014:燃える迷宮で走ってる。
轟ッ、と風が吹き荒れる。
仰々しい門の前に俺は降り立つ。丁度前に立っているユキとシリルが、驚いたようにポカンとしてこちらを見ていた。
「ん? 遅れてない……よな?」
茫然と立ちつくす二人に、俺は確認を取る。
ユキよりも早く再起動を果たしたらしいシリルは、驚いた後遺症なのかつっかえながらも言葉を発した。
「そ、そんなの遅れて無くても突然目の前に現れたら驚くでしょ!?」
…………? ―――あ、ああ、そう言うことか。
『突然現れた』の意味が最初は分からなかったが、徐々に分かって来た。
―――つまり、俺視点で言えば【風迅破嵐】でただ単に音の速さで走って来たわけだから、景色が高速で後ろに流れていただけだが、あちらの視点では音速でこちらまで来た故に道中の俺の姿を視認することができず、突然現れたように見えたってわけだ。
いやしかし、いくら速いと言っても所詮は音速であって光速じゃないから“視認できない”何ていうことは起こらないと思っていたんだが……謎だ。
「あー、遅刻しそうだったからワープは使わなかったんだ。だってあれここから遠いだろ?」
「だから、あたしが言いたいのはそういうことじゃ無くて…………いや、やっぱりいいわ。聞いたところで理解できなそうだし」
む、失敬な。
「そ、そうね、間にあったし。それじゃあ役割を決めちゃおうか」
ユキまでそんな反応か!?
と、そんな感じの俺の心中を知らないお二人さんは役割の分担を始める。
役割とは、簡単にいえばその人に合ったPT内での動き方だ。
一般的には―――、
最前線に出て敵の攻撃から味方を守る・壁役。
敵の殲滅を目的とした攻撃のかなめ・火力役。
壁や火力の回復を行う、文字通りの・回復役。
そして味方の強化と支援を行う・支援役。
更にその逆、敵の弱体化を行う・弱体役。
ちなみに火力役には二種類あって、近距離・遠距離と分けられる。剣や槍や鎚や戦斧やその他などを使って直接的に攻撃するのが近距離で、弓や暗器、魔法などを使って間接的に攻撃するのが遠距離だ。
俺は近距離火力役に分類される。魔法は一切習得していない物理攻撃一極の、所謂“物攻バカ”である。自分で言ってて悲しい。
―――……ん? でも剣で風飛ばせば遠距離もどうにかなりそうじゃね……?
「……そう言えばユキとシリルの役割は何なんだ?」
俺が近距離なのか遠距離なのかは置いておくとして、唐突に気になったので聞いてみる。―――と言うか聞いておかないとダメだろう、役割分担できないし。
「私は近距離兼遠距離の火力役ね」
「あたしは回復役兼支援役よ」
「えっ、シリルって支援とかすんのか!?」
ボカッ、と割と本気目で鳩尾を殴られる。背が低いせいか、ストレートに決まってしまった。その証拠にHPまでも数ドットほど削られていた。
……いてぇ
「何よ!? 支援しちゃ悪いの!?」
「いや、悪くわないけど……意外だったというか、なんと言うか……」
俺が打たれた腹をさすりながらそう言うと、ギロッと壮絶な目で見られる。このネタでさんざんからかわれた事とかがあるのかもしれない。
……今後は気をつけないと。
「―――と、それはいったん置いておくとして、ユキの『近距離兼遠距離の火力役』ってどういうことだ?」
「あ、うん。私のスタイルはね、なんと言うか魔法剣士ならぬ魔法槍士? なの」
「魔法槍士?」
俺はオウム返しに聞く。
「そう。水と氷の魔法スキルと槍スキルとった結果がこれってこと」
「ほー……」
「基本は槍で戦いながら魔法は自己強化や牽制って感じだから近距離主体なんだけど、魔法も結構使えるから遠距離でも行けるの。―――あ、そうだ。これが私の武器」
