006:魔窟の中でも走ってる。
PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi
システムによって鳴らされた目覚まし用アラームが俺の耳に届く。
俺はまだまだ重たい瞼を何とかして持ちあげ、のっそりと体を起こす。
今日はスティールとの決闘した二日後のの朝だ。決闘が終わった後のスティールの方は全く分からないが、俺の方はすこぶる大変だった。
決闘の最中に、何かアビリティとか特殊ジョブとか手に入れちゃって、決闘には勝てた(後半からは一方的に瞬殺)。勝てたのだが、そのアビリティのせいで「詳しく聞かせろー」みたいのが雪崩のように押し寄せてきて、逃げるのにもまたそのアビリティを使う羽目になってしまった。
その後はユキたちが「もしよかったら話を聞かせてほしい」って言うから部屋に呼んだのだが、そこで俺がユゥさんの胸に顔を埋める事になったり、何か俺が恥ずかしい事言ったり、ユゥさんが実はユニークジョブ持ちだったり、ユキが何か知らないが俺にデレてくれたり! と、色々あった。本当に色々あった。
そのあとはカークに料理を宅配してもらった。(理由はもちろん外に出るとうるさいからだ)そのときに聞いたのだが、噂では「新アビリティ発見! しかも使い手は女の子!」と言うことになっているらしい。だから何故だ、誰か教えてくれ。
◆◆◆
今、俺は用事があるのでユゥさんの店に向かっている。より正確に言うと、この前の決闘で防具の耐久度が限界に達してしまったので、防具を新調しに行くのだ。
……そしてその道中、異様なくらい視線が集まっている。たぶん……、と言うか絶対昨日の決闘のせいだろう。視線が俺に固定されている。それなのに俺が視線を向けると、サッと目を逸らす。たまにキラキラとそのまま俺に視線を向けてくる奴もいるが。(その場合は俺が逸らす)
しかも俺が歩くと人垣が割れてゆく。軽くモーゼの気分だ。なぜこんなことに……
「あのー」
「ん?」
そんな事を考えていたら、どこの誰だか知らないが何か男が―――いや、正確には男たちだ。脇に二人居た―――が、声をかけてきた。
「あの、今日暇ですか? もしよかったら俺らと一緒に狩りでもしませんか?」
「―――……は?」
俺は自分の耳を疑った。ナニイッテンノコノヒト。
「いやー、もしよかったら俺らと狩りとか行ってくれないかなーって……」
これは……ナンパ、か? いや、それは無いか。こんな腰の低いナンパがあってたまるか。以前はもっとすげえナンパにあった。アレは俺のトラウマだ……。俺、男なのに……
―――っと、それはいま重要な事じゃない。いま重要なのはこの誘いを断ることだ。
「あー、ごめん。今日は予定があるから無理」
「そうっ……すよね……いきなりすいません」
やっぱりナンパじゃ無いな。それに比べてアレはすごかった。もう「こいつらは接着剤の親戚か何かか!?」と、思わず考えてしまうほど粘着質だった。移動速度上昇のスキルが無かったら逃げ切れなかっただろう。
「それじゃぁ、失礼します」
「ああ、“また”があるかはわからないけど、またなー」
何か肩をガックーン……と落として、いかにも落ち込んでいるっぽいから、せめてもの励ましとしてニッコリと笑って手を振っておいた。
「……っ! はいっ! また!!」
いきなり元気が回復して、満面の笑みでブンブンと手を振りながら脇の男二人ともに軽やかな足取りで帰って行った。俺の励ましが少しは効いたっぽい。よかったよかった。
……それにしてもあの脇の二人は何をしに来たんだろう? 結局喋りもしなかった。
「「「…………ほうっ……」」」
「……?」
何故か周囲の連中が熱っぽいため息を漏らした。なんだ? 風邪か?
とにかく、その疑問は置いておくとして、俺はユゥさんの店へと歩き始めた。……そして再びモーゼ状態に……。
そのまま歩いていると「いやったぁぁぁああああ!!」と後ろから、さっきの男の喜びの叫びが聞こえた。今度はちゃんと女の子にナンパして成功したのか?
