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008:人垣の中を走ってる。

「………ょぅ……」


「うをっ、イル!? 今まで一週間もどうしてたんだ!?」


「いや、まぁ……色々とあってな……」

 

「そ、そうか」


 俺は今カークの店に来ている。

 一週間も飯を食っていなかった反動なのか、腹減りが半端ではない。


 しかし、俺が今ゾンビのようにやつれているのには他に理由がある。

 その理由はと言うと……




   ◇◇◇


 

 

「あぁー、腹減った……」


 これが俺のダンジョンから帰ってきてからの小声での第一声だった。


 そしてふらふらとした足取りで俺はカークの店へと向かう事にした。本当はユゥさんのとこに行って速く防具を作ってしまいたかったのだが、余りの腹減りで今にも倒れそうだったので先に飯を食べることを決意したのだった。


 ふらふらと、頼りない足取りで歩く俺の周りはいつかと同じくモーゼ状態。

 それを気にする余裕もなく俺は一心不乱に歩いた。


 ……と、そこで一人の女性が声をかけてきた。


「あ、あの……もしよかったら歩くのを手伝わせてくれませんか?」


 今思うと、この質問の仕方は少々変だったと思う。だって、『歩くの手伝いましょうか?』なら分かるが、『歩くの手伝わせてくれませんか?』っておかしいと思う。何故あんたが俺に頼むんだ……?

 しかし食欲に支配されていた俺はそんな事を気にする余裕もなく、その言葉に甘える事にした。


「え、あぁ、すいません。お願いします」


 しかし、これがまずかった。


「あ、あの! わたしも手伝います!!」


「それなら私も!」


「あたしにも手伝わせてくださいっ!」


「僕も! 僕もやります!」


「俺にもやらせてくれぇ~」


 そんな感じで老若男女(と言うほど年齢の振れ幅は激しくないが)一斉に声を上げた。それこそ周りにいる奴、全員。


「え? え? なに、どうゆうこと??」


 そんな俺の声を聞く事無く増えていく『俺の歩きを手伝おうとする人』たち。

 そして当の俺を置いて行って騒動に発展。

 俺が仲介に入ろうとするも何故か―――


「「「あなたは黙っていてください!!」」」


 ―――と叫ばれる始末。


 最終的には担ぎあげられそうになったので、止むなくアビリティを使用して離脱。その最中も「「「逃げないでぇ――――!」」」何て叫ばれたが「ごめん。腹減ってるからもう無理だわ」そう言って去っていった。


 そして俺はカークの店の前に静かに着地。

 そしてゾンビのようなふらふらとした足取りで扉まで歩いて行き、手をかけ、開いた。


「………ょぅ……」


 そう、俺は力なく声を発し、店の中へと入って行った。




   ◇◇◇



 

「あいよ。できたぞ」


「あぁ、サンキュ」


 そう言って俺は「いただきます」と言って料理にかぶり付いた。一週間ぶり(俺の感覚では寝ていたので大した事が無いのだが、腹の方はそうなっている)に食べたそれは、今まで食べたどれよりも美味に感じた。


 そして食べ続ける事一時間。


 俺は最初からペースを失わず、料理を持ってきたカークが『そろそろやめとけ』と真顔で言うものだから一応一時間でやめておいた。俺的にはまだまだ行けるのに。

 と、そこでカークが俺に聞いてきた。


「そう言えば、何でお前一週間も来なかったんだ?」


「ああ、その事な。それなら俺ダンジョンの中で寝過ごしたっぽくて気がついたら一週間たってたんだよ」


「はぁ!? なんだそ――――――」


 カークがいきなり身を乗り出して大声で叫んだので俺は反射的に右手で口をふさいだ。店内には幸い、俺以外の客はいないが、それでも外のいる奴が叫び声聞いて入ってきても困る。こいつの叫び声でかいし。


