表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIに文章を頼ったら、人生が薄くなった  作者: 月の位相


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/5

第2話

 次の日も寒かった。寒い日は、街全体が静かになる。人も少ない気がする。実際はいるんだろうけど、俺の目の前にはあんまり出てこない。


 朝、スマホを見る。求人アプリは相変わらず同じ。落ちた通知。適合率。見送り。

 数字がちょっと変わってたりするけど、意味は同じだ。


 俺は「まあ、こういう時期だし」と思うことにする。年度末とか、景気とか、AIの気分とか。理由は何でもいい。理由が欲しいだけだ。


 昼前にコンビニに行く。昨日と同じ店。俺はここに来ると落ち着く。何が置いてあるか分かってるし、何が起きるかも分かってる。

 予想できる場所は安心する。


 自動ドアが開いて、揚げ物の匂いが来る。

 レジを見る。昨日の店員がいる。若い女。名札。髪をまとめてる。制服がきっちりしてる。たぶん真面目なタイプだ。


「いらっしゃいませー」


 昨日と同じ声。

 俺は缶コーヒーを取る。今日はパンじゃなくて、おにぎりにした。節約じゃない。気分の問題だ。


 レジに並ぶ。前に客がいない。俺が先頭。

 店員がこっちを見る。


「ポイントカードはお持ちですか?」


 昨日と同じ質問。

 昨日と同じ答えをすると、なんか負けた気がする。だから今日は違う言い方にする。


「持ってないです」


「あ、そうなんですね」


 そうなんですね、って。

 なんだそれ。別に話を広げる気はないんだろうけど、俺はちょっとだけ「会話した」気になる。俺の方が勝手に。


 支払いをして、袋を受け取る。

 そのとき、店員の目が一瞬だけ俺の手元を見た気がした。

 気がしただけかもしれない。たぶん気のせいだ。でも、人間ってそういうのを拾う。俺も拾う。


 俺は店を出て、駅前のベンチに座っておにぎりを食べた。冷たい風が吹いて、海苔がちょっと硬い。

 食べながら、さっきの「そうなんですね」を思い出す。


 あの子、俺のことを覚えてるのか?

 覚えてるわけないか。毎日何百人も相手するんだし。

 でも、昨日も今日も同じ時間帯だし、店員って意外と客を覚えるっていうし。


 俺は勝手に「覚えてる」寄りに考える。

 覚えてる方が、気分がいいから。


 午後、部屋でダラダラしてたら、SNSで地元の話題が流れてきた。再開発のこと。駅前のビル。税金の使い方。

 コメント欄が荒れてる。いつものやつだ。


 俺は「そうだよな」と思って、軽く書き込もうとしてやめた。書き込んでも、変なのに絡まれるだけだ。

 絡まれると疲れる。疲れると何もできなくなる。俺はもう、そういう消耗をしたくない。


 夕方、またコンビニに行った。コーヒーが切れた。別の店でもいいのに、なぜか同じ店にした。

 理由はちゃんとある。近いから。近いからだ。うん。


 レジを見る。

 またあの店員がいる。今日は二人体制で、もう一人は男。若い。だるそう。

 彼女はちゃんと働いてる。


 俺は缶コーヒーだけ持って並ぶ。

 彼女がレジを打つ。


「…あ、いつもありがとうございます」


 そう言った。

 言ったよな? 俺の聞き間違いじゃないよな?


 俺は一瞬固まって、遅れて返す。


「…ああ、どうも」


 心臓がちょっと速くなった。

 いつもありがとうございます、って。

 つまり、俺を認識してるってことだ。俺は“透明”じゃないってことだ。少なくともこの店では。


 会計が終わる。袋はいらない。俺はそのまま缶を受け取る。

 彼女が笑った。たぶん社交辞令の笑い。でも笑いは笑いだ。


 外に出て、俺は缶を握りながら歩いた。

 なんか変な気分だ。悪くない。

 こういうの、久しぶりだ。


 その夜、寝る前に俺はまたその店のことを考えた。

 考えるなと思っても考える。

 俺は別に恋愛とか、そういうのをしたいわけじゃない。もう若くないし。面倒だし。

 ただ、誰かに「いつもありがとうございます」って言われるのは、効く。効きすぎる。


 次の日。

 また行った。俺も自分で笑う。何やってんだよって。

 でも行く。


 今日は店が混んでた。学生が多い。部活帰りっぽい。声がでかい。

 レジの彼女は忙しそうにしてる。俺は並んで待つ。待ってる間、俺はスマホを見るふりをして、彼女を見ない。見ない方が大人だ。

 見てるのバレたら気持ち悪いだろ。俺も分かってる。


 順番が来た。

 彼女が俺を見て、少しだけ眉を上げた。


「ポイントカード、作りますか?」


 作りますか。

 昨日まで「お持ちですか?」だったのに。

 俺のことを覚えてるから、提案してきたんだろう。


 俺は、ここで少し調子に乗った。

 ほんの少しだけ。


「作ったら、何かいいことあるんですか」


 冗談っぽく言ったつもりだった。

 軽い感じで。場を和ませる感じで。

 そういうコミュ力、俺だってゼロじゃない。


 彼女の顔が一瞬止まった。

 止まって、すぐに戻った。


「…あ、えっと、ポイント貯まりますので」


 声が固かった。

 固いのが分かった。

 俺はそこでやっと、自分がやらかしたかもしれないと思った。


「じゃあ、いいです」


 俺は笑ってごまかした。

 彼女も笑った。笑ったけど、さっきのとは違う笑いだった。

 仕事の笑い。早く終わらせたい笑い。


 俺は会計を済ませて、店を出た。

 外の空気がやたら冷たく感じた。

 缶コーヒーの冷たさも、いつもより冷たい。


 帰り道、俺は自分に言い訳をした。


 いや、別に変なこと言ってないだろ。

 店員が固くなったのは忙しかったからだ。混んでたし。

 俺は普通だ。普通に客として話しただけ。

 店員はたぶん毎日、もっと変な客相手にしてる。


 部屋に戻って、俺はスマホを見た。

 SNSに、地元の地域掲示板みたいなやつの投稿が流れてきた。知らないアカウント。


「今日コンビニで、店員に絡んでるおっさん見た。

こういうのほんと無理」


 場所は書いてない。店名もない。

 でも、妙に心臓が嫌な跳ね方をした。


 俺は「関係ない」と思う。

 思うけど、指が止まる。

 投稿のコメント欄を見ると、「わかる」「いるよね」「キモ」みたいなのが並んでる。


 俺はスマホを閉じた。

 閉じた瞬間、部屋が急に静かになった。

 静かすぎて、自分の呼吸が聞こえた。


 俺は天井を見た。

 さっきまで「俺は透明じゃない」と思えてたのに、今は逆だ。

 透明どころか、違うものに見られてる気がする。

 “見えてほしくない形”で見えてる。


 でも、まだ確定じゃない。

 あれは俺のことじゃない。

 たぶん違う。違うに決まってる。


 俺はそう思うことにした。

 そうしないと、明日が来ない。


 それでも、次の日の昼前。

 俺はまたあのコンビニの前まで来てしまっていた。

 店の前で立ち止まって、ドアの向こうを見る。

 彼女がいるかどうか、確かめたい。確かめたくない。

 俺は一歩踏み出して、止まった。


 自動ドアは、俺が近づいたせいで勝手に開いた。

 中の暖かい空気が、外に漏れた。

 俺はその空気に押されるみたいに、入ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