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011:暖かな気持ちで走ってる。

『ユキさん から メッセージを受信しました』


 いつかと同じ簡素な電子音と共に、いつかと同じウィンドウが俺の目の前に浮かび上がった。

 雨が上がっても、一向に冴えない曇天を仰向けでジッと見つめていた俺は、そのウィンドウに反応してガバッと起き上る。

 俺はウィンドウを簡単に操作して、寄せられたメッセージを呼び出す。そこには―――、


『マップでフレンドマーカーたどってフィールドまで来たんだけど、どこにいるの? マップではマーカーが重なってる筈なのにいないし…… もしよかったら返事お願い』


 ―――とあった。


 上空100メートルから俺は、眉間にギュッとしわを寄せ、地上を見下ろす。すると確かに、きょろきょろと辺りを見回す女の人が見えた。

 俺はそれを確認すると、トッ、トットットットットットッと、まるで階段を一段抜かしで駆け下りるように、軽やかに地上を目指した。

 数秒としないうちに、ユキさんのところに辿り着く。俺はそこで、あらためて声をかける。


「ユキさん、こんにちは。急にどうしたんですか?」


 するとユキさんはこちらに驚いたように振りかえり、ぱっと笑顔になる。……と思ったらすぐにムスッとした不機嫌な顔になった。……え? なんで?


「―――――違う」


 突然ユキさんの口から放たれたれた否定の言葉に俺は「はい?」と間の抜けた声を返してしまう。


「敬語だし、名前に“さん”が付いてる……」 


 俺はその言葉に、「あ……」と思いだしたように声を漏らした。そう言えばそんなお願いされていたのだった。

 ……今気がついたが、前にあった時よりも表情が豊かになり、物腰も柔らかくなっている気がする。


「ごめんなさ―――……じゃない。ごめん、ユキ」


 ユキに軽く――というか可愛く――、むーっといった感じで睨まれたので、自然となってしまった口調を慌てて敬語抜きに、名前を呼び捨てにする。

 今度は頬を薄い桃色に染め、花の咲いたような笑顔になった。


「うんっ、それでよし!」


 俺はその笑顔に、外に音が聞こえるんじゃないかと思うほど胸の音を高鳴らせ、つっかえながらも言葉を続けた。


「そ、それにしても急にどうしたんだ?」


「あ、うん。この前のNPCのレストランのご飯さ、スティールとのデュエルで結局食べられなかったでしょ? だからもう一回どうかなって。それに前、お礼するって言って結局できなかったし」


「ああ、それか……。ん? でもそれならメッセージ送れば済んだんじゃないか?」


 俺がそう問うと、何か思い出したのか、いきなり不安そうな顔をしてから小さな声で言った。


「そ、それは心配だったからで……」


「心配?」


「だってイルくん、一週間も連絡が取れなかったから……」


(一週間……? そんなに何かあったかな……って、ああ!)


「ああ、その一週間ならずっとダンジョンにいたんだ」


「え……―――え、えぇ!? 一週間も!?」


「正確には一日でボスの攻略は終わったんだけど、そのあとボスの部屋で寝ちまったんだ」


 俺が「あはははは」と苦笑しながら言うと、ユキは驚きを通り越して呆れてしまった様子で、小さく呟いた。

 

