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012:お父さんとやらと走ってる。

「きぃ、さぁ、まぁ、かぁあぁ」


 その180cmは軽く超すであろう背丈の引き締まった体を持つ美中年はギラギラと眼を光らせ、ユラユラと幽鬼のような足取りでこちらに向かってくる。

 まだこちらへ来るまで時間はありそうなので、一応ユキに問う。


「えっと、あの人は……?」


「…………恥ずかしい事に、私のお父さん」


「えっと、血は繋がっているんだよな?」


「うん、義理とかじゃないから」


 まあ、確かに目元が似ている。それに髪の色も同じだし。


「別にそう言う事を聞いたわけじゃないんだが……。じゃあ、親子でログインしてたのか?」


「そうなの。あ、でも正確には家族で(・・・)なんだけどね」


「は? ……家族ってどういう―――」


 そこまで俺が言った途端に、何時の間にか俺の隣に来ていたユキにお父さんに首根っこ掴まれて持ち上げられた。…………何でこんな犯罪めいた(ゲームでは)行動なのに、街中の犯罪防止フィールドに引っかからないんだろう。あれか? ダメージが無いからか? 痛くないからか? 


「貴様か? 俺の娘を誑かしたのは?」


 眼が、眼が怖いです皆さん。完全に据わってますよ。

 と、そこで俺に救いの手が差し伸べられた。


「ち、違うよお父さん!」


 そうです。違うんですよユキのお父さん。ちゃんと娘さんの話を聞きましょう。


「イルくんとはまだそういう関係じゃないというか……。あ、でも! いずれはそうなりたいと言うか何と言うか……」


 ごにょごにょと尻すぼみになってゆくその言葉を聞き、ユキのお父さんは固まった。それはもう大理石の彫像のごとく。

 そして俺は冷や汗を流していた。この状況でそんな事を言うとは何事なのだろうか、そんなに俺を傷めつけたいのだろうか、嘘でもそれは無いよ…………


 するとユキのお父さんは何かを諭すようにユキに語りかけ始めた。


「ユキ、さすがにこんななよなよしたどこの馬の骨とも知れぬ男とは止めておきなさい。もっとお前を守ってくれる強い男にするんだ」


「あ、ありがとうございます!」


 俺はその言葉を聞き、嬉しくなってお礼を言った。


「なっ!?」


 別に、『なよなよしたどこの馬の骨とも知れぬ男』とか言われて嬉しくなったわけじゃない。

 しかし……、だがしかし! このお父さんは俺の事を『』と言った! この人は俺の事を『』と言ったんだ!! ちなみに重要だから二回言った! 


 そして俺の事を初対面で『男』と言った人は初めてだ!! 


「誰がお前の事を認めると言った!?」


「いや~そんなこと言ってても俺の事ちゃんと見てくれてるじゃないですか」


「何故そうなる!?」 


「えへへ」


「笑うんじゃない!!」


 俺が頭の後ろを掻きながら笑っていると、首根っこ掴まれたままユキのお父さんに怒られた。

 ちなみに俺の向かいに座るユキの方は「かわいい……」ってトリップしてた。―――何がだ?


「とにかくちょっと来い!」


 その言葉を否定する間もなく俺は連れてかれていく。というか首根っこ掴まれたままだから抵抗の仕様もない。

 ……いや、アビリティとか使えば造作もない筈なのだが、さすがに今抜け出すのもどうかと思うし。


「―――あっ、ちょっと待って!」


 トリップしていたユキは、やっと我を取り戻して後ろから駆けてこようとすのだが―――、


 ―――途中でNPCのウェイトレスに捕まり料理の代金を請求されていた。


「ちょっと待ってください。まだ料理代払ってないです」


 俺が首根っこ掴まれたままユキのお父さんにそう告げる。

 娘がウェイトレスに捕まっている事実にようやく気がついたらしいお父さんは、「む、それはすまない」と言って俺の事降ろしてくれた。話のわかる人で助かる。


 そのままユキとウェイトレスの方に歩み寄り、お金を支払う。無論、ユキの分も。

 

