015:紅蓮の精霊王と走ってる。
やっぱり、戦闘描写って難しい……
拙い文ですいません。
炎に包まれていた視界が回復した時に俺の瞳に映ったのは半径だけで300メートルは超えるであろう巨大な円形のドーム。ドームの中はユラユラと燃える炎がそこらを満たしており、明かりには困らない。
そして俺が瞳を向ける先にはポツン、とドームの中央に玉座が置いてあった。しかしこの距離であの大きさならばあの玉座も相当な大きさだろう。
「居ない、わね」
「…………少し進めば出てくるんじゃないのか?」
「そうね。行くわよ」
「……ああ」
なんというかもう暴走状態と言ってもいいような感じだ。
本当に大丈夫なのかと不安しか残らない。が、ここまで来て手ぶらと言うのもどうかと思う俺がいるので、俺もユキと一緒に一応付いて行く。もちろん、右手には念のために涙色の剣を握り、左手には《ワープ》のマジックカードが常備されている。
カツカツと足音を鳴らしながら俺たちはドームの中心へと歩いてゆく。
そして、
「出ないわね」
目の前にある巨大な玉座を見上げたシリルがポツリと呟いた。しかし俺が返した返事は、こうだ。
「―――――下がれっ!!」
俺がそう叫んでもきょとん、とした様子の二人手を握り、二人の体に負担をかけない最高速度でバックステップをする。
途端、地を這うような低い、獣の咆哮に似た音がそこらに広がった。
その音は、ただの炎の音。その炎は先ほどまで俺たちが止まっていたところを幾千度の業火が焼き尽くした。
轟々と唸るその音が徐々に和らいでゆく。
そこから姿を現したのは、玉座に腰を掛けながらも見上げるだけの巨大な体躯を持つ精霊王。
『―――我が名はイフリート。全ての火の精霊を統べる王なり』
先ほどの炎の音に負けない低い声。しかしその声はどこか芯の通った声で、それでいて王たる威圧を持つ声だった。
その姿は百獣の王である獅子と、凶悪なる鬼を合わせたような姿だった。言うなれば、半獣半鬼。
視線を交わすだけで熱せられてしまいそうな獅子の顔、燃え盛る炎の鬣、鋭い鉤爪と筋骨隆々とした身体、紅蓮の角は流れるように後ろへと生えている。
「《ワープ》、〈ユーレシア〉っ!!」
俺は声を張り上げてそう言うも、ワープが始まる予兆は全く現れない。
そのあとも何度も声を張り上げるが、ワープが、始まらない。
『―――小さき人の子よ、よくぞ此処まで来れたものだ』
「シリルっ、魔法のでのワープはっ!?」
「―――駄目っ、出来ないっ!」
さっきから詠唱そしていたシリルに聞いた問いであるために答えが返って来た時点で分かっていたことだが、実際に言葉にされるとクルものがあった。なんと言うか、絶望感が増した。
「ど、どうするの!?」
焦りきったユキの声。
そして俺はこの声を聞き、こう思う、
―――守らなくては。
そうやって心の奥からふつふつと沸き上がった感情に身を任せる。
「…………決まってる。殺ってやる」
「なっ、そんなの無理に決まってるわ!」
「そんなの気にしてられるか。逃げてれば助かるのか? 降参すれば助かるのか? 時間をかければ応援が来るのか? ―――そんな都合のいい事は無い。なら戦って殺すしかないだろ」
「そ、そうだけどイルくん、無茶だよ!」
「……二人はバックアップに徹してくれ。俺が殺る」
俺は半ば強引にそう言った。二人はまだ納得していないようだが、そんなことは気にしていられない。
『―――脆弱なる人の子よ、我と対峙しに来たというのか?』
「ああ、そうだ」
俺は自分自身の弱気な心を偽るように、自信ありげにそう言葉を放つ。
『―――よかろう、人の子よ。我が精霊王の名において、叩き伏せてくれる』
そして火の精霊王はゆっくりと、あくまでも緩やかに玉座から立つ。
「二人とも、後ろは頼んだ。とにかく前は任せてくれ」
俺はそう言って、一歩前へと進みでる。
火の精霊王が鋭い鉤爪のついた手をコキコキと鳴らしこちらを見据えた。それが、開戦の合図となった。
俺はグッと顔を引き締め、音の速さで空を駆る。白銀の風を纏った涙色の剣を、真上から真下へと落とすように振る。
それを火の精霊王は持ち上げた右手で易々と受け止めた。
パキィンッ、と音を立てて涙色の剣を受け止めた所から濃紺の氷柱が生える。
『―――む、これは』
気の所為か、気の所為であってほしくないが、火の精霊王の顔がほんの少しだけ苦々しくに歪んだ。
『―――これは〈氷銀魔狼〉の氷か? よもや殺して奪ったか』
「残念。不正解だ。俺が殺したのは闇に堕ちちまった方さ」
『―――ほう、なるほど。蒼と銀に炯々と輝くその瞳。……少しはやる様だな人の子よ』
…………瞳?