「……もう驚きすぎて何も言葉が出ないよ……」


「ま、そうだよな。俺も自分で気がついた時叫んだからな」


「それで? そのダンジョンって?」


 俺はその言葉を聞いて、(いや、言葉でてるじゃん)と心の中で独りつっこんだ。

 そのつっこみのあと、俺は口ごもりながら言った。


「いや、えーっと……出来れば言いたくないんだけど……」


「? なんで?」


 ユキが可愛らしく首をかしげる。


「だって言ったらユキがまた驚くのに眼に見えてるからなあ」


 今度はその桜色の頬をぷくっと膨らませながら言う。


「それは失礼だよ! さっきので耐性付いたし!」


「…………くッ」


「? どうしたの?」


「いや、何でも無い」


 ユキがあまりにも可愛らしかったので、思わず抱きしめそうになってしまった。

 俺の理性がきちんと機能していなかったら、今頃思いきり抱きしめて、頭とか撫でまくっていた事だろう。……というか今も俺の理性が崩壊しないか心配でしょうがないのだが。


「……まあ、いいか」


「やった! よし、絶対に驚かないよ!」


「それで俺が行ってた……というか大半を寝て過ごしたダンジョンっていうのは、【黒狼と銀狼の魔窟】って所なんだけど……」


 俺はそこで言葉を切ってユキの方をちらっと見ると、予想通りというかなんというか、ポカンと口をあけて呆けていた。

 俺が、「ユキ、口開いてるって」と短く指摘すると、思い出したように口を閉じて、追加で口元に手をあてた。

 

「……じゃ、じゃあ、あそこ攻略クリアしたのってイルくんだったの……?」 


 なおも信じられないと言った様子のユキが、俺にそう聞いてくる。俺はそれに「ああ」と一言で返すと、そのあとも俺に疑問をぶつけてきた。


「でも、あそこって最上級の《ユニークダンジョン》でしょ? それを……一人で?」


「らしいな。俺も攻略が終わってから知ったんだよ」


「でも……うそ、でしょ……?」


「嘘じゃないって。この剣も、この防具もそこのボスのドロップアイテムで作ったんだ」


 そう言って俺は、腰に差してる涙色の剣と、着込んでいる黒いコートを指差す。


「ちょ、ちょっと待って、今整理するから」


 ユキはなおも混乱している様子で、小さく俯き、瞳を閉じ、小さな声で何か呟き始めた。

 俺もそんなユキを少し眺めたのち、鈍い曇天を仰ぎ、呟いた。


「……やっぱりやめておけばよかったか……?」





   ◆◆◆





「つまり、新しい剣と防具のためのアイテムを手に入れるためにソロで【黒狼と銀狼の魔窟】に行って、ボスを倒したはいいけれど、そのまま寝てしまって一週間。そして起きて出てみたらそのダンジョンが《ユニークダンジョン》だったってことがわかったってこと?」


「ああ。まあ、そんな感じ」


 一分ほどたってようやく頭の中の整理を終えたらしいユキは、早口でそう捲し立てた。特に間違っていたわけでは無かったので俺が肯定すると、先ほどとは違う興味深々と言った感じで俺に疑問を投げかけてきた。


「それで、ボスモンスターってどんな奴だったの?」


 しかし、俺はその疑問に答えを返すことなく、こう返した。


「そう言えば、NPCのレストランに行くんだよな? それなら詳しい事はあっちで話そう。ここは仮にもフィールドだからな」


「あ、そうだったね。じゃあ早く行こう」


 俺のその言葉でここがフィールドである事を思い出したらしいユキは、そう言って俺の申し出を快く了承してくれた。

 そんなユキに俺は、ニヤッと笑いながら、今思いついたことを一つ提案をした。


「じゃあ、空中散歩でもしていかないか?」


「空中散歩? そんなのどうやってや―――」


「こうやって!」


「―――きゃっ!」


 俺はユキの言葉が終わらないうちに、少し強引に抱き上げ―――ようはお姫様抱っこしながら、見えない階段を上って行くように空中を駆け上がりはじめた。

 十秒もしないうちに当たりの巨木たちの背丈を抜き、濁った灰色の空に躍り出る。



「わぁ…………!」



 徐々に雨雲の晴れ始めた灰色の空は、雲と雲の間から日の光が差し込んできていて、とても神秘的だ。確か、『天使の梯子ハシゴ』というやつだ。……あれ? たしか『階段カイダン』だったかな? ……もの凄い昔に友人に聞いた話だから、よく覚えていない。と、言ってもこの際どっちでもいいのだが。

 ユキはお姫様抱っこをされて空を上りはじめた最初の時こそ驚いていたが、今はもうこの光景に見入っているようだった。


 俺が「どう?」と、頬笑みを交えながら聞くとユキは、


「すごい! すごい綺麗だね!」


 と、俺の腕の中でまるで子供のように、満面の笑みで答えた。

 