「イルくん、自分の分ぐらい払うよ」


「いや、こういう時は男にカッコつけさせてくれよ。さすがに毎回は無理だけどな」


 最初は渋っていたユキだったが、俺がにっ、と口元をつりあげながらそう言うと、奢って貰うのが恥ずかしいのか知らないが、顔を真っ赤にしながらも「あ、ありがとう」と頷いてくれた。


「くそっ、やはり腕は離すべきではなかったか」


 そう言ってユキのお父さんはまたも俺のことを軽々と持ち上げた。

 本日二回目にして早くもそれに慣れた俺は、何事もないかのようにユキのお父さんに問う。


「それで、どこに行くんですか?」


「…………貴様の知った事ではない」


「………さいですか」


 どうやら教えてはくれないらしい。


 結局は気まずい沈黙を纏ったまま、俺とユキとお父さんの、なんかよくわからないパーティーはレストランを後にした。




 

   ◆◆◆





「ここだ」


 そう言って案内されたのはの《ブルーナイト・ナイツ》のギルドホーム。


 ギルドホームとはその名の通りギルドが所有する家で(いや、ここは城と称した方がいいかもしれいが)、……まあ、それだけだ。

 このゲームが本来の役割を果たしていたのであれば、ギルド対抗戦の時に要塞として活躍したはずだが、それはいまだ一度も開催されてはいない。

 理由はもちろん、殺されるからだ。

 ギルド攻略戦ではデュエルのようなHPが一残るなんて都合のいい使用には無いっていない。HPを全損させれば無論死ぬ。

 だからこのギルドホームは家としか役割を果たしてはいない。


 と、まあその話は置いておくとして、ギルドホームの入り口まで来た俺とユキとお父さんは(途中までは首根っこ掴まれたままだったのだが、さすがに街中では視線がきついので降ろしてもらった)、門番の青年と、少年に挨拶をした。……ていうか門番いるんだ。


「シキさん、ユキさん、お疲れ様です」


 ここでやっと名前が判明。ユキのお父さんはシキと言うらいい。

 


「ああ、お疲れ」


「はい、御苦労さま」


「ところで、そちらの方は?」


「あ、俺はゲイルと言いま―――」


 と青年の方が俺に聞いてきたので自己紹介しようと思ったら、「お前はしなくていい」と凄まれた。何故、だ……?

 しかし青年の方は、名前だけで俺の事に気がついたらしい。


「あっ、も、もしかして『疾風様』です、か……?」


「あー、うん。一部ではそう呼ばれてるらしいね」


 俺が苦笑いを浮かべながら一応肯定すると、青年は興奮したように声を上げた。


「ほ、本当ですか!? よ、よかったら握手してください!」


「あ、うん。別にいいけど……」


 そう言って俺は手を差し出す。

 青年は俺の手を恐る恐ると言った感じでとり、握った。

 ギュッと数秒間握ったのち、手を離す。


 ……結果、男との握手は正直楽しいものではない事がわかった。


「あ、ありがとうございます!」


「いやいや、こんなもんの安い御用だよ」


 と、口では言っているが、正直男との握手は金輪際無しにしたい。


「終わったならさっさと行くぞ」


 シキさんが苛々した風にそう言って、ギルドホームの中に入ってゆく。


「あ、はい」


 これ以上怒らすのも何なので、俺は素直についていった。

 



 ―――余談だが、隣ではユキが「私の方が長かったし…………」と、なんかよくわからない事を呟きながら頬を膨らませていた。





   ◆◆◆




 

「えっと、ここは?」


「闘技場だ」


 はい、と言う訳で今俺はギルドホームの中に在った闘技場に来ています。

 というか、室内に在る筈なのにこの広さは何なんでしょうかね?