頭に疑問符を浮かべるが、そんな事を気にしている余裕は俺には無かった。
と、そこで俺の体を光が包んだ。それと同時に俺の腕力や脚力が強化されてゆく感覚。それと一緒に俺の体から活力が光として漏れ出す。
チラリ、と一瞬だけ後ろを振り返る。シリルの支援魔法だシリルに加えてユキも白の角槍を杖に持ち替えて、魔法の詠唱に当たっている。ちゃんとバックアップをしてくれてよかった。
「……―――疾ッ」
俺は涙色の剣を一点へとめざし突き出す。その点は、―――心の臓。
しかしそんな攻撃を易々と受け付けてくれるはずもなく、炎を纏った鉤爪に弾かれる。
そこから広い空中へと離脱し、辺りを駆けまわる。今の俺はシリルの支援魔法あってか、それとも別の理由か、音速の二倍近くの速度が出せている。……と思う。正確には分からない、感覚的にだけだ。
そして今までは気付けていなかったのだが、この精霊王、HPバーが見えない。つまり、相手の力量は測れず、何時終わるかも分から無いと言うことだ。
俺が距離を開けていると、火の精霊王は大きく右手を掲げた。
何事かとそれを注視していると、その手の先から巨大な魔法陣が展開される。そしてその先には―――ユキたち。
「―――――ッ!」
俺は言葉を発する余裕も無く、その間へと走る。
展開された魔法陣からは、数十の火炎の矢―――いや、火炎の槍が様々な軌道を描いてユキたちを狙う。
一瞬で間へとわりこんだ俺の正面には、もはや炎の壁と言っていいものがあった。
「うぉぉぉぉおおおおおおおッッッ!!」
俺は唸り声をあげて白銀の風に包まれた涙色の剣を振るう。
剣先から飛び出す白銀の刃で炎の壁―――、もとい槍を音速で迎撃し、時には剣本体で迎撃し、更には凍らされた炎の槍から生えた氷柱で迎撃する。
何度目かわからない剣戟を終えたところで、俺の体を光が包んだ。たぶん、回復魔法。知らず知らずの内にダメージを受けていたらしい。
そして迎撃の終わった炎の槍の大群の後ろから現れたのは火の精霊王。
すぅ……と息を吸い込む気配。俺は直感的に奴がなにをしようとしているのか悟った。
轟ゥゥゥゥッッッ!!!