「(もがっ!?もごもがぁもごぉ!?)」


「あ、わりぃ」


 なんか必死の形相で訴ええいるカークの口から手を外し、そう言った。


「ゲホッゴホッ……お前は俺を殺す気か!?」


「だから悪かったって」


「まぁ、良いけどよ……」


 そう言って乗り出した体を元に戻すカーク。その声は少し不満そうに聞こえるが、一応は許してくれたようだ。


「それで、ダンジョンで一週間も寝たって本当か?」


「ああ、俺もびっくりだったよ。ボスを殺したのは良いけど、疲労からかそのまま寝ちゃってさ。気がついたら一週間経ってたんだよ」


「まったくありえねぇ話だよな。それで? そのダンジョンってのはいつもの【骨鬼の神殿】か?」


「いや、今回は素材取るために違うとこに行ってきたんだ」


「ほう? で、それ何処だ?」


「【黒狼と銀狼の魔窟】ってとこだ」


 その言葉を聞いて再度大きく身を乗り出したカーク。さっきので学習したのか今回は叫ばずに、眼を大きく見開き、口をパクパクと死に際の魚のように動かすだけだった。


「んな……、お前って――――――」


「なんだよ?」


「―――――アホか!?」


 そのままカークを張り倒した。




   ◆◆◆




「お前、【黒狼と銀狼の魔窟】って言やぁ、最高レベルの《ユニークダンジョン》だぞ!?」


 回復したカークが、興奮気味……と言うか信じられないものを見るような眼でこちらを見ながらそう言った。


「らしいな。俺もクリアしてからダンジョンの入り口が急に崩れたからそれで知ったんだ」


「じゃあ、知らないで入ったのか!?」


「ああ」


「お前ある意味すげぇよ……」


「そんなになのか?」


 そう聞く俺を、カークは呆れたような感じで見ていた。


「ああ、そうだ。あそこは、攻略が比較的初期の時に見つかったは良いが、難易度が高すぎて誰一人まともに戦えなかったためにずっと攻略が後回しにされ続けていたダンジョンなんだ。最近は六人PTを五つ用意した、各々ギルドの精鋭たちを選出した五十人の大掛かりなPTで攻略に出るなんて話もあったはずだが……」   


 そこで言葉を止め、俺の事を再度一瞥すると、こう続けた。


「ここのアホが一人で攻略しちまったからな……」


「誰がアホだ、誰が」


 だが、俺はその話を聞いて『そう言えば初期のころ、そんな話題あったかもなー』とかのんきに考えていた。

 しかし、そこまで強くは感じなかったのだが…………謎だな。


「まあ、いいや。そんなに異常な事なら他人には言いふらさないでくれよ」


「ああ、分かってるさ。……帰るのか?」


「おう。ダンジョンの堅い床で寝たから体ガチガチだしな。久しぶりに柔らかいベットに寝たいんだよ」

 

「そうか……まぁ、いつでも食いに来いよ」


「…………それなら今からでも……」


「どんだけ食う気だお前は! 今日はもうやめだ!!」


「ヘイヘイ、わかったよ。んじゃな~」


「またのご来店を待ってるぜ~」


 そう言って俺は店を出た。


 空は綺麗な濃紺に染まっていた。


 しかし、その紺色はあの闇色の狼の魔法を俺の脳裏に浮かべさせた。

 その事を思い出すと同時に死んでいった俺の紅い愛剣を思い出し、少し悔しさがこみあげてきてしまった。


 もう帰って来ない愛剣の事を思い浮かべ、俺は弔うように空を見上げた。


 そのまま俺は静かに黙祷をささげ、宿への帰路に就いた。 




   ◆◆◆



 

 PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi


 と、いつも起床時に聞いていたアラームが鳴り響くのが聞こえた。

 俺は何時ものようにまだ重たい瞼を擦り、のっそりと起き上った。


 そのままベットの上でボーっとしていると、徐々に意識がはっきりしてきた。


 ……そう言えば、どうしてダンジョンの中じゃアラームが鳴らなかったのだろう? それさえ鳴っていれば、ダンジョンの中で一週間も熟睡何ていう間抜けな事態にはならなかったのだが……


 まあ、過ぎた事だしいいか……


 そんな事を考えながら俺はベットから降りる。そのまま部屋着をアイテムボックスの中にしまい、今まで使っていた予備の防具を装備する。本当ならここで剣も装備するのだが、タイミング悪く、俺はこの前壊された紅い愛剣以外は持ち合わせていなかった。