 

 ―――しかし、俺はその疑問の方は置いておいて、他の疑問をシキさんにぶつける。


「で、ここで何を?」


 すると間髪いれず帰って来たのは、まあ、半ば予想していた言葉。


「俺と戦え」


「どうしてですか?」


 そしてこの後返って来たのも、半ば予想はしていた答えだった。


「ユキの事だ。…………今までと同じように娘に手を出そうとする奴には俺と戦ってもらう。俺を倒せるくらいの力量が無いとユキは守れない」


 要するにあれだ、娘の事が心配で仕方が無いお父さんなんだ、この人は。


「そう言う訳だ。俺と戦え」


 俺はふぅ、と小さく息を吐き出し、シキさんに俺の答えを述べる。


「わかりました。少し訂正したい部分もありましたけど……、戦います」


「よし、じゃあ十分程待ってくれ、俺にも準備がある」


 そう言ってシキさんは闘技場を出ていった。


「―――……本当によかったの?」


 俺の方に歩み寄って来たユキは、申し訳なさそうにそう言った。

 しかし俺はそんなユキの頭に手を置き、くしゃくしゃと撫で、にやっと微笑みながら、言う。



「気にすんな、―――なーに、ちょっくら勝ってくるさ」





 

   ◆◆◆





「さ、始めましょうか」


 そう言って俺はウィンドウを片手で操作して、ガッシャガッシャと白い重鎧を鳴らしながら登場したシキさんへデュエル要請を飛ばす。

 数秒と経たないうちにそれは六十秒のカウントダウンに変化した。


 俺と10メートルほど離れた位置に立つシキさんは、両手に一つずつ(・・・・・・・)盾を装備した。どちらも十字架を模した全体で50cmほどのバックラーだが、片方が象牙色、もう片方が琥珀色の綺麗な盾だった。―――しかし。


 正直、俺は自分の目を疑った。


 盾だけじゃ攻撃できないんじゃ……?


 そんな事を考えていると、周りから「おぉぉぉおおおっ!」と歓声が聞こえてきた。

 何事かと辺りを見回すと、何時の間にかギャラリーができていた事に俺は驚いた。たぶん、皆《ブルーナイト・ナイツ》のメンバーなんだろう。


「おいっ! 久々にシキさんの【二盾流にじゅんりゅう】が見られるぞ!」

「おお! ホント久々だな!」

「いやー、ラッキーだ。ギルドホームに残ってて良かった」


 ―――どうやらアレは【二盾流】と言うらしい。 


 戦いで使ってくるものなのだから、使えるものなのだろうが……、あんまりそうは見えない。


 

 とにかく俺は自分の剣を腰から引き抜く。


 そのしっとりとした声音はやはり俺の悲しみを駆り立てた。

 だが俺はそれを表に出すことなく、代わりに笑みを零す。


 俺が涙色の剣を地面に擦りそうな下段に構えたころには、カウントはもう十秒を切っていた。


「全力で来いッ!」

 

「それじゃあ、全力で行かせて貰いますッ!」


 そう、俺が叫んだのと同時にカウントが零になった。


 

 俺は疾駆する。

 

 重鎧を装備しているが故に動作の遅いシキさんの背後に回り込み、涙色の剣を振るう。 

 鎧のつなぎ部分に俺の剣が入り、シキさんのHPを削る……―――はずだった。


 バチィッ!


 そんな、落雷に打たれたような音がしたかと思うと、涙色の剣は象牙色の盾に弾かれていた。


「なっ!?」


 俺は驚愕の声を漏らした。

 

 しかし驚いている間もなく反対の腕に装備されている琥珀色の盾が、バチッと音を立てて俺の体を捉えた。HPが一割近く削られる。

 まるでボクサーのパンチのように、鋭い一撃だった。あの盾は篭手ガントレットとしても使うようだ。

 俺はひとまず空中に逃げる。


 そして空中から、一度冷静になる事で確認出来た事は一つ。


 シキさんの体からバチバチと疼く、薄紫色の多分な紫電が迸っている。

 特に両腕に装備された盾は、尋常ではない量の雷を纏っていた。


「む、この氷は何だ」


 俺はその言葉でやっと気がつく。俺の涙色の剣を受けた象牙色の盾は、一部を濃紺の氷のよって覆われていた。


「その雷の事教えてくれたら、教えてあげます……よッ」


「ふんっ、言えるかっ」


 シキさんが一声入れると、象牙色の方に紫電が集中し、紺碧の氷を焼き払った。

 俺はその動作が終わるころには、再接近をしていた。


 今度は先とは違い、刀身と自分自身に白銀の風を纏わせる。

 そして音速と化した斬撃を横薙ぎに一閃。つまり真正面から叩き込んだ。真正面と言えど音速であればダメージを与えられると踏んだのだが―――、


 結果、音の速さの斬撃は二つの盾に完璧に阻まれた。


 ガキィンッ! 


