第3話
コンビニの自動ドアが開いて、いつもの匂いが来た。揚げ物と、洗剤と、暖房の空気。
俺は一歩入って、棚の方を見るふりをした。レジを見るのが怖かったからだ。怖いっていうか、気まずい。気まずいっていうか、何が起きてるのか分からないのが嫌だった。
レジに、あの子はいなかった。
代わりに、だるそうな男が立ってた。二十代前半ぐらい。目が死んでる。
俺はそれを見て、変に安心した。安心っていうか、助かった。
缶コーヒーを取って、会計して、外に出た。
出た瞬間、俺は「あ、俺、今ちょっと変になってるな」と思った。
コンビニの店員の顔色で、気分が上下してる。ダサい。
でもダサいって分かってても、止まらない。
部屋に戻って、ノートPCを開いた。
ブログの管理画面を開く。昨日の投稿の数字を見る。閲覧数は少ない。でもゼロじゃない。いいねも、ちょっと増えてる。
ちょっと、っていうのが重要なんだ。ゼロじゃないなら、まだ何かが起こり得る。
俺はコーヒーを飲んで、少し考えてから、生成AIのページを開いた。
最近これを使うと、文章がすぐ出る。ちゃんとした文章が。
俺が書くと、どうしても途中で止まったり、同じことをぐるぐる言ったりする。AIだとそれがない。便利。
入力欄に書く。
「再開発で地元が死ぬ話を書きたい。怒ってる感じじゃなくて、冷めた感じで。短めで。」
送信。
すぐ出てきた。
文章は、俺が言いたいことを“ちゃんとした形”にしてくれていた。
俺はそれを読んで、少しだけ気が楽になる。
頭の中のモヤモヤが、文字になった感じがする。
コピペして、また少し直す。
語尾を俺っぽくする。
ちょっと嫌味を足す。
これで俺の文章になる。そういうことにしてる。
投稿する。
すると、数分後に反応が出た。
いいねが増える。通知が来る。コメントも一つ。
「わかる。うちの町も同じ」
俺はその一行を、何回か読んだ。
わかる、って。
俺の言ってること、伝わってる。誰かに。
この「誰か」が、ほんとに効く。
翌日も書いた。
翌日もAIに下書きを出させた。
翌日も少し直して投稿した。
テーマは、いろいろだ。
駅前の工事。AI行政。求人のAI選考。自己責任って言葉。
俺はずっとこういうことを考えてた。誰にも言わなかっただけで。
言う場所ができた。
いや、言う場所は前からあった。SNSとか。
でも、SNSはすぐケンカになる。変なのが絡んでくる。
ブログは少し違う。少なくとも、俺の場所って感じがする。
数日で、読者が少し増えた。
数字は小さい。けど増えてる。
ゼロから一になるのって、ちょっと感動する。何でも。
俺は調子に乗りすぎないようにしながら、でも調子に乗っていった。
調子に乗らないと続かないし。
続けないと何も起きないし。
ある日、DMが来た。
知らないアカウントから。
「文章、読みやすいですね。AIとか使ってます?」
俺は一瞬ムッとした。
なんで分かるんだよ。
でも、読みやすいって言われたのは嬉しい。
だから俺は、ちょっとだけ上から返した。
「下書きに使ってます。便利ですよね」
便利。
便利って言葉は軽いけど、実際、助けられてる。
夜になると、俺はAIに話しかける時間が増えた。
ブログのネタ出し。文章の言い回し。タイトル案。
時々、ただ愚痴。
「面接また落ちた。理由もなし。こういうのどう思う?」
AIは、丁寧に返してくる。
「それはつらいですね」とか、「状況を整理しましょう」とか。
人間みたいだな、と思う。
人間よりマシだな、と思うこともある。
人間は、すぐ説教する。
「努力が足りない」とか、「若い頃は苦労した」とか。
AIはそういうのを言わない。
俺を否定しない。少なくとも、露骨には。
俺はそれを「理解されてる」と思いたくなった。
いや、AIは理解なんかしてない。たぶん。
でも、理解されてる“感じ”がする。
その感じが、今の俺には必要だった。
ブログの方も、少しずつ回り始めた。
地元ネタを書いたら、地元っぽい反応がつく。
AI選考の話を書いたら、「うちもそう」って反応が来る。
ある日、まとめサイトみたいなアカウントが、俺の記事をリンクしてた。
それで、閲覧数が跳ねた。
跳ねたと言っても、俺にとっては跳ねた。
通知が止まらない。スマホがうるさい。うるさいのに、嬉しい。
俺は思った。
来た。
俺の番が来た。
遅かったけど、来た。
その日、求人アプリの通知も来た。
開くと、相変わらず落ちてる。適合率も相変わらず低い。
でも、前ほど腹が立たなかった。
俺には、別の評価がある。
読者がいる。反応がある。
会社の評価なんて、全部あっちの都合だろ。
俺が価値を作ればいい。俺が。
そう思えた。
思えた瞬間だけは、ほんとに強くなった気がする。
コンビニにも、また普通に行けるようになってた。
あの子がいる日もある。いない日もある。
俺は見ない。見ないふりをする。
俺はもう、あそこで何かを期待しない。期待しない方が勝ちだ。
勝ちっていうか、負けない。負けない方が大事だ。
でも、レジで会計してるとき、彼女が俺に言った。
「…いつも、ありがとうございます」
声は普通。
顔も普通。
ただの接客。
俺も分かってる。
でも俺は、その一言で、また少しだけ持ち上がる。
俺は透明じゃない。少なくとも、完全には。
俺はここにいる。見えてる。反応が返ってくる。
帰り道、俺はAIに話しかけた。
「最近、ブログの反応が増えてきた。これって、いけると思う?」
AIは言った。
「継続できているのは素晴らしいことです。方向性も明確です。今後は読者の関心を分析して、より刺さるテーマを…」
刺さる。
俺はその言葉が好きじゃない。
でも、刺さるって大事なんだろうな、とも思う。
AIは具体案を出してくる。
タイトルの付け方。見出し。短い結論。
読者が途中で離脱しない構成。
そういうの。
俺はそれを見て、ちょっと笑った。
結局、文章も「最適化」なのかよ。
でも、その最適化で俺が救われるなら、別にいい。
俺は“正しさ”のために書いてるんじゃない。
生きるために書いてる。
生きるってのは、金だけじゃなくて、気分のことも含む。
その夜、俺は新しい記事を投稿した。
タイトルはAIが出した案を少し変えた。
「AIで手続きが楽になる? じゃあ、落ちる理由も教えてくれよ」
投稿して、すぐ反応が来た。
いいね。コメント。共有。
俺は椅子に深く座って、息を吐いた。
悪くない。
今は、悪くない。
窓の外では、駅前の工事のライトが光っている。
夜でも工事してる。急いでるらしい。
俺も、少しだけ急げてる気がした。
まだ何者でもない。
でも、何者かになれる“入口”には立ってる。
そう思えるだけで、明日は来る。