◆◆◆
「あ、イル君。いらっしゃーい」
「ユゥさん……こんちわ……」
笑顔で迎えてくれたユゥさんに対して、沈んだ声に言ってしまった。申し訳ない。
「どうしたの? 元気ないねー?」
「いや、何かですね。ここに来るまでの道で人に避けられまくったんですよ……」
「避けられまくった?」
「ええ。例えばですね、俺が歩こうとすると皆避けるんですよ?」
「親切心とかじゃなくて?」
「出店で飲み物買おうと思ったらお店の人は全く目を合わせてくれないし……、露骨に目をそらすし……」
「じゃあ、あれかな? イル君は嫌われ者?」
「うあぁぁああああっ! そんなこと言わないで下さいよ!」
「あはははは、冗談冗談。……それでそれで? イル君は何しに私のお店に?」
その言葉で俺は本来の目的を思い出し、用件を述べた。
「あ、そうでした。えっと、防具の新調に来たんです。この前スティールと決闘して結構攻撃受けたんで、耐久度に限界が来てしまいまして最近は結構お金も貯まってきたし、いい機会かなって」
「ほうほう。で、どの防具にする?」
そう言ってユゥさんが俺に、結構分厚い防具のカタログを差し出してきた。俺はそれを受け取り、軽鎧の欄を開く。
〈エターナルロード〉での〈重鎧〉と〈軽鎧〉区別の仕方は防具の総重量で決まる。ある一定より重いと〈重鎧〉。ある一定より軽いと〈軽鎧〉。ちなみに、その『ある一定』は詳しくは判明していないらしい。
ペラペラとページを捲り、どんな物があるのかと確認していく。と、最後のページの右下の防具が目に入った。
真っ黒の革のコート。その他にもシャツ、ズボン、グローブ、ブーツ。全てが漆黒で、その中に銀色と深い青のラインが入っている。そして俺は思った。
―――か、かっけぇ……、と。
「こ、これにします!」
俺は防具の性能などは一切確認せず、気がつけば右下の防具の絵を指さし、声をあげていた。
「お? それ? それは……難しいよ?」
心なしかユゥさんの瞳が、キラーンと輝いた気がした。
◆◆◆
「ここ……、か」
俺は今、とあるダンジョンの前に立っている。
そのダンジョンの名は【黒狼と銀狼の魔窟】。
昨日、ユゥさんに例の防具の事を聞き、それ作るにはここのボスの素材が必要なのだと聞いた。
故に今俺はここにきている。何故独りかと言うと……
友達がいないからだ!
……いや、ユキとかは友達とか言えるかもしれないけど、あって数日の人に「俺の素材のためにダンジョン攻略付き合ってー」とは言えない。言える奴もいるかもしれないが、少なくとも俺は言えない。無理だ。
そんなわけで独りでここにいる。
だが、ユゥさんの所でポーション類や地図などは完璧にそろえてきたので問題ない。
それに、先日手に入れた【万界疾駆】と【風迅破嵐】の性能も完璧に把握しておきたいと思っていたところだ。いつも【骨鬼の神殿】にしか行って無かったし、いい気分転換かもしれない。
「っしゃあ! 行くぞ!」
俺は独り気合いを入れ、ダンジョンの中へと足を踏み入れた。
◆◆◆
ダンジョンに入って十分。
今だ戦闘は行ってない。
地図ウィンドウを開き、〈索敵〉のスキルを最大限に利用しながら慎重に進んでいく。
しかし、この地図を見る限りはまだ一割も進んでいないことが分かる。足音をたてないようにして、同時に〈隠蔽〉のスキルも使用する。それと並行して熟練度の向上を目指す。
と、そのとき。俺の〈索敵〉スキルに何かが引っ掛かった。詳しくは分からないが、たぶんモンスターだ(と言うかダンジョンなんだから当たり前か)。それも二体。
ガサリ
そんな物音と共に漆黒の体毛に身を包んだ二匹の狼が姿を現した。
〈索敵〉スキルによると、こいつらの名前は〈漆黒狼〉。名前のごとく、漆器のように深い黒色を持つ体長2メートルはありそうな巨大な狼だ。
「「グルァォォオオォンンッ!!」」
戦闘開始の合図だろうか。唐突に、二匹の狼が共鳴するかの如く咆哮した。その声は、空気を震わす太い低音の咆哮だった。
すると、その二匹の狼の下の地面に黒い魔法陣が浮かび上がる。さらに狼たちの体を影の様なオーラが覆った。
(……支援魔法、か)
おそらく、あれはお互いにバフ―――つまり支援魔法を掛け合い、身体能力等を向上させているのだろう。纏っているオーラの色からしておそらく、闇属性の物だ。