そう言ってユキは右手で軽くウィンドウを操作した。すると、ユキの背中の方に尋常じゃ無く細くそして長い光の粒子が表れ、数秒の時を経て槍へと形を変える。
ユキは背中に新たに出てきた槍をついさっきまでウィンドウを操作していた手で抜き取り、前に持ってくる。
「この子の名前は、《サイレンスホーンズ》」
透き通るような声音から発せられたその名前は、《静寂する角達》。
その槍は見事な純白を宿しており、なんと言うか―――、何処かの幻想の様だ。
その純白は万物を受け付けずに“静寂”を保つ、潔癖の純白。
“角達”の名前とは違った酷い矛盾を宿している、孤高の一角。
槍の先端には敵を切り刻む刃ではなく、刺突に特化し、銀と蒼玉の装飾を施した鋭利すぎる一角があった。
―――これに貫けぬものは何も存在しない、そういった素直な想いを安意に抱いてしまう程の最強の矛に見えた。
「綺麗だ……―――」
俺は思わずうわ言の様にそう呟いた。
するとなぜかユキは顔を赤くして答えた。
「そ、そう? そう言うのはイルくんが初めてだけど……」
「そうなのか? 意外だな」
ふむ、この槍を見てこの美しさに気がつかないなんて、今までこれを見てきた奴らは眼が腐っているのだろうか? あ、もちろんユキやシリルは例外だが。何故例外かというと、それはこの瞳を見ればわかる。こんな透き通るような綺麗な瞳が腐っているわけがない。
「あ、じゃあついでに私のも見せるわ」
そう言って今度はシリルがウィンドウを操作し始めた。
今度は手元に細く長い光の粒子が表れ、徐々に形を持ち始める。
数瞬たったのちにシリルの手に握られていたのは一本の杖。
「《アスクレピオスの蛇杖》。これ作るの大変だったのよー」
自慢げな口調に見合った存在感を持つその杖は、どこの神だか忘れてしまったが―――、ギリシャ神話だったか? そこの神である医神の名を冠していた。
さすが神の杖、とでも言っておこうか。言葉通りの神々しい神気(?)を放っていた。……ように錯覚した。そう錯覚するのには十分な存在感だった。
ミスリルを使っているのであろう独特の金属光沢を持ち、その周りに黄玉のような艶やかな煌めきを放つ鱗に身を包み、同じく黄玉をはめ込んだような黄色の瞳を持つ蛇が巻きついていた。
「こっちは、なんか存在感が凄いな……」
「でしょでしょ? いやー褒められるのは気分がいいわねー」
「いや、別にシリルの事を褒めてるわけじゃないぞ?」
俺がそう言うと、またギロッと鋭い視線が向けられた。―――……んな、なんつー理不尽な……
「―――――と、とにかく、この役割なら俺とユキが前衛で交互に敵のターゲットを取りながら攻撃して、シリルが後衛で回復と支援、余裕があったら魔法で攻撃。……って感じか?」
話題を変えるために役割の分担を提案してみる。
シリルに余裕があったら魔法での攻撃をしてもらおうと思うのは、一応回復役や支援役であっても攻撃スキルは持ち合わせている筈だからだ。
……そうじゃないと一人で雑魚モンスター一匹すら狩れないからな。
「うん、それでいいと思う」
「あたしもそう思うわ」
「よし、じゃあ行くか」
二人とも俺の分担で納得してくれたので、俺たちは足並みを揃え、仰々しく荒々しい炎の装飾が施されたダンジョンへの門をくぐるのだった。
◆◆◆
ここで一つ説明しておこうと思う。
このダンジョンについてだ。このダンジョンの名は【獄焔廻る精霊の迷宮】と言う。
迷宮の名前から分かるようにここには精霊がいるのだ。本来精霊とは人々に恵みを分け与えてくれる存在であり、決して敵対すべき存在では無い。
それがなぜ敵と出現しているのかと言うと、ここを守護する火の精霊王の所為だ。
火の精霊王は、―――王の身でありながら他者に使役されている。
