第4話
ブログは「Q」で書いてる。
本名で書くのは怖い。怖いっていうか、余計な線が増える。Qでいい。短いし、分かりやすいし、どこかに逃げられる。
反応が落ち始めてから、スマホを見る回数が増えた。
更新しても数字が動かない。動かないと、自分が止まってる気がする。止まってるのは事実だけど、認めると終わりだから認めない。
そんなとき、知らないアカウントからDMが来た。
「Qさんの記事、読んでます。日曜、駅前で集会やります。よかったら来ませんか」
「現地で少し話したいです。運営です」
Qさん。
呼ばれただけで、ちょっと嬉しかった。情けないけど嬉しい。
「読んでます」って言葉は強い。無料で人を動かす。
警戒した方がいいのは分かってる。
でも、文章を読んで声をかけてくる人間って、俺にとっては希少種だ。会ってみたくなる。
俺は返信した。
「何時ですか」
すぐ返ってきた。
「10時に駅前広場です。スタッフに声かけてください。腕章つけてます」
具体的だと安心する。
俺は「まあ大丈夫だろ」と思うことにした。自分に言い聞かせるみたいに。
日曜、朝。
駅前広場には人がいた。思ったより多い。
プラカードもある。「説明が足りない」「住民の声を」「再開発を見直せ」。
俺は少しだけ場違いな気がした。みんなちゃんとしてる。俺だけが途中みたいな顔してる。
腕章の人を探して、主催っぽい女の人に声をかけた。
「すみません、運営の方…」
その人は俺の顔を見て、少しだけ笑った。
「Qさん? 来てくれたんですね。助かります」
助かります。
その一言が、妙に刺さった。
俺が来たことに意味があるって言われた。俺が役に立つって言われた。こういうの、久しぶりだった。
「DMもらって…」
「ありがとうございます。いつも読んでます。言葉がちゃんとしてるし、視点がいい」
視点がいい。
褒められると、体の中が軽くなる。軽くなるのが怖い。軽くなると、落ちたときに痛いから。
でも、そのときの俺は、軽くなりたかった。
紙束を渡されて、配るのを手伝った。
「お願いします」「ありがとうございます」を何回も言った。
言ってるうちに、手が慣れて、目が慣れて、心臓が落ち着いた。
列の中にいると、一人じゃない感じがする。人間って群れで安心する。ダサいけど事実。
集会が始まって、話が続いて、終わって、列になって歩き出した。
デモっていうほどの騒ぎじゃない。散歩みたい。でも空気は散歩じゃない。
途中でスマホを構えたら、若いスタッフが来た。
「すみません、撮影は顔が映ると困る方もいるので、全体だけでお願いします」
「あ、はい」
その瞬間、少し冷めた。
俺は“記録する側”の気分でいた。でも、ここでも俺は「お願いしますされる側」だった。そりゃそうだ。
交差点で止まったとき、上を見た。
防犯カメラがあった。街灯のところ。電柱にも。駅の上にも。
いつもあるやつ。いつも見てたはずなのに、その日はやけに目に入った。
列の前の方で少し揉めた。
警備員っぽい人とスタッフが話してる。「通路塞がないで」「車が出ます」。
大声じゃないけど、空気が硬くなる。
そのタイミングで、スマホが震えた。
市のアプリの通知。
「現在、駅前周辺は混雑しています。安全にご注意ください」
偶然だろうけど、タイミングが良すぎる。
俺は笑えなかった。
「見られてる」って言葉が頭に浮かんで、すぐ打ち消した。考えすぎだ。こういうのにハマると終わる。分かってる。
解散するとき、主催の人がまた言った。
「Qさん、今日は本当に助かりました。またお願いします」
また。
また助かったって言われた。
俺は、つい笑ってしまった。笑うと、自分が自分じゃないみたいだ。
家に帰って、すぐ記事を書いた。
勢いがあるときは早い。AIにも手伝わせた。タイトルも強めにした。
「駅前で集会があった。声はある。俺もいた」
投稿したら反応が来た。
いいね。コメント。「行ってたのか」「偉い」。
偉いって言葉、久しぶりに見た。たったそれだけで、明日も生きられる気がする。
翌日、運営アカウントからDMが来た。
「次、打ち合わせあります。運営も手伝ってほしい」
運営。
俺が?
俺みたいなのが?
俺は返信した。
「時間合えば行きます」
送った瞬間、「俺の番が来た」みたいな気分になった。
危ない。こういう気分はだいたい裏切る。分かってるのに、気分の方が早い。
で、その次の日から、変になった。
ブログの反応が増えない。
投稿しても静か。静かすぎる。
SNSも同じ。いいねがつかない。おすすめにも乗らない。
俺が急に下手になったわけじゃない。たぶん。
俺はAIの画面を開いて、ふと思った。
AIを使いすぎたのかも。
下書き、タイトル、見出し。全部AIに寄せて、俺が直すのも同じ癖になってる。
文章が似る。似ると、まとめて機械っぽく見える。
それでスパム判定とか、あるのか?
俺は自分で自分を笑いそうになった。
でも笑えない。
「機械っぽい」って理由で消えるの、いちばん嫌だろ。
確認したくなって、例のDMを開こうとした。
打ち合わせの場所と時間、聞きたい。
でもDMのスレッドが見つからなかった。
検索しても出ない。履歴にもない。
相手のアカウントも出てこない。
ブロック?削除?凍結?
分からない。何も表示されない。
最初からいなかったみたいだ。
俺はスマホの写真を見返した。
集会の広場、紙束、列。
確かにあった。現実だった。
でも“俺に繋がってた線”だけが消えてる。
その夜、市のアプリの通知が来た。
「防犯カメラの増設により、安心安全なまちづくりを推進します」
安心って、誰の安心だよ。
俺はスマホを裏返して机に置いた。
翌日、コンビニに行った。
いつもの店。いつもの匂い。
レジに、あの子がいた。
俺は目を合わせなかった。合わせない方が安全だ。
缶コーヒーを持って並ぶ。
会計のとき、彼女は俺を一瞬見て、すぐ目を落とした。
たったそれだけ。
でも、その目の落とし方が、俺の中に残った。
俺は見えてる。
でも、欲しい見え方じゃない。