 少し(というか結構)強引に連れて来てしまったからもしかしたら怒っているかな……? とも思っていた俺は内心ホッと安堵し、それと同時に心の中を暖かな気持ちで満たした。



「よかった」



 そして俺たちはそのまま、しばらくの間―――始まりの町〈ユーレシア〉に着くまでの短かな間を、穏やかな空中散歩しながら進んでいった。



  

   ◆◆◆



「そろそろ〈ユーレシア〉に着くから降りるからな」


 そう言って俺は、視界の端に(俺の視界は、大部分がユキによって埋められている)映る〈ユーレシア〉の街並みを見ながら、不可視の階段を駆け降りるように静かに降下を始めた。

 変な噂を立てられるとユキが迷惑する事だと思うので、〈ユーレシア〉の入り口(大きな関所みたいなところ)から少し離れたところに、俺は小さな音を立てて着地した。

 俺は、腕の中で俺につかまっているユキを、そっと、壊れ物を扱うように優しくおろした。


 俺の腕の中から地上に降り立ったユキは、未だ笑みに溢れたその顔をこちらに向けた。俺とユキの視線が交差するのと同時に、また鼓動が早まるのと、顔が熱を帯びていくのを感じた。



 ―――この短いひと時に、俺は幾度胸を高鳴らせ、幾度頬を朱色に染めたのだろうか。



 俺はユキの事をじっと見つめながらそんな事を考えていると、ユキが突然その顔を完熟したリンゴのように真っ赤にして、数歩後ろに下がってしまった後、俯いてしまった。


 突然のその行動に、俺は「どうしたんだ?」と声を掛ける。

 するとユキは、今にも消えてしまいそうな小さな声で言った。


「……ぁの、いまさら何だけど……あんなにはしゃいでいたのが、は、恥ずかしくなって……」


「―――………ふふ」


 俺はそんなユキの事を見て、思わず声を出して笑ってしまった。


「あっ! 笑うなんて酷いよ!」


 ユキはそんな俺を見て、『笑われたー』と思ったのか、ぷりぷりと怒っていた。

 しかし俺はそれを見て、更に顔をほころばせる。


「……いや、さ。ユキは本当に可愛いなぁって、思ってさ」


「――――――ぇ?」


 ユキはそんな言葉来るなどと予想していなかったのか、先ほどよりさらに頬を赤く染めた。

 真っ赤なその顔は、まるで湯気でも出てしまうんじゃないかと思うほどだった。……いや、このゲームは現実よりも表情が豊かになる(他の人間に意思表示しやすいようにしたらしい。友人作りに役に立つとかなんとか……。本当に役に立つは不明である)とか書いてあったはずだから、もしかしたら本当に出るかもしれない。

 

 ぷしゅぅ―――っ…………



 ―――あ、出た。



 


   ◆◆◆




「よし、そろそろ行くぞー」


 俺は地面に膝を抱えて体育座りしているユキに、そう声をかける。


 顔から湯気を出すという高等テクニック(?)を見せたユキは、俯いた状態から無駄に綺麗な流れるような動作で体育座りをし、そのまま固まってしまった。

 ときおり膝を抱えたままうつむいて、小さな声で何か呟きながら(小さすぎて俺には何も聞き取れない)、また顔を真っ赤にしてぷしゅぅーと湯気を出す。そんな事を繰り返していた。


 そんなユキを見ているのも面白かったのだが、いい加減いかないと俺の腹がまた鳴き出すことになるので、声をかけた。

 するとユキはこれまた驚いたように顔をこちらに向け、「ふえっ?!」と可愛らしい声を出した。


「時間も時間だし、そろそろ俺の腹が鳴りはじ―――――」


 ぐぅ~~~きゅるるる


「…………」


 なんてタイミングで鳴くんだろうか、俺の腹は。

 さすがにこのタイミングはないだろう。いくら俺でもこれは恥ずかしいぞ。

 さらにこんなところを見られて笑われでもしたら俺は……


「…………ふふっ」



(わ、わぁーらぁーわぁーれぇーたぁ―――――っ!!)