その他者と言うのが“忘却の覇帝”だ(正確な名前はまだ明かされていない)。“忘却の覇帝”は精霊王の『記憶』と『真の心』を忘れさせて自分の支配下に置いている。今のところ“忘却の覇帝”がグランドクエストのラストボスではないかと言われている(……と言うかほとんど確定している)。
そして“忘却の覇帝”の所為で『記憶』と『真の心』を忘れている精霊王の眷族である精霊たちは『狂って』しまい、敵対するようになってしまった。
更にこれは、他の五柱の精霊王でも起こっていることだ。火の精霊王、水の精霊王、風の精霊王、土の精霊王、光の精霊王、闇の精霊王、全てが“忘却の覇帝”の配下となっている……らしい。
―――ということから推測すると、今回の火の精霊王を倒した後でも、そのあとに五柱の精霊王が待ち構えているということになる。これでは、終わりが見え始めている、というのは訂正した方がいいかもしれない。
そして今宵の戦場である【獄焔廻る精霊の迷宮】を守護する火の精霊王。その名は、
――――――怒れる紅蓮の王〈イフリート〉
◆◆◆
「なかなか出会わないわねー」
と、シリルが退屈そうに言葉を漏らした。
「いや、まだダンジョンに潜って一分も経ってないじゃない。これぐらいいつも通りでしょ?」
当然、と言った様子のユキに、俺は疑問を覚え確認を取った。
「そうなのか? 普通って数歩くらい進んだら敵が出てくるとかじゃないのか?」
「…………それ、どこの話?」
「何処って、【骨鬼の神殿】だけど……?」
「あそこってそんな凶悪な仕様になってたんだ……」
「あ、でも【黒狼と銀狼の魔窟】は最初の方はあんま出現しなかったかもな」
「え!? あそこ行った事あるの!?」
【黒狼と銀狼の魔窟】の名前を出した途端に、シリルが何故か食いついてきた。
あー……そうだシリルにはまだ言って無かったんだった。説明するのが非常にめんどくさい事になりそうだ。
―――と、丁度いい所で〈索敵〉のスキルに反応があった。
「お、敵さんの登場だぞ」
「え、ええー。タイミング悪ー」
シリルがなんか悔しそうに呻く。俺としてはナイスタイミングなんだがな。
「ほら、そんなことやってないで戦闘準備して!」
「了解」
「あいよ」
ユキの叱咤を受け俺は何時も通りに涙色の剣を抜き、いつも通りに悲しみを覚え、いつも通りそれを隠すように楽しそうに、そして獰猛に笑う。
にぃぃィ、と口の端が歪むように吊り上がってゆくのがよくわかる。
正面に出現したのは火炎を纏った蜥蜴……いや、アレは火炎を纏っている訳じゃ無く、そして“蜥蜴”なんて可愛いものじゃない。
あれは火炎で出来た“鰐”だ。
表示された名前には〈狂乱する火蜥蜴精霊〉。
いや、あれは絶対に蜥蜴じゃないって。絶対に鰐寄りだって。だってサイズがそうじゃん。それに眼がギラついてなんか焦点が定まって無いじゃん。
……しかしそんな事を気にするのももどかしく、俺はユキに「―――先に行く」と短く言って俺は火鰐へと一直線に跳んだ。無論、白銀の風を渦巻いて。
地面すれすれにまで降ろしていた涙色の剣を、思いきり振り上げる。火鰐の燃え盛る体躯に白銀の刃が牙を剥き、続けざまに剣戟を重ねてゆく。濃く、深い剣閃が火鰐を抉る。
そして抉られた所から、パキパキと音を立て濃紺の氷が覆ってゆく。
「グギュゥルワァァァァ!!」
よくわからない叫び声を零す火鰐を無視して、俺は涙色の剣を駆け巡らせる。
そら、駆けろ駆けろ駆けろ。
さあ、巡れ巡れ巡れ。
―――鰐の形をした氷像が出来るのにそう時間は掛からなかった。体感時間では十秒と少し位だろうか……。とにかく俺は火鰐から氷像鰐へとジョブチェンジを果たした目の前の敵へ左から右へと平行な一閃。
バキィンッ!