生半可ではない轟音と共に、門に張り付いていたのと同じ橙色の炎が火の精霊王の口から吹き出した。《息吹き》、とでも言うのであろうその攻撃を、俺は幾多にも重ねた剣閃で迎え撃つ。本当は避けてしまいたいところだが、後ろにユキたちがいるのでどうにもならない。
俺が空を切り裂く音と、火の精霊王の息吹きの音が乾いた空間に響く。
どのくらい俺は攻撃を受け流していたのかは体内の時計が狂って来てしまってよくわからないが、兎にも角にも奴の肺活量は莫迦みたいにデカイという別に欲しくなかった情報が手に入った。
「ふッ!」
息吹きが途切れたところで俺は短く息を吐き、跳ぶ。まるで弾丸の様に加速された俺は、ついでと言わんばかりに身体に回転を加える。白銀の風を利用した、自分を小規模な嵐の様にする技術。
そこでの台風の眼には無論、涙色の剣が牙を剥いている。
ぐるんぐるん、と音速の約二倍でドリルの様に回る剣先を、火の精霊王に向ける。
その剣先を、火の精霊王は何の躊躇もなくグッと両手で掴み、受け止めた。
そこで止まる―――、と思っていたら、回転は俺の想像をはるか越えたものであったらしい。鋭い鉤爪に覆われた火の精霊王の手がみるみる内の凍ってゆき、再度回転を始めた。
―――そして先ほど貫き損ねた心の臓へと到達する。
しかし、やはりそう簡単には貫かせてくれないらしい。
涙色の剣が数センチメートル沈んだところで動きを止めた。
『―――ぐっ』
初めて火の精霊王の口から苦悶の声が漏れる。
その事実に俺が心の中で狂ったように歓喜していると、その最中にも回復魔法の光が俺の体を包む。暖かな光が、俺の頭と体それと心を加速させる。
「ぅらァッ!」
再度短く息を吐き、俺は右手に収まる涙色の剣を炎燃え盛る火の精霊王の体へと走らせる。先ほどの事で俺は火の精霊王の懐の中に入っている。
俺は剣を振るうのと並行して、渾身の脚技を火の精霊王へとぶちまける。普通空中で剣を振りながら蹴りを放つなどあり得ないことだろうが、【万界疾駆】のお陰で容易く出来るようになっていた。
思考は―――、この身に宿る濃紺の氷の様に、冷たく。
身体は―――、疲れを知らぬ怒涛の嵐の様に、激しく。
そこからは一心不乱に思考と体を働かせ続けた。この精霊王を攻撃出来る間はし続けなくてはいけない。削れるところで限界まで削れ。
『―――……ぐぅ、ごぉ』
火の精霊王が痛みに、悶える。【涙の氷柱】が意外と効いているのかもしれない。こいつは氷、あっちは炎。常識的に考えてこっちの方が有利だ。
ときおり身体の末端部に燃え盛る鉤爪を喰らって激しい痛みに襲われるが、それは最高に賛美すべきタイミングで回復魔法が飛んでくる。〈火傷〉なんていう状態異常をもらっても、それを喰らったと認識された時にはもう治癒されている。
こちらは優秀すぎるバックアップを備えている。
あちらは王の尊厳故か単身で戦いに挑んでいる。
この違いは大きすぎる。余りにも。
後ろの居る存在が果てしなく心強い。
火の精霊王のHPを確認することはかなわないが、徐々にではあるが減ってきている筈だ。
と、そこで王の威厳を含んだ低い声が響いた。
『―――我が眷族たる荒れ狂う火の精霊達よ この手に集い 形を成せ 《破砕の痛み》』
俺は、殆ど無意識に後ろへと跳んだ。
ポッと小さな火のつく音が聞こえた。その音は連鎖を繰り返していく。
ボッボボッ、ボボボッ、ボボボボボボボボッッ!!
小規模な爆発が繋がれた鎖の様に連なっていき、全てを吹き飛ばす巨大な爆炎へと姿を変える。その爆炎は徐々に圧縮されていっていく。そして最終的に火の精霊王の手に収まっていたのは、
―――劫火の大剣。
先ほどから使っていた橙色の炎とは似ても似つかない赤―――否、紅の炎。
紅蓮。真紅。そんな表現がちんけな物に思えてしまうほどの炎。離れていようが空気を介して俺を襲う圧倒的な熱量。大剣の周りが陽炎で歪む。と言うか、消える。歪む所など無く、劫火の大剣の周りには何も存在しなかった。
―――……それが、二振り。
左右一振りづつ握られたそれは不死鳥の羽根の様に大きく広がる。
今度は火の精霊王が跳んだ。
足元に橙色の炎を纏って加速した火の精霊王はこちらへと一直線に迫ってくる。
大きすぎるソレに似つかぬ高速で振るわれた劫火の大剣を、速さに任せて幾重にも重ね飛ばした白銀の斬撃が正面から衝突する。
刹那ほど拮抗したのち俺の白銀の斬撃がじゅっ、と音を立てて熔けた。
熔けた斬撃を見て、俺は目を見張る。それどころではなく、本来驚きに声を出すであろう声帯が、正常に機能しない程だった。
今度は刀身同士の接触だった。
劫火の大剣を十字に交差させた火の精霊王と、涙色の剣を正面に構えた俺とが、接触する。
刀身同士では刹那の拮抗も存在しなかった。受けた瞬間に刀身から流れてくる圧倒的な力。俺はまるで芯を捉えられた野球の球の様に呆気なく吹き飛ばされた。
ドゴンッ、と巨大な音を立てて俺が地面へと叩きつけられた。攻撃を受けた時に自動でミスリルになる筈の〈闇氷の銀魔狼のコート〉を装備しているのにもかかわらず、俺のHPが一瞬で真っ赤に染まった。
「があぁぁぁあアァァアアアアッッッ!?!?!?」
今まで体験した事の無い果てしない激痛。
以前、〈渇望する骨鬼の王〉の強大な一撃でHPを削られた時とは違う、明確で鈍い痛み。
「が……、あが……ぁ?」
突然の変化に、俺は全く対応できなかった。これまで喰らっていた鉤爪だってこれほど明確な痛みは無かった。
ワカラナイ、の五文字が俺の脳内を踊る。
―――が、それも一瞬だった。
あの精霊王が召喚した剣は名前をなんと言った?