 そう、音を出して俺の剣は弾かれた。


 その後も俺は涙色の剣を振り続けるが、一向にダメージを与える事が出来ない。

 逃げようとしても、象牙と琥珀の盾が逃がしてはくれない。

 さらに、盾に防御される事で俺の剣を通って紫電が俺の方に到達し、ダメージを与える。その際に空気中に散る紫の火花は、憎たらしいくらいに綺麗だった。

 そして俺の濃紺の氷が、その美しさに一花添えているのも少し腹が立った。


「疾ッ」


 この前のレイルワイバーンにしたのと同じように、俺は思いきり剣を突き出した。


「ぐッ……」


 その甲斐あってか俺の全力の刺突を受けたシキさんは、体勢を崩す。

 もちろんそれは俺も同じなのだが、俺の場合は【万界疾駆】があり、空中も足場に出来るので相手よりも速く体勢を立て直す事が出来る。


 その事を利用して、再度距離を取った。


 今度は接近せず、遠距離からの攻撃を繰り出す。



 音速で飛来する白銀の輝きを持つ斬撃波の嵐。

 

 轟々と渦巻く風が、その嵐を彩る。



 その光景に周囲の人たちは息を呑んでいた気がしたが、その事を気にとめている暇は無い。


 俺は手を休める事無く斬撃を飛ばす。


 

 しかしその斬撃も、象牙と琥珀の盾が阻む。


 ときおり斬撃が通る事があるのだが、それすらもあの重鎧によってダメージを軽減されてしまう。あの闇色の魔狼にも結構なダメージを与えたはずの攻撃故に、驚きも大きかった。

 今のところシキさんのHPは八割あるかないか、それに対して俺のHPは半分ほど、剣を通した紫電が思いのほかダメージを与えていた。



 そんな時―――――、俺の脳裏に何かが響いた。



『(―――――――、―――――――。――――――、――――、―――――!)』



 何かを訴えるような、悲痛な声。



「……あ、ぐゥ……」



 俺の手は音速の斬撃を繰り出しながらも、その声が巻き起こす頭痛に呻いた。

 ズキンズキンと強さを増してゆく痛みに、苦悶の声が漏れる。


 

「―――――――――――ッ!」



 遂に俺は、頭を抱えた。余りの痛さに押さえずにはいられなくなった。もちろん、涙色の剣は地面に落ちた。カラン……と言う高い音はこの空間に響き、俺の頭痛を加速させ―――



 ―――加速させなかった。



 痛みが嘘のように消えてゆく。

 どこかのスイッチが入ったように、俺の感覚が冴えわたる。

 俺の体が、……――の―躯だけが、暴れたがっている。


 もう一度剣を握る気には成らなかった。




 俺はそのまま駆けだした。

 

 武器を捨てると言う突然の俺の奇行に驚きを見せていたシキさんだったが、俺が向かってきたのを確認すると両腕の盾を構えた。

 しかし俺はすんでのところで体勢を大きく下げ、まるで地を這う蜘蛛の様になる。

 俺はそのまま地面に片手を付き、そこを支点として大きく足を払う。


 先ほどの刺突とは違う盾を介さない攻撃には弱いのか、シキさんは先ほどよりも大きく体勢を崩した。

 そして体勢を崩した所に斬馬刀のような音速の回し蹴りを一発。

 与えたダメージ自体はそれ程のものではなかったが、巨大な一撃をモロくらったのでシキさんがまたも体勢を崩す。

 そしてそこから大きく上へと蹴りあげる。

 

 そこで、シキさんが宙を舞った。


 さすがに重鎧に盾二つを装備しているだけ重かったが、それでも飛んだ。

 俺はそこから槍のような上段蹴りを繰り出す。斜めに入ったソレは、シキさんを更に浮かせた。

 