豪快な破壊音と共に、数多の破片となって砕け散った。
「……ふぅ」
俺は身体を包む白銀の風を四散させ、涙色の剣を虚空に向けて左右に二度ほど薙ぎ、血を振るい落とす(本当は付いてないけど、気分で)。
全てが終わり後ろを振り向くと、丁度ユキが走り終わって俺の所まで着いたところだった。
―――ん? 何でまだ走り終わったところ……?
俺は疑問に思い、首を傾げる。
俺の体感時間では二十秒は戦闘をしていたはずなんだが、ユキが走ったであろう距離は約七、八メートル程。とても二十秒もかかる距離とは思えない。
―――お? 体感時間?
「あ、ああ、そうかそうか。そう言うこと、か」
思わず口から心の声が漏れたが、理解した。
つまるところ、俺の思考や感覚は俺の知らない内に、勝手に加速してたってわけだ。たぶんこれだろう、今のところこれ以外は思いつかない。
俺の体が勝手に体感した時間は約二十秒だが、実際の時間はユキの走行距離を見ると四、五秒程だろうか、なんてこった。
どこの超人だよ、俺は。
そんな思考が俺の脳裏をよぎった。
そして後ろのユキとシリルが、茫然とこちらを見ている。
―――あー……説明するのめんどくさそう……
◆◆◆
「―――そうそう、そう言うこと。だからそれで納得してくれ。俺もよくわからないんだ」
俺はさっき体感したことの説明を一通り終えると、そう捲し立てるように言葉を切った。俺にもよくわからないから、そう言うしかできなかった。
「でも、そんなことってあるの……?」
「そうよ、あたしの支援魔法掛ける暇も無かったわよ」
「とにかく、俺にもよくわかんないのさ。ただ戦ってただけ」
「でも、ここのモブってフィールドボス級じゃないの……?」
「「あ……」」
ユキが思い出したように漏らした言葉に、俺とシリルの声が重なった。
「てことは俺はフィールドボスを秒殺出来るってことか?」
「……それは私が聞きたいんだけど」
「なんかもうよくわからないわね」
ホントわからない。俺はどうなっているんだ。
「じゃあ、あの紺色の氷は何よ?」
シリルが出来れば話したくない事をまた突っ込んでくる。
まあ、もう見られているしいづれ話すことになるとは思っていたが。
「…………もしかして武器の固有スキル?」
俺が言いにくそうに黙っていると、助け舟か何なのか、ユキがそう言ってきた。俺としては、ただ驚くだけだった。そして『武器の』という部分に疑問を覚えた。
しかし『称号の』と言っても知らないことでまた驚愕されるだけであろうから、俺は「あ、ああ。多分そうなんだ」と曖昧な肯定をする。
「多分ってどういうことよ?」
「実を言えば詳しい事は俺にもわからない。《クライファング》―――この剣を使うようになってから出るようになったんだ」
「そう言えばお父さんとのデュエルの時での蹴り技ではででなかったものね」
「そう言われてみればそうだな……―――と言うか武器の固有スキルって何なんだ?」
「…………何かイルくんて色々持ってるのに知らない事多いよね。で、武器の固有スキルって言うのは実は私もなんだけど、名のあるボスの最もレアで重要なアイテムを使って作られた最高ランクの武器って、そのボスのスキルや能力が使えたりすることがあるんだって。それが、武器の固有スキル」
……ん? 今私もって言ったか……?
