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009:抱きかかえながら走ってる。

 あの後の昼飯は、何とも微妙な緊迫感の中食べることとなった。


 カークがふざけようとするも、相変わらず真っ赤だったユゥさんと途中から気まずさのあまり無表情で食べ始めた俺のおかげで全く会話が広がらない。


 俺たちは黙々と食べ進め、代金を払い、そそくさと外へ出た。

 あんな話のあと、またユゥさんをお姫様だっこして送るのはきつかったので、帰りは徒歩で送ることとなった。




 そして歩き始めて数分が経った頃。


「どもー、お姉さんとお嬢さん、今暇ですかぁ?」


「暇っすよね? ねっ? ねっ?」


 人通りの少なめの道に入った途端に、髪の毛を所々金色に染めた、いかにもな男が絡んできた。耳や鼻にピアスも付いている。〈エターナルロード〉にこんな装飾品類があったとは驚きだ。


「なら、これから何処かきませんかぁ?」


「俺らいいとこ知ってますからっ」


 ナンパだ。これ以上の無いくらいナンパだ。正直夢であってほしい。


「あの……えっと……」


 ユゥさんはこういうのに遭った事が無いのか、動揺して口ごもったあげく、俺の裏に隠れてしまった。と言っても、残念なことに隠れられるほど俺の背中は広くはないが。


 ……そしてこんな時に言うのも何だが。ユゥさん、背中に胸が当たってますよ? そこはスルーなんですか? いいんですか!?

 

 が、そんな事をこの空気の中言う訳にもいかず、余所行き用の仮面をかぶり、少し低くした声でこういった。


俺ら(・・)はこれから用事あるんで、失礼します」


 できるだけ“俺ら”の所を強調して、チャラ男Aとチャラ男Bを軽く睨みながら言う。こうすれば男と分かって身を引いてくれるはず―――――


「えー、そんなこと言わず行こうよーん」


「そうそう、こっちの方が絶対楽しぃって!」


 ……世の中そう甘くは無かったようだ。

 チャラ男たちは俺の確かな拒絶に微塵もひるむことなく突っ込んできた。本当にこういうのは面倒くさい。される立場の人の事を考えろと言うんだ、まったく。


「いいえ、無理です。やめてください」


「いやいやー、ほらほら行こう行こう!」


 そう言ってチャラ男Bの方が俺の手を掴もうとしてきたので、後ろにいるユゥさんに被害が及ばない程度に、高速で半歩ほど左にずれる。これにも移動速度上昇のスキルが適応されるので驚くほど速い。

 チャラ男Bの手が空を切り、何とも情けない感じになった。


「はあ……これ以上は言っても無駄ですね。ユゥさん、行きましょう」


「え? ……あ、うん」


 そう言ってユゥさんの手を取り、多少遠回りになるのを覚悟しながら来た道を戻り違う道から帰ろうとする。

 だが、そこでチャラ男Aの方が、唐突にユゥさんの腕をつかんだ。


「待って待って! それならここで話すだけでもっ」


「えっ……は、放してっ」


 そう言ってユゥさんが振り払おうとするも、相手の方が力が強いらしく振り払えない。まあ、それも当然だ。相手は服装からして剣士か戦士のスキル構成だろうし、対してユゥさんは戦闘系スキルを全く取っていない生産一極型スキル構成のはずだ。敵うはずがない。

 

 第一、男と女じゃねぇ……


 もちろんそのまま見ているなんてことをするはずもなく、俺はチャラ男Aの腕を、街中の犯罪防止用フィールドに引っかからないギリギリの力でひねり上げる。


「ユゥさんに触るなよ」


「イル君……」


「おお? こっちのお嬢さんは気が強い感じ? 俺そういうのタイプだわ!」


 いつの間にか後ろの方に下がって見ていたチャラ男Bが俺を見ながらそう言う。軽く虫唾が走った。

 一方、俺が腕を絶賛ひねり上げているチャラ男Aの方は、俺の事をにらむと見つめるの間くらいで見ている。こちらには軽く悪寒が走った。


「そういう訳で俺たちは失礼させてもらいます。…………ユゥさん、ちょっとすいません」


「え? ……ぁぅ」


 そう言ってから、ユゥさんを再びお姫様だっこ状態に。ユゥさんも特に抵抗することが無かったので、すんなり持ち上がった。

 