闇属性の支援魔法は攻撃に毒などの状態異常を投与するものが多かったはずだ。俺はそういった攻撃に耐性が無いので、侮れない。それに、その他のステータスも多少は上がるはずだから尚更だ。
準備は終わった、そう言わんばかりに二匹の狼は俺を挟み打とうと左右に跳んだ。
右からは鋭い牙が、左からは研がれた爪が、俺を噛み砕くために、引き裂くために襲いかかってくる。その動作は淀みなく、そして速い。本質はただのデータのはずなのに、俺を襲う殺気はどこまでも鋭利だった。
ひしひしと感じるその殺気は、俺の恐怖心を煽ろうとする。
だが、俺はあくまでも冷静に上へと跳んだ。
二匹の狼が、交差するようにして通り過ぎた。お互いがお互いを攻撃してしまうなんて言うベタな事はしないらしい。残念だ。
俺はその場から落ちる事は無く、空気の上に立った。しかし、空気の上に立つというのは不思議なことで、あまり慣れない。初めて乗る前に想像していたのとは違い、鉄板のように確かな強度がある。
俺はその空気の上に立ち、駆けた。体を銀色の風が包み、限界を超えるためリミッターを外す。そして音速を超える。
二匹の巨大な漆黒狼の片割れの近づき、銀の風と共に衝撃波を放った。
だが、漆黒狼は飛ばされはしたものの、大したダメージは通っていないようだった。スティールの時は一撃で相当な量削れたはずだが、こちらは一割にもいかない。せいぜいその半分くらいだった。
(どんだけ硬い毛持ってんだよ……)
そんな感想を心の内で関心半分、呆れ半分で言いつつ、次なる手として俺は腰の片手剣を抜いた。
一つ、試してみたい事があった。
それは、【風迅破嵐】の発動状態でも剣は振れるか。そして、“技”は使用できるか。
決闘の時、すなわち初めて【風迅破嵐】を使った時は、走ることを第一に考え、無意識のうちに右手に持った剣を落としていた。もし、あそこで剣を落とさずに持ったまま走っていたらどうなっていたのか、決闘が終わってからずっと気になっていたのだ。
俺は空中を旋回し、先ほど吹き飛ばした狼の片割れのもとへと音速で向かった。
そして、右手に持った剣で横薙ぎに一閃する。
すると、途轍もない事が起こった。
音速で走っていた途中で剣の振ったので、その剣速も必然的に音速になる。その剣を振るった先を、白銀の風が渦ず巻き、切り裂いた。
それは斬撃の色こそ違うものの片手剣の“技”、《ソニックウェーブ》に酷似していた。
《ソニックウェーブ》とは、片手剣のカテゴリに属す技で、剣から青色に輝く斬撃を飛ばす遠距離攻撃だ。威力、攻撃速度ともに申し分ない優秀な技。貯めや硬直時間も突出して長いわけではなく、扱いやすい。基本的には遠距離攻撃を持たない片手剣士には嬉しい技だ。
しかし、唯一の欠点としてMPの消費がでかい。
具体的な数字で言うと、俺の場合五回使えばMPが底を突く。
通常の技であれば二十回くらいは普通に使える(と言っても使う“技”で多少は変わる)ので、消費MPは実に四倍である。追いそれ連発できるものではない。だいたいは格上の相手と戦うときの遠距離からの奇襲などにしか使われない。
しかし、俺の場合はどうだ。
俺が今発動したのは“技”ではない。アビリティを応用した、いわば『技術』である。
MPは1ポイントも減らないし、《ソニックウェーブ》より、数段早い。何せ音速なのだ、風が故にその姿を完璧に視認するのも難しいはず。それに威力も半端ではない。
先ほどの衝撃波で一割も減らなかった〈漆黒狼〉のHPを一撃で三割も削り取った。剣を使うことでより鋭いものになったのかもしれない。真っ黒の体毛は切り裂かれ、赤黒いダメージエフェクトが漏れ出している。
ギラリ、とダメージを受けた方の狼の眼が青白く輝いた。
「「グルァォォオオォンンッ!!」」
俺の後方にいた狼と共に、再度咆哮する。
今度は地面に蒼い魔法陣が浮かび上がり、それに伴い体に蒼いオーラが立ち込めた。もとからあった影の様なオーラと混ざり、夜空のような紺色へと姿を変える。さらに、それと同時にダメージを受けたはずの狼のHPが、一割の半分ほど回復した。
今度はあの蒼いオーラからして水属性、あるいは氷属性の支援魔法だ。それに、簡易的な回復魔法まで付いているらしい。まったく、厄介きわまりないな。
水属性の物には自然治癒力上昇系があったはずだが、それで無い事を祈る。
それに、獣型のモンスターが支援魔法とはいえ、二属性も操るとは聞いたことが無い。