 そうして装備を整えると、俺は宿の部屋を出ていった。



「あ、そうだ。ユゥさんに追加で剣も頼まないと……」




   ◆◆◆




「こんにちはー」


「あ、イル君。いらっしゃーい」


 所変わってユゥさんの店。

 ここに来た理由はもちろん、防具の製作である。その他にも剣の製作もあるが。

 

「もうあのダンジョン行ってきたのー?」


「ええ、大変でしたよ、剣も壊されるし……」


「えっ! アレ壊されちゃったの!?」


「はい……ボスと戦ってる時に……」


「うーん……残念だったねー。……アレは私の最高傑作の一つだったのになぁ……」


「あ、でも! 色々素材アイテム取ってきたんでよかったらこれで新しいの作ってくれませんか?」


「おぉ! もちろんだよー。それで、どんなアイテム?」


 道具屋(別に武器屋でも防具屋でいいのだが。この人、何でも屋だし)のさがなのか、妙にテンションを上げたユゥさんに、俺は他人にも見えるようにしたアイテムボックスを提示した。


「お、おぉ!? どうしてこんなに持ってるの!?」


「え? どうしてってボス殺したからですけど……」


「でもこれ、PTパーティー内の取り分にしては多すぎない?」


PTパーティーで何か行ってないですよ?」


「え?」


「いや、だから単独ソロで行ったんですって」


「えぇ!?」


 ユゥさんは昨日の夜のカークのように、眼を見開いていた驚きを表現していた。そこからユゥさんはとんでもない、衝撃の事実を口走った。


「あそこって、もうすぐ大規模な攻略があるからイル君に教えたんだよ!? ソロで行くなんて事言うなら私、絶対に言わなかったよ?」


「―――――…………んな、アホな………」


「……だってそんなの、自殺にも等しいよ?」


 俺は絶句していた。

 自殺にも等しいって…………


 ―――そんなこと言われて俺は少しショックだった。




   ◆◆◆




「とにかく。作るのは例の防具と、新しい剣で良いんだよねー?」


「はい。よろしくお願いします」


「うん。任せといて」


 そう言って胸を張るユゥさん。その動作によって半端では無い豊満さを持つ胸がこれでもかぁっ! と強調され、視線がどうにも……

 と、そんな事を考えていたら、いつかと同じようにその漆黒の瞳をキラーンと輝かせていった。


「お値段も張るよ?」




   ◆◆◆




「くぅ……さすがにあの金額は予想外だった……」


俺が頼んだ武具たちは、普通の奴に比べて軽く五、六倍はあった。おかげで俺の全財産の内、半分が財布(正確にはアイテムボックス)から旅立っていった…………


「まあ、いっか。自分の気に入った物が手に入るんだし」


 ユゥさんの話では、あの防具の材料はこの店には一式分しか用意してなかったらしいから、ラッキーなのかもしれない。

 それに、剣においてはオーダーメイドだ。これは期待が高まる。

 そう自分の中で結論付けてカウンターに寄りかかり、武具製作に奥の工房へと入って行ったユゥさんの事を待つことにした。



   

   ◆◆◆




 それから一時間後。


「できたー!」


 カウンターで待っていた俺の耳に、奥の工房からユゥさんの大きな声が届いた。

 パタパタと足音が聞こえてきたかと思うと、奥の扉からユゥさんが出て来て、こちらに駆け寄ってくる。そしてすぐさま俺の目の前に現れるトレードウィンドウ。

 そこには、例の防具―――〈闇氷の銀魔狼(ダーク・フェンリル)セット〉がデフォルメされたアイコンの状態で収まっていた。

 剣が無いのが気になったが、後で別に渡すのだろうと勝手に思い、何故かは聞かなかった。


「おお!」


 俺は思わず声をあげていた。

 すぐさまトレード了承のボタンを押しこんだ。お金は前もって払ってあるので問題は無い。


「それじゃあ、さっそく装備してみますね!」


「おー! 着ちゃって着ちゃってー!」


 アイテムボックスの中におさまっているそれを、呼び出したステータスウィンドウの防具欄にセットする。

 それまで装備していた予備の防具が一度消え、数秒間トランクス一枚になった。


 ……あれ? 何で俺は女の人と二人きりなのにトランクス一枚なんかになってるんだ……?