《破砕の痛み》、俺が今体験している未知の状況にピッタリだったじゃないか。
それなら簡単に決まっている。
これはきっとあの剣の効果だ。
ゲームダメージを逸脱した酷く現実的な痛みを与える。
そして莫大な痛みをその身に与える。
なんて狂った武器だろう。
――――――“ぶち壊してやる”。
そんな風に固まった思考に対して、なんて狂気的で凶器的な思考なんだろう、と遠くから語る俺がいた。のん気なものだ。
アホみたいにのん気な考えが終わるころには何時の間にか俺の体を光が包んでいて、HPが全快の青を示すとともに痛みが嘘の様に消え去った。
今度は顔に小さな決意を張り付けて俺が跳ぶ。
大剣に張り合うには大刃を。
そんな単純な考えで俺は涙色の剣に莫迦みたいな量の白銀の風を纏わせる。何時だったか、これをくらった狼は一撃で死んでいた事を思い出す。――――こいつもそうなればいいのに、と俺は叶わない願いを一寸ほど胸の内に抱く。
「っらあァッ!」
ユキとシリルの方に身体を向き替えかけていた火の精霊王の横顔に、白銀の大刃を構えそのまま水平に薙ぐ。するとこれまで仰け反りはしても吹っ飛びはしなかった火の精霊王が、遂に吹っ飛んだ。―――……たかが10センチメートル程だが。
『―――やってくれたな、人の子よ』
「あんたには言われたくないね。そんな狂ってる武器なんか振りまわしやがって」
『―――気にいったか? 人の子よ』
「その質問にイエス、と答える奴がいるなら聞いてみてぇ―――よッ!」
俺は言葉が終わると同時に白銀の大刃を音の二倍速で振り上げた。
火の精霊王はそれを左手に持つ劫火の大剣で防ぎ、間髪いれず右の劫火の大剣で俺を襲う。このままでは確実に致死の一撃をくらうので、俺は身に纏う風で弾かれた腕を強引に引き戻して防御した。
そのあとも絶え間ない剣戟が続く。
神の補助に頼るのではなく、俺は俺の力で俺を補助する。
剣を交わしているうちに、どんどん実力が拮抗してゆく。俺が白銀の大刃を一閃すれば、火の精霊王はそれをどちらかの劫火の大剣で受け止め、余った方の劫火の大剣を俺に振りかざす。更に俺はそれを白銀の風で強引に動かした刃で防ぐ。
はたまた火の精霊王が左右から鋏の様に劫火の大剣を振るうときは、俺が身体をぐるん、と上方に一回転させて避け、そこから回転力を使って白銀の大刃を振り下ろす。しかしそれを火の精霊王は十字に交差させた劫火の大剣で受け止める。―――今気がついたが、最初のような衝撃が俺に伝わって来ない……涙色の剣に莫迦みたいな量の白銀の風を纏わせているから衝撃が和らいでいるのだろうか? 何にしても俺は運がいいらしい。
「―――破ッ!」
俺はここで攻撃の主体を少し変更した。
イメージはユキの槍―――、
刺突に特化した造形―――、
途端、一陣の風が吹き俺の涙色の剣を覆う白銀の風が形状を変えた。
巨大な刃と化していた白銀の風が、細く長いそしてしなやかな槍状へと。
劫火の大双剣と白銀の細槍とがせめぎ合い、ぶつかり合う。轟々と風の唸り声をあげていた白銀の大刃とは違い、白銀の細槍はギュルギュルと狂ったように回転音を発している。
槍、と言っても完璧なる槍の形は形成することはできず、剣の刀身を伸ばした擬似的な短槍と言ったほうがいいかもしれない。
「―――刺ッ!」
俺は今から行う攻撃を言の葉に込めて放つ。