ゴブリンやコボルトといったギリギリ人型のモンスターの中で、杖などを装備した者が複数の攻撃魔法や回復魔法を使いこなす事があると聞いたことがあるが、獣型の関してはせいぜい一属性だ。こんな事が出来るということは、こいつら意外と強いのかも。
微量ながらHPを回復した狼と、その反対側にいた狼が、賛美すべき見事なタイミングで攻撃を仕掛けてきた。
今気がついたのだが、二匹とも前脚、後脚ともに爪がだいぶ伸びていた。元の爪よりも、大いに伸長されたそれを覆っているのは、黒く濁った氷の爪だった。
毒々しい色をしたそれは、文字通り毒を持っているのだろう。闇と氷の支援魔法の混合の結果だろうか。
さらにその走る速度は、少し遅れながらも音速の俺の速度に迫る速さだ。たぶん、ギリギリ音速まで到達して―――……いないな。と言うかまだまだだな、まだ水の中にいるように緩やかに見えるぞ、狼君。
しかし、これも二つの支援魔法の結果なのか、それとの今までは力を隠していたのか……。どちらにしても驚異的だ。
俺はアビリティを使用することでそれを避けた(と言うか使用しないと確実に避けられない)。
音速まで達している俺は、高速(と言っても俺からすれば遅い)で動くの狼たちの方へと走って行った。
そして俺は剣を中段に構え、“技”を発動すべく口を動かした。
「《リクティソーン》!」
中段に構えた剣がシステムアシストにより後押しされ動きだすことは―――……無かった。
「……?」
俺をもう一度「《リクティソーン》!」とハッキリ発音するが、やはり俺の腕をシステムアシストが動かすことはない。
(もしかして、【風迅破嵐】発動中は“技”が発動できないのか……?)
とにかく、“技”は発動できないので、《スラッシュウェーブ》もどきで倒すことにする。
そこで、ダメージを受けていなかった方の漆黒狼が、再度咆える。
「グゥルルァアォォォオオオオンンンッッ!!!」
それと同時に狼の口の前に黒い魔法陣が浮かんだ。間髪いれず放たれる影の様な光線が、俺へと一直線に飛来する。技の発動に気を取られていた俺はそれを避ける事が出来ず、右の肩を削った。
「―――ッ!」
肩を痛みが駆ける。
俺のHPが四割強も持って行かれた。
(狼が魔法使うってありかよ!?)
そう、心の中で叫ぶが、ついさっき支援魔法を二種類も使っていた事を思い出す。それでも、攻撃魔法は予想外だった。しかも四割強も削られているとなると、結構上位の魔法であると思われる。
とにかく俺は技の検証等をやめてダメージを受けている方の狼に、走りながら右手の剣を振るった。
ある程度離れていても、俺の斬撃は狼へと届く。俺の斬撃が白銀の軌跡を描いた。それと同時に狼の体から赤黒いダメージエフェクトが漏れ出す。
最後に左から右へと水平に斬りつけた。狼が空色の水晶のようになりパキィン、と硬質な音を立てて崩れ、砕け散った。
俺はコンマ数秒とあける事無く、もう一匹の狼の方へと跳んだ。
素早く振るってくる巨大な爪を紙一重で避け、俺の顔の付近を通り過ぎた。バックステップを用いて距離を取る。
俺は足をできるだけ速く動かし、狼の後ろへと回った。そのあいだにも剣を振り続け、二度ほど斬撃を浴びせる事が出来た。
半分まで減らしたHPを全て刈り取るために間髪いれず袈裟切り、逆袈裟切りを繰り出す。重なった二つの斬撃が漆黒の体毛を大きく裂いた。
こちらも空色の水晶のようになり砕け散った。
「……ふぅ」
俺は〈索敵〉のスキルを使い、周囲のモンスターがいないことを確認すると、一息つきその場に座った。アイテムボックスから実体化させた瓶の中身を口に含む。中に入っていた赤色に澄んだ水薬―――HPポーションを飲むと、数十秒後、俺のHPが全快した。
数値的には俺の体力は全快したが、精神的な疲労は取れない。
だがそこで立ち止まっているわけにもいか無い。
俺は周りに気をつけながらそこで五分ほどだけ休憩して、再び奥へと歩き始めた。
◆◆◆
地図を見る限り今のところ半分は制覇したようだ。
戦闘は〈漆黒狼〉の二匹セットと九回行った。最初の一、二回は【風迅破嵐】の発動中に“技”を使おうをするのだが、やはり使えなかった。
その事はもうあきらめた。できない事をうじうじと引きずるのは好きではない。
そして、これまでの戦闘で分かった事が一つある。
