004:決闘の時も走ってる。
俺は今NPCレストランの近くの広場(見た目は遊具の無いただ広い公園)に来ている。
その理由はもちろん、スティールと決闘するからだ。
それほど目立つ場所ではないこの場所にこれだけの人数が集まっているのは、どこの誰だか知らないが「これから《蒼夜の騎士》のスティールがどっかのお譲ちゃんと決闘するってよぉッ!!」とか大声で叫びやがったのが原因に違いない。
無論、すぐに「俺は男だっ!」と声を張り上げておいた。
ギョッと目を剥き驚いていた野郎が山ほどいたが、当然のごとく無視した。
他のプレイヤーからすぐにスティールの名前が出てきたところを見ると、先ほど自分で言っていた通り、それなりに有名らしい。大丈夫だろうか? 不安しかない。
<エターナルロード>には、デュエルシステムと言うもの存在する。これは、プレイヤー同士の模擬戦を目的として作られたシステムで、街中でもHP保護フィールドを無効化して戦闘をすることができる。
しかし、模擬戦を開始したところでHPがすべて無くなるまで攻撃し合う訳ではない。
デュエルシステムを使用してる最中は、HPが全損することは無く、最低でも1にしかならない。
つまり、自分のHPが全損する心配も、相手のHPを全損させてしまう心配も、このシステムには無い。故に模擬戦によく使われるのだ。
……まぁ、今回は決闘なんて事になってしまったけど。
ユキさんやシリルから聞いた話によると、スティールは日本刀の二刀流を使うそうだ。基本はその二刀特有の手数と、アイツオリジナルの刀術によるものがほとんどらしい。自分で刀術創るとか凄すぎる……、それでその刀術と言うのを一言で表すと、『一度捕まると向け出せない』だそうだ。
……なんかアイツの事を体現しているようで気持ちが悪い。
それにアイツの実力はあの《ブルーナイト・ナイツ》中でも上位に食い込むほどだそうだ(まあ、自分で刀術とか作れれば普通なのかもしれない)なかなか侮れない。
ちなみに、スティールの連れ(これといった特徴のない男二人)も《ブルーナイト・ナイツ》のメンバーだそうだ。実力はそんなに無いらしいが。
……いや、《ブルーナイト・ナイツ》に入ってる時点である程度は強いのか? うーん……強いはず。
するとそこで、淡いオレンジ色のシステムメッセージが俺の前に浮かんだ。
【スティールさん から デュエルを申し込まれました。受けますか? 《 Yes or No 》】
俺は迷うことなく、Yes の部分に触れる。すると、システムメッセージが六十秒のカウントへと変化した。
「スティールの野郎なんかに負けないでね!」
「イル君、がんばってねー」
「がんばって」
俺は、女性陣三人の激励に軽く手を上げるだけで返事をし、スティールの方へと向き直った。
―――のだが、どうしてか最後のユキさんの柔らかな笑みでの「がんばって」が頭から離れない。知らぬ間に顔が火照る。
俺はその事を振り払うかの如く、腰に差してある片手剣をシャラァァアン、と金属を滑らせるような高い音を響かせながら引き抜いた。
俺の手に握られている剣は、その澄んだ音とは対照的に禍々しい輝きを放っている。
この剣の名は〈ボーン・オーガ・スライシィス〉。
半年ほど前にユゥさんの所で打ってもらった特注の剣だ。初めてボスからドロップした最高級の武器、〈骨鬼王の極剣〉を一度溶かし、新たに俺の注文に合わせて打ってもらったもの。俺だけの剣だ。
刃渡り80cm程で、幅は10cmほどの片手用直剣。全体的にはこれと言った装飾はしていないが、唯一の特徴は真紅に煌めく刀身だ。そこら中の光を反射して、ギラギラと血のような光を放っている。
今の俺に装備できる最高の剣だ。
対してスティールは藍色の澄んだ刀身を持つ二太刀の日本刀を中段に構えながら、「ユキさーん!