 

 そこからはいつかと同じように、機械的に蹴り技を放ち続けた。



 空中で回避行動をとれるはずもなく、シキさんはされるがまま。





 そしてHPが残り僅かになった時、俺は空中へと飛び出した。

 その間にシキさんは地面に足をつける。空中に居る俺を見る視線は、磨きたての刃物の様に鋭い。

 シキさんは俺を見ながら、両腕の盾を、重ねるように頭上に構える。


 

 ―――そうだ、これでいい。最後くらいは『全力で』らないと。



 俺はそんな事を心の読み取ったのか、シキさんは更に顔を引き締める。



「おらぁぁぁああああッッ!!」


「ふんぬぉぉぉおおおッッ!!」


 俺の叫びと、シキさんの怒号が重なる。


 絶壁の守護を誇っていた双盾に、ギロチンのような踵落としが、堕ちる。

 轟々とうねる俺の白銀の風と、空間に奔らせるシキさんの紫電がせめぎ合う。


 しかし徐々に、雷の盾を風の蹴りが切り開いてゆく。シキさんの盾が、く。

 

「…………ッ!」

  

 パキィィン…………――――――――


 いつかと同じ、甲高い破壊音。


 シキさんの盾が二つ、空色の欠片となり、散った。


 最近、武器の殺されるところを見せられてばかりだ……、

 俺の心までもが軋み、悲鳴を上げる。


 しかし俺の蹴り(ギロチン)は盾を殺した後も、止まらない。

 

 シキさんからは『信じられない』といった表情が見て取れる。

 

 そして俺はその顔を、足で……捉えた。


 



 俺の眼前を《 You Win !! 》の文字が舞い、踊った。

 本当は歓喜していいはずのその知らせを見て、俺は思わず眼をそらした。


 心に残ったのは、湧き出たのは、勝利の喜び等ではなく、果てしないやるせなさだった……―――





   ◆◆◆





 HP残り一のまま倒れていたシキさんに、長めの黒髪を後ろで一つに結い上げた魔法使いの女性が、回復魔法をかけた。

 そしてHPを全快させて起き上ったシキさんは、俺の方へと真っ直ぐ歩いてくる。


 数秒もしない内に俺はガシッ、と両肩を掴まれた。

 シキさんは苦虫を噛み潰したような苦悶の表情で、一つの言葉を紡ぐ。


「―――娘を……頼ん、だ……」


 そのまま脱力した様子でシキさんはフラフラと闘技場を後にした。

 そして俺の抱いた感情は、こう。


 

 ―――正直、重いです。 



 そんな風に考えながら「うぅーむ……」と低く唸っていたら、シキさんに回復魔法をかけていた黒髪の女性が声をかけてきた。 


「なんか、ごめんなさいね」


 その女性を一言で称すのであれば……そう、大和撫子。

 艶やかな黒髪と引きこむような黒瞳の美人さんだった。和服ではなく魔法使いがよく身に纏うローブであるのが、唯一の不審点だろう。しかし、真紅と純白のそれはよく似合っていた。

 

 これぞ日本の女性と言っても過言ではないのであろう、美貌。


 ―――なのだが、俺はその美貌に何故か親近感を覚えた。どういうことなのか、安心感が俺を包んでいた。


「あ、いえ、大丈夫です」


「あの人ったら、いつもやりすぎちゃうから……」


「あの人?」


善樹よしき―――……っとちがったわ、シキの事よ」


 どうやらシキさんの現実での名前を知っている方っぽい。

 

「―――で、あの子とはどんな関係なの?」


 はて? あの子とは……?