 俺は頭を抱えた。心の中とかじゃなくて、リアルで。

 恥ずかしさのあまり「くぅぉぉぉおお」とか俺が唸りながら頭を抱えているのだが、その最中にも俺の腹は鳴っていた。


 ……どうして俺の腹はこうなんだろうか。すんごく気になる。皆はそうなのかい……?


 無論、俺のそんな問いかけに答える者はいなく、俺は赤面していた。

 しかし、俺に笑われたユキもこんな気持ちだったのだろう。

 その事を考えていると、そうだ! これは俺だけじゃないんだ! と感じられて、少しずつ、少しずつではあるが通常に戻って行った。


「ほ、ほら、行こう」


 俺はそう言って未だに膝を抱えた体育座りのユキに、右手を差し出す。

 

「うん」


 ユキは俺の手を取り、立ちあがる。

 そしてそのあとは手を放すと思いきや、ユキはそのまま歩きだした。

 

 ……うえぇ? このまま歩くのか?


 思わず心の中で変な声が出る。

 

 とにかく、数瞬前に行った事は訂正だ。

 全然は俺は普通に戻って無かった。

 お姫様抱っことかして今更な感じだが、自分から手を差し出すなんていつもの俺じゃないはず。きっと顔の温度に比例して、俺の頭もオーバーヒートしていたに違いない。


 握っているユキの手からユキの体温が感じられて、また胸が高鳴る。


 

 仮想の温度であるはずのその体温は、今まで感じた何よりも暖かだった。 





   ◆◆◆





 …………視線が、痛い。


 俺に向けられる視線のすべてが長い針となって、俺の体をチクチクと突き刺すようだ。いや、むしろザクザクか。


 理由は簡単。


 隣に、俺の右手を左手で握った、ものすごいにっこにこ笑顔の女神さま(ユキ)が居るからだ。

 〈ユーレシア〉の街の中に入ったらさすがに手を離してくれるだろうなぁー、と勝手に思っていたが、そんな事無かった。俺の隣に居るユキは終始笑顔で、テンションが高い。今すぐに鼻歌でも歌い始めそうな勢いだ。