シリルさーん! ユゥさーん! これが終わったら俺らと一緒に飯食いましょぉーう!!」何て叫んでいる。アホだ。
カウントが三十秒を切る。俺は戦闘へと思考をシフトするため、剣を地面につきそうなほど下段に構え、前を見据える。
カウントが十秒を切る。俺の目にはもう敵にしか見えない。俺の耳にはもう余計な雑音は届かない。
カウントが零になる。
俺はそれと同時に地面を蹴りつけ、スティールの方へと飛び出した。スティールも走りだすが、スキル構成が走り一極になっている俺には遠く及ばない。そのまま50cmと動くこと無く接触する。
そしてスティールと俺の剣が交錯した。キィン、と硬質な音を響かせ、お互いがお互いの斬撃を弾く。
俺はそのまま其処に止まる事無く、脇をすり抜け、走りぬける。速度を維持したまま直角のターンを二度繰り返し、斜め裏から再びスティールへと接近。そのまま剣を交え、また脇を走り抜ける。
これが俺の戦い方。ヒット&アウェイ。
俺のスキルは、移動速度こそ爆発的に上昇するが、攻撃速度に関してはまったくもって変化しない。
故に俺の攻撃速度はそれほど速くない。
だから俺はそれを補うために一撃相手に加えるごとに離脱し、距離を取ってからまた攻撃を仕掛ける事で、攻撃の速度を上げる。
俺は腰を落とし、徐々に走るスピードを上げていく。だが、それでもスティールに一太刀と負わせることはできない。あんな奴でも、さすがは《ブルーナイト・ナイツ》の上位メンバー。後方からの攻撃にも、その藍色に澄んだ二刀を使ってキッチリと対処してくる。
この戦いで俺が勝つためには、この状況を保たなくてはならない。
もし俺が隙を突かれ、純粋な剣と剣の近接戦闘に持ち込まれてしまうと、たぶん勝てない。熟達した二刀流使いと、普通の剣術しか持たない者では分が悪すぎる。故に俺はこの状況を崩すことなく、相手の隙を突き、何とか攻撃を通さなくてはならない。
しかし、それから数分間か打ち合った頃、恐れていた事態が起きた。
ギィンッ!! と大きな音を立ててスティールの二刀が俺の剣を勢いよく上の方へと弾いた。
ニヤリ、とスティールが嗤った気がした。
続けざまに放たれる二刀による猛攻。俺はそれをどうにか弾き、捌き、いなし、避ける。
しかし、スティールの二刀は鎖のように、蛇のように俺に絡みつき、俺が距離を取ることを許してはくれない。
じわり、じわりと二刀がうねり、遂には防ぎきれなかった斬撃が俺の左肩を切り裂いた。ゲーム故に切られた感覚は無いが、鈍い痛みと共にチリチリと焼かれるような微かな痛みが俺を襲う。
それほど傷が深いわけではない。削られたHPは一割にも満たない。しかし、この一撃が俺の事を徐々に蝕んでゆく。
防ぎきれなくなっていった斬撃が微かに、しかし確かに俺を削る。
―――遂に俺のHPが二割を下回った。
スティールの頬に、勝利を確信した歪んだ笑みが浮かんだ。
そのとき、スティールの二刀が突然、刀身と同じ藍色輝きを含み始めた。
“技”だ。
あの構えと、あの輝きの色と量からしてたぶん《波断》。二刀流の基本技に属しながら、四連撃と素早い動きを誇る優秀な技。初期のころ、この技をカークが使っていたのを見た事がある。威力も十二分に認識している。
《ブルーナイト・ナイツ》のメンバーが使った場合の威力など計り知れない。残った俺のHPなど、難なく吹き飛ばすだろう。
俺のような奴には基本の“技”で十分だ、そういう意思表示だろうか。
……しかし、スティールは勝ちに溺れ、判断を誤ったのだろうか。それとも、いつもは他の上位の“技”ばかりをを使っていたから忘れていたのだろうか?