 興味深々と行った様子で俺に問うてくる女性の無垢な笑顔に、俺が脳内でそんな風に首を捻っていた。

 すると、後方からユキがダッシュで駆けて来るのが感じられた。


「お母さん! な、何言ってるの!!」


「おかっ、お母さん!?」


 俺はそう口では驚きを現しつつも、少し納得していた。

 顔立ちも似ているし、何より、あの親近感と安心感の正体も理解出来た。


 ―――アレはユキに抱いていた想いの欠片だ。


 無意識のうちに、しかもつい最近知り合ったばかりのユキに少なからず依存していた事実に、思わず俺は外に漏らさないように苦笑した。


 そんな風に俺がしていると、ユキのお母さんとユキは顔を寄せ、小声で何か話し始めた。

 

 俺の位置からは何も聞こえないので、特に聞き耳を立てる事無くぼーっ、と明後日の方向を見つめる。

 話を終えたらしい女性お二人は、こちらに顔を向ける。

 

「うふふふ。今日の夜は良い話を聞けそうだわ」


「良い話?」


 ユキのお母さんは心底楽しそうに、そう言っていた。

 俺が何の事かとオウム返しに聞くも、「女だけの秘密よ」と妖艶に笑っているだけだった。そのまま颯爽と去ってゆこうとするユキのお母さんに、俺は声をかける。


「あの、お名前は?」


 するとユキのお母さんは、誰もが見惚れるような、揺らめく焔のような笑顔で振り向き、


「あ、忘れていたわ。私はアキホ、未来のあなたのお義母さん(・・・・・)になるかもしれないから、よろしくね」


 ……そう、言った。


「あ……ぇ、へ………?」


 闘技場を後にするアキホさんを見送りながらも、俺は間抜けな声を出した。

 理解することができなかった後半の言葉に、困惑する。

 近くに居るユキの方に視線を向けるが、あっちも呆気に取られていて、すぐ真っ赤になった。


 

 そのあとも二人であぅあぅと真っ赤な顔で悶えながら、数瞬の時を過ごしていた。




   ◆◆◆




「あ、あれはお母さんが勝手に言った事だから……その、きっ、気にしないで!」


 俺よりもいち早く覚醒を終えたユキが、早口にそう告げると、脱兎のごとく闘技場を離脱した。

 

 それにより残されたのは俺だけ―――――じゃなかった!?

 俺の周りには何時の間にか人だかりがっ!?


 そして誰も、何も言葉を発さない。

 正直、不気味だ。と言うか怖い。


 俺の周りには男と女、少年と少女関係なく皆ジッと俺の事を見定めるように見ており、なんとなく……居心地が悪い。せめて何か話してくれればいいものを、無言は無いと思う。

 俺は意を決して、言葉を紡ぐ。


「えっと……出来れば帰りたいんですけど……良いですか?」


 俺のその言葉に反応してか、人垣の中から、ぬっ…と一人の男が出てきた。

 その男は多分シキさんと同じくらいの年で、何と言うか、チョイワルオヤジだ。

 そのチョイワルオヤジは地に付きそうな低い声で、俺の問いに無愛想ながらも答えた。


「何故だ?」


 …………違った。


 俺の問いには答えてもらえず、逆に質問されてしまった。

 しょうがなく俺は正直に話す。


「何故ってデュエルとかその他諸々で疲れたから早く寝た―――」


 ぐぅ~~~きゅるるる


 バッシィ!


 ―――ちなみに解説すると、最初の音が俺の腹が俺の事を裏切った音。そして次のは羞恥故に過剰な熱を帯び始めた顔を、両手で思い切り覆い隠す音だ。―――

 

 つまり何が言いたいかと言うと、……なんで一時間かそこらで俺の腹は空腹になるんだ!? あとすごく恥ずかしい!!


 被せている両手を少し開いて、外をチラッと盗み見る。

 俺に話しかけてきたチョイワルオヤジ以外の全員が、頬を赤く染めてこちらを見ていた。


 くぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!


 俺は心の中で思い切り叫んだ。

 恥ずかしさがぁ―――ッ、恥ずかしさが俺を蝕むぅ――――ッ!


「「「……か―――、」」」


 何故か突然ハモり出した男女達に、俺は思わず顔を上げ、首を傾げながらオウム返しに「か?」と間の抜けた声を漏らす。 




「「「可愛いぃ―――――――っ!!」」」




「……、………、…………、ぇえ、え、ええぇぇぇぇぇぇえええええ!?!?」




 たっぷりと沈黙した後、俺は叫んだ。






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