「え? なになに? そこからどうするの? まさかそれで帰るとか言うの!?」


「ヒュ―――ッ、カッコイィー!」

 

 いい加減うるさくなったチャラ男AとB無視して、俺は上を見上げた。

 

「ユゥさん。しっかり掴まっといてくださいね」


「……うん」


 そう言って、顔を羞恥故か赤く染めたユゥさんは素直に俺の首に手を回し、ギュッっとしがみつく。

 俺は再度チャラ男AとBの方へと向き直り、できるだけ嫌みったらしくこういった。


「それじゃあ、うざったらしくてアホ野郎共。これからはそういうのは相手の事を考えてからやるんだな。というかそれをカッコイイーとか思ってるのか? それホント気持ち悪いぞ? まぁ、そんなこといいか、どうせ救いようの無い残念な男なんだろうからな。それじゃ、二度と会わない事を祈って…………さようなら」


 チャラ男たちの返事を聞くこと無く、俺はついこの間習得したばかりのアビリティを二つ、併用して使いそこから音の速さで消えた。




   ◆◆◆




 

「すいません。本当だったらぶっ飛ばしてやりたかったんですけど、街中だったんで……」


 俺はユゥさんの店の前に降り立ちながら、そう言った。

 これは本心だ。あんの野郎共……今度会ったら絶対に一発ぶっ飛ばしてやる。

 

 しかし、言っちゃなんだが俺もユゥさんもそれなりに顔を知られてるはずなんだが(ユゥさんは前々から、俺はこの前の決闘の一件で)、何故ナンパなんかしてきたんだろうか?

 知っててやっていたのならそれはそれで凄いが、知らなくてやっていたのならそれはそれでも凄い。どれだけ情報に疎いんだろうか。


「今度会ったらデュエルでも吹っ掛けて懲らしめてやりますよ」


 俺は少し笑いのまじった声でそう言った。

 それでもユゥさんは口を開くこと無く俺にお姫様だっこの形のまま、しがみ付き、俯いていた。特におびえている様子も無かったし、大丈夫だと思ったんだが…… トラウマとかにならないといいのだけど……


「もし次来たら、次はこんな格好悪い助け方じゃ無くて、もう少し格好良い助け方をして見せますから。安心しといてください」 


「……格好悪くなんか無かったよ」


「え?」


 ユゥさんは、俺の首元に回る腕にギュッっと力を込める。

 もともと近かったお互いの顔が、さらに近づく。そこで、ユゥさんは顔を上げた。顔がそれぞれの息のかかる距離にある。


 そこで、今更ながらに心臓がとび跳ねた。

 少し潤んだ黒い瞳。

 艶々と光を弾く唇。

 薄桃色に上気した頬。

 誘惑するような甘い香り。

 さらさらと流れる漆黒の髪。


 目の前にあるすべてものが俺の鼓動を加速させた。


「格好悪くなんて無かった。私が腕を掴まれた時もちゃんとやり返してくれたし、少なくとも私にとっては凄く格好よかった」


 その言葉が終わるころ、ユゥさんの顔がこちらに急接近した。

 避けることなどできなかった。俺は、時間が止まったかのように静止していた。


 俺の頬に触れた微かな、しかし確かな柔らかな感触。そして強さを増した甘い香り。

 それらを認識したときには、いつの間にかユゥさんは俺の腕の中から抜け出していて、俺の目の前に立っていた。


「それじゃあねーっ」


 ユゥさんはそう俺に告げると、足早に店の中へと入って行ってしまった。

 

 その顔は真っ赤だったが、極上の笑みが浮かんでいた。

 

 そして、今の俺の顔はたぶんその二、三倍赤くなっているに違いない。俺はそのままその場に立ちつくし、数分間、そのまま頭の中で状況の整理に当たる羽目になったのだった。





   ◆◆◆




 

 ここは俺がいつも使う宿屋の一室。

 そこに備え付けられた一脚の椅子に腰をおろし、俺は一人で悶々と考え込んでいた。

 

 そう、今日は嫌な男に絡まれた日だった。こんな日は来なくてもよかったんだが…………


 二人組のチャラい男たちに絡まれた(完全にナンパだった)。


 午前中は何もなく過ぎていった。しいて言うなら、歩くたびにモーゼ状態になるのが物凄く寂しかっただけだ。


 問題は午後の方だ。午後の方はあからさまに「ナンパだぜ~」みたいな雰囲気を醸し出しているチャラい男二人に絡まれた。ああいうのはキッパリと拒絶した方がいいらしいと聞いた事があったので、やってみたのだが、あまり効果が無かった。俺のやり方が悪かったのか……? 