宣言通りの刺突。剣先から飛ぶ点の攻撃が、火の精霊王の心の臓へと走る。そして劫火の大剣がそれを的確に迎撃。本当に、憎たらしいくらいに的確だ。
上下左右から劫火の大剣が乱れ踊る。直線的かと思いきや突然フェイントを織り交ぜてくる攻撃に、俺は戦慄を覚える。完全なる意識外から放たれる一撃が、俺を抉る。
「……―――ぐぁァアアアッッッ」
俺は脇腹に劫火の大剣の剣閃をくらう。掠っただけだと言うのに、全てを切り裂くような鋭い痛み。劫火の大剣が纏う“存在しない陽炎”が、事のついでだと言わんばかりに俺を焼く。
痛みに、息が荒れる。一旦距離を取った俺が激しく肩を上下させていると、光が飛んできて俺の事を治癒した。傷や痛みこそ引いたが、あの剣への恐怖はどうしても拭えない物になってしまった。
痛いのは嫌だ。
痛いのは怖い。
『(―――ならば抗え)』
『(―――ならば壊せ)』
俺の中で響く“何か”の囁くような声。
なんて短絡的で暴力的だろうか。だが、俺はこの思考を実践に掛かった。
これまでも武器を狙った攻撃はしてきたが、これからは違う。俺はもう“武器しか”狙わない。斬って、突いて、刺して―――……―――火の精霊王に向けていたその行為を、今度は劫火の大剣へと全て注ぐ。
「ぅおおぉぉぉぉォォォォオオッッッ!!!」
先ほどの悲痛な叫びとは違う獰猛な叫びをあげて、俺は白銀の細槍を振るう。ときには剣の腹をめがけて渾身の力と渾身の速度で突き、ときには本来の用途として白銀の細槍を一閃、二閃と燃え盛る柄へと斬りつける。
巡り舞う剣戟の嵐。
劫火の大剣と白銀の細槍が幾度も交わる。
何度も、何度も、白銀の細槍を全力で突き、振るう。
何回この手に握る白銀の細槍を突き出したかは、解らない。回数が三桁を超えた頃から数える事が出来なくなってしまった。
疲弊を現し始めた俺の白銀の細槍と、濃密な爆炎により構築されていたはずなのに徐々に綻びを見せ始めた火の精霊王の劫火の大剣。
もうすぐ決着がつく、そう判断するには十分な見てくれだった。
火の精霊王もそれを理解しているのだろう。最初とは比べ物にならない程の激しい剣戟の音が乾いた空間を振るわせる。
これは賭けだ。どちらの武器が最初に死ぬか、武器の死はそのまま己の死に直結する。
――――――そして俺はこの賭けに、勝った。
ギュルギュルと回転音を発する白銀の細槍は、轟々と燃え盛る爆炎を貫き、抉り取った。
『―――なに……っ!』
火の精霊王が驚愕の声を漏らす。
俺はその間も手に収まる白銀の細槍を走らせ、劫火の大剣を穿ち、貫き、抉り、喰らう。
「ぉ、ぉオ、ぉォお、おおぉぉォォオオオオオオッッ!!」
俺の雄叫びが終わるころ、劫火の大剣はもう“大剣”と呼べるものにはなっていなかった。細々とした芯だけになった《破砕の痛み》が、爆音を立てて散った。最後の抵抗なのか、相当な規模になっていた爆発に俺は大きく後ろへと吹き飛ばされる。
『―――まさか、《破砕の痛み》が殺されようとわな……』
「“小さい”だとか“脆弱”だとか言ってたがな、生憎そんなもんじゃねえんだよ!!』
『―――そのようだったな。なれば、我もこれを使うしかあるまいな』
「…………なに?」
『―――我が眷族たる荒れ狂う火の精霊達よ この地に降りて 力を寄越せ。 渦巻く獄焔を この身に宿せ。 この身に集い 形を成せ。 《廻る獄焔の怒り》』
轟ッ! 轟ッ! 轟ッ! 轟ッ! 轟ッ! 轟ッ!