 そんなユキが視線の量と質(という名の鋭さ?)を加速させているらしく、収まる事を知らない。


 更に、その中には嫉妬の視線もあって、キツイ。


 きっとユキにもファン(?)とかがいて、そいつ等が俺の事を好ましく思っていないのだろう。

 ……ホント、勘弁してください。


 ちなみに聞こえてくる囁きはこんな感じだ。




「なぁ、お前あんなにテンションの高い『雪姫』見た事あるか……?」


「いや、ねぇよ。つーかそのあだ名も『雪のように冷たい姫様』ってところからきてんだろ?」


「……その、はずだ。いちおう他にもあるらしいがな」


「じゃあ、あれなんだよ? 全然『冷たい』って感じはしねぇぞ?」


「だよな……。って、そう言えばあの隣で手をつないでる娘は誰なんだ?」 


「なんだお前ぇ知らねぇのか? あれだよ、最近噂の『疾風様』」


「マジでか!? あれがそうだったのか……う、噂より可愛いな」


「だよなぁ、俺も正直言えば『雪姫』よりも『疾風様』の方がいいしなぁ」


「……もしかして手をつないでるのは百合……とか、なのか?」


「そ、それはそれですげぇな」


「いいえ、それは違いますよ」


「「うをっ ビックリしたっ」」


「急に出てくるなよ、お前」


「すいません。癖で」


「で? 何が違うんだ?」


「あ、そうでしたそうでした。一つ言っておきますが、『疾風様』は男……、らしいです」  


「「うそだろぉっ!?」」


「自分で叫んでたらしいですから、間違いないと思います」


「いや、でも言われてみればあの装備は男性用の装備だ」


「つーことはアレか? 男の娘ってヤツか?」


「「っぽいなぁ(ですね)」」


「でも、この世界って現実と顔一緒なんだろ? あんな可愛い男が現実に居るってことか?」


「そうなんじゃないんですかね? 実際いここにいますし」


「それにしても、『雪姫』と手をつなげている事を羨ましいと思うよりも、見てるだけで満足できるんだからすごいよな」


「眼の保養になるな」


「本当に眼福ですね」


「疲れも吹っ飛ぶな」


「…………俺、〈愛する疾風様の会〉に入会しようかな……」


「んなら俺も入りてぇよ! ……でもあそこ知人の紹介が無いとダメなんだろ?」


「ちぇっ……それじゃあ無理だよなぁ……」


「僕、入ってますよ?」


「「マ、ママママジで!?」」


「はい。出来てすぐ入りましたから」


「「でかした! 頼む、入れてくれ!」」


「わかってます。一応、会は『来るもの拒まず』のスタイルで行くそうですから。じゃぁ、さっさと入会を済ませてしまいましょう」


「「恩に切る!!」」





 …………あ、あれ? なんか俺のファンが増えたんだけど?


 お、おかしい……よね? アレ全部男のはずだよね? 何時の間にそんな話になったんだい?


 ショートしそうな脳回路を懸命に働かせようとするのだが、結局は無理だった。爆発寸前です。


 俺は過ぎ去ってしまったそのことを諦める事にして、心ここに在らずと言った様子でユキに手を引かれている。


 俺の手を引くユキは、やっぱり嬉しそうで、その顔が見れただけで『男のファンが一人や二人増えた所で別にいいかなー。別に俺に実害とかあるわけじゃないしー』と思えてしまうほどだった。まあ、別にユキの嬉しそうな顔を見れなかったから俺に実害が出るってわけじゃないんだけども。あ、いや、それでもユキがする嬉しそうな顔は絶対に見たいというかなんというか……―――って俺は何を言ってるんだ!?


 

 ―――とにかく、ご機嫌のユキにつれられながら、俺はレストランへと向かって行った。




 

   ◆◆◆




   

「…………くん。………イくーん。……イルくーん!」


「ふぉ!?」


 気がつくとNPCレストランに入り、席に着き、目の前に例の裏のメニュー表が広げられていた。

 向かいの席では、ユキが俺の顔を心配そうにのぞきこんでいる。


 街の途中から記憶が無い。どうやら、途中から俺の体は自動操縦になっていたらしい。自分の事ながら凄い。きっと俺には現実逃避の才能があるに違いない。……って、そんな才能いらねぇよ!! 


「すまん、ボーっとしてた。で、なに?」


「何って、食べるもの決まった?」


「ああ、決まってるぞ」


 実は食べるものに関しては前回(スティールとの決闘で有耶無耶になった時)ちらっとメニューを見た時に気になった物があったのだ。アレはぜひ食べてみたい。


「どれどれ?」


「この『ワイバーンとドラゴンのステーキ盛り合わせ』ってやつだ」


「うわっ、随分高いの選んだねー」


「まぁ、出費より興味の方がでかかったからな」


 俺が頼もうとしている『ワイバーンとドラゴンのステーキ盛り合わせ』ってヤツは、高い。非常に高い。しかし、先にも言った通り、俺は興味の方がでかかった。

 何せドラゴンの肉に、ワイバーンの肉も付いてるんだぞ? これを食うのは男の浪漫だと、俺は思う。……俺だけかも知れんが。


 そのあとはユキが呼んだウェイトレスに俺は例の高額ステーキとライス(らしきもの)を、ユキは『蒸しカカルカナのサラダ』(カカルカナは、ここでは結構有名なボスクラスの怪鳥。食べられるとは知らなかった)をそれぞれ頼んだ。


 しばらくして運ばれてきたのは、皿だけでも直径30cmは在りそうな巨大なステーキ(あとライス)と、蒸し(カカルカナ)を使った色とりどりのサラダ。


 俺の前に置かれたステーキたちは半端ではない分厚さで、でかい。


 そのブツに俺は待ちきれなくなって、腹を鳴らす。……より正確に待ちきれなくなったのは『俺の腹が』、だな。

 ここまで来るともう恥ずかしくなってくる。俺は現実逃避していたからわからんが、多分移動中にも鳴ってたはずだし。


「よし。話は後でとにかく食べよう!」


「うん、そうだね」


 そう言って俺たちは手を合わせる。


「「いただきます」」


 その言葉と同時に俺はフォークとナイフを持ち、ドラゴンのステーキを食べやすい大きさに切り分ける。

 その際に驚いたのは、ナイフが思いのほか簡単に(それこそ豆腐にナイフ入れたみたいな)入った事と、切った断面からあふれ出した肉汁の量だった。

 俺はドラゴンのステーキをフォークで突き刺し、口の中へ運ぶ。


 え? こんなに美味いのに、仮想ニセモノの食べ物なの?