しかしそんな疑問を口に出す暇もなくシリルが呆れたように言った。
「って言うかそのスキル本当に少ないんだと思ったらこんなに近くにいたなんて驚きねー」
「……一番驚いてるのは俺だ」
何か立て続けに判明する新事実に、げんなりしながら俺がそう言う。
「じゃあ、その固有スキルの名前って何だったの?」
「えっと、確か、【涙の氷柱】……だったかな」
「ふーん、やっぱり聞いたこと無い名前ね。なんかあんたって新手のビックリ箱みたい」
俺の報告を聞いて面白そうに笑うシリルに対して、俺は「新手のビックリ箱ってどんなんだよ。俺はものかよ……」とジト目で小さく口をとがらせて少し拗ねて見せた。
その姿を見たシリルは、けらけらと笑っていた。対するユキはと言うと、顔を赤くして息を呑んでいた。……いや、どうした?
「とにかく、進もう。ここにいてまたここで戦闘ってのでは先に進めない。今度からは俺も自重する。せっかく二人が力を試しに来たのその役割を果たせないからな」
俺が放ったその言葉に、二人は各々の返事をして俺たちは再び歩き出した。
「――――――ってちょっと待った! すっかり忘れてたけど【黒狼と銀狼の魔窟】について聞いてない!!」
上手い感じに誤魔化せたと思っていた俺は心の中で、ちぇっと小さく舌打ちをして、しょうがなく【黒狼と銀狼の魔窟】での出来事を『一週間爆睡事件』(たった今命名)を交えながら十数分の時を使ってシリルに語り聞かせる羽目になるのだった―――――。
◆◆◆
「―――――ふッ!」
ユキが短く息を吐き、白の角槍を一直線に突き出す。
すると、驚愕すべき事が起こった。〈狂乱する炎猿精霊〉(身体を炎で造った体長2メートルくらいの大猿だ)の強靭な筋肉で大きく膨らんだ胸板に、白の角槍が突きささる。―――と、同時に何も無い筈の周りの胸板を、透明な何かが六つほど同じように穴を穿つ。
しかし炎猿は短く太い唸り声をあげただけで、丸太の様に太い腕を大きく振るう。
ユキはそれを、素早く手元に戻した白の角槍を斜めに構えて、受け流す。か細い槍が炎猿の剛腕を受け流す様は途轍もなかった。たとえるなら、そこらへんの小枝で自分と同じくらいの大きさの岩を受け流しているようだった。
当然、ユキのような火力役には完璧に受け流すだけの最高クラスの力があるわけも無く、ダメージを受ける。しかしシリルの支援魔法の効果でステータスの底上げがされているが故に、ほんの少しのダメージだった。そのダメージも、シリルの支援魔法の効果で急速に自然回復してしまう。
「『手に取るは 過ぎた力。 顕現するは 天の使徒。 その手に宿るは 瞬く星の弓。 射抜け 聖なる光よ。 穿て 閃光の軌跡を纏いて。 貫け 荒れ狂う魔なる物を。《天界よりの光矢》!!』」
シリルのはきはきとした声が光聖系の魔法の詠唱を紡いでゆく。
その長い詠唱が終わるのと当時に、両手で持った黄の蛇杖を前に突き出すように構えているシリルの背後に大きな魔法陣が展開される。
間髪いれずにその魔法陣から思わず眼を背けそうになる程の眩い光が溢れた。その光が徐々に形を成し、丁度十二本の矢となる。その光の矢は詠唱通りの閃光の軌跡を纏いて炎猿へと一直線に飛ぶ。
途中でユキを避けるように歪曲し、そのすべてが炎猿の巨体へと突き刺さる。
これがたしか光聖系の上位攻撃魔法《天界よりの光矢》。その光は天使の放つ矢の如し。
ユキの白の角槍と格闘していた炎猿はまともな防御をすること無くそれを全身に受けた為、大きく体を仰け反らせて体勢を崩す。
「《シェキナーピアース》ッ!」