 まあ、それは今のところは置いておくとして。


 あいつらは結構しつこかった(しかし俺が以前経験したアレほどではないが)。結局はアビリティを使ってユゥさんの店の所まで逃げたのだが―――まったく、情けなさすぎる―――、そのあとユゥさんの店の前でユゥさんをお姫様だっこから降ろす時に、まったくの不意打ちでキスされたのだ。

 

 そう、浮いた話など微塵も聞いたことの無い、あのユゥさんにキスされたのだ(頬だけど)。


 キスなんてまだ幼稚園にも行ってるような歳のときに母さんに数回されたこと以来だ。ちなみに、これは後で聞いた話で、何故か母さんがやけに嬉しそうに話していたのでよく覚えている。 


 そういった経験が皆無の俺にとってあれは衝撃だった。


 ―――だって急にあんな美人に接近されて頬にキスされるんだぞ!? 驚きと幸福で心臓が止まるかと思ったわ!!


 実際、ユゥさんが店に入って行ってしまってからも、俺は数分間茫然と立ちつくしたものだ。余りの出来事に脳の回路がショートを起こし、復旧までに大分掛かってしまった。


 少し思い出すだけでも顔が火照り、心臓がバクバクと音を立て、暴れる。



 …………あれは大なり小なり、ユゥさんが俺に好意を抱いてくれているということなのだろうか?

 

 もし、そうだとしたら…………それは嬉しいのだけれど、いつ、どこで好意を持たれるようなことを俺がしたのか見当がつかない。

 

 ユゥさんはナンパしてきたチャラ男たちと対立(?)したのが格好良かったって言っていたけれど、あれは結局逃げ帰ってきてしまったのだから、カッコイイとは言い難い。俺が思うにはむしろ、カッコ悪いの方に傾いている気がする。


 そこから色々と考えようとするのだけれど、どうやっても堂々巡りとなりになってしまうので、考えるのをやめた。

 何より、その事を考えると、どうしてものあのキスの事を思い出してしまうのでどうにも落ち着かない。顔は痛いくらいに熱を放っている気がする。


「……だめだ。もう寝よ……」


 その言葉とともにもそもそとベットの中に入っていき、目を閉じた。

 知らぬ間に疲労がたまっていたのか、入った途端、逆らえない眠気に襲われ、そのまま意識を暗闇へと落とした。




   ◆◆◆



 

「……むぅ………」


 今日はアラームが鳴っていない。

 システムによるアラームが鳴っていないということは、それより早く起きたということだ。

 

 なぜ?


 そんな疑問は必要無かった。意識が覚醒した途端に俺の腹が空腹を訴え、鳴いた。


「……そうか、昨日は夕飯食わないで寝たからか……」


 ベットを抜け出し、窓の前まで歩いてゆく。そこから差し込む光は朝日のそれだ。夜が明けて一、二時間しかたっていないのだろう。まぶしい。

 いつもの起床時間は八時くらいだから、それを考えると今日はすごく早い。


 この世界ゲームでは時間の表記はあっちの世界リアルと同じだ。

 ついでに言うと(まあ、当然と言えば当然なのだが)一年は三六五日、十二ヶ月。一ヶ月はだいたい三十日だ。

 月の名前は現実でのその月に咲く花の名前を用いている。今は現実リアルで五月に当てはまる〈すずらんの月〉だ。ポカポカと陽気で気持ちがいい。


 ぐぅ~~~きゅるるる


 そんな事を考えていたらまた俺の腹が鳴いた。

 まったく、ゲームだというのになぜここまで再現するのだろうか? 時々そう訴えたくなる。だが、これらがあるおかげで俺達……つまりプレイヤーはこの世界ゲームをもう一つの現実として認識しているのだろう。


 空腹感すらも無いのなら、それこそ遊戯ゲームだ。どこか一線を越せないでいただろう。


 ……しかし、排泄が必要無いというのは便利なのだが……なんか変だ。どれほど食べ、飲もうが腹を壊すことも無い。

 あ、いや。麻痺毒とか盛られた場合は例外だ。あれはモンスターなどに攻撃として喰らう分には体全体が痺れるだけなのだが、盛られた場合はとてつもない腹痛もつくらしい。カークに聞いた話だ。よくもこんな事を知っていた物である。


