002:森を走ってる。
タッタッタッタッタッタッタッ
いつも走っている森林型フィールドの中を、特に何も考えることなく、ただただ風を感じるために駆け回る。
「ははっ♪」
体を包む心地よい風を纏いながら走っていると、自然と笑い声が漏れてしまう。
俺はこの時間が一番好きだ。嫌なこととかもすべて忘れさせてくれる。
何もなかった俺の心を、徐々に“走れる喜び”が満たしていく。
俺はそのまま、ずっとずっと、走っていた。
◆◆◆
PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi
走り始めてから六時間経過したことをシステムで設定したアラームが教えてくれる。
「そろそろ終わりにするか……」
まだまだ走っていたかったのだが、今日はこれからやる事がある。ここに長居しているわけにもいかない。
俺は目の前に広がる何処がモチーフかも分からない樹海を一瞥すると、始まりの町〈ユーレシア〉へと足を向け、再び走り始めた。
◆◆◆
俺はカークの店で遅めの昼飯を食べた後、道具屋や武器屋、防具屋などが並んでいるエリアに来ていた。
目的は昨日〈剣骨鬼〉などからドロップした〈骨鬼の大剣〉や〈骨鬼の頭蓋〉、〈骨鬼の背骨〉などその他諸々を行きつけの店に売りに行くためだ。これが結構高く売れる。
そう考えているうちに店の前についた。
店の名前は《ユゥの何でも屋》
別に『なんでもやってくれるから、何でも屋』ってわけじゃなくて、本来『武器屋』とか、『道具屋』とか別れてるはずなんだけど、あの人は「武器と防具の製作はマスターしたから次は道具ね!」と言って、全部受け持った店を開いたのだ。非常識にもほどがある。
俺は目の前にある木製の扉を押すと、キィ……とかすかに軋んだ音を出しながら開いた。
「あ! イル君、いらっしゃーい」
この人が《ユゥの何でも屋》の女主人、ユゥさん。漆黒の髪を長く、まっすぐに伸ばしている。真紅の花の髪飾りもアクセントとして印象に残る。目は少し垂れていて、右目の下にある泣きぼくろが特徴的だ。一言でいえば、『美人のお姉さん』だと思う。しかも超腕利きの鍛冶職人。
俺がこの店をお最初に訪れたのは、まだこの店が道端に開いていた露店で、名前も《ユゥの武器屋》だったころ……。
たまたま、少し覗いていこうと店の前で立ち止まった時、ガバッと突然そんな擬音が聞こえてきたかと思うと、いつの間にかユゥさんの豊満な胸に抱きしめられていて、ものすごい狼狽してしまった。そのまま俺の頭に頬ずりばっかりしていたし、解放してもらうのが大変だった。
あとで理由を聞いてみたら、「初めて立ち止まってくれたお客さんが可愛い女の子だったからつい……」と言っていた。それを聞いた後、ため息をつきながら「俺は女じゃない」と説明するのにもまた時間がかかった……。
そんなことを考えながら、ユゥさんのいる奥のカウンターまで歩いていく。
「どうも。今日も買い取りお願いします」
「はーい。いつも通り〈骨鬼〉のドロップアイテム?」
「そうです。……あ、そうだ。今日は〈骨鬼の大剣〉が二本もありますよ」
「おぉ! ほんとに?」
「ついでに盾も出ました」
「おぉ! ほんとだ!」
俺は、疑うユゥさんにアイテムボックスから実体化させた二本の〈骨鬼の大剣〉と〈骨鬼の盾〉を見せる。
こういった剣とか、盾とかの武具はドロップする確率が、数あるドロップアイテムの中でも一番少なくなっている。故に、取引値も高い。あそこのダンジョンは潜り始めて一年近く経つが、大剣が二本に盾が同時にドロップしたのなど今日を入れても数えるほどしかない。
「おぉー。今日は大漁だね?」
「昨日も結構がんばりましたからね。おかげでものすごい疲れましたけど」
今は、道具屋のユゥさんに〈骨鬼〉達からの戦利品を鑑定してもらっている。
小奇麗なカウンターの上に真っ赤な頭蓋や背骨、その他多くの骨が散らばっているこの図は軽くホラーだ。
俺は動いてるこれとほぼ毎日戦っているので慣れているが、ユゥさんは最初のころ、軽く顔を引きつらせながら震える手で鑑定していたのを見て、ついつい吹いてしまった事がある。あの時のユゥさんはカタカタと妖しげに動く〈骨鬼〉達よりも、余程恐怖するべき存在だった。