無論、その隙を見逃さないユキは、手に持つそれと同じ純白の燐光を帯びた白の角槍が目にも止まらぬ速さでトトトトトトッと右手、左手で持ち替えながら丁度六回突く。人体では絶対に出来ない速度と技術だが、この身体がデータの身体であるが故と、神による補助がそれを可能にする。
それが終わると一瞬だけ空白を開け、両手持ちに変えた白の角槍を渾身の力で突き出す。
これがたしか上位の槍技《シェキナーピアース》。高速の刺突による七連撃は全てを貫く。
―――しかし、この表現はいささか適正ではない。ユキの《静寂する角達》は何故だかは聞いていないが、一撃放つごとに追加で六つほど穴を穿つ。
つまり……、七つの刺突を七連撃。合計で四十九連撃と言うことになる。事実、穴の穿たれた炎猿はまさに蜂の巣の様だ。
俺から言わせてもらえれば、凄まじい、の一言に尽きる。
―――っと、こんな事を考えていると“技”を発動し終えたユキが代償として硬直を強いらていれる。俺はその隙間に潜り込み、先ほどの四十九連撃を引き継ぐかのように、白銀の風纏うた涙色の剣で振るわれる剛腕を拒絶するように弾きながら、音の速さで振り続ける。
何度薙いだ事だっただろうか、まだ両手両足でならギリギリ数えられそうな回数を経た時、
「ヴッヴォォオォ、ォ、ォォ………」
……と、濁った野太い断末魔を残して炎猿は空色の水晶となって寛大に砕け散った。
俺は血飛沫を払うように涙色の剣を何も無い虚空へと二度ほど振るうのだった(本当は付いてないけども。これからもこれをやるようにしよう。なんかしっくりくる)。
◆◆◆
「……なあ、あれって何なんだ?」
〈狂乱した炎猿精霊〉との戦闘を終えた俺は、ユキへと視線を向けながらそう問う。より正確に言うなればユキの手に収まる《サイレンスホーンズ》に向けて、だ。
「何も無い所に穴が開いたやつ?」
「そうそう、それだ」
「あれは、この子の『固有スキル』だよ」
「……まあ、半分は予想は付いていたが、効果はどんなものなんだ?」
「見たまんまだよ。本体の槍の周りに六つ不可視の槍を出現させるの」
「って事は単純に攻撃力は七倍ってことか?」
もしそうなのだとしたら、正直俺の音速の攻撃よりも攻撃力は高いのではないかと思う。ついさっきっも言っていたが、『武器の固有スキルが使える』=『その武器は最高ランクの武器』ってことらしいからな。
「うーん、まあ、そうなんだけど。……実はこの子自体の攻撃力はあまり高くないから、それほどでもないんだよね。あ、それでも一応は槍系の武器では一番なんだけどね」
「それは……じゃあここにあるのがこの世界で最強の槍ってことか。綺麗なうえにそんなに強いなんて凄いな」
「ま、まあ、そうかも」
ユキは少し照れくさそうにしている。
照れてほんのりと桜色に上気している頬が、とても綺麗だと思った。愛らしいとも、思った。
―――……俺はどうしたんだろうかな? こんなことを想うことはこの世界来てから全く無かったのに。いや、それ以前にも、こんな事思うのは一度も無かったのに。
「じゃあ、どんなボスを倒したんだ?」
俺は思っている事を何故かぼかしたく思って、そう聞く。
「えっと、〈孤高の七角獣〉ってやつ」
「ん? それって……」
「そう、グランドクエストのダンジョンボスだよ」
驚いた。まさかグランドクエストのダンジョンボスの素材を使った武器だったとは。
……いや、少し考えればわかる事か。これほど高性能な武器を作れるボスの素材なんてそうそうなからな。言われてみれば当然だ。
ほへーっ、と俺が感心していると、俺とユキの事を遠巻きにニヤニヤと見つめる一つの影がある事に気がついた。