 そんな疑問を口にする間もなく、すぐさま新たな防具が装備された。 

 そして、俺のトランクス一枚の姿を見たユゥさんが、顔を朱に染めながらもこっちをしっかりと見てこんな事を言った。


「ふ、ふーん。い、イル君て少し線が細いけど、意外と引き締まった体してるんだ。や、やぱっり男の子だね」


 そんなユゥさんの真面目な感想を聞いて俺は、恥ずかしすぎて軽く死にそうになった。




   ◆◆◆




 あの恥ずかしさから無事回復した俺は、ユゥさんの店の中にあった姿見で全身を確認していた。


 そう言えば改めて思ったんだが、この世界の体は何を基準にして作られているのだろうか?

 俺の体は怪我をする前の体だし、それなのに髪は病院で覚醒してからのままだ。あそこで伸ばしっぱなしにしたおかげで、よく女に間違えられるって言うのもあるだが。


 まあ、それはここでは置いておくとしよう。

 

 鏡に移っている防具は真っ黒一色のコートやズボン、グローブなどに入った銀色と深い青のラインが何とも俺好みだ。これが本当に買えてよかったと思う。……ムチャクチャ高かったけど。


「えへへー。実はその〈闇氷の銀魔狼(ダーク・フェンリル)のコート〉、ただのコートじゃないんだよー」


「え?」


「そのコートは、ダメージを受けるときに自動で硬質化してミスリル並みの堅さになるの」


「ミスリル並み!?」


「並みと言うか、ミスリルその物になるね」


 ミスリルとは、この世界ゲームオリジナル……ってわけじゃないけど、要は魔力の宿った金属で、同系列にはオリハルコンとかアダマンタイトなど、色々ある。

 防具に使う場合は『物理防御にはオリハルコン』・『魔法防御にはミスリル』・『平均取るならアダマンタイト』と、この世界ゲームではなっている。違いは、製作時の防御値ボーナスの出やすさと、防御値のポテンシャルの違いである。

 しかし、魔力の宿った金属の差と言ってもそれほど大きいものではない。それに、どれも普通の金属より防御力はズバ抜けて上だ。


「凄い……」


 だが、ダメージを受ける時に自動的にミスリルになる素材なんて聞いたことが無い。もしかして、新しい素材か何かなのだろうか、それとも新しい製作法……? まあ、鍛冶屋じゃない俺には知ったところで全く意味がないが。


「続けてその〈闇氷の銀魔狼(ダーク・フェンリル)のズボン〉と〈闇氷の銀魔狼(ダーク・フェンリル)のブーツ〉!」


「こっちにも何かあるんですか?」


「それはね、両方ともに《脚力上昇レッグ・ブースト》の魔法が投与されてるの!」


「ちなみに、いかほどで?」


「両方50%だよー」


「50%!?」


「合わせると100%だね」


 この人、ほんともう非常識すぎる……


 俺が聞いたことのある一つの装備に対しての魔法投与の最大は40%のはずだ。

 もしかしてこれが例の[創作王(クラフトキング)]を獲得するために必要なアビリティの一つなのだろうか……?


「そして〈闇氷の銀魔狼(ダーク・フェンリル)のグローブ〉!」


「これは?」


「《握力上昇アーム・ブースト》が50%投与されている!」


「もうここまで来たら驚きませんよ」


「むむっ。それなら次は驚くよ、絶対」


「シャツですか?」


「うん。その〈闇氷の銀魔狼(ダーク・フェンリル)のシャツ〉は…………驚くほど汗を吸いこむ!」


「いや、この世界ゲーム汗出ないじゃないですかっ!」


 俺は無意識のうちにつっこんだ。

 まさかこんな能力だったなんて…………


「あははは。冗談だよ、冗談。本当は《重量軽減ウェイト・リリース》が60%投与されているの」


「え? えぇぇええええ!? 何あっさり記録更新してんですか!?」


 装備品に魔法投与を60%ってありえない、本当にありえない…… (ちなみに、《重量軽減ウェイト・リリース》は防具や武器の重量を減らすだけで、体重は減らない)