この“技”は基本技に属しながら四連撃もの手数を持つのだ。それ相応のペナルティがある。つまり、準備時間……俗に言う“溜め”がこの技は少しばかり長い。
ほんのコンマ五秒程だが、ここから離脱して距離を取るのには俺の足ならもっと短くて済む。
「《波ダ―――」
俺は《波断》が発動されるより早くに、腰を低くし、スティールの真横を走り抜けた。
スティールも横をすり抜けられるとは思っていなかったのだろうか。通り抜けるときにその顔に少しながら驚愕の色が浮かんでいるのが見て取れた。
そのまま俺はスティールに接近する事無く、周りをぐるぐると走り、回る。
このままでは負ける。だからこう逃げていられるうちに打開策を打ち建てねばならない。
「はンっ! どうした! 逃げてるだけかァ? かかってこいよ腰抜け!!」
スティールが何か喚いている気がするが、この際そんな事を気にしている余裕などない。
俺はただただひたすらに、スティールに近づかれないよう、逃げる。
するとそこで、俺の耳に電子音が鳴り響いた。
目の前に現れたのは見慣れた色をしたスキルウィンドウ。
そこに書かれていたのは、別に今じゃなくてもいいだろう? と思わず呟きたくなるような文。
『スキル 〈移動速度上昇Lv5〉 を完全習得しました。』
『スキル 〈移動時消費体力減少Lv5〉 を完全習得しました。』
だが、ウィンドウの出現はそこで止まらなかった。
さらに出てきたのは見たことも無い白色のウィンドウ。
『アビリティ 【万界疾駆】を発現しました。〈その者は万物の上に存在し、世界を疾駆する。〉』
『アビリティ 【風迅破嵐】を発現しました。〈その者は疾風を纏い、烈風を束ね、嵐となる。〉』
そこでも止まらないウィンドウの嵐。
次に出てきたのは見慣れたステータスウィンドウ。その上に、半透明な白色のウィンドウが浮かんだ。
『特殊ジョブ [独走者] を取得しました。』
初めて見るものばかりだった。
しかし、全ての意味、使い方が手に取るようにわかった。
これは俺のために在る物なのでは? そう思うほどに俺に馴染んだ気がした。
―――俺は逃げるのをやめた。
立ち止まり、スティールの方を見据える。
「んん? なんだ? 負ける準備ができたのか?」
俺はその言葉に返事をする事無く、手に持った剣を地面に落とした。
「ぷ、あっはははははっ。なんだ、降参でもするのか? あァ? それなら土下座の一つくらいしろよ、ほら!」
スティールは愉快そうに嗤う。
周りにいるたくさんのギャラリーもこちらに憐み視線を向けている。
ユキさんやユゥさん、シリルも落胆した様子だ。……いや、ユキさんとユゥさんは少し違うようだ。その瞳にはまだ希望が灯っている気がした。……気がしただけかもしれないが。
―――だから、俺はその場で土下座なんてするはずがない。
―――勝利を手にするだけの力はこの身にもうあるのだから。
俺は、足を大きく上げ、目の前の空気を踏みしめた。
そこが俺の走れる場所だとわかっていた。俺は何も無い空間に乗っかり、また次の一歩を踏み出した。そのまま足動かし、また次の一歩を踏み出す。
これが【万界疾駆】の力。今の俺には空気すらも走るための地面の等しい。
そのまま俺は、“空”を駆ける。
地上に居るスティールやギャラリー、ユキさんたちが唖然としているのがここからでも見える。
無我夢中で走っていた子供のころ、空を走ってみたい……、そう思った事は確かにあった。しかし、ここでその願いがかなうとは思わなかった。
「ははっ♪」
自然と頬が緩み、笑い声が溢れる。
――――――楽しい。
これまでこの世界で走った事の中で、一番楽しい。そう思った。
だが、そろそろこの決闘の勝敗をつけてしまわないといけない。
俺は上空50m程から一気に加速し、スティールのもとへと走る。
体を、白銀に可視化された風が渦巻き、包んだ。その風を俺の体が纏うと同時に、俺の体が限界を超え、さらに加速する。そして遂に、俺の体が…………音の速さを超える。
自分が途轍もなく速く動いているのに、思考が付いていけている。全てを知覚できる。
これが【風迅破嵐】の第一の力。人のリミッターを外し、白銀の風の力を借り、速度を引き上げる。
そして俺は呆けているスティールに突撃……はしないで脇を通り過ぎる。
―――突撃なんていらない。
―――触れることもしない。
音速を超えた走りが生み出す銀色の風をはらんだ衝撃波が、ズバァンッ!! と大きな音立て、スティールを吹き飛ばす。
その次は迂回して反対側を走りぬける。
さらにもう一度、正面から白銀の衝撃波をお見舞いする。
そこで、スティールのHPがすべて狩り取られ、スティールが地面に倒れた。目の前には《 You Win !! 》の文字が浮かぶ。
俺はトンッ……、と小さな音をたてて決闘を始めた位置に降り立った。
俺の事を茫然とした眼差しで見つめているユキさんにユゥさん、シリルとその他大勢のギャラリー。
そんな人たちに、とびっきりの笑顔に乗せて、ブイサインを出してやった。
すると開いた口が塞がらないと言った感じの無言で俺の事を見ていた人たちが、一斉に沸いた。
……その音量は正直、鼓膜が破れたかと思うほどだった。