なんと……、【風迅破嵐】は俺が停止している時(走っていない時)でも使えるのである。俺はてっきり走っている間にしか発動しないのかと思っていたが、そんなことは無かったのである。
要は、意志の問題だった。
これまでは走っている最中しか発動しないと思い込んでしまっていたため、走り終わると同時に発動が止まってしまってしまったが、非戦闘中に試してみたらあっさり出来てしまったのだ。
これで俺の攻撃速度の遅さは解消されたということになる。ホントにアビリティ万歳だ。
そこまで考えたところで、〈索敵〉スキルにモンスターが引っ掛かった。
そう言えばこの〈索敵〉スキルもダンジョンに入ってからずっと使用し続けているので、良い感じに熟練度が上がっている。具体的な数字を現すと986から、988まで上昇した。
この短時間で2ポイントも上昇するとは本当にびっくりだが。
まぁ、その事をここでは置いておくとして、問題は〈索敵〉スキルに引っ掛かったモンスターである。その数は三。
これまでは二匹セットだったが、今回は三匹のようだ。何か変化があるかもしれない。
ガサッ……
そんな物音共に現れたのは煌めく白色の毛並みを持つ巨大な三匹の狼だった。
表示された名前は〈白銀狼〉。【黒狼と銀狼の魔窟】という名前の『銀狼』なのだろう。ついさっきまで俺が戦っていた〈漆黒狼〉は『黒狼』の事だろうか。
そして例のごとく狼が咆えた。
空気を撫でるような高らかな咆哮だった。
「「「ウゥルルォォオオォォンッ!!」」」
狼たちの体の下に白銀の魔法陣が浮き上がり、体を清らかな白いオーラが包みこんだ。〈漆黒狼〉の影の如きオーラとは似ても似つかない神聖な輝きを持つものだった。
これも支援魔法だろう。色からして光属性の魔法だろうか。しかし、光属性の支援魔法は状態異常に対しての抵抗力や、多少の回復があったはずだが、今回は俺が気にするのは回復だけで済む。
何せ俺は毒等の状態異常系の攻撃は使わないからな。
端にいた二匹の狼が走った。
中央の狼は「グルルルッ」と小さく唸りながらその場に鎮座している。リーダーか何かなのだろうか……、とにかくそいつの事は置いておいて迫りくる二匹の狼を見据えた。
俺は、足に力を入れ跳んだ。
腰から抜いた剣を水平に振り、その紅い刀身で煌めく白い毛並みを赤黒いダメージエフェクトで染め上げた。旋回するように空中を駆け抜け、反対側へと回った。俺は止まる事無く刃を突き付け袈裟切り、逆袈裟切り、袈裟切りと続けた。
俺は狼の体の下へと潜り込み、駆け抜けると同時に刃を突き立て、引き裂いた。
そこでHPが全て無くなり、水晶のように砕けた。
もう一匹の狼が、仲間の仇討たん! と言わんばかりに牙を剥き、爪を立て突っ込んできた。
俺はその牙を右手にある剣で受け止め、爪を空気を駆け上がる事で避けた。
しかし、それでも避ける事が出来ず、爪が俺の左足をかすった。それを受けて俺のHPが二割弱消えた。止む事の無い爪牙による乱舞を高速のサイドステップでくぐり抜け、その間にも剣を真下から真上へと振るった。
と、そこで後方に構えていた狼リーダー(仮)が唐突に咆えた。
「ウルゥゥルルルウォォォオオオォォンンッ!!」
その咆哮と共に口元に深緑の魔法陣が形成された。だがそれだけに飽き足らず、その上に真紅の魔法陣が重ねられた。
そこから発せられたのは〈漆黒狼〉の『影の様なブレス』とは比べ物にならないほど巨大な炎の竜巻だった。
……おそらく、最初に風属性の魔法を使用し、その上から火属性の魔法を重ねることで『炎の竜巻』を作り上げたのだろう。魔窟の全てを埋めつくさんばかりの炎の放流が俺を襲う。
俺はここで【風迅破嵐】を発動。
音速で走りだした俺を白銀の風が包む。
俺は独楽のようにグルグルと、錐のように鋭く走った。
研ぎ澄まされた銀色の風が『炎の竜巻』を貫く。それと共に『炎の竜巻』の元となった魔法陣に到達し、砕いた。
―――だが、俺はそこで止まらない。
白銀の輝きを纏った俺の右手におさまる剣は、咆哮した狼リーダー(仮)の頭部を突きさし、ぐるんと回った。
そこでも俺は止まらない。
空気に乗り、狼リーダー(仮)の背中へと跳んだ。
右手にある〈ボーン・オーガ・スライシィス〉は血に飢えた獣のように狼リーダー(仮)の体を喰らった。
ダメージエフェクトが姿を見せる事無く狼リーダー(仮)は空色の水晶となり、パキィン……と硬質な音を立て砕け、四散した。
(…………魔法の重ね掛けとかありかよっ!?)