 

 俺の最初の感想はそれだ。


 口の中に広がる柔らかな食感と、飛び出す肉汁が半端じゃない。数回咀嚼を繰りかえすと、とろけるように消えてしまった。

 あんな鉄のように硬い鱗を持つドラゴン種の肉とは思えない。―――いや、むしろ硬い鱗に覆われているからこそ、中の肉が守られて柔らかになるのかもしれない。


 次はワイバーンのステーキ方にナイフを入れる。

 ドラゴンのステーキ程柔らかでは無かったが、何とか一口サイズに切り分ける。俺はそれをさっきと同じようにフォークで突き刺し、口の中へと放り込む。


 ワイバーンのステーキは、不思議な感じだった。

 ドラゴンのステーキのとろけるような柔らかさとは対照的な、コリコリとした、軟骨のような食感を、ワイバーンのステーキは持っていた。

 コリコリとしたそれを何度も噛み砕くと、中から肉汁がとめどなく溢れてくる。しかも不思議な事に、そんなコリコリとしたものをいっぱい食べても、顎が疲れる気配はまったく無かった。うーん、さすがゲーム。


「美味い……」


「うん。初めて食べたけど、これもおいしい」


「それ、初めて食ったのか」


「うん、ちょっと試してみようと思って」


「そっか。……じゃあこっちのステーキも食ってみるか?」


「え?」


 俺は女性でも食べられるようなサイズに切ったドラゴンのステーキをフォークに突き刺し、ユキの口元に差しだす。

 ユキは若干頬を桜色に染めながらも、エサをもらうひな鳥のようにそれを口で受け取る。


「どうだ?」


 数回の咀嚼で食べきったユキに、そう聞く。


「―――――う、うん。こっちもおいしい」


「だろ? そんでこっちはワイバーンのステーキだ」


 そう言って今度はワイバーンのステーキをフォークに突き刺し、ユキの口元へと持っていく。それをさっきと同じようにユキは口で受け取る。


「ん、こっちはコリコリした感じなんだね」


「ああ、柔らかいドラゴンの肉も好きだが、こういうコリコリとしたワイバーンの肉も美味いよな」


「はい、じゃあこっちもどうぞ」


 そう言って未だに頬が桜色の染まっているユキは、自分のフォークに俺の知らないドレッシングの掛かった、蒸したカカルカナとサラダのレタス(らしきもの)を一緒に突き刺し、開いた方の手を添えて俺の口元に向けて持ってくる。


「お、いいのか?」


「うん。貰いっぱなしじゃ悪いでしょ? はい、あーん」


 俺はユキにつられて「あーん」と声を漏らしつつ、蒸したカカルカナとレタスを口に含む。


「おお、こっちも美味いな」


 そう言って俺は咀嚼を繰り返す。

 蒸したカカルカナは、見た目と同じで、まんま蒸し鶏だった。掛かっているドレッシングは和風ドレッシングらしく、非常に相性のいいコンビだ。

 まさか怪鳥〈カカルカナ〉がこんなに美味いとは思わなかった。「クケエェ――ッ! クケエェ―――ッ!」と、これぞ怪鳥の鳴き方だ! と言わんばかりに鳴くあの姿からは想像できない美味しさだ。


「…………えへ」


 不意に、ユキがデレっとした笑顔でその可愛い顔を染め上げた。

 きっと料理が美味かったからつい……って感じだろうな。たぶん、無意識に。俺も気がつかない内にやってしまっているらしいから、その気持ちはよくわかる。


「えへへへ」


 未だ料理にデレデレ全開のユキの笑顔を見ながら、俺も自然と頬笑みながら箸を進めた(本当はナイフとフォークだけど)。







 ―――そしてこの時俺は、気がつく事は出来無かった。



 俺は知らぬ間に恋人同士がよくやる「はい、あーん」をしていた事に。


 しかもお互いで食べさせてあげたり、食べさせてもらったりしていた事に。


 