「はい、鑑定終了。合計では5万Gくらいかな?」
「うわ……。結構な額になりましたね」
「そりゃーねー。〈骨鬼の大剣〉は一本で8千G、二本だから合計1万6千G。〈骨鬼の盾〉は9千Gだから武器だけで2万5千Gにもなってるし、その他にもたくさんドロップアイテムがあったからね」
「貯め込み過ぎた…かな?」
「こっちとしては売ってくれればそれでいいから、よろしく!」
「そうですよね」
俺はそこで笑って、ユゥさんの言葉に頷いた。
するとユゥさんは何故か、じっとこちらを見て黙ってしまった。
「……どうかしたんですか?」
「いや、イル君てそのままでも女の子みたいだけど、笑うと完全に女の子だなーと思って。声も少し低いけど十分女の子だし、しかもすごく可愛いし」
「な、なに言ってるんですか!」
「でも、本当だよ?」
「やめてくださいよ! 結構コンプレックスなんですからね!?」
「わかった、わかった。ほら、落ち着いて」
気がづくと俺はカウンターを乗り出して、ユゥさんの目の前まで顔を近づけていた。
「すっすいません」
「うんうん。やっぱり近くで見ても女の子みたいだね~」
「ユゥさん!?」
「あはははは、ごめんごめん」
……この人、全く反省する気がないようだ。早くどうにかしないと……
◆◆◆
俺とユゥさんはそのまま、くだらない話をずっとしていた。
気がつけば夜。そろそろ腹も減ってくる時間だ。そんなことを考えてていると―――
くぅ~~~~
―――そんな可愛らしい音が聞こえてきた。
改めてユゥさんの方を見てみると……案の定、顔を真っ赤にしている。俺はそんな姿を見て必死に笑いを堪えながら、夕食の誘いをしてみた。
「そろそろ腹減ってきませんか? もしよかったらカークのところへ食べにいきません?」
「そ、そうね! イル君がお腹減ってるみたいだし、食べに行きましょうか! ちょっと待ってて、すぐ準備してくるから!」
カウンターから奥の部屋へものすごい速度で入っていくユゥさんを見ながら、まだ俺は笑いを必死に堪えていた。
ちなみにカークは俺とユゥさんとの共通の友人だ。前にもこんなことがあったので、その時もカークの店に食べに行ったのだ。その時食ったカークの料理をユゥさんはベタ褒めしてた。あの後もちょくちょく食べに行ってるらしい。カークがなぜか自慢げに話してた。
「おまたせー」
しばらくそうして待っていると、作業用の服から着替えたユゥさんが出てきた。
服装は、淡い黒色のワンピースに白色の上着を重ねている。ユゥさんの髪色とマッチしたそのワンピースは、男の目を惹くのに十分な色気が醸し出されている。
いつもは見れないそんな姿に内心ドキドキしつつも、ユゥさんに声をかける。
「じゃ、行きましょうか」
「うん。いこうか」
ユゥさんと並びながら、カークの店への道を歩き始めた。
◆◆◆
「よっ」
「お、イル。やっと来たのか」
そこで俺はニヤリと口元に笑みを浮かべ、こういった。
「おう。今日はツレもいるぜ?」
「ツレ? それって誰のこと―――――」
「こんばんはー。カーク君、久しぶり~」
「おぉ! ユゥさん! お久しぶりです!!」
目に見えてテンションを上げるカーク。
こんなにカークのテンションが上がるんだから、ユゥさんの美貌や色気の凄さが分かるものだ。
そこでカークが俺の方へ近づいてきて小声で(ナイスだっ!)とか言って頷いた後、グッと親指を立てた。そこで俺も無言で頷き、グッと親指を立てた。
「? なんでそこの二人は頷きあいながらグゥーってやってるの?」
「なんでもねぇっすよ、ユゥさん」
「なんでもないですよ、ユゥさん」
「???」
俺達の息のあった返答に益々訳のわからない、といった感じだ。
ユゥさんはそのまま分からなくていいんですよ。
「とにかく、何にします?」
「俺はいつもので」
「うーん……。それじゃあシェフお勧めで!」
「りょーかいっす。ま、別に俺はシェフじゃないっすけどね」
「そこはいいのよ~」
ユゥさんのその言葉に皆でひとしきり笑った後、カークが料理を作るために食堂の厨房へと入って行った。
「う~ん。どんな料理が出てくるかなぁ~」