「それに、何でそれだけ60%なんですか!?」


「がんばったんだよ」


「そんな問題ですか!? と言うか50%でもおかしいですからね!?」


「それはもう、この防具がいくらしたと思ってるのさイル君」


「も、もしかしてこれが原因で……?」


「そうそう。あと私のアビリティね」


「どんなアビリティなんですか?」


「【魔武具製造】。ようは、俗に言う『魔剣』の防具版、『魔防具』だよ」


「『魔防具』、ですか…………」


「と言っても、全部が全部『魔剣』とか『魔防具』にできるわけじゃないの。それはもう最高級の素材を使わないといけないから、どうしても高くなっちゃうんだよー」


「最高級か……」


 俺は牙や爪の攻撃力や、最後の氷の障壁の理不尽な強さを想いでしてそう呟いた。


 アイツはホント異常な強さだったよなぁ……


 そんな風に俺ボ―っ考えていた。





『(―――――、――――――――――。―――、―――――)』


 

 ―――痛ッ……。


 俺の頭を突然、猛烈な頭痛が襲った。

 何かを語りかけてくる声のようなものが、それと同時に脳裏をよぎった。


 ―――なんだ?


 俺はその正体そ探ろうと思考を巡らせるが、霞を掴もうとしているようにすり抜けてしまう。

 更に思案しようと心掛けるが、突如としてそれが曇ってしまった。


 

 ―――あれ? 俺、今何考えてたんだ……?

  


 俺は数瞬前の自分の思考が思い出せず、困惑したが、それすらも気に無くなってくる。

 

 そして俺は気がつくと、何時の間にかボーっとしていた。





   ◆◆◆






「って、イル君? どうしたのー、急に黙って。おーい、無視しないでよー」


 気づけば、ボーっとする事(自分で言ってどんな事だ、と思う)に熱中していたらしくユゥさんの事を無視する形になっていた。ユゥさんが頬をプクーっと膨らませた可愛いらしい不機嫌顔で、俺の顔の前で手をブンブンと振っている。


「あ、ああ、すいません。何でも無いです」


「ホントにー? それにしても無視はないよー」


「ごめんなさい。ちょっとボーっとしてました」


「ふんふん。私との会話中にボーっとするなんていい度胸だねぇ」


「あーっと……、前みたいなお仕置きは勘弁ですよ?」


 前もこんなことがあって、そのときはユゥさんのこぶしで頭の両端をぐりぐりと数分間圧迫され続けた。あれは見た目が地味なくせに、物凄く痛いからもうごめんだ。




   ◆◆◆




「そーだ、イル君。武器の方は渡すは明日でもいい?」


「良いですけど、どうしてですか?」


「実はまだ完成してないの」


「えっ?」


「少し材料が足りなかったからまだ手をつけてないの。明日には届くから明日でも大丈夫?」


「あ、はい。全然大丈夫です。いざとなったらモンスターなんて蹴り倒しますし」


「おー、頼もしいねー」


「それじゃあ、俺は防具で残り少ないお金で少し遅いお昼ご飯食べに行きますんで、これで」


「あ、待って待ってどうせ今日もカーク君のとこでしょ? 私も行くー」


「そうですか? じゃあ待ってます」


「ん。すぐすませるから待っててねー」


 そう言ってユゥさんはパタパタと小走りで奥の部屋へと消えていった。

 そして数分後。


「お待たせー。それじゃ、行こうかー」


 そう言って奥から出てきたユゥさんは、明るい色をした袖の無いワンピースを身にまとっていた。艶やかな黒髪とは対照的で、この前の黒のワンピースとは違うが、こちらもよく似合っている。この前もワンピースだったが、好きなのだろうか?


「はい。じゃ、行きましょうか」


 そう言って俺は店の出口まで歩いて行きドアを開いた。するとそこには――――――


 ―――――物凄い人だかりが!!


 バッタン!!

 

 俺は瞬時の扉を閉めた。何故にこんなにも人がいるんだ!?

