんな音が、俺の右手に収まる紅い塊から聞こえた。
耐久度に限界が来たそれは、ピキピキと数多の亀裂を奔らせた。
そして最後は、粉々に砕け、そして散った。
俺と共に幾多のモンスターを喰らってきた紅い剣の最後は、皮肉にもそのモンスターの最後に酷似していた。
そう、今〈ボーン・オーガ・スライシィス〉は死んだのだ。
(―――今まで、ありがとう)
気がついたら俺は心の中でこう述べていた。さらに俺は、無意識のうちにこう続けた。
(―――お前の仇だ。アイツは絶対に、殺す。何が、あっても!)
俺はそう言って更に決意を固めた。その間に、俺はそこまで自分があの紅い剣を想っていた事に驚いていた。
そして俺は駆け出す。あくまで、冷静に。
一つ、俺はある事を思い出していた。そう言えば俺の攻撃系スキルは〈片手剣〉のほかには熟練度が100と少ししかない〈足技〉だけだったなぁ、と。
音速で移動しているのにも関わらず俺は苦笑していた。だけど、そんな物でもただのパンチよりは強いかな……
そんな事を考えながら、俺は疾った。
俺は音速の上段蹴りを闇色の魔狼の横腹に叩き込む。が、例のごとく氷の障壁が俺の上段蹴りを阻む。バキィィイと、寛大な音を出すが、それでも、俺の足も白銀の風により保護されているので、敵にダメージがないのと同じように、俺にもダメージは無い。
―――そうだ、その氷の障壁よりも速く。
俺はそう、切に願った。
―――もっと、速く。音すらも超えて。
俺は三次元的な動きで空間を駆る。それこそ、不可視の牢を創造するかのように。
徐々に、徐々に、衝撃波に反応して出来た幾多の氷の障壁を纏った闇色の魔狼の動きが、重力の網に掛かったように鈍り始めた。
……いや、俺が速くなっているのか?
なおも俺は、願う。
―――速く速く疾く速く速く疾く速く疾く疾く疾く。もっと…………疾くッ!!
さらに俺は、願う。
―――――光をも、超えろッ!!!
その刹那、俺の願いが神に届いたのか―――音が、消えた。世界が、静止した。
全てが、止まった。
音が切れ、無音となった。聞こえるのは自分の仮想の心臓が脈打つ音、それくらいだった。
俺は紅色の愛剣の仇である闇色の魔狼の飢え狂った顔の前に躍り出た。
「いい加減に―――……終われっ!!」
俺はその言葉と同時に右の足で上段蹴りを繰り出した。
いや、それは『蹴り』なんて生易しい物じゃなかった。
白銀の風を纏った俺の足は、まるで大型の突撃槍のように鋭利な物に変化し、闇色の魔狼の飢え狂った顔面を、その恐ろしく長い剣のような牙もろとも砕き、深々と穿った。
さらにそれだけでは飽き足らず、俺の足は白銀の風の力の奔流を抑えている事が出来なくなり、爆ぜる。
それだけで濃紺の氷の障壁を纏った闇色の魔狼の肩口まで吹き飛ばし、俺を傷め続けた闇色の魔狼は見るも無残な姿へと変化した。
そして、世界が動きを取り戻す。少しづつ、少しづつ。
途轍もない高速の中より与えられた情報の量が増える事により、俺の意識と知覚が徐々に鈍重になっていく。
その鈍って行く意識の中でもある事はこの目で捉えた。
闇色だった巨大な狼の体がが綺麗な空色の水晶のようになり、パキィンと硬質な音を立て―――散った。
俺は鈍くなっていく体と思考に耐え切れず瞳を閉じ、その場に倒れ、眠りに落ちた。
◆◆◆
俺は意識を少しづつ覚醒させていった。
ゆっくりと体を起こすと、ゴツゴツとした硬い地面で寝たためか、体がガチガチに固まってしまっていた。……こ、こんな所まで再現しなくてもよかろうに……。
そこで、『俺はどれだけ寝ていたんだろうか?』と疑問が芽生え、システムウィンドウで時間を確認する。
今の時刻は午後六時半ほど。
そして俺が〈闇氷の銀魔狼〉と戦闘を始めたのは午後七時をほんの少し過ぎたところ。
…………これは、おかしい。
これはつまり、つまり―――、
「―――俺って一日も寝てたのか!?」
俺は驚愕のあまり叫んだ。
しかし、そうでは無かった。
俺はウィンドウで日付を確認すると、何と……
―――――一週間進んでいた。
「はあああぁぁぁぁぁぁぁああああああ!?!?」
自分でもビックリだった。いや、ビックリどころじゃない、俺は腰を抜かすことを初めて体験した。
まさか、ダンジョンの中で夜を明かす……、どころでは無くて一週間も寝る事になるとは思いもよらなかった。
「有り得ないだろうっ!?」
そう叫んで辺りをきょろきょろと見回すが、入った時とさして変わってはいなかった。しいて言うなら、〈闇氷の銀魔狼〉の姿が跡形もなく消えている事だった。