狼リーダー(仮)を倒し終えて最初に思ったのはこれだった。
魔法の重ね掛けはそれほど高度な技術なわけではない。魔法を使う人間は大抵習得している(だからと言って何でも重ねられるわけではない)。
それでも、モンスターが魔法の重ね掛けをするとは聞いた事が無かった。
しかも、あれだけの巨大な『炎の竜巻』になるのだから、結構な上級魔法だろう。相当なスキル値だ。―――……あ、いや、モンスターだからスキル値とか無いか……?
それは置いておくとして、〈白銀狼〉は相当上位のモンスターだろうと予想がつく。
そこまで考えた時に二つの爪が俺の下腹部を襲った。
俺はギリギリのところで避けんとするが、少し俺の体を捉えた。それだけでHPが三割強も削られた。〈白銀狼〉の攻撃力を今更ながらに痛感する。
狼はその二メートルはあろうかという巨大な体をクルリと翻し、後方へと降り立った。
その狼は俺の接近を許す前に高らかに咆哮した。
「ウゥルルォォオオォォンッ!!」
すると、狼の体を突風が渦巻いた。
その下に深緑の魔法陣が浮かんでいるのが見て取れた。風属性の支援魔法だろうか。風属性の支援魔法には速度上昇系が多い。攻撃速度上昇や移動速度上昇がその代表例だ。
―――そして今回もその例に漏れず、狼の速度が目に見えて上がった。
「―――……ぐッ」
その巨大な顎が俺の左腕を裂いた。
【風迅破嵐】を発動していなかったら、左腕を全て持ってかれていただろう。HPが残り一割と少ししか残っていない。ギリギリのところでサイドステップを行えた事を幸運に思う。
ここからは【風迅破嵐】をフルに活用して音の速さで空中を駆ける。
無理に剣を振るう事をせず、走る軌跡をなぞるように剣を構えた。
剣に纏う銀色の風は厚みを増した。元々の紅い煌めきを隠してしまうほどに濃密に集まった白銀の風は、ただの片手剣を巨大な風の刃へと変化させた。そのくせ剣は、羽根のように軽い。
俺はそこで、右手収まる大きな愛剣を振り抜いた。
ズバァアンッ!!
そんな轟音とともに狼が縦に真っ二つになった。
文字通り、均等に二つに分かれた。またもダメージエフェクトは上がらなかった。ただ、水晶のように固まり、砕け散った。
「…………ほふぅ……」
思わず、安堵のため息が漏れた。
この危機を切り抜けられた事が衝撃だった。
俺は思い出したように瓶に入った赤色の水薬を実体化させた。俺はそのHPポーションを二本とも口に突っ込み、一気に煽った。ここまで削られると一本では足りない。
ずるずるとその場に座り込み、二度目のため息を吐いた。
「…………はぁ……。三匹は結構キツイな……」
そこで気力を振り絞って何とか立ち上がり、すこし進んで一時的な安全地帯へと向かった。
俺は適当な場所に腰を降ろして休憩する事にし、アイテムボックスから『カーク特製弁当』(来る前に準備として特別に作ってもらった)を実体化させた。間から洩れてくるその香りは俺を誘惑するのには十分だった。
いつの間にか俺は弁当を広げ、気がつけばかぶりついていた。
食べ終わった後に、何故今までこれを頼まなかったのか自分が不思議でしょうがなかった。