「―――……なにをニヤニヤ見ているんだよシリル」
「うーん? 何でも無いわ、何でも無い。良いから続けちゃって」
「…………続けるって、何をだ?」
「いいから、いいから」
「…………シリルの事は置いて先に行こう」
「う、うん」
そう言って俺とユキはダンジョンの奥へと向かって歩き出す。
「―――あっ、ちょっと待ってよーっ!」
スタスタと歩き出した俺とユキの事をその場でじっと眺めていたシリルは、はっと思いだしたかの様に声を上げ小走りでこちらへと向かってくるのだった。
◆◆◆
「来ちゃった、ね……」
「そ、そうね」
「ああ」
俺たちは今一つの門の前に居た。
このダンジョン、【獄焔廻る精霊の迷宮】の入口である仰々しく荒々しい炎の装飾のされた門とは違い、この門はどこか静かな印象を与える。
今までこの迷宮の中で出会ってきた幾多の精霊と同じく燃え盛る橙の色をした火焔に彩られたそれは、静かな印象を与えつつも、確かな威圧感を放っていた。
「これってボスの部屋……だよね?」
「そ、そうじゃない?」
「だろうな」
ここにきて今尚信じられないような感じの声はユキ。ボスの部屋を前にしての緊張故か少しだけ上ずった声がシリル。一つ考え事と言うか分からない事があって淡白な返事になっているのが俺。
ここで俺が考えている考え事と言うのは、『何故ここのモンスターは強くないのか?』。
別に、『何だ! こんなもの雑魚ばかりじゃないか! ははっ!』……とか言っているわけではない。しかしここに最初に入った時のプレイヤーの話よりも、数段は弱く感じるのだ。俺は秒殺出来るようだし、シリルとユキだって二人でやれば一分も掛からない。複数で出現することなく単体であるが故に尚更だ。
…………さては最初の奴ら、見栄を張りたくて話を盛ったな……?
俺が真面目な顔をしてどうでもいい事を考えていると、シリルが緊張と興奮の入り混じった声で一つ、提案をしてきた。
「ね、ねえ、あたしたちで一回だけ入ってみない?」
「え?」
「だから、あたしたちだけでも様子見てみようってこと。どうせボスの部屋でも《ワープ》の魔法やマジックカードは使えるんだから大丈夫でしょ?」
「そうかも、しれないけど……」
少し不安げなユキの声。
俺もそれと同じように、ボスの部屋への突入にあまりいい予感は抱かなかった。
「それに、ここでちょっとでもボスの姿を見て帰ってから皆に情報提供すれば一躍有名人よ?」
「……俺はもうこれ以上目立ちたくないんだが」
「―――――さ、行くわよっ!」
俺のうんざりとした呟きを華麗にスルーして見せたシリルは、橙色の炎が踊る門へと手を掛ける。
「おいっ、本当に行くのか?」
「当然よ。せっかくのチャンスじゃない」
俺達(と言うか俺)の話を全く聞かないシリルに、お前は独裁者か、とつっこんでやろうとも思ったが、この状況で突っ込みが入れられる俺では無かった。
シリルは手に掛けた門をからで全体を使うように押し開いた。
開いた門の隙間から、門を彩る橙色の炎と同じものが洪水の様に溢れ、俺たちを包んだ。圧倒的な熱量を誇る筈のそれに包まれても、まったくと言っていいほど熱さは感じられなかった。
「―――わっ!?」
「―――きゃっ!?」
「―――うおっ!!」
三者三様の悲鳴を上げ、俺たちは無抵抗のまま橙色の炎に引きづり込まれていった。
―――――そして俺は後悔する事になる。
―――――何故、俺はシリルを強く止めなかったのかと。
―――――何故、俺は自分の意見を貫き通さなかったのかと。
―――――何故、俺はこんなにも弱いのかと。