 

「? イル君どうしたのー? 行かないのー?」


「い、いえ。今日はちょっと裏口の方から出ましょう。それと少し試したい事もありますし」


「試したい事?」


「そうです。さあ、行きましょう」


「あっ……」


 そう言って俺たユゥさんの手を取り、少し強引に裏口の方から出ていった。

 

 ……こんなときにも何だが、ゲームにも関わらずユゥさんの手は凄く柔らかくて、暖かくて、心臓が飛び出るかと思った。





 そして裏口から出てすぐ、俺はユゥさんの方へと向き直った。


「ユゥさん。ちょっと失礼します」


「へ? どうしたの――――って、きゃっ!?」


 俺はユゥさんの返事を聞く前に強引にユゥさんを持ち上げた。いわゆるお姫様だっこってやつを俺は今している。ユゥさんは腕をギュッと首の所に回してきてくれている、のだが……ちょっと恥ずかしい。


「しっかり捕まっててください、ねっ」


 最後のそういうと同時に、この前発現したばかりのアビリティを発動。そして全力のダッシュを決行。そしてすぐさま、走る速さが音速を超える。

 

 そう知覚した数秒後にはもう、俺たちはカークの店の前についていた。

 距離がそれほど開いているわけじゃないからほとんど時間がかからなかった。なんだこの短距離転移みたいなの。


「きゃぁぁああああ! ……ってあれ? もう着いたの?」


 そう言ってユゥさんは俺の顔のまじかでそう聞いてきた。心なしかユゥさんの頬が赤い。

 ……ってお姫様だっこしたままだった!  


 俺はその事態に気がつくと、「あ、すいませんっ」と謝ってからすぐさまユゥさんを降ろし、こう言った。


「アビリティ使って音速で来てみたんですよ。大丈夫ですか? 特に体に異常とかないですか?」


「音速で!? それじゃあ私さっき音と同じ速さになってたの?」


「そうです。それより、体は異常とかないですか?」


「え? あ、うん。大丈夫、何もなってない」


 ぶっつけ本番だったのだが、うまくいったようだ。

 

 俺が生身で音速を超えられるのはアビリティの効果だから、アビリティの効果範囲を少し操作して、ユゥさんまで包む事に成功した。しかし、少しでも離れると出来なくなるらしい。

 お姫様だっこからユゥさんを降ろした時点で途端にその感覚が切れた。

 これなら人一人くらいは難なく運べるということだ。意外と応用性のあるアビリティで助かる。


 だか、ぶっつけ本番は今回だけにしておこう。これで何かあったら申し訳ないし。


「それじゃあ、入りましょうか」


「うん、そうだね。お腹も減ったし」


 そう言って俺たちは、カラカラとカークの店の戸をあけて中へと入って行った。




   ◆◆◆




「いらっしゃいませー……ってイルとユゥさんか」


「よっ、繁盛してるか?」


 するとカークがうーむ、と一声唸った。だが、途中で何か思い出したようにこちらに質問を返してきた。


「店の方はまあまあだが……。そう言えばさ、お前ってもしかしてユゥさんと付き合ってんの?」


「「……え?」」


 カークの口から放たれる突然のその言葉に、俺とユゥさんの声が重なる。


「いやだってさ、ここ最近お前とユゥさんの二人で来ることが多くなってきたし、もしかしたら付き合ったりしてんのかなーっと」


 カークがにやにやと笑いながらそう言う。そんなカークに自分の顔が赤くなっているのを自覚しながらも反論する。


「そ、そんなわけないだろ! 第一、俺とユゥさんじゃ釣り合ねぇよ……」


 そうなのだ。こっちはただのソロプレイヤー、あっちは〈エターナルロード〉では知らない人はほとんどいないと言われても納得できる凄腕鍛冶職人。しかも相当な美人。

 たとえここで俺が告白したところで、やんわりと断られるのは目に見えている。


「そ、それより早く注文取れ!」


「へいへい。お客さん、ご注文はお決まりで?」


「いつものだ!」


「わ、私は今日のおススメで……」


「……これ聞く意味無かったんじゃないか?」


「うるせっ、早く作ってこいっ」


 俺の反論を聞く前と全く変わらないにやにやとした顔で「あいよー」と答え、調理場の方へと入って行った。


 カークが見えなくなったところで、ユゥさんがポツリと何かつぶやいた。


「…………私は別によかったんだけどなぁー……」


「……ん? 今何か言いました?」


「何でも無い! 何でも無いよ!!」


「? そうですか」


 そう言って手をブンブンと振って否定の意思を表すユゥさんの頬は、リンゴのように真っ赤に染まっていた。





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