―――いや、違う。
俺は変わっているところを見つけた。
奥の方、―――〈闇氷の銀魔狼〉が最初に立っていた場所に、ゴルフボールほどの小さな真っ白の水晶が浮かんていた。
俺はガチガチに固まった体を起こし、キラキラと煌めくそれの所へと歩いてゆき、近づいた。
水晶と言うよりは真珠のように見えるそれを、俺は恐る恐る、触れた。
ブゥゥン
そんな音と共に真珠のようなそれから、似合わない巨大なウィンドウが出現した。
そこに表示してあったのは、
『ダンジョンから離脱しますか? Yes or No
※尚、他の時に離脱したい場合は再度本体に触れてください。』
といった文字だった。
こういった《ダンジョン脱出用ポータル》が置いてあるダンジョンは珍しい。
だいたいは《ワープ》の〈マジックカード〉で帰る事になる。それが無い時は来た道を戻る羽目になる。これは体験者の談だが―――『ありゃあ、一種の拷問だ』―――だそうだ。どれだけつらいかはその言葉が十分すぎるほど語ってる。
俺は一応《ワープ》を持っているが、この状況でそれを使うのも意味がなさすぎるので俺は『Yes』の部分に触れた。
すると体が光に包まれ始め、それと同時に体を粒子に分解されていくような感覚が奔った。そして一秒もしないうちに、俺の視界がホワイトアウトした。
◆◆◆
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
そんな重低音と共に俺の今までいたダンジョンの入り口が崩れていっている。
「え、えーっと…………。な、なんだ、コレ?」
ダンジョンのボスの部屋から入口の前まで転移してきて一秒程経ったのち、突如として入口が崩れ始めたのだ。何の、脈絡もなく。
………と。そこで俺は、不意にこの現象の事を思い出した。
これは確か、《ユニークダンジョン》の攻略後に起こる現象だ。
《ユニークダンジョン》とは、一度きりのダンジョン。
つまり、一回攻略したらもう二度と攻略できないダンジョン。
それ故に《ユニークダンジョン》は難易度が高く、それに伴ってアイテムのレア度も上がる。こういうダンジョンは初期の方に出てきたのは良いが、難易度が高いので攻略される事無く放置されている事が多い。ここもそれに含まれていたっぽい。
…………だって、俺知らなかったし……
そうだ。俺はこのダンジョンのことをユゥさんに聞くまでまったく知らなかった。ましてや、《ユニークダンジョン》だ何てことも全く知らなかった。
そう言えばユゥさんが『いっぱい友達連れていくんだよぉ~』って言ってたのはこの為だったのかもしれない。………結局一人で行ったケド。
「あ、そう言えばアイテムちゃんと手に入ったかな……」
そう言って俺はアイテムボックスを開く。
そこには、十分に取っておいた筈の容量があと一個でオーバーしてしまうほどあった。
これは異常だ。
ボスに挑戦する前に確認した時は五、六回ボス戦を繰り返しても、(いや、実際そんな事したらHPがあっても精神的疲労で死にそうだが)ドロップアイテムを全て収納できるほどあいている筈だった。
それに、アイテムの種類が異常に多いが、それだけではない。さらに多いのは一種類当たりの数だ。だいたいは多くても五、六個。それが、平均で13~16個ある。レアのマークが付いているのは、一個あればいい方なのに、三、四個普通にある。
通常アイテムは、〈闇氷の銀魔狼の牙〉×13、〈闇氷の銀魔狼の爪〉×16、〈闇氷の銀魔狼の毛革〉×13、〈闇氷の銀魔狼の毛〉×14など色々だ。本当は他にもたくさんあるんだが、ここでは割愛。
更にレアアイテムは、〈闇氷の銀魔狼の剣牙〉×4〈闇氷の銀魔狼の刺爪〉×4〈闇氷の銀魔狼の魔銀毛革〉×3〈闇氷の銀魔狼の槍尾〉×1〈闇氷の銀魔狼の針毛〉×3〈闇氷の銀魔狼の蒼瞳〉×2だ。
―――とにかく、異常だった。
一度のアイテムドロップにこの種類はあり得ないし、この量はもっとあり得ない。
これが《ユニークダンジョン》の仕様なのかなぁ……、と一人納得する事にして、俺は始まりの町〈ユーレシア〉に帰る事にした。
最初は【風迅破嵐】を使って帰ろうかと思ったが、それを使って帰って変な注目を浴びるのも嫌だったので、結局は《ワープ》のマジックカードでの帰還を選んだ。
俺はアイテムボックスから実体化させた一枚の長方形の紙を握りしめ、小さく声を発した。
「《ワープ》、〈ユーレシア〉」
その声と同時に、先ほどダンジョンから出てくるのに体験したのと同じく、体が粒子になっていくような感覚を覚え、俺の視界が途切れた。