六つの獄焔が、火の精霊王の背後の燈る。
これまでの炎のような、威圧感や痛いくらいの熱を感じない。しかしその色は怒気を現す色のなのか、異様に赤黒かった。
たとえるなれば、“鬼火”の様だった。
『―――…………ふンッ』
火の精霊王が小さく息を吐き、こちらへ向かって突進をしてくる。後ろにある獄焔の鬼火達がユラユラと揺れながらそれを追従する。
剣を失った火の精霊王は、最初に使っていた鉤爪を使うことはせず、岩の様にゴツゴツとした拳を握る。それを確認したと思った瞬間には、俺の腹に向けて右の拳が真っ直ぐに放たれていた。
俺はそれを右に大きく避けた。
―――筈だった。
自分の横を拳が通り過ぎる感覚も経験した。……のに、俺は大きく吹き飛ばされた。
「がぁッ!?!?」
そして俺は見る。俺を殴ったのはユラユラと燃える六つの内の一つの獄焔の鬼火だった。
吹き飛ばされた俺は急速にHPを減らしたが、いつもの様に回復魔法が飛んできて、俺を高速で治癒した。
俺は何とか体勢を整えて白銀の風を纏った涙色の剣を構える。
そうして体勢を整えた俺を襲うのは、二つの岩のような拳と六つの静かに燃える獄焔の鬼火。
大きく振られる拳を避けてゆくが、縦横無尽に空を駆る獄焔の鬼火が俺を捉える。そのたびに俺はダメージと回復を繰り返す。俺は出来るだけの迎撃を繰り出す。しかし、六つある獄焔の鬼火が必ず一つ俺の事をぶっとばす。
「ぐッ、がッ………」
一撃、それまだ当たる事の無かった岩のような拳をくらう。
俺はそれを受けて寛大に吹っ飛んだ。途中、飛ばされている最中に回復をしていなかったら俺は呆気なく死んでいたことだろう。うずくまった俺の遠くで火の精霊王は一度構えを解いた。
『―――我は死に近づきすぎた……。早急にこの戦いを終わらそう、人の子よ。まずはあちらの奴らからだ』
そう言って火の精霊王はユキとシリルの方へと右手を翳す。
「―――――……おい、待て。ちょっと待てよ! やめろ!! おい、何でだよ!?」
そんな俺の問いに、火の精霊王は答えてくれない。
叫ぶ俺を無視して、手を翳した方に背に浮く獄焔の鬼火が飛ぶ。
「《サークルシールド アイス》!」
と、そこで何時の間にか魔法用の杖から白の角槍に持ち替えていたユキが叫んだ。
前に突き出した白の角槍が、回る。手の先でクルクルと回りはじめたそれは、徐々に青の光を帯び始める。
俺の知らない“技”だったが、効果は容易に想像できた。その見た目が、まるで光の円盾のようだったからだ。
その光の円盾が迫りくる獄焔の鬼火と対峙する。初撃、結構な速度で飛来する鬼火に対して光の円盾はそれを難なく弾く。しかし二撃目、それを弾いた時から光の円盾の青い輝きが目に見えて衰える。次の攻撃は多分防げない……
「『この手に望むは 碧き世界。 舞い降りしは 吹き荒ぶ雪。 万物を止める 氷上の心。 目の前の敵を 凍てつかせよ。 この身に宿る 我が力を喰らえ。 この身に降りて 我が身を守護せよ。 《氷結界の霊楯》』!」
今度はシリルの方から詠唱が聞こえて来て、恐ろしい速さでそれを終えると掲げた黄の蛇杖の先から青い魔法陣が展開されて、その魔法陣がそのまま凍った。凍りながらも尚の事、青の光を放つそれは、遅れて飛んできた三つの鬼火を防ぎきる。そうして、役目を終えたと言わんばかりにその姿を消した。
俺はこれに大いに驚いた。シリルは回復役兼支援役と聞いていたため、これ程までに高位の氷魔法が使えるとは思いもよらなかった。雑魚たちと戦っていた時もときおり水や氷の魔法を使っていたが、これは桁違いに強力だった。
が、防いだ獄焔の鬼火の数はこれで合計五つ。対して獄焔の鬼火の総量は六つ。
どう考えても、足りない。
事実、獄焔の鬼火は最後に魔法を放ったシリルへと一直線に飛来する。
「おい……、おい、おいおいおいおいおいおい!! 止めろ! 止めてくれ! 嘘だろ、どうして動かないんだよ! 動けよ……、動けよ俺!!」
俺がどれだけ叫ぼうと身体は軋むような感覚を残したまま、地を這うイモムシのようにもぞもぞと動くことしかできない。HPは回復している。―――のに、何故か体が動かない。
轟ゥゥッッ!!