 さらに気がつかなかった理由が『料理に夢中だったから』なんていう情けない理由である事に―――――。 





   ◆◆◆

 




「それで、どんなボスモンスターだったの?」


 食べ終わった皿を回収しに来たウェイトレスに新しく頼んだ紅茶を啜りながら、ユキがそう切り出した。


「忘れてなかったか」


「……何気にひどいよね、それ」


「気にすんな」


 俺が悪びれもせずそう呟いた後、ご希望通りの言葉をつづけた。


「俺が戦ったのは〈闇氷の銀魔狼(ダーク・フェンリル)〉ってやつだった」


「ダーク・フェンリル、フェンリル……ってことは狼か何か?」


「ああ、狼だったな」


「どう? やっぱり強かった?」


「そりゃあ強かったさ。攻撃力は馬鹿みたいに高いし、ただの毛のくせに防御力が相当あるし、魔法や状態異常まで使ってくる」


「へぇー、ちなみにどの魔法?」


「名前は分からない。たぶんボス専用の魔法とかだ」


「それじゃあ、どんな魔法?」


「そうだな、いきなり短く咆えたかと思ったら黒と蒼の重なった紺色の魔法陣が二、三十個展開されて、そっから同じ色の槍みたいな氷柱が飛び出してくるやつだった」


「……確かにそんな凶悪な魔法は聞いた事が無いや」


「でも、本当に強かったのは最後に出てきた特殊能力だ。あれは半端じゃないくらい強かった」


 なおも興味深そうな表情で「早く、早く」と無言の催促をしてくるユキに対して、あの濃紺の氷の事を話し始めた。


「その特殊能力ってのが正式な名前は分からないんだが……まあ、ここでは氷の障壁と言っておくか、で、その氷の障壁が俺の攻撃を自動で全部防いじまうんだ」


「そんなにすごいんだ」


「ああ、何せ音速の攻撃を防ぐほどだからな。正直焦ったよ」


「音速も!? じゃあどうやって倒したの?」


 理解できない、と言った様子のユキに、俺はサラッと答えた。


「そらもちろん、蹴りで」


「蹴りで!?」


 驚きを前面に押し出したユキに、俺は事情の説明を。


「途中で剣が壊れちゃってさ、そんで、俺は他に攻撃系のスキルが〈足技〉しかなかったし、しょうがないから蹴りで倒した」


 ユキはやっぱり理解できない、と言った様子で、更に俺に問いかけた。


「で、でも、音速じゃ攻撃が通らなかったんじゃないの?」


 そして俺は何事もないかのように言葉を返す。


「ああ、だから光速で蹴った」


「………え? 高速?」


「たぶんそれは字が違う。俺が言ったのは光の速さの方だ」

 


 レストランの店内に、可愛らしい驚愕の絶叫が響き渡った。





   ◆◆◆




「それにしても本当にイルくんて有り得ないよね」


 はぁ、と短く呆れたような溜息をつきながらユキがそう言葉を漏らす。


「……なんか、それにはもう言われ慣れた。そんな有り得ない事らしいから、誰にも言わないでくれよな?」


「わかってるよ、さすがにこれが広まったらイルくんがまた注目を浴びる事に―――」


 その言葉が終わる前に、ドバァン!と大きな音を立ててレストランの扉が開け放たれた。

 俺が思わずそちらに顔を向けると、伊達男……、そんな言葉が似合いそうな美中年が、店内を見回しながら叫んだ。


「俺の娘を誑かしたのはどこのどいつだァッ!!」


 そして俺が驚愕したのは、向かいの席に座るユキのセリフだった。


「お、お父さん!?」


「お父さんって……はぁ!?」





「誰が……、誰が貴様の『お父さん』だァァァァァアアアアアア!!!」








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