「期待し過ぎるとがっかりしちゃうかもしれませんよ?」
「だいじょぶだよ! カーク君は期待を裏切らないからね!」
「カークにはプレッシャーだろうな、それ……」
と、俺が苦笑した時、俺たちの後ろにあるドアから、カラカラと開く音が聞こえ、誰かが入ってくる気配。
「あれ? ここってまだやってるよね?」
「いや、シリル。この時間だし明かりも付いてるんだからやってるんじゃない?」
そこで後ろを見ると、俺が立ったら俺の胸のあたりくらいまでしかないであろう身長で動きやすさを重視したような明るい黄色のローブに身を包んだ、少し釣り上った蒼い瞳が特徴の金髪ツインテールの娘と(正直、金髪ツインテールが本当にいるとは思わなかった)、
もう一人は俺と同じくらいの年で青と白の可憐な軽鎧を身に纏い、さらりと長いライトブラウンの髪のをまっすぐ、腰のあたりまで伸ばしている少女がいた。
言うなれば、金髪の娘からはサンサンと輝く太陽のようなイメージを受け、ライトブラウンの髪の少女からは闇夜に煌めく月のようなイメージを受けた。
とにかく、どちらも相当な美少女だ。
「あ、シリルちゃんにユキじゃない。どうしたの?」
「どうしたって、ユゥに勧められたから来たんじゃない。忘れたの?」
「……ユゥ。なんでわたしは“ちゃん”づけなのよ?」
「そうだったね~。すっかり忘れてたよ」
「私の指摘は無視!?」
「それよりユゥが誰かと食べに来るなんて珍しいのね。紹介してくれると嬉しいな」
「あ、そうだね。こっちは初対面なんだっけ」
そういってユゥさんはこっちに顔を向け、俺の紹介を始めた。
「こちらはイル君。私の初めてのお客さんにして常連さん」
「いや、ユゥさん本当は『ゲイル』なんだけど…………。ま、いいか。えっと、ゲイルです。よろしくお願いします。まあ、適当に『イル』って呼んでください」
「そしてこっちは《ブルーナイト・ナイツ》所属のシリルちゃんとユキ。いつも贔屓にしてもらってるんだよね~」
「シリルよ。ちゃんづけだけは、ぜっっっったいやめてね! お願いだから!」
「ユキです。呼び方は別になんでもいいけど……、よろしく」
「よろしく。……それで、《ブルーナイト・ナイツ》ってもしかして……あの?」
「そうそう、“あの”《ブルーナイト・ナイツ》だよー」
《ブルーナイト・ナイツ》――――――通称《蒼夜の騎士》は、〈エターナルロード〉内のギルドの中で一、二を争うトップギルドだ。全体的な構成人数はそこらへんの中小ギルドより少し多いくらいだが、その理由は加入条件にあるらしい。
なんでも、加入するためには少なくとも十三個以上のスキルを完全習得していないといけないそうだ。つまり、所属=トップレベルプレイヤーなのだ。
……凄いな、俺まだ十個しか完全習得してないのに……。
……あれ? 俺もうすぐ二個完全習得出来るから頑張れば行けそうじゃね……?
「それにしても、ユゥに食事を一緒に食べるほどの仲の友人がいたなんて……。驚きね」
「そうね~ しかも、相当な美少女だし」
「ねぇねぇ、それって何気にひどくない?」
「ちょ、ちょっと待ってください。二人とも、もしかして俺のこと女だと思ってるんですか?」
「え? 違うの?」
「女の子じゃないの?」
「ち、違いますよ! 俺は男ですから! 間違えないでください!!」
目を大きく見開いて驚きを表現しているシリルとユキさん。
全く…、初対面の人には絶対にこれを言わなくちゃいけないのだろうか……
「でも、髪も長いじゃない」
「こっ、これは切っていなかったんで……」
「そりゃ間違えるわよ! 声だって十分女の子じゃない!」
そんなに女みたいな声なのだろうか? そりゃカークとかに比べれば多少は高いかもしれないが……
軽く言い合いしていると、カークが厨房からできた料理を運んできた。
「イルとユゥさんお待ちどう様ー、できたぞー。――――――――って、あれ!? なんでさっきより美少女が二人も増えてんだ!?」
きょろきょろと周りを見回しながらそんな事を言ってるカークを見て、俺たちは顔を見合わせて、声を上げて笑いだしていた。
「ちょっ……笑ってないで説明してくれよ!」