「――――――――ッ!」
シリルが、声にならない悲痛の叫びをあげた。
シリルの身体を、赤黒い炎が染め上げる。そしてそれは魔法使い故に極端に少ないシリルのHPを事の一瞬で喰らい切った。
―――ご、めん………ね……
シリルの持っていた黄の蛇杖が、カラン……と乾いた音を立てて地面へ転がった。
今にも消えそうなか細い声、その声が俺の鼓膜を震わせたころ、シリルは実際に空の欠片となってこの世界から消えた。
あまりにも呆気ない死。
人の死とは思えない簡素な死。
人の命が、仲間の命が、今俺の目の前で消えた。
「……何でだよ」
俺の心に最初に浮かんだのは、悲しみ。
しかし、今は違う。
「……何でなんだよ」
今の俺の心を占めるのは、助けられなかった悔しさと、言い表せない程の膨大な憤怒。
「……たかがデータの固まりじゃないか」
俺はゆっくりと全く動かない身体を起こす。
「……たかが……、たかがデータの固まりが何で人の命なんか奪ってんだよ!!」
俺を包んだ白銀の風が、無理やり俺の身体を動かす。
「お前らが簡単に人の命なんて奪っていいのかよ!!!」
吹き荒ぶ白銀の風が勢いを増した。
俺の心情を現すかのように、この空間を駆け廻る。
俺は身体の操作を意識から外し、全てを風の操作に切り替えた。
『―――来い、人の子よ。決着をつけようではないか』
「お前が人の命を奪うって言うなら、俺もお前の命を容赦なく奪ってやる!!」
そこから、蹂躙が始まる。
俺は剣を振るう。
風に身を任せ、俺は空を斬る。
自分がどこを、どこから、どう斬りつけているのかも曖昧になっていく。確かなのは、俺の剣速が何時もより数倍速いということだ。
ついさっきまで対応しきれなかった獄焔の鬼火も、風に任せた涙色の剣閃で全てを例外なく払い落す。岩のような拳には真正面からの突きで対抗し、そして全てに勝つ。
「うぉぉォォォォォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
唸るような咆哮が、俺の口から飛び出す。
『―――ぐ、ごぉ……ぐぉぉぉおおおォォォオオオオオオオォォォォ…………』
続いて飛び出たのは、鋭い剛腕や獄焔の鬼火ではなく、火の精霊王の苦痛の声。そして悲鳴だった。
間髪いれずに次の現象が起こった。
火の精霊王の身体は、手、足と言った末端部からまるで贈り物のリボンの如く解けて行き、徐々に姿を消していった。そしてそれは直ぐに胸、頭部と言った部分にまで浸食し、全てを跡形も残さずに消え去った。
◆◆◆
俺の頭上に、グランドクエスト:【獄焔廻る精霊の迷宮】達成のウィンドウと狂ったようなファンファーレとが踊る。
しかし俺はそんな物は無視して、ある所へと歩みを進める。風の補助が無いと全く歩けなくなった身体を引きずって、そこへと向かう。
俺の視線の先では、もうここにはいないシリルの《アスクレピオスの蛇杖》を抱いたユキがへたりと身体を崩して、肩を震わせ静かに泣いていた。
静かに嗚咽を漏らし続けるユキの前に、ゴッと鈍い音と共に膝を立てた。
俺は何かに取り憑かれたかの様に風に補助されながら、弱々しい動作でユキへと身体へと腕を回し、ぎゅっ……と抱きしめる。
静かに泣くユキを少しでも慰めたくて、俺は独り言の様に呟く。
「―――ごめん……」
「―――もう、こんな事は絶対にさせない」
「―――絶対に守る」
「―――絶対に、ユキの事は守るから。シリルの分も、俺が絶対に守るから」
火の精霊王が君臨していたドームに、悲痛なる嘆きが響き渡った。嗚咽では抑えられなくなった故の、堪えられなくなった故の、悲しき泣く声だった。