 ぐぅ~~~きゅるるる


 またもや俺の腹が鳴る。


「どうしたもんかな………」


 この時間ではやっている店などほとんど存在しない。カークの店は九時から開店だし、他のプレイヤーショップやNCPのショップもだいたいそんな時間だ。


 ぐぅ~~~きゅるるる


「だぁーっ、もう! 何回なれば気が済むんだ俺の腹は!!」


 本日(と言うかこの数分間)三回目となる空腹の訴えを聞き、思わず大声をあげていた。だが、その訴えも分からないわけでわない。と言うか、むしろわかりすぎて困る。余りの空腹に体の表と裏がくっつきそうだ。……まあ、所詮はデータでできた体のはずだが。


「しょうがない。時間が来るまで待つか……」


 そう言って俺は再びベットの上に寝転がり、その上で掛け布団をかぶった。


 ぐぅ~~~きゅるるる


「うるせぇっ!!」


 ……まさか自分の腹に怒鳴り散らす日がこようとは……。と、そんな事を考え、心の中で呆れながらも俺はベットの上で瞳を閉じた。




   ◆◆◆




 現在の時刻は8時59分。

 

 場所はカークの店の扉の前。


 俺は、先日対峙した飢えた狼のような目つきでその前に佇んでいた。


 そして今、扉に掛けられた『準備中』の看板がひとりでにひっくり返り―――ゲーム故にこんな事が起きる。現実リアルなら普通に怪奇現象だ―――、『開店中』とその姿を変えた。

 バンッ! と大きな音を立て俺は扉を開く。

 そして店主の声を聞く事無く、俺は叫んだ。


「とにかくメシィィィィイッ!!」




   ◆◆◆




「あぁー……。やっと腹いっぱいになった……」


「…………。いや、お前それはどう見ても食い過ぎだろう」


 俺の目の前には大きなステーキ皿と、サラダとポテトの皿。それと白飯(らしきもの)がよそってあった物が五つずつ置いてあった。


 しょうがない。そう、この状況はしょうがないのだ。


 あの後、ベットに入ったのはいいものの、空腹のあまり全く眠れなかった。寝よう、寝ようと思っても、時間と共に肥大していく空腹感がそれを許さない。


 あれが……五時間弱。自分でもよく耐えられたと思う。ビックリだね(一週間食わないこともあったけど、アレは寝ていたのでノーカン)。 


 その反動なのか、本来三十分程かけて食べていた食事を、五人前にしたのにほぼ同じ時間―――三十分弱で全てを喰らいつくした。単純に考えれば、いつもの食べる速さに比べて五倍近い速さで食べていたということだ。自分の口ながらよくそんなに早く動いたものである。


「しゃーないだろう。じゃあ、なんだ? お前は究極の空腹状態で五時間も待たされた事があるのか?」


「…………。いや、なんかすまねぇ」


 その状況を想像したのか、急に強情的な視線を送ってきやがったぞこいつ。やめろぉー! なんか悲しくなるだろうがその視線は―っ!!


「今度そういう事があったら俺んとこ来いよ。七時くらいからなら出せるからな」


 何か俺、カークにすげぇ同情されてる……。

 俺は「サンキュ」と小さく返し、テーブルの上に力無く突っ伏した。




   ◆◆◆




 メシ五人前を三十分弱で完食するという早食いっぷりをカークに見せてから俺はコーヒー一杯で昼の一時まで粘った。

 途中、時々来るお客さんにもの凄い見られたが、気にしないようにした。そうじゃないと身が持たない気がする。


 そして一時になったのと同時に昼飯を頼んだ。カークが「さっきあんだけ食ったのにまだ食うのかよ!?」とか言ってたが、もちろん無視してキッチリたいらげた。

 

 装備代でだいぶ財布(正確にはアイテムボックス。……これ前も言ったな)が寂しい事になっているので、今回のメシ代は少し痛かった(と言っても、今後の生活に支障が出るほどでわない)。しかし、そろそろユゥさんのところで大量に仕入れたポーション類が底を着きそうなのでまた仕入れなくてはならない。それに新しい剣も取りに行かなくちゃならないし……


 そこでユゥさんとの昨日の出来事を思い出し、顔が熱を帯び始める。そして俺はこう思った。




 ―――なんか行くの凄く気まずそうだなあ……、と。




 

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